ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

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「無敗の二冠ウマ娘誕生……その栄光の裏には敗れていった娘たちがいたことを再確認しました。レース後、ビゼンニシキさんの怪我は大丈夫だったんですか?」
「……」
「ど、どうしました?」
「これからのことをどう伝えようか、と思ってね。何しろ想像を絶するほどの衝撃だったし、できれば私の口から語りたくない、というのが正直なところだ」
「貴女がそこまで暗くなるほどの……辛くなるならば聞きませんが」
「ここだけの話、ということを改めて約束してくれるかな?」
「……私の記者人生に懸けて」
「ありがとう。あれは、ダービーからひと月ほど経った日のことだ……」



11.夏の陽炎。

 

 ビゼンニシキの怪我はかなり深刻なものらしかった。

 練習やレースでの足の酷使による筋肉の融解症。どれだけの療養期間を経て治っても、無理をすればまた再発してしまう類のもの。

 私も足のダメージが抜けず、軽い調整をする他は生徒会の仕事に奔走する日々。夏の合宿の細部を詰めたり、10月の駿大祭に向けた各地への協力など……意図的に仕事を詰め込み、あえて彼女のことは考えないようにしていた。

 

 私の影響でトレーニングやレースを増やしていったのは間違いない。私さえいなければ少なくとも皐月賞は獲れていたし、距離適性外のダービーでだって余裕を持ったローテーションならば勝っていたかもしれない。仮定の話をしてもキリがないのは分かっている。だが私は……彼女に対しての引け目を感じずにはいられなかった。

 

 ダービーから一か月が過ぎた、ある夏の午後。

 陽炎(かげろう)が立つほど暑い日だった。大樹のウロのあたり……ああ、トレセン学園の片隅に大きな切り株があってね。そこでビゼンニシキを偶然見かけたんだ。制服姿だったから恐らくはリキサンパワーたちの練習を監督した後だろう。横顔と歩き方からはケガの影響は無さそうだったが、歩き方一つでいくらでも印象は変えられるし、眺めるだけでは判断できなかった。私は決心して声をかけたよ。

 

「ビゼン、調子はどうだ? 足の方は……?」

 

 ウマ娘の筋融解症は程度によるが個人の差が大きい。もし一生治らなかったら。そんな可能性だってある。完治してもレースに出られるか……トレーニングの制限がかかりトレセン学園を去るウマ娘も見てきた。

 不安そうな私とは対照的に、彼女の琥珀色の瞳は輝いて見える。いつもの微笑みを浮かべてその口を開いた。右手の横ピースとウィンク付きで。

 

「チャオ☆ ルドルフちゃん。調子はバッチグーでいい感じ♪」

「……ん?」

「お互いイロイロ大変だったけどね~。問題ナッシングのだいじょうブイッ☆」

「……うん?」

「もう少し休んだら練習再開よ☆ 本格化を迎えた娘たちがアガッてくる夏だもの、あたしも成長しなくちゃね。がんばルンバ!」

「この暑さのせい、か……それとも疲れているのかな私は」

「どうしたルドルフ。生徒会は多忙なのか?」

「どうしたは君だビゼン!? 言葉遣いが変だぞ!?」

 

 思わず叫ぶ。

 彼女は怪訝そうに首を傾げていたが、やがて納得したように頷いた。

 

「このしゃべり方のことか。寮で練習しているがまだまだ完璧にはほど遠い。気に障ったのなら謝る。めんごめんご♪」

「せ、せめて混ぜないでくれ、違和感で目が回りそうだ……そうなった経緯を教えてくれないか? いいかい、以前の君の口調でだ。いいね?」

「なんて事はない……マルゼンスキーに足のケアと、負荷をかけ過ぎない練習方法を教えてもらっただけだよ。軽く併走もお願いしたがあの人のスピードは規格外だ。腰のケガに泣かされているのも頷ける。まだまだ私は狭い価値観と視野だったと思い知らされたが……これで抱えていた問題も大分解消できるし、復帰にも目途が立った」

「なるほど。彼女はその点において適任だ」

「お前が声をかけていたんだろう? 私が落ち込んでいたり迷っていたのなら、それとなく助けるようにと」

 

 ……もちろんマルゼンスキーの事だ、私が頼んだなどど漏らすことはしない。つまりはビゼンニシキ自らが併走したり、話を聞く言葉の端々から感じられる意味合いを汲み取った、という訳だな。

 

「たしかに、君のことは話していたが……上手くサポートしてくれたらしい」

「長い付き合いになるかもしれん。これからも学ばせてもらう」

「そうか」

「まず手始めに、あの口調から模倣することにしたんだ」

「なんでそうなる!?」

「てへぺろ☆」

「ほう。これはこれで……っ? ああいや、全く君を知らない人から見れば魅力的に映るかもしれないが、友として言わせてもらう……やめた方がいい」

「む、お前も仲間たちと同じ意見か?」

「仲間……そうだ、リキサンパワーはどこだ? 今朝、バスで合宿に向かうグループにはいなかったが」

 

 彼女が一度決めたことを覆すのは至難。そこまでの強靭すぎる精神を知っている。私だけでは説得し切れないかもしれない。リキサンパワーたち、親しい誰かと力を合わせて共闘すれば、あるいは心が動くかも……

 

「いや、仲間のほとんどは学園残り組だ。夏はどの練習コースも空きやすいし、芝もダートも管理が行き届いているからな。合宿所の短期集中も捨てがたいが、まだまだみんな実戦形式の走りが足りない。指導し合いながら少しずつ身体を慣らすとするよ」

「こちらも肩と足に張りが出たりコンディションが戻らなくてね。いくつかあった夏の計画は白紙になったが……そろそろ菊花賞に合わせたプランに入る」

「それは良かった。私も足の疲労がやっと抜けてきたところだ。マルゼンスキーの練習メニューで最初から鍛え直すさ。1600mで最も力を出せる身体にしなければ」

「……秋からはマイル戦線に行くのか?」

「ああ。もともと一番得意な距離だ。それに今年秋からマイル短距離はレースの体系とグレード制度が見直されるだろう? より適正な場所でそれぞれのウマ娘が走れるようになる……嬉しいな」

 

 ビゼンニシキは仲間に見せるような、優しい眼差しを遠くへ向けた。初めて会った時は知らないウマ娘の蹄鉄をためらう事なく直していた。そんな彼女の仲間という線引きは、きっと途方もなく広いのだろう。

 明るい栗色の髪と瞳から、流行最先端のマルゼンスキーのような口調も似合うが、やはり私は、いつもの威風凛然とした振る舞いと、涼し気な笑顔を浮かべる君がいい。

 

「ビゼン。レースが細分化された分、実力者は殺到するぞ」

「そのようだ。あの【マイルの皇帝】も私の出走する重賞に照準を合わせてくるらしい。今から対決できることにワクワクしている」

「ウマ娘として高みへ挑戦し続ける、か……君らしい」

「ああ。お互い秋の復帰に向かって、レッツラゴーよ♪」

「……ふむ。言葉遣いに関しては早急を要するか。ビゼン、談話室へ付き合ってくれ……ああ待て、もちのロン! とか、がってん承知の助☆ という返事はしてくれるなよ?」

 

 

 

「さすがは私のライバル。読みが深いなルドルフ」

「君に褒められて、嬉しくないことがあるとは思わなかったな……!」

 





「すごい話ですね。ええ、他言すべきじゃない、すごい話」
「彼女の数少ない至らぬ点に……新しいことはまず形から入るというものがあって、それがとんでもない方へ向かってしまったようだ。本当にあの時はまいったよ」
「ビゼンニシキさんは、その……どうなったんですか?」
「私とマルゼンスキーとビゼンで面談をしてね。こちらの説得の甲斐あって、しぶしぶ彼女は口調を元に戻したんだ……私も、あれほど真剣に議論する場は他になかったと思う」
「それは良かった(えらい三者面談やでぇ……!)」


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