シャニP、樋口円香の兄に転生する   作:リィンP

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家族旅行 後編(円香&透)

 

『きっと夢は叶うよなんて 誰かが言ってたけど』

 

 翼たちが部屋に戻るとテレビの大画面にノクチルのライブ映像が流れていた。

 

「父さん、戻ったよ。あれ…これってノクチル初ライブのときの…」

 

『その夢はどこで僕を待ってるの?』

 

「おお、みんな帰ってきたか。それじゃあ俺たちも温泉に入りに行くか、樋口」

 

 部屋に戻ってきた翼たちに気付いた浅倉父は、テレビ画面に集中する樋口父に声を掛ける。

 

『きっと憧れているだけじゃ ダメだって知ってるんだ』

 

「先に行っていてくれ浅倉、この曲が終わったら俺も行く」

 

『僕の靴はまだ白いままで』

 

「いや、俺もこれが見終わったら行くつもりだから」

 

「そうか、いい判断だ」

 

『小さくてでこぼこ 儚い光たち』

 

 父親たちのそんなやり取りを見て、円香の目がすっと細くなる。

 

(マズい、空気が少し重くなった…)

 

 横にいる翼は内心で冷や汗をかいていると、隣の部屋に戻ったはずの透と浅倉母がやってきた。

 

「翼ー、そっちにお父さん行ってないー?」

 

「えっと…透たちのライブ映像をテレビで見ているよ」

 

「えー、お父さん何でここで私たちのライブを見てるの?」

 

『まだ頼りなくて ゆらめいた』

 

 透は少し不満げな表情をして父親に詰め寄る。

 

「いや~透の頑張っている姿を急に見たくなってなぁ。ここのテレビにDVD繋げられると知って、大画面で見れるかどうか試してみたくなったんだ」

 

「へぇー」

 

「どうだ、透たちも一緒に見ないか?」

 

「んー、私はいいかなー」

 

 父親の提案を、透は素っ気なく断る。

 

(マズい、空気がさらに重くなった。ここは俺が話すしかないか…)

 

 これ以上場の空気を悪くしないためにも、翼は口を開く。

 

「よ、よくDVD持って来ていましたね」

 

『一つ一つ 合わせていこう』 

 

「あぁ、樋口が持って来てくれたんだ」

 

「どういうこと、父さん」

 

『パズルみたい 繋げていこう』

 

 娘からの質問に、流石の樋口父も少し焦った様子で答える。

 

「いや円香これはだな…あれだ、旅行先で皆で見る機会もあるかと思って用意しておいたんだ」

 

『かすかに───』

 

 いい加減我慢できなくなったのか、円香はテレビの電源を消す。

 途中で消えたノクチルのライブ動画を名残惜しむように、樋口父は控えめに反論の声を上げる。

 

「ま、円香。ここからがまたいいところで…」

 

「ここはライブ会場?違うでしょ。それより、せっかく温泉に来たんだから早く入ってきたらどう?」

 

 娘からの冷たい視線と言葉を同時に浴びた樋口父は、慌てた様子で風呂の用意をし始める。

 

「う、うむ、そうだな…浅倉、俺たちも行くとするか」

 

「ハハッ、相変わらず娘に弱いなお前は」

 

「お父さんも笑ってないで早く入って来て」

 

 むすっと不満げな透の冷たい言葉を受けて、浅倉父もしょぼんとした顔で返事をする。

 

「はい…」

 

 そして、娘たちから厳しい視線を浴びせられながら父親たちは部屋から出て行った。

 

「ふふ、どこの家庭でも父親は娘に弱いわね」

 

「はは…そうだね」

 

 樋口母の言葉に、翼は乾いた笑みで返事をする。

 一方、浅倉母は透に近づくとその肩をポンポン叩いて、父親のフォローをする。

 

「お父さんのこと許してあげて。透がアイドルになったことを凄く喜んで、何度もライブ映像を見直しているのよ」

 

「円香もそうよ。あの人も暇さえあれば円香の映像を見て幸せそうにしているわ」

 

「んー、わかった…」

 

「はぁ、本人の前で見続けるのはどうかと思うけど…」

 

 不服そうな表情をしながらも、透と円香は母親の言葉に頷くのであった。

 

 そして夕食まで母親たちは旅館周りを散策しに行き、翼と透、円香の3人は部屋で休むことにした。

 各々が穏やかに時が過ぎ、すっかり日が沈んだ頃、全員で旅館にある食事処に向かい、そこで豪華な食事を満喫した。

 その後、もう一度温泉に入浴したりして心身を癒し、翼たちは早めに就寝するのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『アイドルなんか知りたくなかった』

 

 あぁ、これは夢だ。でも、ただの夢ではない。

 

『期待なんか背負いたくない』

 

 過去の自分がいる。話しているのはとても見覚えのあるアイドル。

 

『必死になんか生きたくない』

 

 それは普段クールな彼女が隠していた本当の気持ち。仲間にも明かさなかった少女の想い。

 

『自分のレベルなんか試されたくない』

 

 冷淡な態度を見せることもあるが、彼女はとても誠実だ。だからこそ、周囲の期待を裏切ることができない。

 

『そんなの私は…怖い…』

 

 自分の実力が足りず、周囲の期待に応えられない。そんな未来を想像して怖れる少女に、過去の自分はどう向き合ったのだろうか。

 

円香、出会った時のことを覚えているか?

 

 次第に2人の声が聞こえなくなる。視界も霧がかかったかのように見えなくなっていき、代わりに光が包み始める。

 

いつまで寝ているつもりですか、プロデューサー。いい加減、目を覚まして

 

 意識が夢から覚める直前、優しげな少女の子が聞こえた気がした。

 

 …

 ……

 ………、

 

「ん…今の夢は…あれ…?」

 

(夢を見ていたはずなのに、もう内容がほとんど思い出せない。自分がプロデューサーだったのはかろうじて覚えているけど、誰が出てきて何を話したかは忘れてしまった…)

 

 深夜、おもむろに目を覚ました翼はつい先程まで見ていたはずの夢について考える。

 

 睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠が存在し、一般にノンレム睡眠中に見た夢はすぐに忘れ、レム睡眠中に見た夢は憶えていることが多い。

 脳が眠っているノンレム睡眠中に見た夢であるなら、覚醒直後にも覚えていないのは無理もないはずだ。

 しかし、忘れてしまった夢の内容がどうしても気になってしまった。

 

 どうにかして夢の内容を思い出そうとしていると、ふと隣の布団が空になっているのに気付いた。

 

(円香がいない…?)

 

 一瞬不審に感じたものの、おそらくトイレに行っているのだろうと思い、翼は再び夢の内容を思い出そうと頭を働かせる。

 しかし、それから5分経っても横の布団に円香が帰って来る気配はなく、徐々に翼は不安に襲われてくる。

 居ても立っても居られず、布団から身体を起こしてトイレを確認して見る。しかし残念ながら電気は真っ暗で、ドアをノックしても返事は返って来ず、人の気配は感じられなかった。

 

(トイレではないとすると、もしかして…)

 

 そのまま玄関に移動して並べてある靴の数を確認すると、1人分足りないことに気が付いた。

 

(やっぱり、円香は部屋の外に出掛けたのか…しかしこんな時間に一体どこに…?)

 

 姿を消した彼女のことを探すため、翼は眠っている両親を起こさぬよう部屋の扉を開けると、音を立てないよう静かに閉じる。

 そして廊下に出た後、隣の透たちがいる部屋に近づいてドアに耳を当てる。

 

(…何も聞こえない。この部屋で透たちと話している可能性も考えたけど、それならドア越しでも声が聞こえるはず…)

 

 隣の部屋にも円香はいないと判断し、とりあえず廊下を歩いてみることにした。

 真夜中の廊下は電気こそ点いているが、人の気配は感じられない。

 

(流石に午前2時だと誰もいないな…円香、一体どこに行ったんだ…?)

 

 廊下をしばらく歩きながら、居場所の見当をつけるためにも円香について改めて考える。

 

 樋口円香。

 クールでシニカルな少女。前世では一目見てアイドルの才能を感じ、初めて出会った時にアイドルにスカウトした。

 

 元々はアイドルになった透を心配して283プロに訪れたのが全ての始まりだ。

 彼女がアイドルになったのも、自分や事務所が悪さしないかどうかを監視するというもので、とても前向きな理由とは言えない。

 そういう事情もあって、当初はプロデューサーである自分に対して冷たい態度をとり、言葉の当たりが強いこともしばしばあった。

 ただ時間が経つにつれ、円香の態度も次第に軟化していき、時々嫌みを言われることはあるものの、確かな信頼関係を築けていけたと思う。

 

(はは、最初は凄くこちらを警戒していたな。でもそうか…今回は俺が透をスカウトしたわけではないから、円香がアイドルを始めたきっかけも違うんだな…)

 

 今世ではノクチルがアイドルになった動機が大きく異なる。

 前に円香が口にした言葉を信じるなら、自分が283プロに関心を抱いていることが大きな要因となり、円香たちは283プロのアイドルになった。

 

『彼女たちが他のアイドルとは違う「何か」を持っているから。その「何か」を知りたくて私は…私たちはアイドルになった』

 

 円香がアイドルにスカウトされた日の夜、彼女は自分たちがアイドルになった動機を話してくれた。

 

『雛菜は、翼と一緒にトップアイドルを目指していきたいと言っていた』

 

『小糸は、翼と一緒ならアイドルとして頑張っていけると言っていた』

 

『浅倉は、翼と一緒じゃないとアイドルになった意味がないと言っていた』

 

 椿に283プロのマネージャーとしてスカウトされた日の夜、彼女は迷う自分を後押しするかのように、幼馴染たちの気持ちを伝えてくれた。

 

 でも、円香自身の気持ちだけは最後まで明かすことはなかった。

 

(今重要なのは、円香がアイドルになった(・・・)理由ではなく、アイドルを続ける(・・・)理由の方だよな)

 

 どこかに消えた円香を探すうえで、鍵となるのはそれだと自身の直感が告げているのであった。

 

 

 

 




長くなったので続きはまた明日。
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