ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

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6.太陽と月の交錯。

 

 

 

『……いまスタートしました!』

『ビゼンルドルフ、まずスタートは互角! 共に好ダッシュで進みます。内の方からアサカジャンボ、スゥーっとシンボリルドルフも行きかけますが、先ずはアサカジャンボこの長身のウマ娘。さらにルーミナスレイサーが上がっていって追走。ニッポースワローはむしろ後方から行く。まずハナを切ってジャンボが、そしてルミナスが行きました。これを追ってスズマッハが前目について3番手。内の方からはシンボリルドルフ、早くも4、5番手をキープか』

 

 完ぺきなスタートでゲートを出られた、と思ったがビゼンニシキもほぼ同じタイミングだった。もともと瞬発力も反応も良いのだから、彼女にとってこれくらいのことは問題にすらならないか。

 だとしたら懸念は序盤の位置取り、追い込みのペースに落とし後方に下がる?

 いや、どうやらこれは……。

 

『前を追って中段やや前がぎゅうっと数人固まっている! ビゼンニシキは更にその後ろ内ラチを通っています。ほぼグループ真ん中がビゼン。先頭から8バ身の所にいます!』

 

 差しの構え……じゃない。

 集団のペース次第でポジションを変えるつもりだ。追い込みから先行まで。中山の坂と短い直線に対し、末脚を余さず使い切るギリギリのラインを探っている。そうすれば絶対に勝てるという揺るぎないスピードへの信頼。確かに課題をことごとく潰して挑んでいるようだ。自由自在の柔軟さ、弥生賞とはまるで別のウマ娘じゃないか……!

 

 私がジュニア期のレースで三冠を意識した走りをしている間、彼女も早熟で本格化を終えた全盛のウマ娘たちと鎬を削って、一戦ごとに成長を重ねている。実践のキャリアでは向こうが上。それは当然だ……私には君以外、相手になる者などいなかったのだから!

 

『さあ第1コーナーをカーブした! アサカジャンボ先頭で2バ身のリード。ルーミナスレイサーが追走2番の位置取り、それから2バ身差で空いてシンボリルドルフ早くも3番手。内の方からギアを上げてフジノレイメイが行くスズパレードが行く。ターフを揺らすような大歓声が上がる! その最内にビゼンニシキ。ビゼンは先頭から10バ身ほど。シンボリルドルフの後ろから、虎視眈々と微笑みを浮かべているぞ! 後方集団やや固まってニッポースワロー。それから後方3番手にいるのがリキサンパワーだ。ちょっとスタートからここまで出遅れた形。内の方からはスズパレードが行きます』

『先頭からシンガリまで横長に伸びるレースとなりました!』

 

 私を倒そうとする者たちにマークされているのが分かる。

 栄光を掴むためには、必ず皇帝(この私)に先んじなくてはならない……と、考えているようだ。当たっている。()()()。だが、ここは皐月の舞台。最も脅威となるウマ娘を意識しなくてもいいのか?

 私は後ろ髪が焦げ付きそうな、じりじりとした熱を感じて笑った。

 

『1000mを通過して……これは、去年の泥まみれの皐月賞と同じラップだ!』

『固い芝生の影響かスローペースのようです。逃げ先行前残りがあるぞ! 後ろの娘たちはいつ仕掛けるのか!? 向こう正面の中ほどを過ぎた! アサカジャンボが逃げている。芝の良いところをルーミナスレイサー。外から早めにシンボリルドルフ。その直後ビゼンも行く! さらに内の方からスズマッハも接近して上がって行く! さあ第3コーナーのカーブ各々が勝負どころを見定めて……』

 

 もう遅い。

 勝ち負けとなる者は、すでに持てる全てをかけて賽を投げた後だ。

 上がりとコースタイムはおおよそ決定している。残すは小数点以下の走破時間。あるいはアタマ差クビ差、数センチの世界。そこにこそウマ娘しか到達できない領域がある。

 

 その中でも……ビゼンニシキ。君のコーナリングは素晴らしかった。

 よく欠点を克服し、プランに生かしたと思うよ。しかしそれはクラシック期のウマ娘としての水準だ……理想よりもほんの少しスピードが落ちて外に膨らんだぞ? 

 彼女だけじゃない、まだまだどの娘にも付け入る隙が存在する。本人も気づかない走りの癖、息の入れ方。スパートの気配……相手を知り己を知るという点では私が一歩先へ征く!

 

 直線の坂を越えるまでにビゼンニシキは追いついてくる。だがそこまでだ。彼女の僅かな減速と外回りのロス、そして私の削った身体の分だけ先着して勝つ。ゴール板までの風景が、ビリヤードの手玉をイメージ通り撞いたように浮かび上がっている。もはや覆ることはない!

 

『早くも400mの標識の手前。前は依然アサカジャンボが粘っている。するするとウマ娘の間を通ってシンボリルドルフ抜けようとしている。その直後! 外からぐんぐんビゼンニシキもやって来た! 来たぞ来たぞビゼンルドルフ、ビゼンルドルフ! SB対決だ! 早くもこの二人が競り合っている! 後ろの方でスズパレード! そして懸命に突っ込んでくるのは ニッポースワロー! 坂を駆けてシンボリルドルフ先頭、ビゼンニシキ追う!』

『SB対決まさに両バ一歩も譲らない、すごいレースを見せています!』

 

 彼女は外に持ち出し、身体を併せての追い比べを選択した。

 詰めるには最善の手。だが私が誘い出した結果だ。

 君の勝ち筋はもう無いのだから。限りなく近づきはすれど、太陽が月を追い越すことは……

 

「勝負だ! シンボリルドルフ!」

 

 自然と笑みが浮かんできた。

 勝利を確信したからだと脳裏をよぎったが……逆だ。

 運命の糸は縺れに縺れ、最後まで分からない。この皐月賞で最も速さを誇る足がさらに加速し、一瞬で分からなくなった。

 かつてない力が全身を巡る。隣に並ぶ彼女の灼熱が足に灯ったように、今までのどんな走りよりも強く速く……何より楽しくてたまらない!

 

 来るなら来い、来てみろ。

 私は、君のスピードすら凌いで皐月を獲る!

 

「ビゼンニシキ! 私は、……ッ!?」

「ぐうッ……!? あああアアァ!」

『おおっとビゼンが外にヨレた! いや、ルドルフが接触したか!? 互いにやや外に持ち出して……ルドルフ強い! ルドルフ強い! ビゼン追う! 体半分縮まらない! ルドルフいま一着でゴールイン! 皐月賞はシンボリルドルフ制覇5連勝! 二着はビゼンニシキ!』

『皐月賞SB対決は凄まじいワンツーフィニッシュとなりました!』

 

 

 

 

 あれほどの高揚感がすぐ消し飛び、流れる汗が冷えていく。

 それに比例してぞわぞわと自らの影を伝って這い上って来るのは……

 

 

 

 例えようもない後悔の念だった。

 

 

 

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