ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

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始めに出てくる新人記者さんは、女性。
乙名史さんの後輩という設定でお願いいたします。


1.トレセン学園、カフェテリアの片隅にて。

 

 

 

 淀みないペンの音が響く。

 対話と同時進行だったが、最後のまとめだけは熟練記者の手腕には及ばず無言。しかしそれも短い間のことで、さほどの時間もかからず彼女の走り書きが止まった。

 

「……よく分かりました。来年のトゥインクルシリーズも更なる盛り上がりが期待できそうですね。インタビューは以上になります。シンボリルドルフさん、今回はありがとうございました!」

「こちらこそ感謝する。段取りも申し分なかった」

「ホントですか!? よかった」

 

 彼女はようやく一息つき、緊張から解かれた顔を見せる。

 これが初めてのインタビューとは思えないほど、平滑流暢な運びだった。その裏で少なからず演習を重ねたに違いない。話の引き出し方、間を置くタイミングを教わったとしてもこれだけ見事にやり遂げるのは至難。乙名史悦子が見出した有望な新人記者というのも頷ける。

 いきなり私と仕事を組ませたのは……いや、取材慣れしている私だから、ということだろう。気後れしないようできる限りの配慮はしたつもりだ。

 

「次の月刊トゥインクルの記事を楽しみにしているよ」

「貴女にそう言って頂けて光栄です。乙名史センパイに結構なページ任されてて不安だったんですけど……いい文章が書けそうな気がしてきました!」

「それで、今日の対話の予定が少々余っているのは何故かな? 何、初めからこの時間を作るような進行に意図があるように思ってね。もし読みが当たっているなら是非聞きたいが……」

 

 乙名史悦子も同じく時間に余裕を持たせるスタンスだった。しかしそれは少し虚妄分別が過ぎ、話が脱線する可能性を自ら懸念してのこと。

 

 彼女の表情からは軽い驚きと、それ以上の尊敬の念が感じ取れる。取材に熱が入りすぎることはなかったし、拡大解釈するような欠点なども見当たらなかった。ただ、気になる点がある。知性豊かな話術の一方、きらきらとした希望のようなものを隠せていないのだ。その純粋さが真っすぐに私に刺さって来てはいた。

 私を憧れの目で見据えたまま手元のボイスレコーダーの電源をかちりと止めた。つまりは……個人的に聞きたいことがあるということか。

 

「すみません。進行を詰めていたのは、質問したかったからなんです」

「ほう。何だろう?」

「シンボリルドルフさん。あの、貴女は……すべてのウマ娘の幸福を願い、それを実現しようとしている。皇帝として導く姿はウマ娘の希望だけでなく私たちにも希望を、生きがいを与えてくれています」

「そのように想う者が日々の励みになる。唯々嬉しい」

「私もその一人です。貴女を日本ダービーで初めて目にした時、夢を叶えたいって思えるようになった。貴女がいたから今ここにいるんですよ。本当はインタビューを生徒会室で行う予定でしたよね? でも私が緊張しすぎないようにわざわざカフェテリアを選んだ」

「次の予定の待ち合わせがここだったんだ。それだけのことだよ」

「難しい四字熟語や言い回しは極力避けた話をしてくれて……」

「対話では特にわかりやすさを第一に、と心掛けていてね」

 

 こちらの配慮は気付かれていたようだ。やはり察しがいい。

 

「言葉遣いも敢えて敬語を使わずフランクに接してくださり、感謝しています。そんなシンボリルドルフさんと話が出来てよかった。……貴女は私がレースで見た時から誰にも屈することなく、皇帝であり続け、頂点に立ち続けている」

「そうかな? 少なくともシニアを走り終えるまでに、三度敗れているが」

「どれもはっきりとした敗因がありました。クラシック期のジャパンカップは菊花賞後すぐで調整も不十分なままの強行ローテ、半ばファンの要望に応えるためでしたし、他のレースでも避けようのない疾病やケガ……純粋な力負けというものはない」

「よく調べている。というより実際にレースを見て感じたのかな……重ねた勝利よりも、敗北を語られるのはむしろ誇らしくあるよ」

「皇帝に肩を並べる相手はいなかったというのが一般の認識です。だからこそ私は知りたい。誰もがみな味わってきた挫折や苦悩を、同じように秘めているのかどうかを。シンボリルドルフさん。貴女にとってライバルとなるウマ娘はいましたか?」

「それが本題というわけか。ふむ、そうだね……」

「直接戦ったという事ではなく、意識をしていたと言うのでも構いません。当時『マイルの皇帝』と呼ばれるウマ娘もいましたから」

 

 ああ、彼女もまさに剛毅果断の強さを持ったウマ娘だった。

 距離適性というお互いの侵されざる壁があり、対決は秋の天皇賞のみ。もし私がマイル戦やスプリント戦を挑んでいたら勝負にすらならなかった。そう感じるほどの神話じみた走りを憶えている。しかし私にとっては。私のライバルは……

 

「特にクラシックまでは8戦8勝。同年代を寄せ付けない無敗の三冠ウマ娘となりましたよね。文字通り、誰の影も踏ませず」

「影を踏ませない? それは当たり前だろう?」

「えっと、それは」

「あいつが私の影を踏むなどありえない。太陽が月の影を踏めるか? 狭山超海。山を挟みて海を飛び越すなど不可能なことだ。限りなく近づいたとしても、自身の光が影を遠ざけるのだから」

「だ、誰の話でしょうか?」

「……」

 

 

 

 すぐに言葉は出てこなかった。未だ当時を語るには躊躇いがある。

 彼女はウマ娘たちを導く輝き、未来そのものだった。

 

 椅子に背中を預け、軽く胸を反らした。

 夕方の優しい陽射しが顔にかかり、懐かしさと共に思い出す。

 あの時の西日。あの時見せた表情。泡沫と消えた夢。

 

 

 

「私のライバルは誰か、という質問だったね?」

「……はい」

「ならば語るとしよう。ウマ娘を照らす太陽が、その身を焦がし……月に挑み続けた話を」

 

 

 

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