ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

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12.ビゼンニシキ

 

 夏から秋にかけて、ビゼンニシキとよく話をしたのを憶えている。

 その年は私も合宿には向かわずトレセン居残り組だった。というよりケガで療養するウマ娘が多くてね。原因は各レース場の芝状態が悪かったこととされている。今でこそ生育管理が行き届いているが、当時のURAは張り替え時期や芝の改良を含めた試行錯誤をしていたんだ……ああすまない。話が逸れたな。

 

 私とビゼンニシキは自然とその娘たちを見守る立場になっていた。彼女とはリハビリ練習を共にしたり、生徒会や行事の相談もしていた。ビゼンニシキは的確に改善個所や問題点を理解し、どうすべきかを理路整然と話してくれたよ。

 

 もちろん彼女からの話もたくさんあった。主に悩み事だったな……

 ほとんどがリキサンパワーたちに対してのものだったが。

 

 

 

「ルドルフ」

「どうした急に」

「近いうちに野良レースがフリースタイル・レースという名称で公式化されるだろう? 私の仲間もチームを作る予定なんだ」

「君たちから申請は受けていないが、保留中ということか?」

「ああ。チームの名前を付けてほしいと言われて……そこで止まっている。お前にアドバイスをもらいたい。正直私にはネーミングセンスが無いらしくてな。リキたちがそれとなくフォローしてはくれるんだが」

 

 彼女がションボリしている。

 最近のビゼンニシキはたくさんの表情を向けてくれる。私が気付かなかっただけかもしれないが、微笑みを浮かべたポーカーフェイス以外にも割とコロコロ変わるのが見ていて楽しい。

 

「ちなみに、どんな名前を付けようとしたんだ?」

ペガサス(天馬)が如く」

「ん?」

ペガサス(天馬)が如く、だ。翼の生えた三女神のように空高く駆けて欲しいって願いから考えたんだが、不評だったと思う。みな微妙な顔をしていたからな」

「ええと、その、トレセン学園ではフリースタイルでも横文字が多かったな。通例だと天体の名前になる」

「だから星座名にしてチーム【ペガスス】と仮決めしているが、リキが部分的に学園のチーム名と被っているしなァ、と言っていた」

「チーム名? ……ああチーム【アルゲニブ】か。秋の四角形を構成する星のひとつ、ペガスス座の一部だな確かに」

「ならいっそ天体から離れて【ユメガ・ヒロガリングス】とか……」

「ああいや法則に基づいた方がいいなきっと」

「正に道理だルドルフ。志は大きく、ハッタリを効かせた名前を求めている。とにかくでかい星座か星がいいらしい。が、どうにもみんなの願いに沿えなくて」

 

 うんうんと唸るビゼンニシキを見て、私は苦笑した。

 その様子を見守るリキサンパワーたちも同じ顔をしたに違いない。チームを率いる者、尊敬する者に名前を付けてもらいたいという気持ちは分かる。その時の私にはすでに一つ案が閃いていた。彼女たちの象徴でもある輝きの名を。

 

「……それなら【ヘリオス】はどうだろう」

「ヘリオス?」

「ギリシャ語で太陽、という意味だ。彼女たちは高く目標を掲げようとしている。それならば思い切って銀河系においての恒星、太陽を冠するのは?」

「チーム【ヘリオス】か……。とにかく大きいもの、というみんなの要望にも合っている。何より直感で気に入ったし、ルドルフに聞いてよかった。有難う」

「なに、今回はイメージがすぐ浮かんだだけだよ。ビゼンの話を聞いて、連想されるのが先ず太陽だったんだ」

「みんなも気に入ると思う。すごいな。言葉を選ぶセンスがいいんだな」

「そう言われると嬉しい……が、私が名付けたとは言わないでくれよ? チームメイトは君の命名を望んでいるのだから」

「分かった。ここは皇帝の意見を()()するとしよう」

「……!」

「ん、その顔はなんだ?」

 

「……天才はいる。悔しいが」

「どうした急に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の盛りを越える頃には、彼女のケガはみるみる回復に向かっていった。

 軽めの調整から始めたことが幸いしてね。何よりビゼンニシキには休養を取ることこそ必要だったらしい。リフレッシュした身体は砂に水を落とすように、練習で得られる最大限の成果を吸収していった。私とともに合宿組と同等か、ともすればそれ以上の仕上がりになる過程と期待があったよ。

 

 9月からはクラシックや天皇賞へのトライアルレースが多くある。休養したウマ娘も、夏の上がりウマ娘も一堂に会して意気衝天たる様で競うわけだが……秋にはウマ娘のための祭事、年中行事の駿大祭があるのは知っているかな?

 

 ……ああ、今年は取材のチームではなかったのか。確かにウマ娘主催の祭りだ。当日のハードな移動や日程の詰めなどはベテランの記者でも簡単ではないと聞く。ならば来年は是非来てほしいな。ウマ娘独特の価値観や、その想いの帰結に触れる良い体験になると思う。

 

 その年、私は生徒会側の運営を一手に担い、ビゼンニシキは流鏑馬(やぶさめ)の参加候補者となった。行事の相談をしているうちに、自ら進んで協力すると言ってくれてね。流鏑馬は文字通り鏑矢(かぶらや)にて厄を射祓う。その大役を彼女は見事果たしたよ。想像以上の働きだった。あれは催し物というよりもむしろ……

 

 

 

 

 

  

 曳神輿の掛け声も今は遠く。

 石畳みの階段を登り、開けた道の途中に彼女はいた。霊山前のかがり火がぱちぱちと音を立て、ぼんやりと横顔を照らしている。和風の勝負服の背にはたすき掛けの矢筒。弓はすでに返却した後のようだ。

 

「ビゼン」

「ルドルフ。奉納舞の準備はいいのか?」

「最終確認はさきほど立ち会った。私が踊る訳でもないし、あとはスズパレード達に託すだけだよ。君の姿がなかったから少し見回りを兼ねて歩いていたんだ。どうしてここへ? 演し物を終えて落ち着きたかったのか?」

「ん……そういう訳ではない。酔っ払いが霊山へ入っても危ないだろう。そんなことは無いとは思うが、お前の管轄で何かあっても困る」

「霊山への夜道はかがり火もなく暗闇の中。ウマ娘も人も酔うと前後不覚に陥る可能性はあるか……人員の配置、いや立ち入り禁止にしても良かったな。今日この日に登る者もいないのだから。それよりどうする? そろそろ奉納舞が始まるが、一緒に行くか?」

「ここからでも見える」

「……確かに」

 

 階段下に目を向けると、来場者が舞台に集まり賑わっているのが一望できる。練習やリハーサルでは最前列正面に陣取っていたが、このアングルから眺めるのも新鮮に映る。視点的にも良いかもしれない。

 残す演し物は奉納舞のみ。万事滞りなく駿大祭を終えられそうだが、みな安全に帰るまでが運営の責務。しかし、その前に……

 

流鏑馬(やぶさめ)、見事だった。君の提案も驚きだ……会場をコースに見立て、駆けながら鏑矢(かぶらや)を射るとは」

「例年、動かず足踏みから的を狙うだけだったからな。来た人たちには新鮮に映ったかもしれない」

「レースさながらの走りで全射命中。みな大喝采だった」

「外すと格好がつかないからな。……7、8割のスピードに抑えて狙ったんだ」

 

 彼女の躍動が、ウマ娘たちの魂を奮い立たせるようだった。

 改めて推薦して良かったと思う。秋のクラシックや天皇賞、今年は短距離マイルへ向かう者も多い。それぞれの挑戦に気合いと勇気を注ぐような走り。例外なく、私も太陽さながらの熱を浴びた一人。

 

「来場者数は既に、史上最高を記録したそうだよ」

「本当はこの霊山を駆けたかった。祭りの歴史に詳しくはないが、原初には山中で射た数を競い合ったんだろう?」

「ああ、伝統通りでは霊山にかがり火を立て、頂を目指しながら的に当てる方式をとっていた。さすがに近年では安全面を配慮して避けられてきたが」

「来年はお前と競いたいな。出来るなら原初の形で」

「……分かった。やろう。きっと今年以上に盛り上がる」

 

 そう口に出してから、各機関への許可や準備の難しさが頭を巡った。だが私も……結局のところ彼女と競いたかったのだ。いかなる手入れも許されない、自然の驚異そのものの形をした山中を身ひとつで駆け抜け、飛び回り、無数の的を射抜く。ウマ娘の本能が滾るじゃないか。

 私もいい加減、走ることへの渇望を募らせて来ている。それもビゼンのせいなのだ。魂と足に火を点け、熱を上げさせてしまう彼女が。

 

「君に負けていられない。私も緊褌一番(きんこんいちばん)、気合を入れて最後まで運営を全うするとしよう」

「しかし生徒会がルドルフ一人ではな……無論、手伝いはあるようだが。誰かアテはないのか?」

「ふむ。来期は生徒会長の座を競う、というウマ娘はいるが……」

「エアグルーヴか。夏に一度会ったな。並みのウマ娘ではないのはすぐに分かった。少し余裕がないというか動揺していた気がする」

「あの時はビゼンの言葉遣いに混乱していただけだよ、彼女は」

「そうか? なるほど……」

「君はどうだ? 生徒会に籍を置く気があるならば」

「……」

「言ってみただけだ。ウマ娘たちと向き合う方法は一つに限らない。それを教えてくれたのは君だ。ビゼンにはビゼンの関わり方がある」

「……」

 

 ビゼンニシキは無言で勝負服の袴の結びを解き、たくし上げていた裾を元通り足首までさげた。そのまま石畳に敷くようにして座り込む。私も彼女に倣って腰を下ろす。

 今は皇帝の威厳も何もなく、ただ二人のウマ娘が並んでいた。

 

 かがり火が音を立てて燃えている。その眩しさとは対照に、空は暗い。月だけが大きく迫り、くべられた松薪から伸びた炎に焦がされるほど近く見える。太陽と月が重なっているようだ。そして周りには幾千の星々。

 

 奉納舞の囃子が聞こえてくる。

 

 どこか幻想的な、日常と切り離された感覚だったよ。

 お互いどちらともなく、ぽつぽつと話した。誰もが笑ってしまうような夢物語、理想を口にした。この時がずっと続いて欲しい、そう思わずにいられない一瞬の場面だった。しかし、そう感じるほどあっという間に過ぎていくものでもある。

 

「ルドルフ。ウマ娘達の活躍……特にここ最近のレース界の盛り上がりは凄まじい。ダート、フリースタイル戦、短距離にマイル……レース組みも今年から大きく変わっていく。それぞれの適正、活躍が出来るように」

「ああ。そう遠くない未来では、ウマ娘がどんな距離でも適正でも輝ける世界になる。新たな時代を作りだすうねりが今も押し寄せている。ビゼンの流鏑馬だってその一助だ」

「ならばより一層の発展と、ウマ娘たちの安全を祈願する駿大祭の担う役割は例年、重くなっていくな。大切な役割を私たちが果たせてよかった」

「……そうだな。違いない」

 

 祭りは終わり、みな日常に帰っていく。

 去年、今年、また次の年へと連綿とした繋がりは決して途切れない。

 

 

 

 今宵は尊き駿大祭……願わくば。

 どうかあらゆるウマ娘が、無病息災に過ごさんことを。

 どうかその行く末に、栄光の未来が続かんことを。

 

 

 

 

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