シャニP、樋口円香の兄に転生する   作:リィンP

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天游Ⅲ ナウ

 

 

 時間が許す限りノクチルのレッスンを見学していた翼であるが、それと並行して今回の仕事先である担当者との打ち合わせも行っていた。

 

 自分がプロデューサー時代だった前回は、自分と相手方で認識に差があり、それが結果的に失敗へとつながってしまった。

 なので、今回の彼は綿密に打ち合わせを行うことを心掛けたのだ。

 

 営業先がノクチルに何を(・・)期待しているかをしっかり確認し、当日のタイムスケジュールも両者共同のもとで作成したので、事前準備に抜かりはなかった。

 

 ノクチルのユニットの初仕事───それは地方のテーマパークでのライブイベント。

 

 そのテーマパーク『スカイブルー・オーシャンランド』は日本で海に最も近い遊園地をキャッチフレーズにし、開園当初からしばらくは全国から多くの人が訪れるほど人気があった。

 特にジェットコースターや観覧車に乗ると綺麗な海を一望できると高い評価を受けていた。

 

 しかし近年では、目新しさがなくなったのと、他に大規模なテーマパークができてしまったのもあり、来園者数が減少の一途をたどっている。

 

 どうにかして来園者数を増やしたいと考えた経営陣が様々な取り組みを始め、そのうちの1つとして遊園地でのイベントの刷新であった。

 

 今までは地方の大道芸人が様々な芸を披露していたのが、集客性を考慮してもっと話題のある歌手やアイドル、芸人などに声をかけていくことにしたのだ。

 

 そこで、アイドルに詳しい経営陣の1人が話題になってきているノクチルに注目した。

 

 もちろん、ただ話題があるという理由だけで選ばれたわけではない。

 新人で年若い彼女たちの瑞々しいフレッシュさ。

 283プロという今勢いのある芸能事務所に所属し、4人全員がW.I.N.G.に勝ち進んでいるという実績。

 

 その他、各個人のポテンシャルなども考慮して、見事ノクチルに白羽の矢が立ったのだ。

 

 もっとも、白羽の矢が立ったのはノクチルだけではない。

 彼女たち以外にも複数の話題あるグループが仕事を引き受けており、最悪ノクチルで集客数が上がらなくても他のグループが成功し、結果的に来園者数が伸びればよしと経営陣は考えていた。

 

 最終的にこの仕事を引き受けたグループはノクチルを合わせて5グループほどである。

 5グループの中で知名度が最も劣るのは新人ユニットのノクチルであり、多くの経営陣が他のグループを『本命』と考え、ノクチルのことは成功したら儲け物くらいの認識であった。

 

 もちろんそのような裏事情をノクチルは知らない。

 

 翼だけは、何度か打ち合わせを重ねるうちにテーマパーク側の一部職員の態度で察してしまったが、それでも彼は真摯に相手方との調整を続けていった。

 翼と直接やり取りをするテーマパークの職員はノクチルメンバーの仕事を事前に見たことがあったため、よりイベントを盛り上げようと熱心に打ち合わせできたのが大きかった。

 

「彼女たちなら絶対売れるっす!」と息巻いてくれたその男性職員の協力もあり、ライブイベント準備は完璧のものになった。

 

 こうして、ノクチル初仕事となるテーマパークでのライブイベント当日を無事に迎えるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 イベントライブ当日の明け方。

 翼たち5人は、各々の自宅まで迎えに来てくれた椿の車に乗り込んだ。

 

 椿の運転で出発し、彼女と翼以外は車内で眠りにつきながら、開園前の遊園地に到着した。

 

「朝早くからすまないね、283さん。ライブイベント、期待しているよ」

 

「ありがとうございます。ご期待に応えられるよう頑張りますので、よろしくお願いします」

 

 今日のイベント責任者とプロデューサーである椿が挨拶を交わす。

 

「ハハ、それじゃあ私は所用があるので少し失礼するよ、本番までには戻るから、それまで君、後はよろしく頼むよ」

 

「はい、了解しました」

 

 責任者の男性は斜め後ろに控えていた職員に後を託すと、足早に去っていった。

 

「…まったく、失礼っすね。本日の主役のノクチルさんに一言もかけないなんて…」

 

「こら、先方の前でそういうことを言う君の方が失礼でしょ!申し訳ございません、283さん」

 

「…申し訳ございませんでした」

 

(円香…ここは頼む)

 

(私?…仕方ないか)

 

 頭を下げて謝る職員を前にして、翼からアイコンタクトを受け取った円香が前に出て言葉をかける。

 

「大丈夫です、私たちは気にしていませんので」

 

「えぇ、それにお忙しい人なのは十分わかっていますから、大丈夫ですよ」

 

 円香と翼の言葉を聞いて、職員2人はほっとした表情を浮かべて頭を上げた。

 

「…ありがとうございます。それでは最初に控え室を案内します。予定では30分後にステージでリハーサルということでよろしいでしょうか」

 

「はい、それでよろしくお願いします」

 

 そして、翼たちは控え室に移動し、ノクチル4人の準備を整えた後、本日のライブイベントを行うステージへと足を運ぶのであった。

 

「わぁ…!ここが、私たちのステージ…!」

 

「う~ん、雛菜が思っていたよりも狭いかも~~!」 

 

「…雛菜、そういうことは思っていても言わないで。私たちの印象が悪くなる」

 

「んー…高いね、いつもよりも」

 

 ステージの上に立ったノクチル4人は思い思いの感想を口にする。

 

「それじゃあ、みんなまずはアップしてから立ち位置確認。その後は1曲フルで踊ってみて、問題点があればその都度改善していきましょう」

 

 椿の指示でリハーサルは進み、ステージで実際に踊ってみて立ち位置などを調整した後は、時間が許す限り本日行う予定の2曲をステージで予行練習した。

 

 そして時間は9時となり、テーマパークが開園して客が来場し始める。

 

 ライブイベント開始時刻となる11時まで身体を休ませることになったノクチル4人は控え室でタイムスケジュールを確認したり、歌詞を眺めたり、ステップを確認したり、糖分を摂取したりして過ごすのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 時刻は11時5分前。

 ノクチルのライブイベントが行われる会場の席は、3割ほど埋まっていた。

 

「ねぇ、今日はどこのグループが出るの?」

 

「ノクチルっていうアイドルグループみたいだよ」

 

「ノクチル…?聞いたことないけど、有名なの?」

 

「うーん、どうなんだろう。私も知らないから、有名じゃないんじゃないかな」

 

「なーんだ、でも少し疲れたから休みたいし、このまま座っていよっか」

 

 パンフレットを広げながら歩く女性2人組は、休憩目的で後方の席に座る。

 

「お、このノクチルっていうユニット、アンティーカと同じ事務所に所属しているじゃん」

 

「へぇ、ならアンティーカの方が来てくれたらよかったのにな」

 

「ハハ、本当にな。期待はしないけど、一度見てみるとするか」

 

 携帯を弄る男性2人組は、興味本位で真ん中の席に着く。

 

「ノクチル…確か浅倉透と樋口円香が所属するユニットだったような…」

 

「その2人って、今話題になっている新人アイドルじゃない!時間もあるしぜひ見に行きましょう!」

 

「お、おう…アトラクションに乗るよりテンション高いな、姉貴…」

 

 大学生くらいのはしゃぐ姉が辟易する弟の腕を引っ張る形で前方の席を確保する。

 

「イルミネ、アンティーカ、放クラ、アルストロメリア、ストレイ…そして6番目のユニットとなるノクチル。フフフ、お手並み拝見といこうじゃないか」

 

 眼鏡をくいっと上げてそう呟く男性は、1時間前から最前列の席を陣取っていた。

 

 そしてちょうど11時になると、会場に設置してあるスピーカーから女性の声を響き渡る。

 

「お待たせしました。時間になりましたので、本日第1回目のイベントを始めたいと思います。その前に、皆様に守っていただきたいお願いがございます。途中で席を立つのは周りのお客様のご迷惑になりますので、お控えください」

 

 そしていくつかの注意事項を読み上げた後、満を持して彼女たちの幕が上がる。

 

(ようやく、始まるのか───ノクチルのステージが)

 

 お世辞にもテーマパーク側のノクチルへの期待は高いとは言えず、観客からの注目は少ない。

 

 本気で彼女たちに期待し、注目している者は一握りである。

 

 しかし、それが一体どうしたというのだ。

 

 例え誰からも注目されていなかったとしても、彼女たち4人には関係ない。

 

「───行こうか」

 

「「「うん」」」

 

 透の合図で、4人はステージにのぼっていく。

 

 すぐ向かうに広がる海──キラキラ光る波を追いかけ、これから彼女たちは碧い風になる。

 

 後に今日のライブを観た1人の来場者は、友達のアイドルオタクに自慢をしたという───『あの場に居合わせた俺は幸運だった』と。

 

 

 

 

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