ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

14 / 16

「……レース中の怪我。すべてのウマ娘たちに起こり得る、残酷な話です」
「当時、よく夢を見たよ。ビゼンと共にターフで競う場面から始まるんだ。その終わりはいつもビゼンの速度が鈍り、私を見送る。そして倒れる彼女をリキサンパワーが抱き留めて叫ぶ……そんな悲しい夢を」



14.落日。

 

 ビゼンニシキはスワンSの直線で、右足のアキレス腱と足首周辺を同時にケガをしてそのまま緊急搬送。手術は成功しトレセン学園にほど近い病院でしばらく経過をみることになった。

 彼女はクラシック期を盛り上げた人気ウマ娘だったこともあり、ネットや新聞社からのバッシングは相当なものだった。トレセン学園にも記者が連日詰め掛けていたよ。

 

『レース場の劣悪な芝状態のせいで、多くのウマ娘が要らぬ怪我をしたり負担となっています。ビゼンニシキもその犠牲者の一人じゃないんですか?』

『そもそも春の出走ローテーションが過密だったのでは?』

『弥生賞直前にトレーナー交代という事態もありましたよね。その際に確執や禍根を残したという噂もありますが……』

 

 そのどれもが無遠慮で無作法。彼女の耳に届けたくない声と言葉ばかりだった。ケガで意気消沈している者にとって必要なのは、もっと……おや、すまない。記者である君の立場を考えず困らせてしまったかな。他意はないんだ。URAも病院にだけは立ち入らせない対応を徹底していたしね。

 

 すぐ見舞いに行き、声をかけてやれば良かったと今でも思っている。だが、正直どんな顔をして会えばいいか決心がどうしてもつかず……菊花賞の一週間前。京都へ遠征に行く寸前で、ようやく病院に向うことができたよ。ウマ娘専用の病棟があってね。その個室のベッドで彼女と対面したんだ。

 西日で染められたシーツから、包帯を巻いた右足が少しだけ覗いていた。

  

「……」

「……」

 

 お互い挨拶もなく、ただ視線を合わせる。

 ふとドアの横を見れば色とりどりの花が棚に飾られている。仲間たちの見舞い品だろう。私の花もその傍らに添えていると、後ろからビゼンニシキが声を掛けてきた。

 

「レースでの故障……程度はともかく完走できなかったのが、少し心残りだ」

「私としてはリキサンパワーたちに感謝しているよ? 競争中止になったからこそケガの悪化から免れた。それに君のことだ、走り切ってしまえばウイニングライブに出る、なんて言い出しかねないからな」

「ふふっ……確かに。リキたちが次に来てくれた時、もっと伝えるとしよう」

「遅くなってすまない。私が最後らしい。たくさん見舞いが来たようだ」

「仲間やトレセンの関係者、練習を共にしたウマ娘やファンの代表が花を贈ってくれた。そうそう数日前……ニホンピロウイナーもこちらに来たよ」

「マイルの皇帝が?」

()()()()()()()()()()()()言ってた。この部屋、風通しはいいのにな?」

「そうか。何となく彼女の言いたいことは分かる」

「皇帝と呼ばれた者同士、通じ合うところがあるか……流石だ」

 

 ビゼンニシキが恐らく意図的にとぼけた事を言い、お互いに笑った。

 

「このケガは……練習やレースでの酷使というよりも、私の出せる最大スピードについていけなかったのが大きいみたいだ。お医者さんも驚いていたよ。まあ快速が仇となるウマ娘は私に限らず多いらしくてな……お前も気をつけろ、ルドルフ」

「……」

 

 返事はできず、それ以降の会話が続かない。

 まるで前もって用意されていたかのように彼女の言葉はなめらかだった。きっと見舞いに来た全ての人に同じ説明をしたのだろう。ケガは自分だけの責任で、自分だけに降りかかった不幸ではないと。

 

 ……競争能力の喪失。

 

 生徒会室で彼女の診断書をどうみても、読み取れる結果は変わらなかった。

 足首には幾つかの靭帯があり、アキレス腱と連動して走るには欠かせない部分。それらがレースでの踏み込みによって負荷がかかり、一度に……深刻な状態になってしまった。

 

 競い争えない、とはどういうことだ?

 二度と併走が出来なくなる。走る能力を無くす?

 魚は泳ぎ、鳥は飛ぶ。そしてウマ娘は駆けるもの。それぞれの生物に備わる機能。それを失ってしまったら、どうなるんだ?

 

 理屈ではわかる。

 人は、走っている姿ばかり目に映すけれど。私たち(ウマ娘)は、レースの栄光だけを追っているわけではない。人と同じように現実を生きていて、競バ場で駆けるウマ娘よりずっと多い。みんなの平和を守るウマ娘もいるし、絵本を作るウマ娘だっていて、走らずとも生活している。ケガの影響で彼女は競い合うレースとは無縁の道を歩む。それだけのこと。

 

 なのに。

 声も、言葉も出てこない。

 

「自業自得だが、リハビリをこなせば日常生活は問題ないそうだ」

「そう聞いているよ」

「また、走れるようになるらしい」

「……ッ」

「と言ってもジョギング程度のペースになる。それでも有難い。トレーナーになった時、せめて指導するウマ娘たちとクールダウンや準備体操に付き合いたいからな」

「それが君の目指す、次の道か?」

「ああ。もともと仲間たちの練習を見たり、アドバイスするのは性に合っていた。トレセン学園の慢性的なトレーナー不足が解消されれば、怪我をするウマ娘も減るだろう。結局のところ私はまだ、お前の夢と繋がっていたいんだ」

「……君は強いな。ビゼン」

 

 沈みかけた西日を背に、彼女が笑う。

 いつだって君の輝きは……目の前の暗い影を消し去るようだ。私に道なき道を征く勇気を、今も奮い立たせる。

 

「ルドルフこそ強くあってくれないと困るぞ? 何しろ菊花賞は、最も強いウマ娘が勝つと言われているんだ。だから証明してくれ……なぜならお前は」

()()()()()()()()()()()。そう胸を張れるくらい走って見せるよ。きっと」

「そうだ。忘れるな皇帝」

「……ああ」

「信じている。お前が三本目の指を空に立てる所を」

「菊花賞を勝って、ここに帰って来るとしよう」

 

 決意を告げて部屋を後にする。ゆっくりとドアを閉めた。

 迷いなく踏み出すはずの足が動かない。思わずしゃがみ込みそうになり、胸を押さえる。でないと自分を辛うじて保っている繋がりを、維持できない。 

 

 彼女の声や言葉、あの輝きは……私を励ますための偽り。何もかもが虚構だ。京都レース場を去った時、入院してからずっと無理をしている。見舞いに来た者たちは気付いているのか? 誰か支えになって助けているのか? 

 いくつかの疑問がわき、頭で考えている時……ドア一枚を隔てた背中側で、小さな嗚咽が聞こえた。信じがたいことだが、ビゼンニシキが泣いている。誰にもさらけ出したことのない彼女の本音が、この耳に入って来る。

 

なんで…… どうして。 私が……

 

 なんで、こんなことになった。

 どうしてシンボリルドルフと関わった。

 私がケガをしたのはお前のせいだ。

 

 ぽつりぽつりと呟く単語が、心の奥に響いて突き刺さるようだった。

 彼女が思っている事とは違うかもしれない。しかし自分の中で勝手に尖り、深々と穴をあけていく。だが、私は……今からでも部屋に戻り、声をかけなければ。してやれることは何があるか、一体どうすればいいかさえ分からない。でも、ビゼンニシキが泣いているんだ。私がそばにいてあげないと!

 

走りたい……嫌だよ……私は、走りたいのに……っ

 

 部屋に入ろうとした瞬間、震える声が私に届いた。想像したいくつかの言葉よりも残酷で、悲痛がこもった本心を……私は理解する。誰かへの憎しみや恨みの感情はない。彼女は変わらずただ前を向き続けていて、今も走りたいだけだ。

 

 ドアに触れようとしていた手を引き、自らの口に当てる。

 唇は歪み、ひきつった笑みを形作っていた。こんな傑作なことがあるか? 

 ……百駿多幸。すべてのウマ娘が幸福に暮らせる世を創る。そう大言を吐いて皇帝たらんとするウマ娘がいた。しかしそのウマ娘は一人の友だちが苦しんでいる時でさえ何の声もかけられない、間抜けな道化だったのだから。さしずめ【皇帝になりたかった道化】といったところか。ひどく滑稽で笑える話、それがこの私。たった一人のライバルも助けられない、哀れで矮小なウマ娘だ。

 

 私の夢物語。君の絵空事。

 本気でこの世界を変えていけると思っていた。誰もが幸せに向かい、願いを叶えられるようにと。果たして私は、この胸に滲んだ疑いを払い……再び夢へと駆けることが出来るだろうか。

 

 

 

 走りたい君が走れない世界で。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。