ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

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本編最終話になります。
ここまで読んでくださり有難うございました。



16.ユメヲカケル!

 

 

 

 底抜けに元気な声がカフェテリアに響き、二人とも振り返る。

 制服姿、青髪の混じったこの子はたしかダイタク……ああ、そうか。彼女が呼び名を渋った理由に思い至った。

 

「ヘリオス。教室の用事はもういいのか?」

「居残りテストも逆にテンアゲ爆逃げで先着ってゆ—☆ ビゼン先輩、まだ手伝えることありめ? 補習終わったしやるべやるべ~!」

「やる気のところすまないが、あとは併走に向かうだけだよ」

「マ? イベントいいとこだけ見れるってこと? 超アガるゴホービじゃん! いよっ! ウチらの太陽サマ、最&高~☆ ほらほらパーマー。出待ちしてる場合じゃないっしょー?」

「わ、わ、ちょっとヘリオス!?」

 

 ダイタクヘリオスが傍の柱から誰かの手を引っ張る。

 ちらっと制服の袖が見えた……つまりはこの時間までの補習組か。

 

「えと、挨拶が遅れました。ルドルフ会長に、ビゼンニシキさん。パーマーです。……メジロ、パーマー」

「ビゼンニシキだ。ヘリオスからよく名は聞く」

「ヘリオスとは友だちで……貴女のことをいつも話してくれてて……」

「それだけじゃないっ! パマちんはなんつっても……爆逃げ・超逃げ・神逃げ! ウチと逃げズッ友なわけよ☆」

 

 明るい髪型に今風の身だしなみ。しかし育ちの良さが隠せていない。

 ああ、この娘がメジロの……

 わずかな思考の間に、ビゼンニシキがふと思いついたように言った。

 

「パーマーか。このあいだ野良レースで見たよ。 素敵な走りだった」

「え、見てくれてたんですか!?」

「フリースタイル・レースでは初期の頃から仲間たちがチームを立ち上げていてね。今でも彼女たちやチームの誰かが出場する時は足を運ぶことにしているんだ。パーマーのレース、仲間たちと楽しそうに駆けていくのが印象に残ってる。自由に走るというのは正にあんなレースのことを言うんだろうな」

「それな……そうなんです。本当に超楽しくてヤバいんです! もうテンション爆アガりで! もっと走りたくなって来て、ぶっちぎってみたくなるってゆーか……最っ高の気分でした」

「これからも君のレースを楽しみにしている」

「はい! ありがとうございます。この後の併走、二人で見てますから」 

「んーちょい仲よすぎん? もしかジコ☆紹介いらなかった系?」

「あはは。なんかビゼンさん、私の事よく知ってたみたいでさ♪」

 

 ……メジロ家のお茶会で話題には出ていたが、そこまでの卑屈さは感じないな。名家特有のプレッシャーや使命からいい意味で逃げて距離感を取っているようにみえる。あるいはダイタクヘリオスとの交流で心境が変化したのか……私とビゼン。二人も似たような関係なのかもしれない。

 

「ビゼン先輩はウチの夢。目標なんだー☆ レースで笑いながら爆逃げかますのを子どもの時に見ててさ。ウチもあんな風になりたい! って思った訳よ」

「ビゼンニシキはこの私のライバル。目標にするのはいい……が、その夢を叶えるのは簡単ではないぞ?」

「ルドルフの言う通りだ。ヘリオスが私に挑んでくる気持ち、本物かどうか……ここにいる皇帝さえも及ばない走りをまず見せてやろう」

「それな☆ それisそれ! ガチのマジに今日の練習、首ナガで待ってた! でもウチはぜったい諦めんから。子どもの時にも言ったっしょ? ビゼン先輩みたいな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になるんだ、って☆ だから勝負なら逃げるけど逃げんよ。ウチは負けねー」

 

 ダイタクヘリオスは私たちの威圧にも全く物怖じせず、むしろ笑ってみせる。そこから感じる熱は……いつかのビゼンニシキみたいな、曇ることのない太陽に似たスケールを感じさせた。

 

 彼女なりの宣戦布告。どこまでも快活で陰のかけらのない笑顔。

 

 私もこの娘と走ってみたくなった。おそらく先にトウカイテイオーとトゥインクルシリーズで相まみえた後、成長した二人とレースで競うかもしれない……そんな予感がした。

 

「パマちんほら行こっ……リキさん先輩にベスポジとられんうちにさ。あ、リキさん先輩はね、応援団っぽい服着てんの。んで応援も鬼アゲ☆神アゲ★ブチアゲかます系だから。ふりーなんたらスタイルのダチも来んじゃね!?」

「ホント!? ……あ、待ってよヘリオス!」

「うおおおおヤッベ……最&高&高&超ぉ! リアルガチでテンションパねぇ☆ もう一番いい場所で見るしかないっしょ! ウチのポジセン見とけー☆ あっはははははは!」

 

 その声はあっという間に廊下を過ぎ去っていった。

 メジロパーマーがこちらに会釈をしてから、追走で駆けていく。夕食時ならば看過できない速度を笑いながらか……そんな慌ただしい様子を、ビゼンニシキは涼しい微笑みで見送っている。

 

「ヘリオスはよく知っていたが、パーマーもいい娘だな」

「ああ。二人ともどんなウマ娘にもいずれ劣らぬ才覚を感じた。私としたことが、その輝きに今まで気づけなかったとは」

「しかしあの口調、どうにか直せないものか……」

「うん?」

「マルゼンスキーを尊敬してはいるが、言葉遣いなどウマ娘への影響は未だに大きいみたいだ。この間彼女のドライブに付き合った時にも苦言を呈したが……ヘリオスの話す言葉が分からないのは、つらい」

 

 そう呟いて、久しく見ていないションボリした顔をした。

 ……ビゼンニシキの光が曇る時というのは、自らの不幸や境遇では決してない。大抵は親しい者のことばかりだったな。 

 

「たぶん彼女が広めたわけでは無いよ。言葉も少し違う気がする」

「そうなのか?」

「今時の流行り、という物だと思う。私もそこまで詳しくないが」

「どちらにしてもマルゼンスキーとヘリオスとで面談するしかあるまい。お前にも手伝ってほしい。かつて私の言葉遣いを直したときのように」

「えぇ……」

「感謝しているんだ。あの時、粘り強く説得してくれなかったら。自分は色々なことを見失っていたはずだ……本当に有難う」

「よりによってそこか!? その言葉もっと、相応しい場面あったぞ!?」

「もちろんトレーニングや相談、足の靭帯切れたケガだって海外の治療法がなかったらこうして復帰できなかった。どれだけ感謝しても足りないほどの貸しがある」

 

 恩を売ったつもりはない。

 私はただ……走ろうとするライバルの力になりたいと思っただけだ。それにビゼンニシキは再手術を選んだうえ入院生活が何倍にも伸びた。辛く長いリハビリも淡々とこなし続けた結果だ。自らの気持ちが引き寄せた最良の未来。

 

「……」

「お前の思っていることは分かる。だから走りで返すことにするよ」

「うん。それこそ私のライバル。しかし皇帝さえも及ばない走りを見せる、とは大きく出たな?」

「ダイタクヘリオス。彼女の夢は大きく困難であればあるほどいい。必ずそれを乗り越えて、高みまで登っていけると確信している。私が夢みた景色の先へ」

「君も見つけたのか……()()()()()を」

「ああ。お前に絶対があったように、彼女(ヘリオス)にもそれを信じさせてくれる輝きがある。沈まない太陽などない。だがまた新たな太陽が昇り私たちの未来を照らしてくれる。それを繋ぎ続けていれば……誰もが幸せになれる未来まで到達できるかもしれない。それにはルナ。まず今日お前を倒さなければならなくなってしまったが」

「やれるものならやってみろ。今日の併走……条件は2000m、左回りでどうだ?」 

「右回りじゃなくていいのか? 私たちの併走、だんだん見物人が増えていっているみたいだ。皇帝が敗北を喫する姿を、多くの衆目に晒してしまうのは……」

「その言葉そっくり返そうか。君と競った2000m、君の最も得意とする左回り。その条件で打ち破ってこそ皇帝というもの。ちょうどいい機会だ……皐月賞で二度接触した借りも返すとしよう」

 

 カフェテリアの席を立ち、彼女と並ぶ。

 敵意ではない勝負への想いが多くを語らずとも伝わり、動かしていなかった身体がどんどん熱を帯び出した。君も逸る気持ちを抑えているな? お互い勝手知ったる仲。心の内も手に取るようにわかる。

 

「さて行こうか。念入りにウォーミングアップをしなくては」

「私も付き合おう。さっきまでサイレンススズカの練習を見てたんだ」

「ほう? 彼女はどうだった?」

「トゥインクルシリーズの中距離戦では、誰も敵わないかもしれん」

「強さは同意見だ……脆さの方は?」

「スピードはともかく、肉体のバランスが崩れる寸前でな。ランニングを半分にしてでも右半身を意識的に動かすよう伝えた……彼女がわりと素直で驚いたよ。もっとストイックで練習や走りの拘りを変えないタイプだと思っていたが」

「左回りのスペシャリストとして、共感できたんじゃないかな」

「そうか? そうかもな……」

 

 ゆっくりと練習場へ向かう廊下を歩いて行く。

 正面には西日が差して二人の影を後方に伸ばしていた。ふと、クラシックシーズンの地下バ道が頭をよぎる。皐月賞でもダービーでも同じように君と勝負服を纏い歩いたものだ。お互いに影を踏まず、真っ直ぐにレースへと挑む……。

 

 あの時と違うのは、それぞれの想いを抱いて私たちの背を目指すウマ娘と、さらにそこから追い越さん勢いで夢を繋いでくれる存在がいること。だが私とて、そう易々と胸に秘めた想いを託すことはない。これは私の夢だ。誰にも渡してやるものか。

 なあ……君もそうだろう?

 

「ルドルフ。待たせてすまない。時間はかかったが……ウィンタードリームトロフィー、今年最後のレースにはどうにか間に合う。そして今日と同じく勝利という名の錦を飾ろう」

「ビゼン。復帰できたのは本当に嬉しい。だが勝負とは別問題。全力で君を破って見せる」

 

 微笑みはやがて歯をむき出しにした笑顔に変わった。鏡合わせのようにお互い同じ顔。そこに皇帝も悲劇もない。魂をさらけ出し、今にも競争本能に身を任せようとする二人のウマ娘が並び歩いていた。

 勝利を信じて走り……レースで頂点に立つ者はいつだって一人。

 

「勝つのは私だ。シンボリルドルフ」

「身を以て教えようビゼンニシキ。私には絶対があることを」

 

 彼女は私に礼を言っていたが……こちらこそ感謝する。

 日進月歩が如く高め合えたこれまでに。

 

 太陽は月の影を踏まず、月は太陽の光を道しるべとした。どうやらお互い一蓮托生という星の巡りにあるらしい。近付いては、また離れ……どんな時も私と君は繋がり合い、決して断たれないのだから。

 

 

 

 二人の描いた夢物語と絵空事……願わくば。

 

 

 

 いつか夢を見失い迷走する者たちが空を仰いだ時。

 その魂だけに瞬く、導きの光があらんことを。

 

 

 

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