シャニP、樋口円香の兄に転生する   作:リィンP

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W.I.N.G.本選
準決勝 前編


 

 透、円香、雛菜の3人がW.I.N.G.本選への進出が決まった翌日。

 

 283プロ事務所の社長室で翼は社長である天井と話し合っていた。

 

「来週から行われるW.I.N.G.準決勝…4名からなるユニットで3名も出場できるとは…よくやってくれた」

 

「ありがとうございます。しかし、自分はこの結果を素直に喜ぶことができません」

 

 W.I.N.G.は新人アイドルの登竜門であり、本選へ進むことができるアイドルはほんの一握りだ。

 W.I.N.G.優勝の経験を有する283プロでも、予選で敗退するアイドルも少なくないという事実がある。

 そんな中、ユニットの3/4が本選に出場するのは紛れもない快挙であった。

 しかし、天井の目の前にいる翼の表情は暗い。

 

(この成果を誇ろうとせず、むしろ満足していないとは…本当に面白い男だ)

 

「ふむ、浅倉と樋口、市川がW.I.N.G.本選へ出場し、福丸はそれが叶わなかった。君は4名全員がW.I.N.G.本選に出場できると考えていたということだな?」

 

「はい、彼女たちの実力なら全員が本選に出場できると考えていました」

 

 天井の問いに翼は迷いなく答える。

 

(答えに一切の迷いはないか。その根拠は若さによるものか、それとも…)

 

 天井は翼を試すために、意地の悪い質問をすることにした。

 

「その考えは内集団バイアス…簡単に言えば身内びいきではないと君は断言できるかね?」

 

 内集団バイアス。人は自分が所属しているグループのメンバーを、他のグループのメンバーに比べて優れていると思い込んでしまう傾向にある。

 

 天井は長年の経験を積むことで、自らの事務所に所属するアイドルたちを客観的に評価できるようになった。

 しかし若い頃はそうはいかず、主観的な判断のせいで大きな失敗を犯した。

 翼にも同じ失敗をさせないためにも、天井は厳しい姿勢を貫いていく。

 

「はい、もちろんです。なぜなら彼女たちは───トップアイドルになれる存在ですから」

 

 翼のその言葉には確かな重みが感じられた。

 自分にも他人にも甘くないと自負する天井が思わず信じてしまうほどに。

 

「…面白い。君は幼馴染だからそう言っているわけではないとう訳か」

 

「はは、それもないとは言い切れませんが…もし私が『樋口翼』ではなかったとしても…彼女たちとは他人であったとしても、胸を張ってそう断言します」

 

「…そうか」

 

 まるで彼女たちがトップアイドルになることを知っているのではないかと思うほど、翼の言葉には不思議と説得力があった。

 

(未来を知る、か。フッ、ありえない話だが…なぜか彼の仮定は気になるな)

  

 樋口翼が樋口翼ではない世界。

 彼の口から零れた仮定の話であったが、どうしてか天井はその世界に興味を抱いた。

 

「答えてくれてありがとう。そうだな…後で君が知る彼女たちはどんなアイドルかを私に教えてくれないか?」

 

「はい、それはもちろん大丈夫ですが…けっこう私の主観が混ざってしまうかもしれません」

 

「それはそれで貴重な情報だろう。それに…どうやら私は社長でありながら、自社のアイドルたちの魅力を正しく把握していなかったようだ。頼むぞ、マネージャー」

 

「天井社長…!はい、わかりました!」  

 

「それと一つ確認だが、W.I.N.G.予選落選の場合に樋口円香と樋口翼の両名がこの事務所を去るという約束…これは白紙になったと捉えていいのかな?」

 

 それはW.I.N.G.第3シーズン中。

 樋口・浅倉家の家族旅行の夜、円香が自身の退路を断つために示した覚悟。

 

『今挑戦しているW.I.N.G.が予選で落ちるようなら、私はアイドルをやめる』

 

 そして、彼女同様に翼も覚悟を決めた。

 

『それなら、もしそのときが来たら俺もマネージャーをやめるよ』

 

(不退転の覚悟か…話を聞いたときは驚いたが、それも若者の特権か)

 

 今の天井は個人の意思を尊重することを大切にしている。

 そのため、もし円香が落選した場合でも無理に引き留めることはしないつもりであった。

 

 もっとも本心では、将来有望な2人が退職するのは283プロにとってかなり痛手であるため、可能な限り避けたい未来なのは事実。

 特にマネージャーの翼はそのコミュニケーションの高さからアイドルたちとの親交を深め、椿たちの手の届かない部分をフォローしてくれているとはづきから報告を受けていた。

『翼さんが来てから、事務所がより明るくなった気がします~』と話すはづきの表情は楽しそうであり、それが何よりも天井にとって喜ばしいことであった。

 

 そのため、樋口兄妹が辞めるかもしれないとはづきに報告したとき、『そうなってほしくはないですけど、そういう事情なら仕方ないですね~。ただ…』と言いながら、彼女はある懸念点を天井にこぼした。

 

『翼さんは真摯で優しい人柄で、しかも仕事もできますからね~。それはもう皆さんから頼りにされていますよ~。もしその彼が事務所を去るとなると、一部のアイドルたちの精神状態が心配ですね~…』

 

『それほどか…彼は自分がそれほどまでアイドルたちに影響を与えていることを気付いているのかね?』 

 

『う~ん、気付いてないと思いますよ~。円香さんもそうですけど、翼さんもかなり自己評価は低そうですから~』

 

 以上の経緯があって、翼と円香の今後の進退について天井は内心でかなり気に掛けていたのだ。

 

「そ、その節はご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございませんでした!樋口翼、そして樋口円香は今後とも283プロで頑張らせていただければと思います!」

 

 天井から問いかけに、翼は慌てて頭を下げてそう返答する。

 彼の言葉を聞いて、いつも仏頂面の天井にしては珍しくほっとした表情を浮かべる。 

 

「ふむ、それはよかった。君たちは283プロダクションにとって既になくてはならない存在だと私は考えている。今後も共に歩んで行けるのは実に喜ばしいことだ」

 

「しゃ、社長…!そのように言っていただいて光栄です!」

 

 目下の悩みが消えたことを内心で安堵し、天井は翼に気付かれないようにほっと息を吐く。

 

 閑話休題。

 

 そして話は、来週から行われるW.I.N.G.本選の準決勝について移っていく。

 

「改めて説明するが、準決勝は6人1グループになるようランダムに振り分けられる。そしてグループごとに指定された曲を会場で披露し、そのグループの中で最も輝いたアイドルが決勝に進出する」

 

「彼女たちを審査するのは3名の審査員ですね」

 

「そうだ。会場には観客も入っているが、あくまで審査するのはその3名のみ…彼らに最も評価されたアイドルだけが決勝の舞台に行けるということだ」

 

 まとめると、W.I.N.G.本選へと出場できた36人のアイドルたちは6人1グループに振り分けられて、指定された曲をグループ毎に披露する。

 曲を披露後、3名の審査員からの評価が最も高かった1人だけが決勝進出の権利を手に入れることができる。

 そして決勝に進めるのは各グループ1人だけのため、計6人のアイドルだけが準決勝を突破となるのだ。

 

 ここで問題となるが、グループの振り分けだ。

 このグループ分けは完全にランダムであるため、準決勝でユニットメンバー同士が同じグループになってしまう可能性もゼロではないのだ。

 

 そして運命のいたずらか、その可能性が実現してしまった。

 

「先方から先程連絡があった。グループ分けだが…浅倉は最初のグループで、樋口と市川がどちらも最後のグループに決まったとのことだ」

 

「っ!…そうですか」

 

 それが意味することは、円香か雛菜───彼女たちのどちらか1人が準決勝で敗退するということだ。

 わかっていたことであるが、その事実に翼は動揺を隠せずにいた。

 

「…やはりやりづらいか」

 

「覚悟はしていましたが…どうしてもこればかりは慣れないですね」

 

「フッ、面白いことを言う。今までもこういった経験があるのね?」

 

 気が緩んでいた故での失言。

 まさか前世でプロデューサーしていたことを明かすわけにはいかないため、翼は冷や汗を流しながら話を誤魔化す。

 

「あっ、その…過去に似たような経験をしたことがありまして…!」

 

「それは興味深い話だな…しかし今は樋口と市川についてだ。同じユニットメンバーで戦うことに関して、君の意見を聞きたい」

 

「そうですね…ノクチルはメンバー全員が幼馴染なのもあって、ユニット内で競い合うことは稀です。しかし今の彼女たちなら問題ないかと思います。それに、自分もできる限り彼女たちをフォローするつもりです」

 

「そうか。彼女たちをよく知る君がそう言うのなら間違いないのだろう。プロデューサーである椿が遠方の仕事で明日まで不在の今、マネージャーの君にも負担が掛かると思うが宜しく頼む」

 

「はい、既に椿さんから今朝連絡をとりましたので、今から準決勝突破に向けて動いていきたと思います!」

 

 こうして、W.I.N.G.本選の準決勝に向けて283プロは動き出すのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 その日の午後、283プロのレッスン室にてノクチルのレッスンが行われていた。

 いつものトレーナーの指導で、円香と雛菜、透は準決勝の課題曲の練習を始める。

 

「ありがとう、小糸ちゃん。付き合ってくれて」

 

「ううん!私もみんなと一緒にレッスンできて嬉しいから…!」

 

 W.I.N.G.予選敗退となった小糸であるが、翼と椿に相談して今回のレッスンに参加していた。

 予選敗退したのが昨日の今日のため、無理をしていないか小糸のことを心配していた面目であるが、「わたしは大丈夫だからっ!」との言葉を尊重して、ノクチル全員でのレッスンとなったのだ。

 ただし、課題曲はグループによって分かれるため、円香と雛菜、透と小糸のグループでレッスンを受けることになる。

 

「みんなも知っての通り、W.I.N.G.本選の準決勝はダンス力を重視する傾向があります。指定された課題曲を覚え、より優れたパフォーマンスをすることができたアイドルが決勝に進むことになるでしょう」

 

 W.I.N.G.本選の準決勝は6人グループで曲を披露する関係上、ソロパートはないため歌でアイドルとしての個を魅せるのは難易度が高い。

 そのためダンス、ビジュアルに重きを置きやすいのだが、ビジュアルをこの1週間で高めることは難しい。

 そのため、準決勝までの残り1週間はダンス練習を集中して行っていくのが定石であった。

 

「この短期間で全てを完璧にこなすのは難しいと思うわ。そのため、ダンスを重点的に練習していく…という方針でみんなはいいのよね?」

 

「はい、それでよろしくお願いします」

 

 トレーナーの問いかけに、代表して円香が答える。

 

 昨日の時点で円香、透、雛菜はそれぞれ椿と翼と面談し、W.I.N.G.本選での方針を確認していた。

 細かい所は異なったが、ダンスを重点的に練習していくことは全員共通の方針である。

 

「わかったわ。それじゃあ時間もないし、早速練習していきましょう」 

 

 そして、お手本となるアイドルのビデオを確認しながら振り付けを覚え、実際に踊りを練習していく。

 間違っている部分はトレーナーが指摘し、適宜アドバイスを行っていった。

 

「はい、じゃあ今日のレッスンは終わり!みんな、また明日もよろしくね」

 

 そして時間はあっという間に過ぎ、トレーナーによる本日のレッスンは終了した。

 

「雛菜おなか減った~。透先輩、帰りにパフェ食べに行こ~♡」

 

「あ~…行こうか、パフェ」

 

「やった~♡円香先輩と小糸ちゃんも行く~?」

 

「…私はいい。少し残っていく」

 

「わ、私も練習していこうかなっ」

 

「そっか~」

 

 レッスンの時間が終わった後、雛菜と透が先に帰る中、円香と小糸は残って自主練を行うことにした。

 

「…小糸も別に私のことは気にせず、雛菜たちと一緒に行けばよかったのに」

 

「え、えへへ…私も円香ちゃんと同じで残って練習したかったんだっ」

 

「…そう。小糸、飴いる?」

 

「あ、ありがとう円香ちゃん!」

 

 W.I.N.G.準決勝まで残り7日。

 限られた時間をどう使うかは、彼女たち自身に委ねられるのであった。

 

 

 

 





お待たせいたしました。
準決勝が終わるまでは連続で更新していきたいと思います。
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