鳰紫の雑感   作:常世さん


原作:ムシブギョー
タグ:オリ主 転生 原作既読推奨
思い付きを形にするための、盛大な前振り

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鳰紫の雑感

 もし、この世界に大いなる流れというものがあるのなら

 

 矮小な一人間が如何に抗う事が出来るだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “常住戦陣 ムシブギョー”という漫画をご存知だろうか。

 舞台は江戸時代。巨大な蟲が跋扈する日ノ本において、それら蟲を相手取るお役目処が設けられた。

 それが蟲奉行所。ここに所属した月島仁兵衛を主人公として物語は進行していく。

 

 単刀直入に言おう。私は、その世界に転生を果たした。

 元々は、平成の世を生きていたような一般人。良くも悪くも、特筆する事の無い様な一般人だった。

 というのが、私自身の認識。あくまでも主観だったから、周りからどう思われていたのかは分からない。

 

 話を戻そう。漫画の世界に転生したと自分が把握したのは、自分の名前を認識してから。

 

 

――――“大生部多(おおうべのおお)

 

 

 この物語の中でも、明確なそして随一の“悪”そのもの。

 サイコパス的な思考に加えて、自己中心的。口から出る言葉の大半は嘘ばかりで、その上に小物と来れば最早キャラクター的な魅力も正直無い。

 その存在に転生した私は、その日の内に命を絶とうと思った。

 当然だ。この男が居ないだけで、一体どれだけの人間(キャラクター)が生き残れるか。

 

 だが、死ねなかった。正確には、()()()()()()()()()()()

 生き残らせたのは、“常世の蟲”と称される物語の鍵を握る一柱の神。そして、大生部多はこの“常世の蟲”を祀った。正確には、“常世の蟲”と呼称される特殊な力を持った蟲を祀り、その名前を付け宗教として確立した教祖が大生部多という男だった。

 善意なのだろう。少なくとも、“常世の蟲”はどんな意識があろうとも悪意を持って私を助けた訳じゃなかった。

 

 これが、この世界の強制力というものなのかもしれない。そもそも、自死が成功しなかった時点で私には最早どうしようもない。

 これから凡そ千百年、私は生き続けなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな村の風景は、心安らぐ。

 

「…………筈も無いですね」

 

 この村は、小里村。周囲の村落からは“ムシカリ”と呼ばれる村で、そして同時に凡そ千年以上前に()()()()()()()()()()()秦河勝(はたのかわかつ)の子孫たちによって構成された村だ。

 恨んではいない。政治と宗教というのは、癒着すると同時に相性が悪いものでもあるから。多くの為政者たちが宗教というものの扱いには四苦八苦してきた。

 

 そして、この小里村こそ私が本格的に動き出す地点でもあった。

 原作からは、凡そ八年前。

 

「…………っ」

 

 やりたくはない。ないが、しかしある意味では私が動かないとこの日ノ本から“蟲”が居なくならない。

 そもそも、“蟲”というのがどこから現れたのか。

 突然変異?進化の形?或いは地球外生命体?

 どれも外れだ。いや、三つ目の答えは外れていると同時に当たってもいる。

 “蟲”は“常世の蟲”から生まれた、ある種の心の形なのだから。つまりは、“常世の蟲”が全ての元凶だ。

 では、“常世の蟲”を討伐出来れば、全てが上手くいくのか。

 これも外れだ。

 そも、相手は“蟲”と呼ばれてもその本質は神そのもの。

 人間が神を打倒できるか?否だ。これは、強さとかそう言う領域の話じゃない。

 現状、弱体化している“常世の蟲”だが、それでも主人公含めて真正面から戦って勝てる相手じゃない。

 

 だからこそ、私が必要なんだ。

 

「…………」

 

 湯呑を傾けて、考える。

 そもそも、“常世の蟲”はその存在そのものは悪じゃない。

 私たちが求めたからこそ、現れ、意識を持ち、恩恵を与え、奉られた。

 その過程で、彼は出会いを果たし、強制的な別れを与えられ、やがて一つの答えに到達する。

 守りたい存在の為の、世界を作る。その世界では、彼が守りたい存在が傷つけられる事のない穏やかで争いの無い世界だ。

 ただ、それが良い世界かは、別。物としては、ディストピアに近いだろうと当時読んだ私は思ったものだ。

 ああ、記憶に関しては特別摩耗していない。大生部多は人間性はクソ以下で昆虫染みた存在でも、その身体スペックは中々のものだから。

 

 話を戻すと、“常世の蟲”を心変わりさせるには主人公との接触が必須。同時に、登場人物全員のヘイトを自分に向けさせる事も。

 

「ッ…………おっと」

 

 思わず、力を込めた湯呑を握り過ぎて割ってしまった。

 誰かがやらなければいけない。分かっている。分かっている……()()()()()()

 

 私はこれから、大悪を成す。その先に待つ、未来を成就させるために。

 ああ、だからこそ

 

「「「先生ーーーー!」」」

「はーい、今行きますよー」

 

 君たちは私を、永遠に恨み続けてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 鳰紫(かいつぶりむらさき)。それが、私の今の偽名。

 “常世の蟲”に生かされた私の一生は限りなく長い。その上老けないのだから、こうして日本の各地を転々としながら、名を変えて生きてきた。

 

 少し、愚痴を吐かせてもらおう。

 まず小里村は滅んだ。生き残ったのは、有虚(うろ)君をリーダーとしたムシカリのメンバーだけ。

 私の事に気付いていたかもしれない、彼の妹である空君も死んだ。

 

 私が、殺したも同然だ。いや、被害者面するのはお門違いか。私は、私の目的のために彼らの命を見限ったんだから。

 何より、彼女の死とそれから彼女が残したとある一文が無いと、蟲奉行所最高戦力の一人になる無涯(むがい)君が彼方側に着かない。

 ソレはダメだ。主人公の目標であると同時に、江戸で城塞級の蟲が出た時対応できるのが彼しか居ないんだから。

 

「相変わらずの、クズな思考ですね…………」

 

 思わず、内心が零れて口を塞ぐ。

 大きな流れ(ストーリー)に、今の所大きな変化はない。私自身が動いていないのも一つの理由かもしれないが。

 原作が始まれば、私は少しの修正を加えて大きな流れを崩すつもりはない。

 話の終着点は、いわば着地点だ。私には、ここから新規の着地点を作って物語を大団円に持っていけるだけの策を練る事が出来ない。精々が、所々で修正を加えるだけだ。

 

「おい、紫。この後はどうするつもりだ?」

「まずは、蟲退治を続けていきましょう。幸いにも、村にあった蟲の外殻等を利用した武具の作り方は残っていましたからね。それから、塵外刀の稽古も熟していきましょう」

 

 白々しい。私は、やっぱり天性の嘘吐きだ。自分の薄汚さに反吐が出る。

 だが、強くなってもらわなきゃならないのもまた事実。秘薬によって潜在能力を発揮したとしても、彼らは結局のところ村暮らしの子供でしかない。

 体の動かし方を覚えれば、そこらの蟲なら半年とかからずに殺せるようになる。だが、“常世の蟲”自らが生み出す黒い蟲は無理だ。アレは、現状私しか対応できない。

 

 ああ、そう。私は、戦える。剣も槍も薙刀も、武器の大半は使える。まあ、素手の方が強いんだが。

 千年もあったんだ。なら、()()()()は出来て然るべきだろう?

 生憎と、私はかの姫様の様に黒揚羽の力は持ち合わせていない。精々が、一部蟲の能力を扱う程度さ。

 

 それから、暫く。無涯君は一人、蟲奉行の暗殺へと向かい、そして帰っては来なかった。

 同時に、私はそこから彼らを分断するために言葉を弄して仲たがいをさせ、ムシカリとしての怨念を更に強くさせる。

 これで良い。彼らは恨みが強ければ強いほどに、その力を増す事に一切の躊躇いが無くなる。

 理想は、原作以上の力。だが、ソレは足りない、というよりも私にはその選択肢が採れない。

 恨み辛みで誤魔化してはいても、この子たちはまだ子供。その線引きを把握しておかないと彼らはアッサリと壊れかねない。

 壊れてはいけない。()()()()()()()()。彼らは大切な、要素(ピース)の一つなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れは、順調だ。蟲よりも遥かに強い蟲人である、大阪五人衆の内三人を相手にした蟲奉行所の戦争は人間側の勝利に終わった。

 真田幸村が月島仁兵衛(主人公)の父君である、月島源十郎に敗れ、その打倒した本人も致命傷と病によって死亡。

 これに関しては、私にもどうしようもない。

 そもそも、彼の肺病はかなり進行していた。それも、日常的に血を吐いてしまうほどに。そこまでくると、私じゃどうにもならない。

 ただ、その生きざまは素晴らしい。正に、日ノ本一の武士。純粋な人間として見るならば、あの男は最強だろう。

 そして、

 

(…………常世の蟲がやって来る)

 

 私の終わりも、もう直ぐだ。

 これから、私は彼らに絶望を届けよう。地獄を送ろう。

 恨まれるだろう、憎まれるだろう、蔑まれるだろう。だが、それで良い。そうでなくては、困る。

 

 戦を終えた、その二日後。未だに戦禍の爪痕が残るこの地に、絶望はやって来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――成りましたか」

 

 その人物が、戦場の最前線に立つ事は一度としてなかった。

 常の黒い袴に菫色の着物、それから南蛮渡来の外套を着た彼は、今まさに成虫へと至った“常世の蟲”を討たんとする者達の前に立ちはだかる。

 

「ッ、センセ?ちょっと、そこを退いてよ。早く行かないと、仁さんが常世の蟲に――――」

「待て、蜜月」

 

 手で制した有虚は、その隻眼でジロリと睨みつける。

 

「話が違うぞ、紫。常世の蟲の様子からして、月島は明らかに蟲奉行を殺った。にも拘らず、今のアレは明らかに最初の時より強くなってる……!」

「…………有虚君。君は直情径行ですが、同時に頭の良い子でもあります。今日まで、蟲狩を率いてきたのは間違いなく君なのだから。そして、もう気付いているのでは?」

 

 男、鳰紫(カイツブリむらさき)はいつもの笑みを浮かべたままに両手を背に緩く組んで問いかける。

 まるで、今は亡き村で教鞭を執っていた時の様に、穏やかだ。

 だが、答えは帰ってこない。彼は、緩く目を開く。

 

「有体に言ってしまえば、運命、でしょうか」

「運命……?何を、言ってやがる」

「私は待っていたんですよ、この時を。誰かが、“蟲奉行”を殺してくれるその時を、ね」

 

 静かに、穏やかに彼は言葉を紡ぐ。

 

「…………どういう事だ。まるで、常世の蟲じゃなく蟲奉行を殺したかったみてぇに聞こえるぞ」

「みたい、ではなく。事実として、そうなんですよ有虚君」

 

 笑みを向けてくる()に、有虚は言い様の無い悪寒を覚える。

 数多の蟲と相対し、打倒してきた。常世の蟲と相対し、力の差を見せつけられても怖気なかった心が今目の前の男に揺すられる。

 

「君たちには、感謝しています。蟲狩を名乗った君たちには、ね」

「………おい、先生よ……どういう事なのか、ハッキリと説明しやがれッ!!」

 

 至胴(しどう)が叫ぶ。その叫びは、蟲狩のメンバーにとって共通のものだった。

 彼らにとって、鳰紫という男は教師であると同時に導き手でもあった。参謀として、ここまで蟲狩が強くなったのも彼のお陰だ。

 何より、()()()()()をくれたのは目の前の男なのだから。

 

「そもそも、私と君たちとでは目指す目標が違うんです」

 

 混ぜこぜになった激情を向けられながら、しかし紫は動じない。

 

「私の目的は、蟲奉行を殺す事。彼女を殺す事で、彼女に宿っていた“常世の蟲”の力を元に戻す事。即ち、“常世の蟲”の完全復活を目指していたのですから」

「なっ……あ…………そ、れじゃあ、俺たちに語ってた事と真逆じゃねぇかよ………!」

「俺らを騙して……てめぇは一体、どこの誰なんだよ!?」

「そうですね……」

 

 叫ぶ真白に答えるように、紫は外套の下の懐からとあるモノを取り出した。

 それは、白い面。橘の紋が刻まれた代物。

 

「ある時は、“蟲狩”の参謀を務める鳰紫。また、ある時は常世の神の僕である、“白面(しろおもて)”」

 

 仮面を弄びながら、彼は指を折る。

 

「その他にも、この1100年以上を、私は名を変え職を変え生きてきました」

「は……?人が、そんなに長く生きられる筈ないでしょう?」

 

 火鉢が指摘するのは、人間にとって帰る事の出来ない現実。人間の寿命など、百年にも満たない。

 彼女の言葉を、しかし笑みのままに紫は否定する。

 

「貴女も知っている筈ですよ。人ならざる時を生きる存在を。要は、私の体もまた蟲奉行と同じという事です。もっとも、私は常世の蟲との明確なつながりができる程の力はありませんがね」

 

 笑みのままに開かれた目。

 そこには、一欠けらの光も感じられない黒く濁った目だった。

 

「改めて、名乗らせてもらいましょう。私は、“大生部多”。“常世の蟲”信仰の教祖として立っていた者です」

「「と、常世の蟲…………」」

「「…………信仰?」」

「昔の話ですよ。村で一度教えたと思いますが…………皇極三年。日本書紀に蟲祭りの名が現れます。これこそが、“常世の蟲”信仰の始まり。そして、同時に私が秦河勝に斬られた時でもある」

 

 ショックから立ち直れていない彼らは、しかし聞き覚えのある名前にとある記憶が脳裏を過った。

 

「秦河勝って……」

「ああ、待ってください。私は、全てを知っていましたよ。君たちの村が出来上がる様も、この目で確認しています。斬られた恨みで訪れた訳ではありません」

「じゃ、じゃあ、何のために…………」

「――――駒ですよ」

 

 常の微笑のままに、彼は言う。

 

「手駒が欲しかったんです。私一人では、全てを熟す事は出来ない…………まあ、蟲奉行を殺す事は出来るでしょうが、それ止まりでは困る。だからこそ、与えたんです」

 

 面を投げ捨て、紫は両手を左右に開いた。

 

「知識を与え、技術を与え、私への信頼を積み重ね、そして常人離れした身体能力を与え…………そして、残るは動機を与えるだけ」

「動機、だと……」

「蟲に対する、憤怒、憎悪。そして、蟲奉行を殺害するための手段を問わない殺意。それらを捻出するために――――」

 

 

「――――私は、“黒い蟲”を小里村へと嗾けました」

 

 

 この一言が、決定的な亀裂となる。

 

「て、てめぇが黒幕だったのか!!??」

「テメェ、よくも!!!」

 

 末那蚕(まなこ)が叫び、鉄丸が己の得物を向ける。

 放たれる、蟲の甲殻を利用した鋭利な弾丸。それは、一秒とかからずに黒幕を無惨な挽肉に変えて余りある破壊力を有している。

 だが、

 

「なっ…………」

 

 息を呑む。

 今まさに穿たんと迫っていた弾丸は、突如現れた人の頭ほどの大きさの黒い球体が変形した複数の六角形の板によって阻まれ、地面に転がっていた。

 

「最初は君ですか、鉄丸君」

 

 唖然とする一同。その中でも小柄な彼に、紫の目が向く。

 直後、

 

「――――あ……」

 

 どこから現れたのか、黒い球体が鉄丸の背後にあった。

 そこから伸びる、地面と平行のギロチンの刃が彼の胴体を真っ二つに断ち切っていた。

 

「く、鉄丸!?」

「余所見をしている暇は、ありませんよ」

 

 動揺する有虚だが、非情な言葉と共に黒い球体が彼らへと無数に迫る。

 そして、この能力に無涯は覚えがあった。

 

「どういう事だ……これは、真田幸村の能力だろう」

「先程言ったはずですよ、無涯君。私もまた、常世の蟲より力を与えられている、と」

 

 言いながら、紫はスルリと距離を詰め蒼願(そうがん)の前へと近づき右手の手刀を下から上へと軽く振り上げる。

 たったそれだけで、蒼願の体は、防御に回した二本の短槍ごと縦に真っ二つに切り捨てられていた。

 

「二人目」

 

 容赦なく呟く紫。その振り上げられた右手は鋭利な刃へとその姿を変えていた。

 鳴刀蟷螂(めいとうかまきり)、という蟲が居る。今の彼の右手は、その蟷螂の鎌その物。その切れ味は、巨岩だろうと豆腐の様に切り捨ててしまう。

 

「蒼願ッ!?」

「次は、君たちですか至胴君、末那蚕君」

 

 歯を食いしばり、目を血走らせた二人は、それぞれに得物である突きに特化した剣と双頭鎌を振るう。

 何れも、巨大蟲が相手でも一瞬の内に切り刻む破壊力がある。

 だが、

 

((当たらない!?))

「君たちに戦い方を教えたのは、誰か忘れてしまいましたか?」

 

 二人の連続攻撃をアッサリと掻い潜り、紫は二人の胴の中心へと掌を押し付ける。

 そこから放たれるのは、超高速の高温のガス。

 ミイデラゴミムシという虫が居る。彼らは、その腹部から高温のガスを勢いよく噴出して身を守る。

 噴き出されたガスは、一瞬の内に人体を焼いて突き抜ける。二人の胴体にはガッポリと大きな穴が穿たれ、焼けた傷口からは血も出ない。

 

「三人目、四人目」

 

 瞬く間に蟲狩を殺害していく紫。

 如何に彼らが疲弊していたとはいえ、その戦力差というのは最早数が頼りにならない。

 

「おい!俺たちも加勢すんぞ!」

 

 恋川春菊が飛び出し、続くように火鉢、一ノ谷天馬も続く。

 しかし、

 

「君たちは、そっちで遊んでいてください」

 

 どこからともなく現れる黒い球体が幾つも三人の前に集まり、とある形を創り出す。

 現れるのは、黒い甲冑の鎧武者。大きさは二メートル程か。

 両手に一振りずつ黒い刀を振るう武者。何より厄介なのが、

 

「こいつ……斬っても立ち上がってきやがる!?」

「爆破も効いてない!?」

「お、重い……!」

 

 市中見廻り組の三人の攻撃が悉く通用しない。

 全てを斬る斬撃も、爆破も、式神による打撃も。その悉くが通じない。

 この間にも、蟲狩と紫の戦い、いや一方的な虐殺は続く。

 

「死ねッ……!」

 

 塵外刀を振るう無涯が大上段から白刃を振り下ろす。

 打ち直された一振りは、容易に蟲の外殻を切り裂くだろう。

 一方で、紫は緩慢ともいえる動作で右腕を持ち上げるだけだった。

 硬質な音が響き、無涯はその目を見開く。

 

「生憎と、()()()()じゃ私には通じませんよ無涯君」

 

 黒く変色した右手は、塵外刀の刃を拒む。

 クロカタゾウムシ。その外骨格は虫はおろか、生物の中でも屈指の強度を誇る。

 塵外刀を腕で弾き、紫は跳躍する。

 右足を腕と同じく硬化させ、一息に振るう。風を切り裂いた蹴りは、無涯の左脇腹へと叩き込まれ、その体を地面へと勢いよく叩き付けていた。

 

「クッソがァッ!!」

 

 空中の紫へと、真白が迫る。

 彼女の武器は、その足。脚絆を嵌める事でその威力を上乗せしている。

 もっとも、どれ程の破壊力があろうとも、当たらなければ意味は無いが。

 

「残念」

「なっ、あ…………」

 

 振るわれた蹴り足の上に、紫は立っていた。その左手を軽く振るえば、衝撃が真白を襲い、地面へと叩き付けられる事になる。

 

「ここだ……!」

 

 着地の硬直を狙い、鞭が飛ぶ。

 蓋骨(がいこつ)の振るう鞭。それは、人体を軽く真っ二つに出来る破壊力を有する。

 しかし、音速を超えて迫る鞭の戦端を、紫は事も無げに鷲掴みにして受け止めていた。

 紫にとって、蟲狩の戦力把握など出来ていて当然。伊達に参謀は名乗っていないのだから。

 握った鞭を引くようにして、彼は跳躍。一瞬の内に蓋骨の頭上を逆立ちの様にとると、彼の頭を両手で左右から挟むように捉えた。

 そして、捻じ切る。

 

「蓋骨!?」

「五人目」

 

 首を捻じ切って胴体から引き千切った紫。崩れ落ちる胴体の側にもぎ取った首を置いて、彼は有虚へと向き直った。

 

「さあ、残るは君だけです。どうしますか?このまま逃げるというのなら、見逃して――――」

「うぉぉぉああああああああ!!!!」

 

 血涙を流し、有虚は駆ける。

 向かってくる彼に、紫は首を振ると骸骨の携えていた鞭を足で拾い上げて構えた。

 

「何故だ!?何故、こんな惨い真似ができる!?」

「何故、ですか」

「十年だ!十年、てめぇと一緒に居た!!鉄丸も!至胴も!末那蚕も!蒼願も!蓋骨も!みんなお前を慕っていた!!!それを、何で――――!」

 

 最早泣いている様な状態の有虚の慟哭に、紫は鞭を振るって距離を取った。

 

「最初に言ったでしょう?これは、“運命”だったんですよ」

 

 静かに、内心など欠片も分からない笑みという仮面を張り付けた紫の微笑。

 

「運、命……?」

「はい」

「こいつらが、ここで死んだこともか」

「はい」

「村を蟲に襲わせたこともか」

「はい」

「空が、死んだ事もか……」

「その通りです」

 

 淡々と返ってくる言葉に、有虚の心に亀裂が走る。自然と、その隻眼からは涙がこぼれていた。

 そこを、一切の慈悲なく紫が狙う。

 

「――――では、君にはこれ以上の惨状を見なくていいようにしてあげましょう」

 

 一跨ぎ。十数メートルはあった距離が瞬きの間に踏み潰され、有虚の残った左目へと紫の右手人差し指と中指が迫り、

 

「ぐあああああああああああああああ!?!?!?」

 

 血の付いた指を払って血を落とし、紫はその場を離れる。

 同時に、今の今まで戦線を外れていた月島仁兵衛が戻ってきた。正確には、本領を発揮した常世の蟲に弾き飛ばされてきたのだが。

 

「――――え……?」

 

 唖然と見渡す月島。

 倒れた蟲狩のメンバーに加えて、同じ蟲奉行所のメンバーである三人を圧倒している黒い鎧武者。

 

「な、なにが……!」

「うっ……月島、か……」

「有虚殿!?いったい何があったのですか!?」

「やはり、君はここで来るんですね」

 

 有虚へと駆け寄ろうとする月島だったが、静かな声に思わずその足が止まる。

 

(かいつぶり)殿!これは、一体――――」

「気を付けろ、月島!!そいつは、敵だッ!」

「なッ……」

「俺の仲間を、全員殺したのも……そいつだ……!!」

 

 月島の目が見開かれる。

 穏やかな笑みを浮かべるその姿には、本当に殺戮を成したのか、と疑問を抱かせるほどに穏やかだった。

 だが、どれだけ彼が穏やかでも、事実この場には蟲狩メンバーの死体が幾つも転がっている。

 

「ほ、本当なのですか、鳰殿」

「ええ、そうですよ」

 

 事も無げに、彼は頷いた。

 

「さて、月島君。私としては、この場に残る意味は既に無いんです。常世の蟲も、その力を取り戻したようですからね」

「……ッ、全て、貴方が仕組んだ事なのですか」

「そうですね……君が蟲奉行を殺めた事を問うているのなら、『ハイ』と答えましょう。私はその為に、動いていましたから」

「そのために、自分に近づいたと?」

「ええ、そうです」

「では、何故蟲狩の皆さんを殺めたのですか……!」

「それが、必要な事だったから、としか」

「ならば……」

 

 月島は拳を握る。

 

「蟲奉行様の……いえ、奈阿姫様の生い立ちを、誰も触れられぬ体になったいきさつも知っておられたのですか……?」

「はい。そもそも、私もその場に居合わせていましたから。あの、百年前の大阪夏の陣における、あの場にね」

「~~~~ッ!ならば!奈阿姫様の孤独も理解出来たはず!あの方が、この百年をどれ程寂しく過ごしておられたのかを!にも拘らず、蟲狩の皆さんを使い幼子を襲うなど!ましてや、その彼らを手に掛ける惨い所業を……!」

「……」

「……貴方の心は、痛まないのですか!?」

 

 真っすぐな目と、言葉。

 それらを真っ直ぐに受け止め、鳰紫(大生部多)は微笑んだ。

 

「それが、運命というものなんですよ月島君」

 

 内心など、欠片も分からない仮面の顔。

 

「吠えるなら、結構。ですが、今の君に何が出来るんです?」

「ッ……!」

「同情を誘う過去があろうとも、どれだけ惨い仕打ちを受けようとも、等しく鞭を打つのが“運命”。結果がそこにあるだけなんですよ」

「ッ、貴方は運命の代弁者だとでも……?」

「いいえ。生憎と、私はそんな代物ではありませんよ…………さて、私はそろそろお暇させていただきましょうか。戻る様に言われている事ですし」

 

 踵を返す紫。

 彼としては、これ以上語る気はなかった。

 どれだけ割り切ろうとも、あまりにもペラペラしゃべってしまえば、愚痴の一つも零れかねなかったから。そうなれば、ここまでの道程の全てが無駄になる。

 だが、彼の内心など知る由も無い有虚が吠える。

 

「待てよ!!何故、俺を殺さねぇ!!」

「…………」

「蟲狩の……俺の仲間をここまで殺して、何故、俺だけ――――」

「さあて…………何故でしょうね」

 

 振り返る事無く、紫は言葉を紡ぐ。

 

「意味など有りませんよ。君が、生きていようと、死んでいようと……そも、その目の時点で、君は死んだも同然では?」

「き、貴様ァアアアアアア!!!」

 

 暗に殺す価値も無いと言われ、有虚は己の得物を振り回す。

 長大なソレは、射程も広いが、しかし既に紫の体はその刃が届く場所にはない。

 振り返る事の無いその背中が、明確な決別を示しているようで。

 その背に、迫る白刃。振り返った紫の手に、漆黒の七支刀が現れ、今まさに己を切り裂かんとした白色の光刃が受け止められた。

 

「ぐっ……!」

()()()()では先が思いやられますね、月島君……もっとも、言葉で止まるような気質でもありませんか」

 

 弾かれ、着地した月島。その手の天羽々斬剣(あめのははきりのつるぎ)からも刀身が消えてしまう。

 だが、その柄を彼は紫へと向けた。

 

「自分は、頭が良くない。だがそれでも、これだけは分かる!」

「……」

「鳰殿!貴方は、多くの人々の思いを踏み躙った!」

「……では、どうするんです?私一人にも勝てない君に、一体何が出来ると?」

「それでも!自分は必ず、貴様を斬ってみせる!!」

 

 力強い宣言。同時に、ボロボロでありながら月島にはそれを成し遂げてしまうかもしれない、凄味が感じられた。

 その姿を見つめ、紫は薄く笑う。

 

「ふっ…………では、楽しみにしていますよ月島君。君がいったい、何を成せるのか、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと、この大きな流れ(ストーリー)の終わりが見えてきた。

 後は、為すべきことを、為すだけ。

 

「…………ゲホッ」

 

 それにしても、痛いな。一応の手心を加えては貰ったようだけど。

 大阪城へと帰ってきた私は、速攻で“常世の蟲”に事情説明の後、死なない程度にボコボコにされた。

 まあ、仕方がない。彼にとって蟲奉行、奈阿姫はそれだけ比重の大きい特別な存在なんだから。例え、力を取り戻す為という名分があっても、彼女が死にかける、或いは死ぬ前提の策など許容される筈も無い。

 まあ、彼女が本当に死んでいれば、私もここでピンク色の肉塊に変えられていただろうけど。

 

「さて、と…………」

「…………随分と、タフにございますな。常世の蟲様の攻撃を受けたというのに」

「ええ、まあ……こうなる事は分かっていましたからね」

 

 長宗我部盛親にそう答えながら、私は立ち上がる。

 “常世の蟲”側の戦力は、真田幸村を欠いた大坂五人衆。この内、構成員の一人明石全登(あかしたけのり)は何処に行ったか分からない。まあ、彼は相手側に着くからこの際どうでも良い。

 このままいけば、私が直接手を下す必要があるのは長宗我部盛親だけ。彼方側にも被害は出るが……コレも致し方ない犠牲。

 後は、流れに身を任せるとしよう。

 それにしても、

 

「千年、か…………」

 

 光陰矢の如し、とはよく言ったもの。

 必要だった原作の知識とは別に、そこまで興味の無かった前世は、もう一つも思い出せなくなった。

 私はもう、大生部多であり、鳰紫であり、そしてこれまでの偽名を使い続けた人でなし。

 

 城の中を歩き回りながら、ついでに仕込みを確認していく。

 私の策の要。幸いな事に、“常世の蟲”はその強大な力から懐に入れた相手には無条件に甘い。

 一番の寵愛を向けているのは奈阿姫であるとして、私も私で自分が初めて力を授けて復活させた相手であるからか、甘さがある。無条件の信を置いている。

 そこが、隙だ。

 本当に反吐が出る汚さ。本当に、嫌になる。

 

 だからこそ、()()()()()()()は許容して然るべき。寧ろ、この程度では私の罰には到底足りない。

 まあ、私への本格的な裁きは、直ぐに下る。これから二週間とかからずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ……まだ、我は誰も幸せに出来ていない……!」

 

 見下ろす紫を前に、“常世の蟲”は呻く。

 

「多、お主も………」

「…………」

 

 鳰紫(大生部多)は、何も答えない。ただ無言でその右手を持ち上げる。

 

 彼は、大坂城に施した呪印“非時(ときじく)香実(かぐのみ)”による呪法を施していた。

 この呪法は、“常世の蟲”と称された存在が橘の樹に卵を産み、生育するという特性を利用したもので。繭を介して、常世の蟲の力を大生部多へと受け継がせるというもの。

 

 そして今、彼は人でありながら神と等しき力を有し、“常世の蟲”へと引導を渡さんとしていた。

 この間、鳰紫は多くを語らなかった。

 ただ、

 

「私の運命は、あの時決まっていたんですよ、“常世の蟲”よ」

 

 常の笑顔も無く、淡々と目の前の存在を屠る。それだけ。

 そこに割り込むのは、長宗我部盛親だった。

 

「キサマ!これ以上、この方への狼藉は許さぬぞ……!」

「刃向かうのならば、容赦はしませんよ長宗我部君。今の私は、常世の蟲と同じもの。その力を、その体で味わってみますか?」

「ッ!?」

 

 一瞥する事も無く告げられた言葉と同時に、神威に等しい威圧が長宗我部を襲う。

 これから発する言葉の一つ、行動の一つで自身の命の先が決まる。そう理解させられる、圧倒的なまでの恐怖。

 燃え上がった長宗我部の気炎を鎮火させるには、あまりにも過分な冷や水だった。

 

「終わりです、我が神よ……」

 

 かくして、振り下ろされる右腕。

 だが、その無慈悲な一撃は途中で中断され、代わりに持ち上げられた左手が七支刀を掴んで白刃を止めていた。

 

「やれやれ、やはり来ましたか月島君」

「鳰殿……いいや、大生部多!何をした!!」

「何を、ですか?」

 

 左手が振るわれ、月島が着地する。

 

「私は、私の目的を果たしているだけですよ」

「ッ、“常世の蟲”の力を奪ったのですか!?」

「ええ、そうです。必要な事でしたから」

 

 今の鳰紫(大生部多)の背には、蝶のような巨大な羽が四枚二対存在していた。

 それは、本来ならば“常世の蟲”の背にあるものなのだが、力を奪った彼はその証明の様に羽を得たのだ。

 

「くっ……とにかく!常世の蟲は殺させない!!」

「殺させない……では、君に何が出来ると?」

 

 常世の蟲から月島、並びに茂みから出てきた蟲奉行所の面々目へと向き直りながら、紫は問う。

 

「忘れましたか?この状態になる前の私に、君たちは手も足も出なかった。そんな君に、君たちにいったい何が出来るというんです?」

 

 彼が述べるのは事実から来る、問い。

 数は圧倒的に多い。対して、紫の手駒は先ほど黙らせた長宗我部位のもので、後の大坂五人衆の内毛利勝永と後藤又兵衛に関しては近くに居ない。そして、明司全登は敵方。

 

 それでも、()()()()()()()()

 

「自分は、勝てそうだから、と戦いに臨んだことは無い」

 

 天羽々斬剣を構え、月島は一歩前へと踏み出す。

 

「ただ、勝つ!それだけだ!!」

「…………ふぅ……陳腐な言葉ですが、良いでしょう。では、絶望に崩れ落ちるまで向かってくると良い」

 

 紫が首を振り、何処からともなく集まる黒い球体。

 それは、瞬く間に彼の傍らに固まって、二体の漆黒の鎧武者となって出来上がる。

 

「さて、長宗我部君」

「ッ!……な、何に御座いましょう…………」

「君も彼方に着くというのなら、私は止めませんよ」

「…………は?」

 

 アッサリと、彼は戦力を手放した。

 

「後藤君は、強い相手と戦いたいから。毛利君は、己の剣の意味を知るために。忘れましたか?私は、君たち大坂五人衆の蟲人へと至る姿を見てきたんですよ?そして、先の二人は私の敵でもなければ味方でもない。そもそも、私は君に帰順を求めてはいません」

 

 そう、紫は長曾我部を己の手駒に加えようとはしていない。

 先程も、向かってくるのなら覚悟しろ、とは伝えたが、刃向かったから殺す、とは言っていないのだ。

 

 敵にすらならない。そう言われたも同然。そして、同時に純然たる事実でもある。

 

「~~~~~ッ!」

 

 屈辱ではあるが、しかし同時に長曾我部にはどうしてもやり遂げたい事があった。

 自身の能力を用いてその場を離れる長曾我部。

 

「ハッ!良いのかよ。お仲間の一人も連れなくて」

「ええ、全く。月島君にも言いましたが、君たちが私に勝る道理はない。人形の一つも壊せない、君たちではね」

 

 言うなり、漆黒の鎧武者が蟲奉行所のメンバーへと襲い掛かる。

 同時に、月島が消えるような速さで、紫へと切りかかっていた。

 金属音。

 

「一人で、大丈夫ですか?」

「貴様こそッ!!」

 

 七支刀と天羽々斬剣が噛み合う。

 月島仁兵衛という男の剣は、剛剣だ。その細い体のどこから出ているのか、巨大な蟲すらも一刀のもとに叩き切ってしまう。

 加えて、“常世の神子”としての力も合わせれば、この国においても尋常ではない使い手の一人と言えるだろう。

 

「オオオオオッッッ!!!」

「…………」

 

 一振り一振りが、本来なら絶命の一撃。

 それらを真正面から、淡々と紫は処理していく。

 

「くっ……!」――――月島流 富嶽鉄槌割り!!!!!

 

 状況の打破を狙って振るわれる月島流剣術の一つ。

 斬ると押し倒すという動きが合わさり、独特の斬撃跡を刻むこの技は、彼の父の得意技であると同時に彼自身の得意技ともなっていた。

 足元の水が大きく舞い上げられ、戦場一帯に響くような轟音と衝撃が空気を揺らす。

 思わず、この場の面々の目が集まり、粉塵が晴れた。

 

「――――やはり、この程度」

 

 粉塵が晴れた先では、右手のみで七支刀を真上に翳して、天羽々斬剣を受け止める紫の姿が。

 

「さあ、どうしますか、月島君。君の力は、到底私に届いていない」

「ッ……その剣は、一体………!」

「君も知っているのでは?これは、真田幸村と同じような能力ですよ。もっとも、私には鱗粉の制限などはありませんがね」

 

 そして、埃でも払うように紫は月島を軽く弾いてみせた。

 

「言っておきますが、この剣に身体能力を増強するような効力はありませんよ。単なる一振りの剣の域を出ていません。君が私を傷つけられていないのは、偏に君の実力不足からです」

「…………ッ!」

 

 分かっていても、月島には挑み続ける事しかできない。

 ちらりと横目で見れば、二体の鎧武者に他の面々は完全に抑え込まれてしまっている。増援は期待できない。

 もっとも、彼はそんな事を期待して刀を振るってはいないのだが。

 

 しかし、やはり勝ちの目は無いに等しい。そもそも、消えるような速度で動き回る月島を、紫は完全に見切っているのだから化物染みている。

 因みに、コレも蟲の能力の一端ではある。

 対処法といえば、ゆっくりと動く事なのだが…………彼を相手にのろのろと進んでいれば斬り殺してくれと言っている様なもの。

 

「ほら、捕まえた」

 

 振るわれた天羽々斬剣の刀身を掴み、紫の目が月島へと向く。

 反射的に、刀身を消して逃れようとするが、

 

「ガッ――――!?」

 

 四方八方から襲ってくる強烈な衝撃が月島を捉え、滅多打ちにしてしまう。

 “空間を自在に操る”それが常世の蟲の能力。そして、その力を取り込んだ紫の振るう反則的な能力だった。

 能力の肝は、背中の翅。

 物理的な攻撃力、防御力を有するとともに、その存在は空間に作用する。

 空間そのものを捻じ曲げて、相手の防御、位置、身体能力その他一切合切を無視して衝撃を叩きこむ事が出来るのだ。その規模も破壊力も自由自在。

 加えて、翅は自身にも作用し瞬間移動を行う事が可能。自身を中心とした三里ほどを自由自在に動き回り、尚且つクールタイムは無い。

 更に更に、翅自体もその大きさを自由に変えることが出来る。

 

 衝撃はに打ち据えられた月島は、そのまま追撃の蹴りを食らって乱闘空間へと吹き飛ばされていた。

 

「さて、どうしますか月島君。それとも、もう立ち上がれませんか?」

「誰が――――」

 

 粉塵が晴れ、腰の刀を抜刀した月島がそこに居た。その体には、衝撃と蹴りによるダメージは見受けられない。

 

「立ち上がれないと?」

「…………」

 

 僅かに目を細める紫。

 彼は、その生い立ちから今目の前の光景で何が起きているのかを知っている。

 その上で、彼は何かをするつもりはなかった。

 

「恋川殿!皆さん!ここは自分が押さえます!今の内に、“常世の蟲”を連れて離れてください!」

「ッ……死ぬんじゃねぇぞ、兄ちゃん」

 

 駆け出す一同。

 その背を見送って、紫は月島を見る。

 

「皆を残して、一人囮になる。それで?君は無謀な特攻に身を捨てるのですか?」

「何とでも言うがいい。貴様は、自分が打倒する!!」

「ふむ……」

 

 一つ息を吐き出して、紫は相対する月島より、更に向こうへと視線を向ける。

 駆けこんできたのは、傷の目立つ毛利勝永だ。

 

「これは……」

「やあ、毛利君。訳あって、今は私が神となっているんですよ」

「成程……」

「君は、どうしますか?ああ、長宗我部君は相手側に着いたようですよ。後藤君は、変わらずですが……ここには来ないでしょう。君は、どうしますか?」

「おや、私に自分側へ付け、とは言われないので?」

「言ってほしいですか?」

「…………いいえ」

 

 微笑のままに問うてくる紫に、毛利は首を振る。

 彼は風来坊の気質があり、一ヵ所に留まるには向かない性格だ。大なり小なり、不服を強制されれば反発心も浮かぶだろう。

 

「私は、君がどちらに着こうと、何処で戦おうと、誰と戦おうと興味はありません。君の自由にすると良い」

「ふっ…………では、私は恋川を追わせてもらいましょう。加勢は……必要なさそうですね」

「ええ、私一人で十分です。他の方々は皆、天守へと向かいましたよ」

 

 それ以上、言葉は不要。毛利は、天守閣へと足を向ける。

 再び、二人っきり。

 

「先手は、譲りましょう。どこからでも、いつからでもどうぞ」

「…………行くぞッ!!」

 

 大坂城のあちこちで戦火が広がる中、再度両者はぶつかり合う。

 もっとも、仕掛ける月島の攻撃が通用しない事には変わりない。

 通常の刀は素手である左手で払い、右手の七支刀は使う様子も見られない。翅による攻撃もだ。

 

「どうした!反撃しないのか!?」

「それは君もでしょう?通常の刀は、どれだけ技に優れようとも今の私には届かない。大人しく、天羽々斬剣を使ってはどうです?」

「ッ!!」――――月島流 富嶽鉄槌割りッ!!!

 

 振り下ろされた刀は、しかし薄皮一枚を挟んだかのように衝撃の一つも紫には届かない。

 そう、彼にしてみれば塵外刀や天羽々斬剣等でなければそもそも防ぐ必要も無いのだから。

 戦闘の最中、ほんの一瞬ではあるが紫は天守閣最上階へと視線を送る。

 彼は今この状況でも相手の作戦が進行している事を、知っている。寧ろ、その後押しをしても良いと考えている。

 

「行きますよ」

「ッ!?」

 

 振るわれる七支刀。無造作な突きは、しかし速度と威力、鋭さを有し受けようとした刀を容易く寸断してしまう。

 辛うじて回避した月島だったが、その右肩辺りには深い切り傷が刻まれる。

 そのまま連続で突き出される七支刀。

 本来は祭具であり、武器として使うには実用的な面を欠いているのだが、紫の振るうこの七支刀は違う。

 黒鉄揚羽、という蟲が居る。その体躯はアゲハ蝶のものだが、その体長は既存の生物を大きく超えているというもの。

 特徴的なのは、その翅。鉄の鱗粉が付着しており、羽搏くだけでも振り撒かれる。

 この鉄の鱗粉、蟲人となる事で自由自在に扱えるようになった。大坂五人衆である真田幸村の能力もこの蝶によるもの。

 彼の操る鉄の鱗粉を押し固めて作る武具は、人々の鍛え上げた鋼の太刀など容易く斬って捨てる切れ味を誇り、その鎧は名刀の一突きすらも傷一つ負わない。

 過去には、打ち直される前の塵外刀すらもへし折っている。

 

 そして、鳰紫の振るう七支刀や従える漆黒の鎧武者は何れもその鉄の鱗粉によるもの。それも、真田幸村のものよりも上質で、尚且つ高密度。

 如何なる名刀も、大鎧も阻む事など出来ない。それこそ、天羽々斬剣や塵外刀・真打等でなければ受け太刀の一つも許されない。

 辛うじて致命傷を躱している月島だが、その体には瞬く間に切り傷が量産されていく。

 このままやれば押し切れるだろう。現に、何故だか月島は天羽々斬剣を使おうとしないのだから。

 だが、

 

「さあ、手を変えましょうか」

「!?」

 

 突き出した七支刀を唐突に手放して、今度は拳打へと移行する紫。

 拳、貫手、手刀、掌底、平拳etc。加えて、多彩な蹴りも混じり、月島は更に追い込まれていく。

 

「くっ!がっ!?ぶっ!?」

「続きますよ」

 

 怒涛の十六コンボによって月島の体が宙を舞う。

 同時に、紫の背の翅が動き、翻る。すると、宙を舞う月島の体へと大量の衝撃波が襲いかかっていた。

 文字通り滅多打ちにされ、その体は大坂城の石垣へと叩き付けられる。

 更に追撃として、白目を剥いて石壁にめり込む月島の前へと瞬間移動する紫。

 その鳩尾の当たりに添えられるのは緩く伸ばされた手刀。

 踏み込みと同時に、拳が握られ放たれる寸勁。更にめり込み、崩れ落ちる月島。

 

「――――気は済みましたか?」

 

 座り込む月島の前で、両手を背中で緩く組んで見下ろす紫。

 なんと、月島の体が不自然に揺らいだかと思うとその姿は、全くの別人へとその見た目を変えてしまうではないか。

 明司全登。彼の蟲としての能力は、擬態。これによって、月島が吹っ飛ばされた時に入れ替わったのだ。

 

「…………気付いていたな」

「ええ」

「その上で、己の手の内を見せるか…………」

 

 分かった上で、その誘いに乗った。紫の意図など、誰にも汲めはしない。

 

「拙者には、貴様の目的は分からなかった……」

「…………」

「何を求める、大生部多」

「私には、私の目的があります。そして、そこには()()()()()()()()()()()

 

 常の笑みが消え、真っ直ぐに見下ろしてくる紫に明司は、しかし憐みの様なものを覚えた。

 明司は、切支丹だ。辛い戦国の世を、宗教に縋る事によって生きてきた。

 だが、目の前の男は違う。たった一人で千年生きてきた。

 

「さて、明司君。私としては、君にトドメをさす必要があるんですが……どうでしょうか。君に意思を尊重しておきたいと思うんですが」

「ふっ…………甘い男だ。これ以上の生き恥を晒す必要も無い。一思いに、殺れ」

「…………」

 

 紫は無言で、翅の一枚を明司へと振り下ろす。その一発で、彼の姿はこの世から完全に消え去る事になった。

 完全に消えた事を確認して、紫は一つ息を吐き出して天守閣を見上げる。

 

「――――」

 

 千年の幕は、もうじき下ろされる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ自分が、と思わなかったことは無い。

 もっと何か出来たはずだ、と思わなかったことは無い。

 

 それでも、結局私に出来たのは、ただただ私なりに、(物語)をなぞる事だけだった。

 

「やっぱり、君たちですよね、私と相対するのは」

 

 月島君、無涯君、有虚君。流れが少し違うからか、私が本領発揮する前に三人とこうして向かい合う事になった。

 彼方側の死者は、恋川春菊のみ。毛利君と相討ちなら上々でしょう。あの二人は、私に対して別面からの決定打になりかねない力を持っているから。

 長曾我部君は、蟲奉行……いえ、奈阿姫の側。“常世の蟲”とそれから真白君もですか。他のメンバーは、私の手駒が相手していますね。やる気のない長曾我部君よりは強いから、これ以上の援軍は無し。

 

「待ってたってのか?」

「待つ……そうですね。ええ、そうです。私は、ずっと待ち続けていたのかもしれない」

 

 この千年間、この日をずっと待ち続けてきた。もっとも、最低限以上の働きはしないといけない。

 具体的には、月島君一人では敵わないと恐怖を植え付け、“常世の蟲”を無涯君が塵外刀に取り込まないといけない。

 さあ、大生部多(最悪)としての、仕事を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言い様の無い威圧感。

 右手に七支刀を携えた、鳰紫のその姿を前に、三人は言い様の無い畏れを覚える。

 

「どうしました?良いんですよ、好きなように掛かってきて。ほら、有虚君、無涯君。私は君たちの仇です。同時に、月島君。私は間接的にではありますが君の父君の左足を奪った怨敵です。さあ」

 

 両手を左右に開いた彼は、微笑のままに誘う。

 蟲狩のメンバーの骨を使い更に打ち直した塵外刀。有虚の抉られた目を用いた、白沙乃雷(しらすのいかづち)。そして、天羽々斬剣。

 何れも、神の力を得た紫へと傷を負わせる事が出来る。

 だがしかし、それはあくまでも()()()()()()()()()

 七支刀に加えて、神の翅による防御。特に後者は、触れた攻撃がカウンターとして自分へと返っていくように転移させられており、それが余計に狂わせる。

 

「ッ、無涯殿、有虚殿……!僅かで良いので、大生部多に隙を作っては頂けないでしょうか」

「何か策でもあるってのか?」

「明司のお陰で、大生部多の呼吸は読めました。富嶽泰山斬りを使いたいと思います」

「…………やれるってんなら、俺に異存はない」

「やれるか、仁兵衛」

「必ず!!」

 

 頷いた月島によって、作戦は決まった。

 突っ込む二人。紫は、待ちの姿勢。

 

「余裕だな……!」

「ッ……!」

「いえいえ、君たちも随分と強くなったものです」

 

 微笑を絶やさない紫の剣は、達人級である二人を捌いてあまりある。

 加えて、翅による防備はそう簡単に突破できない。瞬く間に、負傷が増えていく。

 ただ、

 

(妙だ。()()()()()()()()?)

 

 視界を失った事による思考のリソース拡張。その中で、有虚は考えていた。

 紫の剣の腕は、尋常ではない。()()()()()()()()()にも関わらず。千年の研鑽は伊達ではなかった。

 更に、神の翅。というか、剣を態々振るわずとも、その翅だけで有虚たちを完封できるかもしれない。

 にもかかわらず、彼らは未だに生存している。紫も一息に殺そうとする雰囲気が無い。

 舐めているか、それとも何かしらの思惑があるのか。そこまで考えて、有虚は思考を打ち切った。

 

(手抜きなら、それで良い。その顔から、血の気を引き抜いてやる……!)

 

 妹の、仲間の、故郷の仇。余裕があろうと無かろうと、その命をもって償わせる。それだけだ。

 より苛烈さを増していく有虚を尻目に、紫の視線が一瞬向けられるのは天羽々斬剣を担ぎ上げて構える月島の姿。

 

(富嶽泰山斬り。兜割りの最上級のような代物で……私を殺しうる技)

 

 目を細め、紫は振り切った七支刀を徐に空中で手放した。

 空中で手放され、落下していく七支刀に思わず有虚と無涯の目と意識が向けられてしまう。

 直後、

 

「なッ!?」

「ぐっ!?」

 

 二人の体が白い糸に絡めとられ吹き飛ばされる。

 糸の出所は、紫の手。

 屋牢蜘蛛という蟲の能力で、彼らの発する粘液は空気に触れると高い粘着性を発揮する。

 絡まった糸自体は、そこまでの量は無い為振り払う事は出来るだろう。だが、僅か数秒でも確かに彼らの動きは止められてしまう。

 同時に、月島が突っ込んでくる。

 意図的に作られた隙だろうと、見切るつもりで突っ込まなければ最早勝ち目はないのだから。

 だが、

 

「くっ……!」

 

 一歩、後ろへと紫が下がるだけで月島の表情が歪む。

 月島流剣術の奥義である“富嶽泰山斬り”は、防御無視ともいえる強力な一振りである反面、実に繊細な技でもあった。

 間、呼吸、膂力、踏み込み、刃筋、気、それに加えての剣の重さ。これらを集約して放つのだが、対人で放とうと思ったならば、相手の呼吸を完璧に掴む必要があるのだ。

 逆に言うと、どれか一つでも欠けたならば、技は技として成立しない。

 あと一歩のところで下がり続ける紫に、月島の刃は届かない。瞬間移動先を予想する事は出来ているお陰で追う事は可能だが、文字通りのあと一歩が詰め切れていなかった。

 

「さあ、どうしますか月島君。君がその技に全てを懸けていることは分かりますが…………如何なる大技も当たらなければ意味はありませんよ?」

「………」

 

 そう言われても、月島には追うしかない。

 仮に止まって、待ちの姿勢をとっても紫は自分から間合いに踏み込むような事はしないだろう。

 後を追いながら、月島は妙な感覚を覚えていた。

 まるで、教示されているかのような。それこそ、故郷で父に剣を習っていた時のような、そんな感覚。

 そもそも、妙だ、とも思う。

 

(多の……いや、鳰殿の目的は、なんだ?)

 

 鳰紫(大生部多)が行ってきたことは、大悪ともいえるものだろう。彼の存在が多くの命を奪って、悲しみを生んだ。

 だが、見方を変えれば妙だった。

 

「多……いや、鳰殿。一つ、問いたい」

「何でしょうか?」

「何が目的なのですか」

 

 駆けながら、問う。

 

「今更ですね……それを問うて、どうするんです?」

「貴方の戦闘力ならば、自分達を殲滅する事など容易に出来たはず。にも拘らず、貴方は敢えて明司を相手に己の手の内を見せてきた…………そして、今もまるで自分達を導いている」

「…………フフッ、猪武者かと思っていましたが……君が感じるソレもまた運命というものでしょうね」

「運命……そう呟く度に、貴方は()()()()()()()()()()()()()?」

「いやはや……」

 

 速度は緩まないが、紫の笑みに僅かな陰が過る。一瞬だったが。

 

(流石は主人公で、人たらし……変な所で鋭い)

 

 内心で首を振りながら、しかし明かす気は毛頭ない。

 

「敵に情けを掛ける事は、美徳でしょうが…………その甘さは、命取りですよ月島君」

 

 言うなり、紫の背にある翅が動き、戦闘の余波で破壊された家屋の残骸が月島を襲う。

 咄嗟に躱したが、その陰から前に飛び出してきた紫本人の突撃には反応が一歩出遅れた。

 迫る拳。だが、そこに差し込まれる電気を纏う白刃がその一撃を受け止める。

 

「良い時に来ましたね、有虚」

「俺だけじゃねぇぞ!!」

 

 有虚が叫ぶと同時に、彼の体を影にして、能力によって巨大化した塵外刀の切っ先が紫を襲う。

 受け止めるが、これによって両手が塞がれた。

 そこに迫る、白刃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こうなるとは」

「こ、ここはいったい…………」

 

 やはり、大きな流れ(ストーリー)は変わらない。

 四枚の翅の内、二枚を斬られた私の体は暴走を始め、日ノ本中の蟲という蟲全てをその体に取り込んでいった。

 まあ、狙い通りではありましたが。

 完全に制御を外れた私の体は暴走状態にある。その過程で主人公(月島仁兵衛)が死に瀕する、というのもあったが……本当にここ(心の世界)にまでやって来るとは。

 

「そうですね、ここは心の中とでも言うべき場所ですよ」

「心……?」

「とはいえ、長話も必要ないでしょう。君を元の世界へと送り返しましょうかね」

 

 原作では、大生部多はここで主人公を再起不能ギリギリにまで追い込んだ。だが、私にはそんな事をする気が無い。

 彼をお送りだすついでに、取り込んだ蟲によって蓄積した(人間への恨み)を吐き出せば、表の肉体も弱体化するだろうし。

 

「待て!待ってください、鳰殿!」

「…………君は変わらず、私をそう(鳰殿)と呼ぶんですね」

「貴方は、何がしたかったのですか!?蟲奉行様を……奈阿姫様を殺そうとして、蟲狩の皆さんを殺し、常世の蟲の力を奪って……しかし、その果てがこれですか!?これが、貴方の望みなのですか!?」

「…………」

 

 さて、どうしようか。ここは、私の心の中。つまりは、私の都合が良いように事が運ぶ。

 

「やれやれ…………まあ、ここで一年会話したとしても、現実世界では一刻と経たない事ですし…………少しお喋りをしましょうか」

 

 記憶も、表に戻す際に消えることでだろうし。

 

「月島君。私はね、この世界の未来を知っていたんですよ」

「み、未来……?」

「ええ、そうです。この世界の行く末を。どこで何が起きて、どういう決着を迎えるのかを」

「ッ!?で、では……全てを知った上で…………」

「ええ、そうです」

「今この時に至る道筋の、全てを……」

「所々修正しましたが、大筋は変わっていません」

 

 常世の蟲の側近の様に、私の部下二人を作らなかったり。蟲狩のメンバーを有虚君と真白君の二人を残して、あの場で全滅させた事だとか。変化はそれ程多くは無いけれど。

 

「…………運命、ですか」

「ええ、そうです…………とはいえ、私の最初の一歩目が誤らなければ、こうはならなかったでしょうがね」

「どういう事ですか」

「未来を知った私が最初に行ったのは、自死です。諸悪の根源ともなった私という存在をこの世から抹消すれば、この未来は来ないと考えましたから」

「ッ……!」

「ですが、できなかった。“常世の蟲”と私が名付けた超常の力を持つ神は、私を蘇生して力を与えた。結果的にこの一件が、教祖として私を立たせる事になったんですがね…………何より、()()()()()()()恐らくこの国は滅んでいましたよ」

「ほ、滅んでいた……?」

「考えてもみてください、月島君。君は正面切って、“常世の蟲”と戦って勝つ事が出来ましたか?」

「それは…………」

「無理なんですよ。常世の神子としての力も、天羽々斬剣も、塵外刀も、無涯君含めた蟲狩のメンバーの力も、何れも“常世の蟲”にとっては力の欠片に過ぎないんです。そんな彼が、奈阿姫の為にこの国を滅ぼそうとして、一体誰が止められるというんですか?」

 

 結論は、結局そこだ。ハッキリ言って、この物語の登場人物全てが束になってかかっても、恐らく完全体となった“常世の蟲”には敵わない。それが誰であっても。

 全盛期の月島源十郎と月島叶の夫妻ならば、少しわからないが。

 

「だからこそ、策を弄しました。大きな流れを崩さぬように」

「それが、今だと?」

「“常世の蟲”の力を奪い、君たちに打倒される。“常世の蟲”自身も人の在り方を見つめ直し、大団円。それが結末です」

「…………では、蟲狩の皆さんを殺したのは」

「私を打倒し、尚且つ“常世の蟲”を心変わりさせるためには、塵外刀が必要だったからですよ。里の秘薬によって変化した彼らの骨を用いることで、塵外刀は完成する。そして、完成せねば暴走する私を打倒する事は出来ません」

「肉体を、蟲に乗っ取られたのですか!?」

「それだけではありませんよ。“常世の蟲”の力は、千年生きたとはいえ、単なる人間が扱えるようなものではないんですよ。その制御をしていたのが神の翅です。ですが、それらが切り落とされる事で、私の中の天秤は崩壊。不安定となった力は、安定を求めて“常世の蟲”の力の欠片でもある蟲を吸収し、その器として君の体を求めました。それが、今です」

 

 ただ、暴走する私の肉体ってそれ程強くなかったりする。いや、攻撃は即死級だけど。

 巨大化し過ぎて真面に動けず、私の研鑽した技術は全て喪失。それを補うエネルギー砲も狙いが雑。

 神の翅に関しても、体内に隠しているとはいえ、次の出現場所を予測するのは簡単。周りの攻撃で視界が狭まった所で、完全な死角から安全だと判断された位置。

 倒されるのは、時間の問題だろう。

 

「さ、君を送り届けましょう。大丈夫、君の未来は明るいものです。子宝に恵まれて、多くの人々が君の側にいてくれます。君は一人じゃない。これまでも、これからも」

「…………鳰殿は」

「はい?」

「鳰殿は、どうなるのですか」

「私の事は、気にする必要ありませんよ。コレが運命――――」

「納得できません!!!」

 

 思わぬ圧に、体が少し仰け反る。いやはや、流石は主人公。

 

「自分は、多くの人々に支えられてきました!」

「ええ、知っていますよ」

「そんな皆さんを守りたいとも思っています!」

「はい」

「皆で、江戸の青空を見上げたいんです!」

「叶いますよ。必ず」

「鳰殿、貴方とも共に!」

「…………」

 

 真っすぐな目だ。だから、彼は皆を救えたのだろう。

 多くの人々の心を解し、果ては“常世の蟲”の憎しみすらも。

 だからこそ、

 

「――――いいえ、私はここまでです」

 

 その思いを、私は拒絶する。元より、千年以上前のあの日から、既に覚悟は決めていたのだから。

 

「鳰殿!」

「最初から、私はこう決めていたんです。これで良いんですよ」

「鳰殿!?……くっ!」

 

 月島君の体が宙に浮く。必死に手を伸ばしているけれど、残念ながら私にはその手を掴む気も、掴む資格もない。

 でも、感謝はしている。

 

「ありがとう、月島君。君がそう言ってくれるだけで、私には十分です」

「手を……!」

「君の、君たちの道行きに多くの幸あらんことを」

 

 彼の体が空の彼方へと消えて、心の世界は静かになった。

 少し想像すれば、背凭れのある椅子が現れ、私はそこに腰掛ける。

 

「長かった……」

 

 漸く、終われる。人でなしの私だけども、今ぐらいは一息つきたい。

 後悔しかない、がそれも今日でお終いだ。

 

 おやすみなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、一つの物語は終わりを告げる。

 だがしかし、ソレは大きな流れ(ストーリー)の終わりと言う事であって、彼の終わりではない。

 

 落ちた意識は、成しえた功績をもって壁を超えた。


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