「ただ運があるものが勝つ、という事ではないよ。出場権を獲得しフルゲートで優駿がひしめき合う。そしてクラシックウマ娘の頂点に立つ者は、栄光に向かう道を自ずと見つけるものだ」
「諦めないで走り続けたウマ娘だけが到達する道、ですか」
「私とて例外ではなかった。幸運なくして辿り着けない道を駆ける……それがダービーで勝利することらしい」
「なるほど……(センパイが話してた極限の集中力。『領域』の話でもあるわけやね。私の憧れた走りは)」
暗闇の荒野に月の光が指すように。
白い輝きが影を切り裂いて、目の前に道を作った。
ビリヤードみたいな直線ではない、雷光の如く曲がりくねり……私の足先からゴールまでを照らしている。迷っている間はなかった、というよりも本能に近い感覚が足を踏み出させた気がする。
私が前に出る瞬間、先行集団が割れた。壁といってもウマ娘たちは全力で走り絶えず動いているものだ。息の乱れ。悪路を避けるためのレーン移動。スパートによる軸のズレ。それらが複雑に絡まって変化する。
本来ならそこまで読むことはできない。ただその時の私には進むべき道が分かった。レースとは、ダービーで勝つにはどこへ踏み出せばいいかを。理屈ではなく自らの足が教えてくれる。開けた場所を通り、数歩外を回り、わずかに残る良い芝へ導いてくれている。末脚をギリギリまで溜めたこの地点でのスパートが、ダービー最短の……。
我が前に道は無し なればこそ
勇往邁進 道は自ら切り開く
私と競う者、私に夢を乗せる者。
……汝、皇帝の神威を見よ!
『シンボリルドルフ、ようやく前を捌きスパートをかけた!』
『ルドルフ届くのか? 残り200m、先頭はスズの両名と……』
実況やファンの声は遠のいて、私の耳に追いつかない。景色は白黒に近く前へ振り出す手足もやけにスローに感じた。その領域にはすでに直線に近くなった光と、その道を征く自らの蹄鉄の音。そして、周囲にきらめく星だけがあった。
共に走るウマ娘たちの衣装の輝きではない。純粋に勝利を目指す……
あるいは笑っていたのかもしれない。
光の道が一点に収束して閉じていく。星々は色付いて勝負服を纏った。
勝つと信じ抜いた叫び。流れる汗。芝生と夢を駆ける匂い。
みんな輝いている。私も同じだ。
「「「「「おおおオオォォッ!!!!!」」」」」
ウマ娘たちの声が混じり合い、一つになる。
それからは夢中で府中の直線を駆け抜けた。ああ、今でもよく覚えている。ゴール板を過ぎると割れんばかりの歓声と拍手が私を迎えてくれて……デビュー前に何度も思い描いた以上の、輝きに満ちた光景だった。私は振り返り、胸から湧き上がる想いを伝えたくて彼女を探したよ。
ビゼンニシキ。教えてくれないか?
届いたのか私は。君に並べたか。
内ラチ側はいなかった。とするなら私よりも芝の状態がいい大外……しかしどちらにもいなかった。スズパレードとスズマッハが肩で息をしながらこちらを見ている。走り終えた者だけに伝わる無言の賛辞。つまり私がダービーを制したと認めているようだ。彼女は何着だろう。直線に入った時点で好位置に付けていたはず……。
ウマ娘たちの後方、ゴール板を過ぎてすぐのところにビゼンニシキは立っていた。いつもと変わらない微笑みを浮かべて、流れる汗すら拭かずこちらをじっと見つめている。
その右足首はひび割れるように、赤黒く腫れていた。
* *
まさか誰かと接触を!? だが見回しても傷はなく、どちらかといえば内出血の類。人とは違うスピードで走るウマ娘特有の異常が見られる。ましてや私たちの誰よりも快速を誇る足……レースや練習の負荷は計り知れない。
重度の炎症どころか、部分的に筋の融解症を起こしているかもしれない。
いつ? いつだ。いつから彼女は……
私はそこでようやく気付いた。
彼女がマイラーであり
「なぜだ、どうしてこんな。ビゼン……ビゼンッ!」
「ルドルフ……おめでとう。世代の頂点を決めるにふさわしい走りだった」
「そんなことはいい! 君の目標は……このレースを制することだったのか!? 君の全てを投げうってでも、叶えたい夢だったのか? ここまでする価値のあるものだと……!?」
私の叫びは観客席の声にかき消され、彼女だけに届く。
胸が痛い。右足もズキズキと痛む……それは少なからず共感していたこともあったが、私自身も限界を超えた走りで筋炎を発症していたからだろう。無論、ビゼンニシキに比べたら軽度であり、激痛ではあるが表情に出さずに堪えられるものだった。彼女は私の様子を見て何か察するように笑顔を向けた。
弥生賞、皐月賞、そしてダービー。
身体を併せていて感じた彼女の決意、一戦一戦の覚悟。高みを目指す姿勢。その意味するものが……彼女に対する理解が、やっと追いついてきた。
私の言葉に押されたようによろけて座り込み、仰向けに倒れた。威風凛然とした彼女らしからぬ振る舞い。空を眺める顔には悔しさが滲んでいる。
「いいレースだった。でも……勝ちたかったな、お前に……!」
「ビゼン……私だって、君に……」
お互いに目指す場所が、描いた夢もあった。
だがレースの刹那には何よりも先に、君に勝ちたいという気持ちだけで走っていた……そんな思いまでも同じだったんだな、君と。
「分かってる。さあ、この大歓声に応えてやれ。こちらは何とかウイニングライブに間に合わせておく。歌もダンスも出来るように」
「ダメだ。その足で踊るなど……」
「ゴール板を駆け抜けた者の権利だ。たとえ皇帝に言われようが奪わせない。バックコーラスでお前に花を添えてやるさ」
この後はまず仲良く医療室へ行くとしようか。
ビゼンニシキの意思は固く、説得できる者は東京競バ場どこを探してもいない。流石は私のライバル……諦めが悪すぎる。何もかもを捧げて敗れても、流れる汗に一筋の涙が加わっても。太陽を思わせる彼女の輝きは消えない訳だ。
「……」
「ルドルフ、顔を上げろ。お前は私が挑むに値したウマ娘だと、胸を張って言わせてくれ」
「……ああ。その通りだ」
私が誇らねば、私と競った者へ対する侮辱になる。いつどこから見ても納得する強い姿を見せなくては。私は……皇帝として君臨すると決めたのだから。
観客席に振り返る頃には気持ちが切り替わっていた。
涼しい顔でファンの賛辞を受け止め、微笑みを浮かべて天に二本指をかざすと、さらなる歓声のうねりが風とともに頬を抜けてターフへと駆け巡った。みんなキラキラとした目でダービーウマ娘越しに夢を見ている。
私はシンボリルドルフ。
あらゆるウマ娘の頂点に立ち、導く皇帝たらんとする者。
誰もが幸福になれる時代を目指す。その理想を叶えるために……。