透の写真撮影を終えた翌週。
今日は別のスタジオで円香の写真撮影を行うことになった。
「今日はよろしくお願いします!彼女がうちの新人で…」
「樋口円香です。よろしくお願いします」
円香のマネージャーとしてカメラマンに挨拶をする翼。
きっちりスーツを着こなした彼に続いて、円香も笑顔で挨拶をする。
「おぉ、よろしく。というか、マネージャーさん、樋口さんにめっちゃくちゃ似てるねぇ。え、ご兄妹?」
「はい、自分と円香は双子の兄妹なんです」
翼の返答に、カメラマンの男性は驚いた表情をする。
「双子かぁ!どおりでそっくりだと思ったよ。今日は妹さんの写真撮影だけど、お兄さんも一緒に撮っちゃう?」
滅多にお目にかかれない美男美女の双子を前にして、テンションが上がる男性。
そんなカメラマンを前にして、翼は申し訳なさそうに口を開く。
「はは、申し出はありがたいのですが、自分はただのマネージャーなので…今日は妹のことをよろしくお願いします」
「そっかぁ、それは残念。でも、気が変わったらいつでも声をかけていいから!はい、これが僕の名刺」
「あっ、頂戴いたします!」
翼はカメラマンからの名刺を受け取ると、遅れて自分の名刺を両手で差し出した。
「遅れてすみません、私は283プロダクションマネージャーの樋口翼と申します」
「283プロの翼くんかぁ!ハハハ、これは覚えやすい!」
先ほど翼に写真撮影を断られたことを男性は気にした様子を見せず、むしろ上機嫌で笑いながら名刺を受け取る。
「ありがとうございます!」
「よぉし、いい感じに調子も上がってきたな。今日はいい写真が撮れそうだ!じゃあ、セッティングが終わるまでもう少し待っていてくれ」
「はい、よろしくお願いします!」
ハキハキと返事をする翼。
そんな彼を見て「やっぱり惜しいなぁ」と呟いた男性は、準備するために離れていった。
「…一緒に撮ればいいのに」
「ははっ、カメラマンさんには悪いけど、俺には荷が重いよ」
ぼそっと呟いた円香に、翼は小さな声で返答する。
「でも───」
「樋口円香さん!着替えの方をこちらでよろしくお願いします!」
「ん、もう呼ばれたけど心の準備は大丈夫そうか?」
「…大丈夫。じゃあ、いってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
彼の答えに納得していなさそうな円香であったが、言葉の途中でスタッフから呼ばれたため、続けようとした言葉を呑み込んで別室へと移動して行くのであった。
◇◆◇◆◇
問題なく写真撮影を終えた翼と円香は、担当してくれたスタッフにお礼を告げ、事務所に戻ることにした。
「お疲れ円香!とてもいい表情だったよ」
駅まで歩く途中、翼は一仕事終えた円香に労いの声をかける。
「…それはどうも。あと、お願いがあるんだけど」
「ん、喉が渇いたか?ミネラルウォーターなら持っているぞ」
「そうじゃなくて、あまり撮影中こっち見ないでくれる?」
「えっ…」
円香の厳しい言葉に、笑顔だった翼の表情は凍りつく。
「身内に見つめられながら写真撮影とか、普通はイヤだと思わない?ミスター鈍感」
「ご、ごめん円香。今度からは撮影中は別の場所にいるようにするよ」
落ち込んだ様子をする翼を見て、円香は自分の前髪を弄りながら言葉を続ける。
「…別に撮影場所から出ていけとは言ってない」
「えっ…じゃあ、次からは円香の視界に入らない場所から見守るってことで大丈夫か…?」
「…まぁ、それなら」
恐る恐る言葉を口にした翼に対して、円香は感情が読めない表情で返事をした。
「わかった、次からはそうするよ」
(仕事現場に家族がいると円香もやりにくいよな。しかし、この何とも言えない距離感は久しぶりだ)
翼は、前世で円香をプロデュースしたときのことを思い出す。
初めの内は、お世辞にも円香との関係は良好とは言い難く、明らかな心の距離が存在していた。
プロデューサーであった自分はそんな彼女を理解しようと必死に歩みより、その度に拒絶されたことが今では懐かしく思えた。
「…?なに、急に笑って」
過去のことを思い出して、無意識に笑っていた翼に円香は不機嫌そうな表情を向ける。
「すまない、ふと昔を思い出してな…そうだ、話は変わるけどアイドルになってから困っていることはないか?」
「別にないけど」
翼は円香の機嫌を直すためにも、話題を変えることした。
ただ、あまり円香の反応は芳しくなかった。
「レッスンや仕事、それ以外でも気になったことはないか?」
「だから、別にないって言ってるでしょ……あ」
「何かあったのか?些細なことでも大丈夫だぞ!」
何かを思い浮かべた様子の円香に、翼は食い気味に声をかける。
そんな彼を見て、円香はとびっきりのいい笑顔で口を開く。
「じゃあ言うけど、兄について頻繁に質問されてすごく迷惑」
「えっ、兄…って俺のことか!?」
「私には貴方以外に兄はいないでしょ」
驚いたリアクションをする翼に、円香はジト目で言葉を続ける。
「えっと、誰が俺のことなんかを円香に聞くんだ…?」
「そんなの283プロのアイドルに決まってるでしょ。もちろん浅倉たちは除くけど」
「そ、そうなのか……すまない。もっと彼女たちと打ち解けられるよう頑張っていくよ」
「は?」
予想外の翼の返答に、円香は思わす素っ頓狂な声をあげる。
「えっ、何か不味かったかな…?」
「まずどうしてそんな考えになったのかを知りたいんだけど」
「いや、みんなが円香に俺のことを聞くのって、俺のことを知りたいからだろう?」
「…その言い方は気になるけど、続けて」
「わざわざ本人ではなく、妹の円香に聞く理由……それは男の俺を警戒しているからだ」
「ちょっと待って、そこがよく分からない」
翼の言葉に、クールな円香にしては珍しく食い気味に声を出す。
「いや、283プロにいる男性は天井社長だけだろう?今まで男性が1人しかいなかった事務所に突然知らない男が入ってきたから、みんな警戒していると思うんだ」
翼が前世でプロデューサーだった頃、様々なアイドルたちと関わってきた。
その中には出会ったときから彼を信頼してくれたアイドルもいたが、逆にしばらく警戒心をといてくれないアイドルもいた。
そのような経験があるため、出会ったばかりの翼のことをアイドルたちが警戒するのは当然だという思考回路に至ったのだ。
「迷惑をかけてすまない、円香。もう少し時間はかかると思うが、仕事仲間として認められるようもっとコミュニケーションをとっていくから」
「………」
「円香?」
(はぁ───忘れてた、
十数年一緒に生活してきた円香だからこそ知っている翼の数少ない欠点の1つ、それは自己評価があまりにも低すぎることだ。
整った容姿を持ち、優しい性格でコミュ力抜群な高校2年生の男子。
この要素だけでも、相手から信頼を得られやすいのは言うまでもないだろう。
円香は知らないことだが、彼はアイドルたちの好きなものや趣味などを前世の記憶で知っているため、彼女たちとの顔合わせの際にも話が盛り上がることが多かった。
彼が283プロに来て1ヶ月、既に283プロに所属する全てのアイドルから一定の信頼を得ているのだが、翼だけはそのことに気付いていないため、円香にとってややこしい状況に陥っていた。
(翼に真実を教えてあげてもいいけど、それはそれで何かムカつく)
「今のままで問題ない」
「えっ、でも…」
「よく考えたら困ってなかった。だから翼は下手に頑張らなくていいから」
「そ、そうか…?まぁ、円香がそれでいいならいいんだが…」
「えぇ、他のアイドルと話せる機会が増えるのはいいことなので」
(これは本当。283プロのアイドル…彼女たちの何が貴方を惹き付けるのかを知れる機会になるかもしれない)
内心でそう考えながら微笑む円香。
彼女の胸の内を知る由もない翼は、額面通りに言葉を受け取って嬉しそうな表情を浮かべる。
(俺のせいとはいえ、この機会に他の子たちと親交を深めようとするなんて…円香も成長したんだな)
「円香が他のユニットと仲良くなってくれると俺も嬉しいよ」
円香は積極的に誰かと仲良くするタイプではない。
それが悪いとは言わないが、283プロのアイドルはいい子ばかりなので、仲良くなってくれたら嬉しいと前から翼は思っていた。
もっとも、2人の間で勘違いが生じているのだが、それに翼が気付くのは当分先の話である。
「ん、あれは…」
会話が一区切りした翼の視界に人だかりが映る。
彼らが見つめる先には、可愛い衣装を身に纏った1人の女性が立っていた。
まだ距離があるため正確には分からないが、彼女は笑顔で何かを宣伝しているようであった。
(あれは、アイドルのミニライブか)
「円香、もし良ければ少し見ていかないか?」
「…まぁ、翼が見たいなら」
翼の提案に円香は消極的な返事であったが、歩く方向を人だかりへと変えてくれた。
「付き合ってくれてありがとう。きっと円香のためにもなると思うんだ」
「……」
お礼を言う翼に対して、円香は特に何も言わず、クールな表情を変えないままアイドルが見える位置へと移動していく。
そして10分ほど、新人と思われるアイドルのミニライブに観客として参加するのであった。
「今日はありがとうございました!また来週もよろしくお願いしま~す!」
ライブ終了後、アイドルが笑顔でお礼を告げてイベントは終了となった。
サインを求めるファンがいる中、翼と円香はその場から離れて、再び事務所に向けて歩き始める。
「仕事で疲れているのに、わざわざ付き合ってくれてありがとうな」
「…あのアイドルを見て分析することが、今の私に必要なことだから誘ったんでしょ?」
「いや、そこまでは考えてないよ。ただ、少しでも今後の参考になればいいなと思っただけだ」
真っ直ぐな瞳を円香に向けてそう答える翼。
彼の言葉を聞いても、特に表情を変えないまま円香は会話を続ける。
「ふーん…ちなみにあのアイドルなら1月前から知ってる」
「えっ、そうだったのか…?」
「宣伝写真を撮った帰り、椿さんとここを通った際にも同じイベントやってたから」
「そ、そうだったのか……無理に誘ってごめんな」
申し訳ない表情で謝る翼。
そんな彼を一瞥して、円香はため息をつく。
「…本当に嫌なら提案の時点で断ってる。それと、謝るくらいなら1つ聞かせて」
「あぁ!俺で分かることで良ければ」
「あのアイドルのライブを見て翼はどう思った?」
円香の質問に、翼は数秒間真剣に考えて自分の答えを出す。
「そうだな…将来有望なアイドルだと思うよ。まだ未熟なところもあったけど、一生懸命に踊って歌う姿は応援したくなったかな」
「…それが、翼の考え」
「あくまで今のは俺個人の考えだから、見る人によっては違う答えがあるだろうな。ちなみに円香は、彼女を見てどう思ったんだ?」
「……」
翼の問いかけに対して無言の円香。
目を閉じて、何かを考えている様子に翼は気遣うように声をかける。
「こ、答えづらかったらいいんだけど…」
「…歌もダンスもトークも未熟な、笑顔だけを売りにする典型的なアイドル」
目を閉じたまま言葉を発する円香。
翼は彼女の言葉を黙って聞くことにした。
「………」
「笑っておけば何とかなる楽な商売───そう昔の私なら思っていた」
「!」
円香の言葉を聞いて、翼は心の中で驚く。
「アイドルになったばかりだけど、ただ笑っていれば上にいけるほど甘い世界でないのは分かってるつもり…この答えで満足?」
最後までその言葉を言い切った後、円香はそっぽを向く。
仄かに頬を染めていることから、柄にでもないことを言った自覚があるようだ。
「ありがとう、円香の本心を聞かせてくれて。円香はアイドルについてよく理解してるんだな」
「…違う。まだ私はアイドルを理解していない」
「アイドルについてどう考えるかは人それぞれだ。共通の答えはないと俺は思っている」
「……」
「W.I.N.G.は大変だけど、きっとアイドルについて知れるいい機会だと思うんだ。だから、円香だけの答えをゆっくり見つけていこう」
「………」
翼の言葉に、円香は返事をしなかった。
ただ、前を向いて2人は歩く。
言葉にしなくても彼には伝わった、彼女の確かな意思を。
(───円香なら必ず見つけられるよ。だから、一緒に前へと歩いていこう)
円香の望む未来に羽ばたくためにも、全身全霊で円香を支えることを改めて自分に誓うのであった。
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───W.I.N.G.第1シーズン終了まで、残り6週。