ビゼンニシキは皇帝の影を踏めない   作:すみすη

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「ダービーのエピソード楽しみです! 私が生まれて初めて見たレースなので印象深いんですよ。人とそこまで変わらない身体で、あんなすごい走りが出来るんだって……今でも心に焼き付いているんですから」
「ありがとう。私自身一生忘れられないレースだよ」
「最も運のあるウマ娘が勝つ、と言われ続けていますが実際はどうでしたか?」
「格言には真理が含まれている……とだけ今は言っておくかな」



9.天の光はすべて星。

 

『さあついに、シンボリルドルフの本バ場入場です!』

『5戦5勝無敗! 熱狂のSB(シンボリビゼン)対決、皐月賞を勝った皇帝はダービーを制するか!? 4枠10番、シンボリルドルフ!』

 

 

 

 

 長い長い府中の地下バ道を抜けると、遠くにあった歓声が急に膨れ上がって私を包んだ。日本ダービーでここまでの盛り上がりを見たことがない。人気も入場者数も毎年更新されていくみたい、と移動中にマルゼンスキーが話していた通りだ。ナウいヤングにバカウケのいけいけ☆すぽっと、だったか? 新しいファン層が増えていくのは喜ばしいことだ。

 

 と、別のことを考えてみても、ぴりぴりと耳としっぽが逆立つ。

 

 純粋な応援に違いないが、ここまで来ると重圧にすら感じるほどだ。他のウマ娘たちは最終フォームチェックをする前に、見知ったファンやチームの声を受けてなんとか平静を保っている。私もみんなに倣ってスタンドを見回した。

 トレセン学園の関係者、生徒たちがこちらに手を振ってくれている。私の勝利を願うファンもいる。NHK杯で元気に飛び跳ねていた女の子も来ていて、同じくウマ娘の友達と一緒に瞳を輝かせているのが分かった。

 

 パドックのランウェイで目にした横断幕がここでも掲げられている。

 【皇帝】【王冠と勝利を】【備前錦】【天道烈日】【恒星綺羅飾】

 

 ふとビゼンニシキに振り返ると……すでに入場し応援席のリキサンパワーたちとは言葉を交わした後らしく、空の一点を見つめて集中している。今日は少し風が強い。彼女の髪と勝負服が揺れている。

 

 不思議な話だが、彼女の佇む姿を目にしてようやく地に足が付いてきた。

 安心……というのも違う。勝負へと挑む精神状態に切り替わったというべきか。

 

 ビゼンニシキ、知っているか?

 弥生賞から続くSB対決……今日のこのレースだってSBダービーと言われていると聞いた。つまり君と私、どちらが勝つのか期待して観ている、と。無論ダービーに駒を進めた21人、クラシックウマ娘の中でも選りすぐりの実力をもちどの娘も油断ならないが……二強対決という見立ては誰もが共通しているようだ。

 

 なあビゼンニシキ。

 去年のクラシックに引き続き今年も多くの者が来てくれた。きっと私だけじゃここまでの者たちに夢を見せられなかったよ。レースは退屈に予定調和をなぞるだけだった。皇帝の走りは面白くないと揶揄されるのも当然。君がいたから競う楽しさや勝つ喜びを実感できた。目指す道が困難を極めるほど持てる力を出し尽くせた。君がいたから、いま私は想像とはまるで違った心境でここに立っている。幸せなことだ。みんなが思い描いた以上の走りで応えたいと心から思うよ。そうだろう?

 

 たくさん話したいことがある。

 この日を待ち望んでいたこと。誰にも負けられないこと。だがレースではどんな言葉も無粋。私たちはウマ娘……走りで語ることにしよう。

 

 ここに立つ者の想いは同じだ。

 ダービーウマ娘になりたいという願いを、自らの足で叶える……!

 

 

 

 ……入場からスタートまでのことは、はっきりとは思い出せない。

 誰一人として口を開くことなく始まる瞬間を待っていたこと。

 雲の流れる空。ファンファーレと地響き。

 

 ゲートに赴くみんなの勝負服が風に揺れている。

 衣装がキラキラと乱反射を繰り返す。それぞれの燃やす魂の輝きにも似ている。優駿の栄光を目指して輝く星々。私もその一つに過ぎないことが……さらに身体中を熱くさせた。

 

 

 

 

 *  *

 

 

 

 

『さあ今年の日本ダービー、スタートしました!』

『きれいに揃いましたシンボリそしてビゼン。まずスタートは互角と言っていいでしょう! 先頭争いですが、内の方からスズパレードが出てきます。あるいは中をついてフジノフウウンなど出ていってそれからニシノライデン。序盤はやや全体落ち着いてスローか、外を回りましてスズマッハも加わりました』

 

 皐月と同じくスタートに差はなかった。

 思えば弥生賞は二人とも出遅れ、皐月にダービーと出だしの優劣はなかったな。彼女は逃げの戦術を選ばず、私より前の位置を取った。府中の長い直線を差し引いても、芝の良い道を通った方が末脚が生かせるという判断。左回りのこのコースなら、私と直線勝負でも分があると踏んだか……そしてこの多頭数のダービーでは後ろの戦術ほど紛れが起こりやすいのも確かだ。

 

『先行グループを形成した直後にまずはビゼンニシキ。今日はルドルフより前目につけています。そしてシンボリルドルフ中段よりやや前で第1コーナーカーブ』

『内からフジノフウウンがさらに出ました。スズマッハが外からぐんぐん上がってきた! 中央つきましてニシノライデン。そしてビゼンニシキは前から7番手の外に付けています。後ろは下がってシンボリルドルフ1バ身差で前から8番手。その内はスズパレードがいます』

 

 第二コーナーを曲がるところ、先行のウマ娘が跳ね飛ばした砂粒が頬にぱちぱちと当たった。砂混じりの道を踏み締め、さらに足へと力を込める。

 

『スズマッハ飛ばす飛ばす! マッハ2バ身のリードとなった! 二番手は外を回ってフジノフウウン、ビゼンニシキとルドルフがいて、中団かなり固まっているぞ。その内をついてスズパレードさらに上がってくる。後方はどこで差を詰めるのか? さあ向こう正面に入った』

 

 ここからさらに芝が悪くなる。おそらくは大ケヤキを越えるくらいのところまでが一番足に負担がかかるところだ。NHK杯でみな辛そうな顔をしていたのが私にも実感できる。少し離れた右斜め前、ビゼンニシキの後ろ髪が揺れていた。彼女は笑っているだろう。どんな悪路や不利も涼し気な顔で受け止めて、前だけを目指して……!

 

 ああ、苦しい。

 

 みな諸共に等しく、苦しいレース。今まで走ったどの道よりも状態が悪い。まるでダートだ。しかし誰一人弱音を吐かない。コースに屈するウマ娘など日本優駿に選ばれるわけもない。ゴールに向かって、その栄光に向かって勝つのは自分だと信じ抜いて走っている。自然と足が前に出て、外のビゼンニシキと並ぶ。つい笑ってしまった。本当に想像した通りの顔をしていたから。

 

『シンボリルドルフ、先行すぐ後ろの集団に入りまして、ビゼンニシキと身体を併せる体勢になりました! ビゼンルドルフともにエンジンが掛かってきたか、苦しい悪路を物ともせず府中の坂を登ります! 前がぎゅっと詰まっている展開、前半1000 mのペースは去年よりも1秒近く速い! 今年のダービーも見応えあるいい走りを見せている!』

『あとは第三コーナーへこれから下り、スズマッハ先頭で3バ身リード。フジノフウウン二番手、スズパレードも続く! ビゼンニシキ早仕掛けでぐんぐん加速している! ビゼン今4番手から3番手に接近していった!』

 

 それは正しい表現ではないな。

 彼女は自らの末脚を使っていない。まだラストスパートは残したままだ。減速を最小限に抑える左回りのスキルだけで私を含めた他のウマ娘たちにここまでの差を付けている。このクラシック期で、超一流と言って差し支えないコーナリングの技巧。驚異的としか言えない。と、実況者なら褒めて終わるところだが……私たちは走りで彼女を破らねば。ただ、それも現状況では難しいか?

 

 判断する間もなく前のウマ娘が詰まり、壁になっていた。

 外に持ち出すことはできる。普段ならそうするし勝つ自信もある。しかしこの荒れた芝が余力と溜めた足を殺してしまう。そこで生じるロスは……ビゼンニシキはおろか先頭さえ捉え切れなくなるほどだ。

 

 彼女たちは意図的にブロックをしているわけでは無い。悪意をもってすれば包囲網さえ作れてしまうのだから。誰もが苦しく必死だ。その中で一歩でも早くゴールへ飛び込もうとした結果、密集してしまっている。それだけのこと。

 

 勝ち筋は狭められ、わずかな望みをかけようにも内が開く隙間に身体をこじ入れるしかない。この年のクラシックレースを走るウマ娘たち。そこから針の穴ほど細い道を行くものが、ダービーの栄光を勝ち獲るのだ。()()()()()()()()。あの格言の通り皐月では足を。ダービーでは運を。皇帝にその二つが備わっているかどうか? つまりはそういうことらしい。

 

『大ケヤキを越えてもルドルフ動かない! 向こう正面が終わるぞ!』

『残り800m! シンボリルドルフまだなのか? ルドルフ前が詰まって抜け出せない。スズマッハはもうすぐ直線に向くところ、フジノフウウン、スズパレードが迫る! ニシノライデンも上手く集団捌けたところに出して全力で追う、後方集団もやや遅れて押し寄せてくる! ビゼンは絶好のポジションからまだスパートしない!』

『微笑みを浮かべ余裕の表情か? ルドルフを待っているかのようです!』

 

 大したものだな。クラシック戦線に駒を進めてきたウマ娘たちを侮ったつもりは微塵もないが、コーナーで膨らむ娘も、ヨレる娘もいなかった。まだか。まだ……集団の内ラチ側は開かない。後ろからも懸命に追いついてきている。もう外にすら脱出できない。前を捌く隙間すらついに生まれなかった。

 

 栄光が遠のく。

 視界から色が抜け落ちて暗くなる。さらに暗く、影が広がり続けていくように、苦しさだけがくっきりと身体にまとわりついて離れない。負ける時、敗北を味わうというのはこんな感覚なのか……。

 ダービーの、三冠の、皇帝の道。私の夢。ここがその終わり?

 

 声の限り叫びそうになる。

 

 ()()()()()()()。いまはただ私は!

 ビゼンニシキ……君に勝ちたい!

 

 

 

 まばたきもできない一瞬。

 輝く光が影を切り裂いて、目の前に道を作ったのが見えた。 

 

 

 

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