これからも宜しくお願いします。
これはノクチルのライブイベント後、月日が少し経過したある日の話。
ジューンブライド特集を企画した雑誌から283プロに仕事依頼があり、今回のコンセプトにあった2名のアイドルが抜擢されることになった。
そのアイドル2名──イルミネーションスターズの八宮めぐるとノクチルの浅倉透──とマネージャーである翼は本日行われる撮影場所へと赴いていた。
「283プロダクションの樋口翼と申します。本日はよろしくお願いします」
「あぁ、貴方が噂のマネージャーくんね。プロデューサーさんから話は聞いているわ、まだ高校生なのに凄く頼れる存在ってね」
「あはは、過分なお言葉です」
本日、プロデューサーである椿は別の担当アイドルの仕事に同行しているため、今回の雑誌撮影は翼がめぐると透をサポートすることになっていた。
ちなみにであるが、透がノクチル以外のユニットと仕事を行うのは今回が初めてのことである。
「八宮めぐるです!今日はよろしくお願いします!」
「あー…浅倉透です。よろしくお願いしまーす」
「よろしく、八宮さんに浅倉さん。早速だけど移動しましょうか」
元気溌剌な挨拶をするめぐるとは対照的に緩い挨拶をする透。
そんな2人の挨拶に笑顔で応対したスタッフは、そのまま試着室へと3人を案内する。
「自分もここに入っても大丈夫なんですか?」
「えぇ、マネージャーくんの意見も聞きたいし、2人が着替え終わるまで部屋の中で待っていてもらえる?」
「わかりました」
案内された部屋は広々とした空間であり、いくつものカーテンが上から伸びていて仕切れるようになっている試着室であった。
用意された椅子に座った翼は、本日の撮影衣装に着替える透とめぐるを待つ間、今回の撮影依頼の詳細を振り返る。
(雑誌のターゲット層は数年後に結婚式を挙げる可能性をもつ若者か…今は高校生の2人も数年後には成人だからモデルに相応しいってことだな)
そんなことを考えている翼の耳に、聞き慣れた2人の声が届く。
「───、───?」
「───!」
着替える少女たちに気を遣って仕切りであるカーテンから距離を十分にとって翼は座っていたため、めぐると透が何を話しているかまでは聞き取れない。
(何か尋ねているのは透で、元気な声はめぐるか…?いやいや、これだと盗み聞きしているみたいでよくないな。よし、今後のスケジュールでも確認しておくか)
聞き耳をたてるのもマナーが悪いと思った翼は手帳を取り出し、売れてきたノクチルのスケジュールを確認し始める。
それから10分。スケジュール調整に集中していた彼は、カーテンが開く音に気付くのが遅れた。
「翼ー、見て見てー!」
「おーい、こっち見ろー」
「ん…えっ?」
上から掛けられた2つの声に反応して顔を上げた翼の視界に映ったのは、純白なドレスを着ためぐると透の姿であった。
本日の撮影衣装であるウエディングドレスに着替えて出てきた2人の姿があまりにも綺麗だったため、翼は思わず面食らった表情を浮かべ、言葉に詰まる。
「ウエディングドレス、装着完了」
「どうかなー、私たち似合ってる?」
デザインが異なる2種類のウエディングドレスを身に纏った透とめぐる。
透はキリっとした涼しい表情で、めぐるは快活な笑顔を浮かべて翼からの感想を待っていた。
そんなアイドル2人を前にして、翼の脳裏にプロデューサー時代の記憶が蘇る。
(2人のウエディングドレス姿はプロデューサー時代に見たことあったけど…不思議と記憶にある姿より輝いて見える)
めぐると透のウエディングドレス姿が心の琴線に触れたのか、彼は黙したまま2人のことをじっと見つめる。
いつまでも黙っている翼を不審に思ったのか、めぐるは不安げな声で言葉を掛ける。
「えっと、もしかしてどこか変だったりする?」
「……翼?」
透も表情こそ変わりないが、いつもの彼であればすぐに褒めてくれるのに、今回はそうでなかったため内心不安がっていた。
(しまった、すぐに感想を言わないと…!)
「ごめん、上手い言葉が見つからなくて…」
「もう、率直な感想でいいのに~」
「そうだそうだー」
謝る翼に、特に気にした様子を見せずにめぐると透がそう言葉を掛ける。
「それじゃあ、ごほん…めぐるも透もすごく似合ってるよ、本当に」
「えへへ、ありがとう」
「ふふっ、照れる」
本心からの翼の言葉を聞いて、めぐるは満面の笑みを、透は控えめな笑みを浮かべて喜びを表現する。
そのまま話は2人が着ているウェディングドレスへと移っていく。
「どちらの衣装も凄く凝っているデザインなんだな」
「そうなの、細部まですごく凝ってるの!それにドレスも綺麗なんだけど、着るまでが大変で花嫁さんって大変なんだなーって実感したよ」
「んー、これが花嫁修業…」
「いや透、それは少し違うと思うぞ」
翼や透と会話しながらもめぐるは、自分のドレス姿に違和感があるのか、部屋にある姿見鏡を見て自身の姿を確認していた。
「んー…ねぇ翼、何かおかしい所があったりしないかな?」
「衣装についてだよな?よく似合っているし、特に気になるところはないよ」
「そう?透ちゃんはともかく、私は着させられている感があるというか…」
翼の言葉を聞いても、めぐるはどこか納得しきれない様子であった。
(これは…俺の言葉が足りなかったせいだ。もっと俺に語彙力があればめぐるの不安を払拭できるのに…いや、今は自分の力不足を悩んでいる場合じゃない!とにかく言葉を尽くすのみ…!)
めぐるを安心させるために、翼は頭に浮かんだ言葉を片っ端から伝えることにした。
「そんなことないと思う。ウエディングドレスを着た今のめぐるは…そう、どこからどう見ても綺麗な花嫁さんに見えるよ」
「っ………そ、そっか!それじゃあ問題ないってことをスタッフさんに伝えてくるね!」
頬を赤く染めためぐるは翼から目を恥ずかしそうに逸らすと、早口でそう言って去っていく。
(今のでめぐるの不安を払拭できたらいいのだけど…)
この場に円香がいたら「どこまで鈍いの、ミスター・女誑し」と翼を罵倒していたに違いないが、幸運にも彼の妹は他の場所でレッスン中であった。
(…ん、何やら視線が…)
スタッフのところに戻っていっためぐるの後に付いて行かず、その場に残っている透はただ彼の顔を見つめていた。
「じー」
「ど、どうしたんだ透、そんなじっと見つめて」
「んー、待っているだけ」
(待っているだけって何を…あぁ、なるほど)
穴が開くほどこちらを見つめてくる透。
彼女の瞳に期待の感情が映っているのを見て、翼は彼女が何を求めているのか察する。
伊達に十数年幼馴染をやっていない彼は、透が欲する言葉を口にする。
「とても似合ってるよ透」
「んー…もう一声」
「えっと…本当に綺麗だ。いつまでも見ていたいくらい」
「…高鳴った、ドクンと」
(あれ、よく考えたら恥ずかしいことを口にしてしまったような…)
ウェディングドレスを着ている透の神秘的な雰囲気に当てられたのか、普段では言わないような気障な台詞を言ってしまったのではないかと翼は後悔する。
「ふふっ」
しかし目を細めて嬉しそうに微笑む透を見て、彼の心に生じた後悔の気持ちは消失していった。
(…まぁ透が満足しているならいいか)
この場に円香がいたら「どこまでふざけてるの、ミスター・女誑し」と(以下略)。
そして、ほっと胸を撫で下ろした翼を尻目に、透はバッグから携帯を取り出すと彼のすぐ横に移動する。
「ねぇ、せっかくだし一緒に撮ろ」
「え、いやいや!?俺はモデルじゃないから、一緒には撮れないよ」
「えー、ケチ」
「それに勝手にこの衣装で撮るのはよくないし…」
流石に勝手なことはできないため、透の提案を断る翼であったが、ちょうど2人のやり取りを聞いていたスタッフが口を挟む。
「あら、別に写真撮ってもいいわよ」
「お言葉はありがたいのですが、スタッフさんたちにも迷惑になるのでは…」
「もちろんSNSにあげないのは当たり前のことだけど、家族や親しい友達に見せる分には構わないわ。よければそのカメラで数枚撮ってもいいわよ?」
そのスタッフの言葉を聞いて、透は自分の携帯を両手で差し出し、頭を下げて口を開く。
「じゃ、これお願いします」
「はい任された。はい、2人とも並んで並んで~」
「いや、今の自分は写真を撮られる格好では…それにもうすぐ撮影がありますし」
「大丈夫よ、マネージャーくんはスーツだから浅倉さんと並んで撮ってもおかしくないわ。それと、写真を撮るくらいの時間は十分あるから安心して」
結局、女性スタッフに言われるがままウェディングドレス姿の透の隣に立った翼は、なぜか撮影現場のようにポーズを何回か変えて写真撮影が始まった。
翼と透が写真を撮っていることに気付いためぐるも途中から参入することになり、めぐると翼、めぐると翼、めぐると透と翼の組み合わせで写真を数枚撮ることになった。
「いいねー、マネージャーくんも新郎役でこのまま撮影しちゃう?」
「申し訳ありませんが、自分はただのマネージャーなので」
「あら残念。それじゃそろそろ時間だし、八宮さんと浅倉さんは撮影場所に向かいましょうか」
そして、ウェディングドレスを纏っためぐると透の写真撮影が始まり、担当したカメラマンから「とてもいい画が撮れた」と絶賛されて無事に雑誌撮影を終えるのであった。
おまけ ノクチルのグループチャット
ちなみに翼も入っているチャットグループ名は『樋口の部屋』で、プロデューサーである椿も入っているグループ名は『noctchill』となっています。
それと、次回からWING予選最終シーズン開幕となります。