深夜に放送されているテレビ番組『明日のアイドル一番星』。
新人アイドルたちが思い思いに自分の魅力をアピールするこの番組は、アイドルとしての名前を売るには打って付けの機会である。
その番組に出演するためにはオーディションを受ける必要があり、新人アイドルのみ応募可能───具体的にはデビューして半年以内かつ1度もテレビ出演を果たしていないアイドルが挑戦できる。
このような条件であるため、W.I.N.G.第1シーズン突破するうえで絶好の機会として新人アイドルたちには認識されている。
そしてW.I.N.G.第1シーズンの終了が残り2週間になった今日、翼は小糸と一緒に『明日のアイドル一番星』のオーディション会場に到着するのであった。
「ど、どうしよう翼くん…!も、もうすぐオーディション始まっちゃうよ…!!」
小糸にとって初めてのオーディションということもあり、その声は震えており、ひどく緊張しているのが翼にも伝わる。
そんな彼女に向けて、翼はいつも通りの柔らかい笑顔を向けながらアドバイスを送る。
「小糸、深呼吸だ。ほら、すーはー、すーはー」
「う、うんっ!すーはー…すーはー…」
深呼吸することで、徐々に小糸の緊張が落ち着いてきたのを感じた翼は、再び口を開く。
「初めてのオーディションは誰でも緊張するさ。でも、あれだけ練習を頑張った小糸なら大丈夫だ。努力は嘘をつかない…そうだろ?」
「うん…そうだよね。あ、ありがとう、翼くん!わたし、頑張ってくるね…!」
いい具合に緊張がほぐれた小糸は審査員が待つステージへと向かっていった。
(頑張れ、小糸…!!)
遠ざかっていく背中を見送る翼は、心の中でエールを強く送るのであった。
◆◇◆◇◆
『───さん、そして福丸小糸さん。以上の方は合格になります。来週の本番も頑張ってください』
「や、やった…!」
「あぁ、やったな小糸!オーディション合格だ」
オーディション合格の発表を聞き、小糸は嬉しさのあまり大きな声を上げる。
そんな彼女につられて、翼も声を上げて喜んだ。
「ありがとう、翼くん…!ど、どうだったかな…?」
「練習の成果がしっかり出てたよ。この調子なら当日の番組出演も問題ないと思う」
「ほ、本当…!?で、でもまだ撮影まで1週間あるし、もっと練習頑張る…!」
「ははっ、その心意気は偉いが頑張りすぎには注意だぞ」
「も、もちろんわかってるよ…!」
そしてオーディションから1週間後の今日、翼と小糸はテレビ番組『明日のアイドル一番星』の収録でTV局に訪れた。
各アイドルの持ち時間は3分と短いが、彼女たちは限られた時間の中で精一杯アピールしていく。
あるアイドルは得意な曲を歌い、あるアイドルは難しいステップがあるダンスを踊り、あるアイドルは自分が最も可愛く見えるポーズをとったりした。
そんな中、小糸が選択したのはダンスであった。
「お疲れ、小糸。凄くよかったぞ!」
無事に番組の収録を終えて控え室まで戻ってきた小糸に、翼は真っ先に労いの言葉をかける。
「ほ、本当…!?わたし、しっかり踊れてた…?」
「もちろん。少し緊張していたけど、ダンスのパフォーマンスは完璧だったよ」
レッスンや自主練習を一生懸命頑張った成果が出たのか、小糸は初のテレビ出演にも関わらずミスをすることなくダンスを踊り切ることができたのだ。
「え、えへへ…このくらい、余裕だから…!」
「はは、そうだな。それじゃあ、頑張った小糸にはこれをプレゼントだ」
翼はポケットからゆっくりと何かを取り出すと、それを小糸に手渡した。
「えっ…クマの編みぐるみ…?翼くん、これって…」
「小糸、クマの縫いぐるみやキーホルダー好きだっただろ?せっかくだから自分でクマの編みぐるみを作ってみたんだ」
「つ、翼くんがわたしのために作ってくれたの…!?」
「あぁ。初めて作った編みぐるみだから既製品よりも不格好だし、可愛くないかもしれないが、そこは大目に見てくれると助かる」
「……」
まじまじとクマの編みぐるみを見つめる小糸を見て、言い知れぬ不安を感じた翼は思わず口を開く。
「その、もし気に入らないなら遠慮なく言ってほしいんだが…」
「あ…そ、そんなことないよ…!す、凄く嬉しい…!!」
「そうか?その、じっくり見ていたから気になる部分でもあるのかと思ったんだが…」
「ううん、こんなに上手に作れるなんて翼くんはすごいなぁって思っただけだよ…!」
「あはは、お世辞でもそう言ってくれると嬉しいな」
「もう、お世辞なんかじゃないよ!」
「ごめん、ごめん」
そう翼が謝った後、2人はしばらく笑い合った。
「ありがとう、翼くん。大切にするからねっ!」
最後にとびきりの笑顔で小糸はお礼を告げるのであった。
◇◆◇◆◇
その後、TV局から事務所に戻ろうとしていた翼と小糸であったが、椿からの連絡でもう1人同行者が増えることになった。
指示された場所に向かった2人は、その途中に大切なお守りを落として困っている中学生モデルと出会い、一緒に探すというイベントを挟みながらも、同じ283プロに所属しているアイドル───黛冬優子と無事に合流するのであった。
「───冬優子さん、撮影お疲れ様です。仕事終わりで疲れている中、お待たせしてしまいすみません」
「お、お疲れ様です…えっと、遅くなってごめんなさい…っ」
「翼くん、小糸ちゃんもお疲れ様です。ふゆは別に待ってないですから、気にしないで大丈夫ですよ♡」
遅くなったことを謝る翼と小糸に、冬優子は明るい口調でそう答える。
「冬優子さんの撮影の方は無事に終わったようですね。先程すれ違ったスタッフの方が、今回もいい絵が撮れたと喜んでいましたよ」
「ふふ、ありがとうございます。ふゆだけの力ではなくて、スタッフさんやカメラマンさんも頑張ってくれたおかげで、最高の1枚が撮れたと思います♪」
「はは、それは雑誌の発売が待ち遠しいですね」
「ふふ」
実際に嬉しそうに話す翼を見て、冬優子は笑みをこぼす。
彼のその表情を見ればその言葉が社交辞令ではなく、本心からの言葉だと一目瞭然であった。
「そういえば、小糸ちゃんの方は初めてのテレビ撮影と聞いてましたけど、どうでしたか?」
「ぴゃ…えっと、その…練習通りの成果を出すことができたと思います…」
冬優子から声をかけられた小糸は、突然の質問に焦りながらも自分の本心を口にした。
「ふふ、小糸ちゃん練習頑張っていたもんね。ふゆも見習わないといけないな~」
「わ、わたしなんて黛さんと比べたらままだまだ、です…」
そんなやり取りをした後、3人はTV局から事務所まで戻るためにタクシーへと乗り込むのであった。
「小糸ちゃん、お先にどうぞ♡」
「あ、ありがとうございます」
助手席に小糸を座らせた冬優子は、翼へと視線を向けると、笑顔を浮かべながら口を開く。
「じゃあ、先にふゆが乗りますね」
「お願いします。荷物持ちますか?」
「ふふ、大丈夫ですよ。翼くんは身長高いので、頭をぶつけないよう気をつけてくださいね♡」
そして、最後に翼が後部座席に座り、目的地を告げると事務所に向けてタクシーは走り出した。
タクシーが走り始めて数分、翼は自分の右足に重みを感じた。
不思議に思って足元を確認すると、隣に座っている冬優子の左足が何故か自分の右足の上に乗っていた。
(ふ、冬優子さん…足を踏んでいますよ…)
小声で冬優子にそう伝える翼であったが、彼女の足が動くことはなかった。
自分の言葉が聞こえなかったと考え、もう一度口を開く。
(冬優子さ───)
(聞こえているわよ。安心しなさい、わかっていて踏んでいるから)
1つも安心できる要素がない冬優子の発言に、翼は前にいる小糸に聞こえないよう会話を続ける。
(な、何か気に障ることしましたか…?)
(自分の胸に手を当てて考えてみなさい。心当たりがあるはずよ?)
(…さっきお待たせてしまったことですかね)
(正解。プロデューサーからすぐに迎えが行くと連絡があってから30分待ったわ)
(すみません、途中でトラブルがあって…冬優子さんには連絡を入れるべきでした)
(事情があるのはわかったし、謝罪は受け入れたわ。でも、ふゆの貴重な時間が浪費されてしまった事実は変わらないの)
(…どうすればいいでしょうか)
(今度の週末暇かしら?)
(えっ…日曜日は空いてますけど…)
(それなら1日ふゆに付き合いなさい。ちょうど荷物持ちが欲しかったの)
(えっ)
(なに、嫌なの?)
(いえ、嫌ではないです。むしろ、そんなことでいいんですか?)
(そんなことってあんた、随分荷物持ちを舐めているわね)
(その…夏葉さんとの筋トレのおかげで前よりも筋肉がつきましたから、少しはお役に立てるはずです)
(へぇ、頼もしいじゃない。じゃあ、詳しい日時と場所はまた後で連絡するわね)
(わかりました。それでは、そろそろ足を動かしていただいても…?)
(あら、そういえばそうだったわね)
そう言うと、翼の足の上から冬優子は足を退かす。
もっとも、冬優子は彼の足を痛めないよう体重をかけていなかったし、翼も本気で冬優子が怒っているわけではないことを承知の上で会話を続けていた。
突然だが、黛冬優子───3人組ユニット、ストレイライトで活躍する彼女には秘密がある。
普段は楚々として可愛らしく振舞っているが、素の性格は負けん気が強く、けっこう口が悪いのだ。
そんな素の自分を見せることを嫌う冬優子であるが、家族以外で彼女の本来の姿を知る人物は限られる。
283プロダクションの関係者で素の冬優子のことを知っているのは、同じユニットメンバーである芹沢あさひと和泉愛依、プロデューサーである椿、そしてマネージャーである翼の5名である。
とある偶然で本来の冬優子の性格が翼にバレてしまったとき、彼女はどう誤魔化すか必死に考えた。
しかし、彼は特別驚くことはなく、冬優子が猫をかぶっていることを知った後でも優しい態度を変えることはなかった。
何より本来の冬優子を知っても幻滅せず、素の冬優子もアイドルとしてのふゆも同じように受け入れてくれる異性は、翼が初めてであったのだ。
彼に自分の本性がバレてしまった瞬間は不幸を呪った冬優子であったが、どちらの自分でも付き合える貴重な仕事のパートナー兼異性の友人を得たことは、結局のところ彼女にとって幸運であった。
(ふふっ、ふゆの狙い通り上手くいったわ。今度の休みが楽しみね)
ここで今回のネタばらし───今までの会話の流れは、全て冬優子の手のひらの上であった。
素直に遊びに誘うことができない、というかこちらから遊びに誘うのは何か負けた気がすると考えた冬優子は一計を案じた。
翼が何かしらミスをした際に、それを許す条件として荷物持ちを提案する。
もちろん荷物持ちはあくまで体裁で、一緒にプライベートを過ごすことが冬優子の本命である。
そして今回、絶好のシチュエーションを迎えた冬優子は、目論見通り翼のことを上手く誘えたのである。
もし彼女の一連の行動を見られたら「冬優子ちゃん、めんどくさいっす」と誰かが言いそうであるが、冬優子にとっては過程を含めこの結果に大変満足しているのであった。
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───W.I.N.G.第1シーズン終了まで、残り1週。
おまけ
(翼くんと黛さん、距離が近いような…。それに、何かひそひそ話してる…?)
助手席に座る小糸は訝しんだ。
(翼くん、黛さんと仲いいのかな…?)
そして小糸は閃いた。
(円香ちゃんなら家族だし何か知っているかも。チェインで聞いてみよう…!)
「ん?小糸からのチェイン、無事に仕事終わってよかっ………は?」
次話でようやく第1シーズン終了です。
つまり、冬優子とのプライベート回は第2シーズンへ持ち越しです。
余談ですが、シーズンを重ねるごとに関りがあるアイドルとの親愛度が上昇していきます。