シャニP、樋口円香の兄に転生する   作:リィンP

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第1シーズン終了(灯織&ノクチル)

 

 8週間の期間があったW.I.N.G.第1シーズンがついに終わりを迎えた。

 

 次の第2シーズンへ挑戦できるのか、それとも第1シーズンで敗退してしまうのか。

 その結果が発表される今日、翼は緊張した面持ちで事務所に出勤した。

 

(とうとうこの日が来た…こんな大役を新人の俺に任せてくれるなんて、社長と椿さんには感謝しかないな)

 

 通常、オーディションの結果などはプロデューサーである椿が連絡を受けとることになっているのだが、特別に翼が任されていた。

 その理由として、今後のことを見据えて、翼に様々なことを経験させたい天井社長、そしてノクチルの身内である翼には1番最初に結果を知ってほしいという椿の気遣いが背景にあったからである。

 

(プロデューサー時代に経験があるとはいえ、やはり結果を待つこの時間は慣れないな。今日の午後に連絡が入る予定なんだし、今は仕事に集中しよう)

 

 事務所に入った翼は、本日の業務に取り掛かっていく。

 何事もなく午前の仕事を終わらした翼は軽い昼食をとった後、事務所に設置されている固定電話に注意を払いながら引き続きデスクワークをこなしていった。

 

 そして時は過ぎて夕方。

 本日分の仕事を片付けた翼の元には、まだ肝心のW.I.N.G.予選結果の連絡が届いていなかった。

 

(もう連絡があっていい時間帯なんだが、まだ来ないな。もしかして何かあったのか…いや、悪い未来を想像するのは止めよう。そうだ、コーヒーでも飲みながら待つことにしよう)

 

 ネガティブ思考になりかけた翼は、気分を変えるためにキッチンに赴く。

 そこで、意外な人物と邂逅した。

 

「お疲れ様です、翼さん」

 

「灯織、来ていたのか。ん、何か作っているのか?」

 

「はい、フレンチトーストを焼いていて…もうすぐ出来上がるところです」

 

「そうだったのか。それにしてもいい匂いだな」

 

「!その、よければ翼さんも食べていきませんか?」

 

「え?いや、流石にそれは悪いし、灯織の分がなくなってしまうよ」

 

「いえっ!じ、実は作りすぎてしまって…もしお腹が空いていれば食べていただけると助かります…!」

 

「そういうことなら、いただこうかな」

 

「ありがとうございますっ!」

 

「ははっ、お礼を言うのは俺の方だよ」

 

 料理中の灯織に出くわし、彼女からぜひ食べていってほしいとお願いされた翼は、その好意に甘えることにして、場所を休憩室に移すことにした。

 

 そして間もなくできた灯織お手製のフレンチトーストを口にした翼は「うん、凄く美味しい!流石は灯織だな」と絶賛した。 

 その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべた灯織は「あ、ありがとうございます…!」と言いながら、一緒にフレンチトーストを食べるのであった。

 

 最後に慣れた手つきで灯織が淹れてくれたブラックコーヒーを飲んで一息ついた翼は、彼女にお礼を告げて休憩室を後にした。

 

 

 

 

(よかった…翼さんのお口に合って)

 

 去っていく翼の後ろ姿を見つめる灯織は、心の中でそう呟いた。

 

 風野灯織──彼女はとあるオーディションに落ちて深く悩んでいたときに、1枚のファンレターに心を救われたことがあった。

 

 自分を励ましてくれた人にどうにかしてお礼を伝えたかった灯織だが、手掛かりは樋口という名字しか分からず、長い間進展がなかった。

 

 しかし偶然、その人物の正体が明らかになった。

 同じ事務所の新しいアイドルである樋口円香。

 彼女には双子の兄がいて、その人が灯織が探していた人物であると判明したのだ。

 

 彼に直接お礼を言う機会を設けてほしいと円香に頼み込んだ数日後、事態は急展開を迎えた。

 

 なんと円香の兄──樋口翼が283プロダクションのマネージャーになることが決まったのだ。

 

 そのことを知り混乱する灯織に、追い打ちをかけるかのように円香からの連絡が入った。

 

『明日の午前、予定空いてる?』

 

『はい、明日は午前中予定は入っていませんけど…』

 

『じゃあ、事務所に来て。翼も呼んであるから』

 

(え…?え、えぇ…っ!?)

 

 緊張でよく眠れないまま次の日を迎えた灯織は、いつもよりも念入りに身だしなみをチェックして事務所に訪れた。

 

 そこで、ついに彼と邂逅した。

 

『新しく283プロダクションのマネージャーになりました樋口翼です。よろしくお願いします、風野さん』

 

『あ…えっと、その…!』

 

 直接会えたらお礼を含め、色々と言いたいや聞きたいことがあった灯織だが、寝不足で頭が回らないのか上手く言葉が出ずにいた。

 

『…風野さん?』

 

 心配そうに自分を見つける翼の視線に、灯織は心の中で焦る。

 

(えっと、まずは自己紹介…いや、お礼を言うのが先…?ど、どうしよう…!?)

 

 そして悩み抜いた末、灯織はようやく口を開く。

 

『あ、あのっ!手紙のように灯織って呼び捨てで大丈夫です!』

 

『えっ…』

 

 固まった表情をする翼の顔を見て、灯織はとんでもないやらかしをしてしまったと悟った。

 

(うぅ、絶対変な子だと思われた…叶うなら時間を巻き戻したい……助けて…真乃、めぐる)

 

 ファーストコンタクトに失敗した灯織は心の中で涙を流した。

 

 急に暗い表情になった灯織を見て、翼は数秒何か思案すると、彼女に向かって頭を下げる。

 

『…すまなかったな、灯織』

 

『えっ…?』

 

『あの手紙は衝動的に書いたから、つい名前を呼び捨てにしてしまったんだ。でも、よく考えたら会ったことのないファンに呼び捨てにされるのは不快かと思ってさっきは名字で呼んだんだ』

 

『そ、そうだったんですねっ。その、私は全然気にしてませんから…!』

 

『うん、俺の勝手な気遣いだったようだ。灯織が嫌でなければ名前で呼んでも構わないかな?』

 

『も、もちろんです!その、私も翼さんと呼んでもいいですかっ?』

 

『あぁ、もちろんさ。これからよろしくな、灯織』

 

『はいっ!よろしくお願いします、翼さん…!』 

 

 その後、緊張が解けた灯織はあのときのお礼をようやく翼に伝えるのであった。

 

 そして正式に翼がマネージャーになった今、灯織は休憩中の翼に料理を振る舞ったり、コーヒーを淹れたりする機会が増えた。

 

 最初の頃は灯織に悪いと思って断っていた翼であったが、誰かのために料理を作るのは楽しいと嬉しそうに話す灯織を見て、その考えを改めた。

 今では灯織が自分で食べるために作り、彼女が食べきれない分をいただくという暗黙のルールが2人の間に存在した。

 

 手紙のお礼として仕事で忙しい彼にブラックコーヒーを淹れることがそもそもの始まりであったが、今では自分の料理を美味しく食べてくれることに灯織は幸福を感じていた。

 

(よし、今度は何を作ろう…あ、でもあまり頻繁に作り過ぎちゃうと翼さんに迷惑になるかもしれないし、次は飲み物だけの方がいいかも…)

 

 灯織はその後しばらく、彼女の携帯電話に着信が入るまで考え事に耽るのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 休憩室から戻った翼が自分の仕事デスクに着くと、タイミングよく電話が鳴り響いた。

 

『もしもし、283プロダクション様でしょうか?私、W.I.N.G.運営事務局の佐藤と申します』

 

 受話器をとると、翼が待っていた人物からの連絡であった。

 

「っ!はい、283プロダクションのマネージャーの樋口です!」

 

『連絡が遅れてしまい申し訳ございません。早速ではありますが、W.I.N.G.にエントリーされている浅倉透さん、樋口円香さん、市川雛菜さん、福丸小糸さん計4名について第1シーズン審査結果をご報告したいと思います』

 

「よろしくお願いします…!」

 

『それでは1名ずつエントリー順に結果をお伝えいたします。浅倉透さんは──』

 

「はい」

 

『次に、樋口円香さんは──。そして、市川雛菜さんは──』

 

「…はい」

 

『最後に福丸小糸さんは──』

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 透たち4人全ての第1シーズン審査結果を聞き終えた翼は、その結果をプロデューサーの椿と天井社長に報告した。

 椿と天井社長から早くその結果を彼女たちに伝えてあげるよう急かされた翼は、急いで4人が待つ樋口家へと帰宅するのであった。

 

「お帰りなさい、翼先輩~」

 

「おかえりっ!翼くん」

 

「ただいま。みんな、遅くなってすまなかった」

 

「ふふ、大丈夫。待てる女だから、わたし」

 

「…それで、結果はどうだったの?」

 

「あぁ、みんな…心の準備はいいか?」

 

 翼は4人の表情を順に確認し、問題ないのを確認すると、W.I.N.G.予選の結果を告げる。

 

「──おめでとう、みんな。1次審査、全員突破だ!」

 

「や、やった…!みんな、次に進めるよ…!」

 

「あは~、小糸ちゃんすごく嬉しそう~」

 

「ひ、雛菜ちゃんは嬉しくないの?」

 

「もちろん、雛菜も嬉しい~♡透先輩も雛菜と同じ気持ち~?」

 

「え…ふふ、嬉しいかも。樋口はどう?」

 

「…まぁ、それなりに」

 

 リアクションに差はあったが、4人とも1次審査突破という結果を喜んでいるようであった。

 

「本当によく頑張ったな!みんながレッスンや仕事を真摯に取り組んでくれたこそ、この結果を掴み取ることができたんだ!」

 

 翼のテンションの高さから、この結果を最も喜んでいるのは当人の彼女たちではなく、彼であるのは一目瞭然であった。

 

 自分たちよりも嬉しそうにしている彼の姿を目の当たりにして、幼馴染4人は自然と顔を見合わせると、可笑しそうに声を上げて笑い合う。

 

「あは~、翼先輩ったら雛菜よりしあわせそう~♡」

 

「もう、まだ1次審査なのに喜び過ぎだよ!」

 

「ふふ、私たちより喜んでいるじゃん」

 

「はぁ、そのテンションで最後までもつの?」

 

 彼女たちの言葉を聞いて、翼は照れ臭くなったのか頬をかきながら答える。

 

「はは、確かに喜び過ぎかもしれないな。でも、みんなのことを小さい頃から知っているから、まるで自分のことのように嬉しいんだ」

 

「やば、照れる。でも、そっか…1番長く一緒にいるもんね、私たち」

 

「…いや、浅倉は1番じゃないでしょ」

 

「えっ、樋口は妹だから、繰り上げで私じゃない?」

 

「勝手に人を除外するな」

 

「じゃあ、雛菜は2番~!」

 

「ぴゃっ!?」

 

「はぁ…これ以上ややこしくしないで、雛菜」

 

 W.I.N.G.予選の結果報告から1分も経っていないのに、いつも通りのテンションで会話する透たちを見て、翼は可笑しそうに微笑んだ。

 

「ははっ、1次審査に合格したばかりなのにみんないつも通りだな。次の審査は今回より厳しくなっていく…だけどみんななら乗り越えていけると俺は思っている」

 

 真剣な表情で話し始めた翼の言葉に、円香たちは黙って耳を傾ける。

 

「もちろん、俺も今まで通り…いや、今まで以上にみんなのことをサポートしていくつもりだ。だからみんなも遠慮せずに俺を頼ってほしい」

 

「あは~、じゃあ雛菜、もっと甘えちゃうね~♡」

 

「言っておくけど雛菜、頼るのと甘えるのは違うから」

 

「えぇ~、どういう意味~~?」

 

「前みたいなふざけた行動は許さないってこと」

 

「円香先輩、顔こわい~」

 

「ふ、2人とも何の話をしているんだろうね、透ちゃん」

 

「んー…わからん」

 

「ごほん、最後にこれだけは言わせてくれ…1次審査通過おめでとう、この調子で2次審査も頑張っていこうな」

 

「は~い!」「う、うん!」「うい~」「…はい」

 

 翼の言葉に対し、ノクチル4人はバラバラの返事をする。

 まさにノクチルらしい光景に、翼は可笑しそうに微笑むのであった。

 

 

 

 

 





ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
これにて第2部「W.I.N.G.」編の第1シーズンが終了となります。

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