ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

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「斜行や進路妨害の話、誰もが語りたがらないグレーな部分……まさか貴女の口から聞けるとは思いませんでした」
「今でこそ厳しい処分があらゆるウマ娘とレースを問わず下されるようになったが、ルール改定前は公平さに欠けていてね。特にGⅢ以上の重賞戦では抗議や降着が起こること自体、URAの品格を汚すという風潮があった……そういう意味では、皐月賞で私が引き起こした問題は、のちに行った改革の発端と言えるのかもしれない」



8.NHK杯、生徒会室にて。

 

 

 

「貴女とビゼンニシキさんの夢って、先ほどインタビューで語っていた、あの……」

「待ってくれ、そこを語るとしたらまだ相応しい場面がある。当時の皐月賞のあと私は直行組だったが、彼女はNHK杯を次走に選んだ」

「ええっ!? 走りすぎじゃないですか? 春クラシック期に5戦。日本ダービーの出場権利はすでに持ってるのに……」

「その通り。流石にここまでくるとマスコミやファンから疑問の声があがったよ。君の新聞社からも記事が出ていた。確か……トレーナー同士の確執? それとも皇帝には敵わず逃亡か!? だったかな」

「なぜ彼女はNHK杯にわざわざ出場を?」

「ダービーを回避するためとか、成長限界と見切りをつけ楽な場所で勝とうとしたとか……あの時は憶測が飛び交い、悪評もいくつか立った。だが彼女の真意を汲み取るものなど誰もいなかった。()()()()()()()

 

 

 

 *  *

 

 

 

 あれは生徒会室で仕事に区切りをつけ、携帯を手にした晴れた午後。

 東京競バ場で実際に観たかったが、断念してネット観戦の時間を取った。

 

 NHK杯は9人参加の2000m。

 ゲートが開き、まず好スタートを切ったビゼンニシキがそのまま先頭に立つ。走る様子から私が二度接触した影響やケガ等ないようでまず安心した。次に芝生が荒れていることも、彼女たちの踏み足でよりはっきり見て取れる。皐月の中山よりもターフコンディションが悪い。つまりは逃げや先行有利、あるいはパワーでねじ伏せれば長い直線で後ろが届くかどうか……つまりは日本ダービーの課題をクリアするため? それにしても……

 

『ビゼンニシキ逃げを打った! スプリングSの再現か!』

 

 生徒会室の窓から差す陽光より彼女の走りは輝いていた。  

 実況の伝えたいことは理解したが、スプリングSのような先行策からの幸運な逃げではない。始めから意図しての脚質選択。快速を十分に活かした本職顔負けの逃げだった。ダービーでも逃げるつもりか、あるいは仕掛けどころのタイミングを本番さながらに試したかった? その答えは第一コーナーを曲がる時に示してくれたよ。

 

 ()()()()サイレンススズカというウマ娘を知っているかな?

 

 ほう、このあいだの毎日王冠を見てくれたのか。それなら話が早い。

 では彼女の長所はどこにあるだろうか?

 

 あのスピード?

 確かに後続を直線に入ってなお突き放すのは驚異的としか言いようがない。

 瞬発力か? なるほどよく観察している。

 スタートからすでに他のウマ娘と加速が違う点は特筆すべきものだ。

 

 ただそれらは、生まれ持っていた天性の能力を磨き続けた結果だ。

 ノースキル、ゼロから超一流の位置まで伸ばした部分……彼女の長所は左回りのスペシャリストということだと私は思う。

 

 コーナーに向かう際のなめらかな重心移動はもちろん、蹄鉄が片側だけ擦り減るほど偏ったボディバランス。歪みを支える筋量も絶妙な不釣り合いのまま維持し続ける……それは日常レベルの訓練が無ければとても辿り着けないものだ。それが、彼女の培った左回りのスキル。

 

 話の冒頭で、ビゼンニシキはコーナリングに難があると言ったのを憶えているかな? 減速が大きいうえに外に膨れてしまう癖があると。右に曲がる中山のレースでは確かにその通り。しかしサイレンススズカ同様……ビゼンニシキにも備わっていたのだ。春のクラシックウマ娘どころかシニア級の超一流どころを探しても比類なき左回りのスキルが。

 

 私を含め観客も驚き、その明らかな違いに息をのんでいたよ。楽しそうな笑顔と、コーナーで更に加速するかのような独走……見る者すべての魂に焼き付いて離れない光景だった。

 

『ビゼンニシキ先頭です! 東京の長い直線、後ろの娘が存分に足を使っても差が開く一方! 規格外のスピードに誰も追いつけない! 微笑みのまま3バ身4バ身のリード! ビゼンがいまゴールイン!』

『ビゼンニシキがダービートライアルNHK杯を制しました!』

 

 しばらく熱に浮かされて何もできなかった。

 手に汗握るとはこの事だろう。携帯がじわりと濡れている。

 彼女がファンの声に手を振り、応援に来ていたリキサンパワーや他の仲間たちと言葉を交わしているのを、ぼんやりと眺めていた。

 ふと観客席最前列の女の子が、ぴょんぴょんウマ耳と身体を揺らし、彼女に似た琥珀色の瞳を輝かせているのを認識して……やっと我に返ることができた。青髪の少し混じった元気いっぱいの女の子が声を出している。フェンスを乗り越えんばかりに……あ。

 ターフ側へ落ちそうになった女の子を、近くにいたリキサンパワーが襟首をつかんで助けた。ビゼンニシキも同時に外ラチまで駆け寄っていたらしくホッとした顔を見せる。

 

 リキサンパワーが激しく叱り終えるのを見図って、ビゼンニシキは微笑みを向けて小さな頭をなでる。女の子はすぐ涙を引っ込めて興奮気味に何か話しているようだ。聞いていた周囲のファンは苦笑していたが、彼女と仲間たちは楽しそうな顔で女の子に言葉をかけている。

 

 ……羨ましい。素直にそう思う。

 トレセン学園で自分を目標にしてくれるウマ娘はいるが、少なからず畏怖の感情が付いて回っていた。まずは誰もが認める皇帝になるため、トゥインクルシリーズで三冠を目指していることに疑問は無い。ただ栄光を重ねていけば、私にもいつか……太陽のもとに集うが如く、あんな風に慕う仲間や憧れる子どもが現れるのか? 意識している時点で正しくない気がする。一人で考えるよりマルゼンスキーに相談してみてもいいかもしれない。

 

『ビゼンニシキが握った手を高く突き上げて笑顔を見せる!』

『改めてファンに勝利をアピールしているようです!』

 

 最終直線の映像を見て思ったことがある。

 皐月賞で私が進路妨害をしなかったら。純粋な走り合いで勝敗を決していたら。

 ……果たして私は勝利することが出来ただろうか。

 

 答えは分からない。

 

 君がNHK杯を走っていなければ、()()()()()()()()()()()

 今なら冷静に振り返ることができる……中山の坂を登った時、ビゼンニシキは自らの癖を出さなかった。つまり弥生賞で見せた内に鋭く切り込む癖を。あの瞬間、全力を越えた走りをしながらも私に接触しないよう配慮していた。ウマ娘として走ることを誰よりも深く理解してレースに臨んだ。

 

 私は皐月賞で負けていたのだ。

 そして仮に中山が左回りだったなら、身体を当てる間もなく彼女が勝っていた。

 一戦一戦の覚悟が違う。並々ならぬ決意。高みを目指す姿勢……どれも自分に足りているものと軽侮していた。ならば負けて当たり前。失格処分でクラシック戦線から追放されていてもおかしくなかった。そんな私が5戦5勝の皐月賞ウマ娘? 私が三女神ならば蹴り殺しているところだ。

 

 ビゼンニシキの天を衝いた拳が意味するもの……ファンへのアピールではない。

 これは私だけに向けたメッセージ。

 

【お前にぶつけられた影響など少しもない】

【東京の左回り、長い直線は私の得意とするところだ】

【さあ私に挑まれろシンボリルドルフ。遠慮なく全力で来い】

 

 日本ダービーでこの拳の指を立てて、お前に並ぶ。

 ……そう彼女は言っている!

 

 最も歴史と伝統、そして栄誉あるレース。一生に一度しか出走が叶わないレース。すべてのウマ娘の夢。その頂点に立つのがダービーウマ娘だ。

 感謝するぞビゼンニシキ。三冠ウマ娘の達成と、その先……栄光へ続く道はこうでなくては。ダービーを獲るのが困難であればあるほど、私たちの夢見た世界へ近付ける。

 

 

 

 持てる全てを出し尽くす。ただの1歩分の気力も残らないほど。

 そこでようやく私は……君と並び立つ!

 

 

 

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