時刻は夜の九時、俺はレオンハルトと共に首都にある大きなビルへと潜入していた。
このビルのどこかに目当ての書類があり、それを回収しなければならない。
それだけなら簡単に済むのだが、今日は別にゲストが居るはずなので、そっちより先に入手する必要がある。
そういうわけなので、潜入してすぐに帳簿等を保管している資料室へと向かい、目当ての物を探し始めた。
「さてお宝は何処にあるのかな?」
「こちらも探そう。帳簿と顧客リストだったな?」
「うん。あ、この手袋しておいて。指紋とか面倒だから」
指紋を残すわけにはいかないので、レオンハルトに手袋を渡してから手伝ってもらう。
彼には帳簿を探してもらい、俺は顧客リストを探していくと、怪しげな端末が設置してあるのを見つける。
「いかにも…って感じだなレオンハルト」
「そうだな。だが、この手の端末はセキュリティが厳しいぞ」
「ま、何とかなるだろ」
端末を操作していくと、それらしきフォルダを発見。
開こうとすると指紋認証を求められてしまう。
それ以外で開く手段を模索するが、突破出来そうになさそうだった。
「難しそうだな」
「と、思うだろう?こういう時の備えはしてる」
懐から小さな箱を取り出し、中に入っていた薄いシートを人差し指に付けてから端末に触れ、指紋認証を突破する。
「よし。あとは……」
「さすがに用意周到といったところか」
「少し前にパーティーがあってな。チヨメに潜入してもらったんだけど……」
「何かあったか?」
「…ご機嫌取るのに大変だった」
乱交パーティーってわけではなかったけど、それに近いことは結構やっていたらしく、戻ってきたチヨメの機嫌が物凄く悪かった。
しかも情報を教えてくれた大統領に文句まで言いに行ってて後々大変な目に合うことに
いつも冷静で、俺意外には文句はおろか不満すら言わないチヨメがあそこまで不機嫌になるとは思ってもなかった。
お陰で三日程口聞いてくれないし、シズナもビビッて声かけないし、アヤメも避けるし、消去法で俺が何とかしないといけないから大変だった。
「っと、このファイルだな。この小型メモリーに保存して…ん?10分程かかるのか」
「なら時間を潰さないといけないな。周囲の警戒しておこう」
「いいよ。警戒しながら少し話そう。なぜか人も少ないし」
本来ならかなりの人が居るはずなのだが、今日はかなり少ない。
現にこの場所に来るまで誰とも遭遇しなかったから。
「そういえば…白銀の姫と親密な関係なのは知っていたが、あの副官もか?」
「まぁね。チヨメはガキの事からの付き合い。俺の村とチヨメの村は古い付き合いでな。お互いの両親も仲が良くて、ずっと一緒だった」
「まるで俺とヨシュア達みたいだな」
「まぁ村の場所とか含めて共通点は多いよな。俺達の故郷は東方の端で、環境は厳しかったけどかなり裕福な村だったし」
「確か伝統的な工芸品を作っていたらしいな。副官から少し聞いたが」
「そうそう。ちなみにチヨメの村は農業が盛んだった」
それも昔の話、俺もチヨメ達の村も既に過去の存在。
思い出すことはあれど振り返ることは二度とないだろう。
思い残したことは一つあるけど…それもいつかはきちんと向き合わないと。
「ハーメル村にいた子供は3人だけなのか?」
「いや、当時は4人いたが…あと一人は間に合わなかった。カリンとヨシュアを逃がすので精一杯だった」
「そっか。俺の方は姉貴と俺だけ。他にはいなかったな。その姉貴もその日は他の村にいてさ。傭兵だった父さんの仕事のお使いで離れてて」
「という事は…どこかで生きているという事か?」
「どーだろ。俺の一家って色々厄介事多くってさ…ってなんでレオンハルトに家族の事を話しているんだろ。村の事を話してたのに。ごめん」
彼に一言謝りながら端末をさらに詳しく調べる。
データのダウンロードまであと5分あり、もう少し時間を潰さないといけなさそうだ。
「で。厄介事とは?」
「あぁ。父さんは中世に活躍した戦士の一族の末裔で、母さんはイスカ方面の高貴な血を継いでいて、更にある古代遺物も引き継いでいたんだよ」
「古代遺物か。君が教会方面と縁があるのもそれが理由か」
「ほかにもあるけどね。けどその古代遺物は姉貴は継いでるんだ。だから生きてたらそっち方面にいるかも。けど、バルクホルン先生から聞いたことないし、多分いないんだろうな。まぁ…仮に生きていたしても会いたくないけど」
どんな顔で姉貴と会えばいいか分からないし、生きているかも分からない。
声も顔も殆ど覚えていないから、会った所で姉貴は分からないだろうし。
姉貴だってきっと俺の事なんて忘れてるだろうし。
「レオンハルトはさ、さっき言ってた間に合わなかった子に会いたい?」
「どうだろうな。だが、生きていてほしいとは思っている。生きていればどこかで会えるからな」
「……そっか」
生きていれば会える…か、けど会った時レオンハルトはどうするのだろうか。
俺は…ちゃんと姉貴と向き合えるのだろうか。
正直自信がない。
「んっとダウンロード終わったな。場所を移動しよう」
端末から小型メモリーを引き抜き、社長室に移動する。
社長室はビルの15階にあり、エスカレーターかエレベーターでの移動になるが、この二つを使用したら見つかってしまうので階段で移動する。
「あれが社長室だが…ん?この気配は…」
「どうやら先客のようだが…少し妙だな」
社長室には気配が二つ、予想通りの先客がいたのだが、少し妙な気配を感じ取る。
念の為にレオンハルトに外の警戒を頼み、俺はゆっくりと扉を開けて中に入ると、中には見覚えある二人と、大量の血に染まった二人の男性の姿があった。
「…これは」
「誰――ってヤクモさん?」
「こ、黒葉の剣聖!?」
声に気づく見覚えのある二人。
一人は≪怪盗グリムキャッツ≫のジュディス・ランスター。
もう一人は当代≪銀≫のリーシャ・マオである。
二人とも表も裏の顔も知っている中だ。
「貴方も来ていたんですね」
「うん。大統領の依頼で(ドミニクのババアの事は黙っておこう)」
「随分大物からの依頼じゃないの(って。中々この人の姿に慣れないわね)」
「それだけ厄介だってこと。それよりもこの二人は…」
血を踏まないように倒れている二人を調べる。
二人とも首の大動脈を切り裂かれたことによる大量出血。
体がまだ温かいので、死後間もないのだろう。
そしてこの二人は俺の今日のターゲットの二人。
おそらくは用済みとみなされて暗殺されたのだろう。
「なぁリーシャ。この二人の後ろにとあるマフィアがついてることは知ってるか?」
「はい。なので今回はジュ…グリムキャッツと組んで来ました」
「どういうこと?あのマフィアとターゲットがやられてるのは関係ある感じ?」
「あるも何も連中は――っと!」
ほんの一瞬空気が乱れ、背後から殺気を感じ取った俺は、瞬時に愛刀を抜いて奇襲を防ぐ。
「おっと。今のを防ぐなんてねぇ」
背後から奇襲してきたのは一人の小柄な青年。
右手にはナイフを持っていて、その形状と遺体の切り口から彼らを殺めたのはこの青年だというのは直ぐに分かった。
「へぇ…噂には聞いていたけど、本当に可愛らしい姿になってるんだ」
「誰から聞いたかは聞かないが、おとなしくして貰おうか」
「おっと。僕は戦うつもりはないよ。
含みのある言い方と笑みを浮かべたと同時に、右から感じた圧に体が反応し後ろに下がると、目の前を大きな戦斧が通り過ぎる。
「ヤクモさん!」
「こっちは大丈夫。リーシャはナイフ使いを」
「分かりました。グリムキャッツもいい?」
「分かったわ。時間内から速攻で決めるわよ」
(よし。あっちは任せてよさそうだな。それじゃあ……)
ナイフ使いは二人に任せ、俺は物騒な甲冑と大きな戦斧を持った巨漢の男と向き合う。
気配と纏っている気から只者ではないのが分かったが、それよりもあの甲冑と戦斧から感じる気配は、何度か回収したことがある古代遺物と同じだった。
「さてと…噂の剣聖の実力を見せてもらおうか?」
「≪庭園≫の一人…確かアリオッチだったか(面倒、長引かせると警察か遊撃士が来る。速攻で決めるか)」
妖刀を構えてから全身に風を纏い、一歩ずつ距離を近づいていき、お互いの間合いに入る瞬間だった。
ー悪い人――見つけたわ。
「っ―――」
背後からいきなり殺気を感じ取って振り返ると、後ろには一人の女性が居て、俺の首に剣先を向けていた。
「あ…死ぬ…」
死を直感すると同時に体は勝手に動き出す。
後ろに倒れるように剣を避け、彼女の腕が伸び切ったタイミングで顎を狙って蹴り上げる。
「おっと」
女性は足を止めて直ぐに後ろに回避。
その隙に俺も態勢を整えていると、女性は剣を逆手に持って回転しながら迫ってきた。
「素早い回転だけどっ!」
回転も威力を完全に殺しながら受け止める。
甲高い金属音と衝撃波が響き渡る中、俺は彼女の剣に自然と目が行ってしまう。
その剣は、かつて母が持っていた剣だったから。
「あら…?その妖刀は…あぁ…間違えてしまったわ。ごめんなさいね」
「…(この透き通った声は……っ…!)」
ドクンと心臓が高鳴る。
この、忘れられない恐ろしい声は、俺の恐怖の象徴の一つである。
そう、俺の数少ない怖い事の一つだ。
「最優先はこっちね」
「っ!」
受け止められているはずの剣を強引に振り抜き、そのままアリオッチの方に向かう女性。
その後ろ姿を見たとき、一瞬母さんと重なった。
昔、村に出た魔獣と戦っていた母さんと。
(あぁ…やっぱり姉さんか…)
女性の正体が確信している間に、アリオッチに剣を振るうが、部屋の扉が開いてエレインとジンの二人が入ってくる。
どうやら通報を聞きつけてこの場に来たようだ。
「遊撃士協会よ。この場に居る者は動かないで」
「悪いが全員捕まってもらうぞ」
(…ま。今のレオンハルトの事だからすんなり通すよな)
そこは期待していなかったし、早急に仕留められなかった俺達のミスだろう。
何より予想外の乱入者もいたわけだし。
「あーあ。遊撃士が来ちゃったねぇ。ここは退散かな?またね剣聖さん」
「ま、お楽しみは今度にとっておくとするか」
アリオッチ達は煙球を巻き上げて姿を隠すが、女性が瞬時に周囲に斬撃を放って煙を晴らすけど、二人の姿は既になかった。
「逃げられた…どうしますジンさん?」
「どうするも何もだろ。裏にはアイツらが居るわけだし、ここは…」
こちらに視線を向けてくるジン。
まぁ妥当といった所だろうと納得しながらリーシャ達に視線を送る。
リーシャとグリムキャッツは互いに視線を交わした後に退室していった。
「さてと、それじゃあ詳しい話を聞かせて貰おうか?」
「……多少の抵抗は?」
「貴方でも三対一は厳しいと思うかしら?東方からの旅人さん?」
「……あの、そろそろその件は流してくれると嬉しいのだけど?」
かつてのやり取りを未だに根に持っていられるようで、定期的の心を抉ってくる。
というかちょっと棘がキッツいような気がするのは気のせいか?
学生時代に会った時は年相応だった気がするけど。
「ふふ…剣の乙女と仲がいいのね剣聖さん?」
「別に仲良くないよ
「な?じゃないわよ。そもそも今のヴァンは…って待って。今ヤクモ君何て?」
「……ぷい」
色々と突っ込まれたくないので顔を逸らすけど、その先に合ったのはあの女性の顔。
女性は俺と顔を合わせるとすぐに、俺の両頬に手を添えて顔を近づけてくる。
「…会ったら話したいことが沢山あったのに、いざその時は来ると何を話せばいいか分からないわ。貴方は?」
「まぁ…俺は……言われる側だから。特に…姉さんには罵声の一つは仕方ないと思ってるから」
「そう。それを貴方が望むなら…なんて甘ったれた事をするとでも?」
「うっ(こ、声が恐ろしいものに)」
とても冷たくて低い声が発せられ、その瞬間に子供の頃に姉さんに怒られた記憶が一気に蘇ってくる。
というかその前に、こんな顔なのにどうしてこの人は俺の事に気づくのだろうか?
色々と聞きたいのだが、今はそんな話をしている時間は無いか。
「手を放して姉さん。ジンやエレインと来たってことは遊撃士だよね?」
「…えぇ。特定の拠点を持たず、大陸各地を転々としてるわ」
「そっか。じゃああまり俺と関わらない方がいいよ。俺は猟兵だし、例え姉弟でも一線引いた方がいい…と思う」
「思ってるだけね。私も仕事で会うのは控えた方がいいわ。でも個人的に会うのは問題ないでしょう?色々と話したいことも沢山あるし。今まで何してたとか」
「……分かった。また連絡する。それとここであったことは近い内に報道されると思うから」
頬に添えられた手を払い、大きな窓の前まで移動。
そっと窓ガラスに手を置いてから3人の方を向く。
「じゃあまたねアズサ姉さん。体には気を付けて」
最後に姉に一言言ってから、窓ガラスを割って闇夜に紛れるのであった。