ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

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「ただ運があるものが勝つ、という事ではないよ。出場権を獲得しフルゲートで優駿がひしめき合う。そしてクラシックウマ娘の頂点に立つ者は、栄光に向かう道を自ずと見つけるものだ」
「諦めないで走り続けたウマ娘だけが到達する道、ですか」
「私とて例外ではなかった。幸運なくして辿り着けない道を駆ける……それがダービーで勝利することらしい」
「なるほど……(センパイが話してた極限の集中力。『領域』の話でもあるわけやね。私の憧れた走りは)」



10.シンボリルドルフ

 

 

 

 暗闇の荒野に月の光が指すように。

 白い輝きが影を切り裂いて、目の前に道を作った。 

 

 ビリヤードみたいな直線ではない、雷光の如く曲がりくねり……私の足先からゴールまでを照らしている。迷っている間はなかった、というよりも本能に近い感覚が足を踏み出させた気がする。

 

 私が前に出る瞬間、先行集団が割れた。壁といってもウマ娘たちは全力で走り絶えず動いているものだ。息の乱れ。悪路を避けるためのレーン移動。スパートによる軸のズレ。それらが複雑に絡まって変化する。

 本来ならそこまで読むことはできない。ただその時の私には進むべき道が分かった。レースとは、ダービーで勝つにはどこへ踏み出せばいいかを。理屈ではなく自らの足が教えてくれる。開けた場所を通り、数歩外を回り、わずかに残る良い芝へ導いてくれている。末脚をギリギリまで溜めたこの地点でのスパートが、ダービー最短の……。

 

 我が前に道は無し なればこそ

 勇往邁進 道は自ら切り開く

 

 私と競う者、私に夢を乗せる者。

 ……汝、皇帝の神威を見よ!

 

『シンボリルドルフ、ようやく前を捌きスパートをかけた!』

『ルドルフ届くのか? 残り200m、先頭はスズの両名と……』

 

 実況やファンの声は遠のいて、私の耳に追いつかない。景色は白黒に近く前へ振り出す手足もやけにスローに感じた。その領域にはすでに直線に近くなった光と、その道を征く自らの蹄鉄の音。そして、周囲にきらめく星だけがあった。

 共に走るウマ娘たちの衣装の輝きではない。純粋に勝利を目指す……(ソウル)そのものが燃焼しているようだった。その身を焦がしてしまいそうなほどの熱がいま最高の瞬間を迎えている。自分だって負けるものかと歯を食いしばった。

 あるいは笑っていたのかもしれない。

 

 光の道が一点に収束して閉じていく。星々は色付いて勝負服を纏った。

 勝つと信じ抜いた叫び。流れる汗。芝生と夢を駆ける匂い。

 みんな輝いている。私も同じだ。

 

「「「「「おおおオオォォッ!!!!!」」」」」

 

 ウマ娘たちの声が混じり合い、一つになる。

 それからは夢中で府中の直線を駆け抜けた。ああ、今でもよく覚えている。ゴール板を過ぎると割れんばかりの歓声と拍手が私を迎えてくれて……デビュー前に何度も思い描いた以上の、輝きに満ちた光景だった。私は振り返り、胸から湧き上がる想いを伝えたくて彼女を探したよ。

 

 ビゼンニシキ。教えてくれないか?

 届いたのか私は。君に並べたか。

 

 内ラチ側はいなかった。とするなら私よりも芝の状態がいい大外……しかしどちらにもいなかった。スズパレードとスズマッハが肩で息をしながらこちらを見ている。走り終えた者だけに伝わる無言の賛辞。つまり私がダービーを制したと認めているようだ。彼女は何着だろう。直線に入った時点で好位置に付けていたはず……。

 ウマ娘たちの後方、ゴール板を過ぎてすぐのところにビゼンニシキは立っていた。いつもと変わらない微笑みを浮かべて、流れる汗すら拭かずこちらをじっと見つめている。

 

 その右足首はひび割れるように、赤黒く腫れていた。 

 

 

 

 

 

 

 *  *

 

 

 

 

 

  

 まさか誰かと接触を!? だが見回しても傷はなく、どちらかといえば内出血の類。人とは違うスピードで走るウマ娘特有の異常が見られる。ましてや私たちの誰よりも快速を誇る足……レースや練習の負荷は計り知れない。 

 

 重度の炎症どころか、部分的に筋の融解症を起こしているかもしれない。

 いつ? いつだ。いつから彼女は……

 

 私はそこでようやく気付いた。

 彼女がマイラーでありクラシックディスタンス(2400m)は適正距離外だったいうことを。2000mを克服したのさえ並みのトレーニングでは成し得ない事象。そしてもう400mを走れる身体にするまでに、どれほどの努力を積んだのかを考えて息をのんだ。それに釣り合うだけの代償も。

 

「なぜだ、どうしてこんな。ビゼン……ビゼンッ!」

「ルドルフ……おめでとう。世代の頂点を決めるにふさわしい走りだった」

「そんなことはいい! 君の目標は……このレースを制することだったのか!? 君の全てを投げうってでも、叶えたい夢だったのか? ここまでする価値のあるものだと……!?」

 

 私の叫びは観客席の声にかき消され、彼女だけに届く。

 胸が痛い。右足もズキズキと痛む……それは少なからず共感していたこともあったが、私自身も限界を超えた走りで筋炎を発症していたからだろう。無論、ビゼンニシキに比べたら軽度であり、激痛ではあるが表情に出さずに堪えられるものだった。彼女は私の様子を見て何か察するように笑顔を向けた。

 

 弥生賞、皐月賞、そしてダービー。 

 身体を併せていて感じた彼女の決意、一戦一戦の覚悟。高みを目指す姿勢。その意味するものが……彼女に対する理解が、やっと追いついてきた。

 

 私の言葉に押されたようによろけて座り込み、仰向けに倒れた。威風凛然とした彼女らしからぬ振る舞い。空を眺める顔には悔しさが滲んでいる。

 

「いいレースだった。でも……勝ちたかったな、お前に……!」

「ビゼン……私だって、君に……」

 

 お互いに目指す場所が、描いた夢もあった。

 だがレースの刹那には何よりも先に、君に勝ちたいという気持ちだけで走っていた……そんな思いまでも同じだったんだな、君と。

 

「分かってる。さあ、この大歓声に応えてやれ。こちらは何とかウイニングライブに間に合わせておく。歌もダンスも出来るように」

「ダメだ。その足で踊るなど……」

「ゴール板を駆け抜けた者の権利だ。たとえ皇帝に言われようが奪わせない。バックコーラスでお前に花を添えてやるさ」

 

 この後はまず仲良く医療室へ行くとしようか。

 ビゼンニシキの意思は固く、説得できる者は東京競バ場どこを探してもいない。流石は私のライバル……諦めが悪すぎる。何もかもを捧げて敗れても、流れる汗に一筋の涙が加わっても。太陽を思わせる彼女の輝きは消えない訳だ。

 

「……」

「ルドルフ、顔を上げろ。お前は私が挑むに値したウマ娘だと、胸を張って言わせてくれ」

「……ああ。その通りだ」

 

 私が誇らねば、私と競った者へ対する侮辱になる。いつどこから見ても納得する強い姿を見せなくては。私は……皇帝として君臨すると決めたのだから。

 

 観客席に振り返る頃には気持ちが切り替わっていた。

 涼しい顔でファンの賛辞を受け止め、微笑みを浮かべて天に二本指をかざすと、さらなる歓声のうねりが風とともに頬を抜けてターフへと駆け巡った。みんなキラキラとした目でダービーウマ娘越しに夢を見ている。

 

 

 

 私はシンボリルドルフ。

 あらゆるウマ娘の頂点に立ち、導く皇帝たらんとする者。

 誰もが幸福になれる時代を目指す。その理想を叶えるために……。

 

 

 

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