(さて…どうしたものか……)
目の前にいる赤髪のシスターと向かい合いどう乗り切るか思考を巡らせる。正体が分かっている以上はあの大剣を渡すべきだろう。聞いていた通りの人物ではないことを祈りたい。
「そいつはアタシが回収するぜ。一部始終は見させてもらった。礼は言っておく」
「言うのは礼だけか?言っておくが戦利品を簡単には渡さないぜ
「……あ?」
おっと。シスターの雰囲気が変わったぞ。踏んだらマズイ物でも踏んでしまったか?確か赤髪の星杯騎士の特徴は爺さんに聞いていたな。俺と年が近いから会うことあったら程々にって。あと青髪の同僚と一緒だって。他には……。
ー童顔と身長の事には触れるな。燃やされるぞ。
「……しまった」
あぁ。お嬢さんは流石にまずかったか。かなりやんちゃしてたって言ってたし。ここは素直に謝るのが正しいだろう。
「済まなかったオルテシア卿。つい本音を漏らしてしまった」
「尚の事タチがわりーぞムラサメ!」
「いや。バルクホルンの爺さんの言ってたことを今思い出した。本当に悪い」
「悪いって思ってんならその大剣はアタシに渡せ」
「それとこれは違うような……」
どっちにしろ彼女に渡すのは問題ないだろう。俺としてはバルクホルンの爺さんに会う口実が出来ないのは仕方ないか。彼が東方に来る用があれば会う事もあるだろう。
「了解だオルテシア卿…ってセリスでいいか?年も近いし」
「別に構わねーぜヤクモ。てめぇの事は先生から聞いてる。中々面白い奴ってな」
「面白いって……」
あの爺さん何を話したんだろうか?流石に
「おい。この氷溶かせ」
「ん?溶けないのか?」
凍り付いた大剣を炎で溶かそうとしているが一向に溶ける気配が無い。彼女の背中に聖痕が顕現しているのを見ると結構本気だ。それでも溶けないという事は、大剣の芯まで凍ってしまったか。
「悪い。やり過ぎたかもしれない。ちょっと待ってろ」
煉獄の剣先で大剣を突き纏っていた氷を砕く。見ていたセリスは驚きながらも直ぐに真剣な表情になり大剣を光で封じる。これが法術って奴か。
「これでよし。それにしてもえげつねぇ大太刀だな。聖痕でも溶けねぇなんて初めてだ」
「あー……まぁ色々あるからな。そこは聞かないでくれ」
「…?それはいいが…っと。あまり長居は出来ないんだった。じゃあなヤクモ。先生に宜しく言っとくわ。それとなんかあれば言えよ。今回の件は1つてめぇに貸しだから」
「別にいいっての。今回の件は俺達にも放置出来ない事だからな。ともあれ後の事は頼む」
彼女に頭を軽く下げると『おぅ任せな』と言って去って行く。うーん……爺さんが言っていた程ではなかったな。もしかして相棒が居ないからか。普通にしてたらいい人なんだけど。
「ふぅ。一件落着だ。帰るぞシズナ」
「………」
「ん?どうしたシズナ?」
「…別に。あの人と随分仲が良いと思っただけ」
(えっとまさか……)
まさかヤキモチ?ただセリスと大剣の処置をしていただけなんだが。しかも初対面だから踏んだらいけない事を踏んでるし。
「どうしたらいいかな?クロガネの兄さん」
「ご自身で何とかなさってください。それより若…この近くには…」
「ん。分かってる」
クロガネの兄さんが視線を向けた先。その先には俺の故郷がある。と言っても何も残っていない更地だがら行っても意味がないし行く気が無い。だって俺の故郷はあの屋敷であり帰る場所は斑鳩だから。
「うっし。帰るぞシズナ」
「了解…ってわわ!」
シズナの手を引っ張り馬車に乗って屋敷へと戻る。その道中シズナは大変ご機嫌斜めで声をかけても返事が来ない。これはかなり苦戦しそうだ。
「そう膨れるなよシズナ。必要な話をしていただけだろう?」
「そうだね。私とは仕事の必要な話をしないのに」
「必要だったら話すけど…」
そもそも同じ仕事引き受けることが無いので話す事がない。必要だったら話はするし、場合によったら事前調査も必要だし。
「そう言えば若。共和国方面から仕事が多数来ております。チヨメが暫く忙しいので、向かう際は拙者にお声を」
「俺一人で大丈夫。最近≪銀≫も見ていないし、≪怪盗≫も聞かないしね。連れて行くなら若い奴にする」
「ではチヨメの妹を連れて行くとよろしいでしょう。経験値を摘ませるという意味でも」
「非戦闘員じゃなかったっけ?」
「若に仕えたいと必死に努力を積んでおりまする」
そうだったのか。なら期待させてもらおう。それにしても多数の依頼か。場合によっては分断する必要があるだろう。そしてこのタイミングに多数から来たのが少し気になる。≪銀≫や≪怪盗≫の名を聞かないのが原因か?代替わりには早い気がするが。
「また共和国の仕事?しかも多数って珍しい。ヤクモが不在となると私も気を引き締めないと」
「あまり気を張りすぎて突っ走るなよ。子供の頃どれだけ苦労したか」
「それは心を壊していた君にも非があるかな?むしろあっちこっち連れまわしたことを感謝して欲しいぐらい」
「ま、あの時の事は感謝してるさ」
もう10年か。老師に弟子入りしたのとシズナと会ったのはほぼ同時期…といっても拾われた次の日だけど。色々あってボロボロだった俺を一日中屋敷や周囲を連れまわされたものだ。
「…ん。着いたな。それじゃあシズナ。暫く開けるかもしれんがよろしく頼む」
「了解。お土産楽しみにしてる。出来ればクインシー社のお菓子がいいかな」
「分かった。君も無理しないように」
シズナの頭を撫でて屋敷に入り自室に戻ると、机の上には封筒が2つ。多数と言っていたがいくつかは受ける必要無しと判断したのだろうか。
「内容は…社長の汚職疑惑のデータと横領の証拠確保か…。潜入場所はどれも首都イーディスっと。それならすぐ終わりそうだ」
封筒を懐に閉まって引き出しから黒と白を基調とした西洋の服を取り出して準備。滞在期間の事を考えるとミラも用意した方が良いな。クインシー社のお菓子って結構高いし…。
「出来る限り早く動きたいから今晩から行くか」
服を着替えて部屋を出て、オババに一言伝えてからクロガネに『1人で行く』と伝えて共和国の首都イーディスへ。現在の時刻は20時。行動に移すのは次の日にして今日はホテルを取って休むとしよう。
「駅の近くのホテルでいいか」
近くのホテルに向かって部屋を取り、荷物を置いてから部屋を出て鍵を閉める。晩飯を食べるついでに情報収集でもするか。最近活動していないあの二人も気になるし。
「適当に食べ歩きでもしますか」
そうと決まれば行動開始。ホテルを出て適当な店で偶然大好物の小籠包を見つけたので即購入。食べながら目的のデパート周辺をウロチョロして、外からの侵入経路を頭の中で組んだ上で中に入り、内部からの進入路を組み立てようとすると、見覚えのある学生服を着た3人組がデパートの中に設置してあるショーケースの前で談笑しているのが目に入る。
(アレはアラミスの…ってあの黒髪は…)
ショーケースに入っている新作ケーキに張りつくように凝視している黒髪の青年が目に入る。後ろのベージュ色の髪の令嬢と眼鏡にインテリは呆れているが放っておこう。問題は黒髪の青年の中身の方だ。
(アレは苦労しそうだぞ。中身は抜けているが残滓がある。暴走しなければいいが)
ま、後ろの2人が居れば大丈夫だろう。俺にシズナやジジイが居たように。後は当の本人次第だろう。きっかけさえあれば解決してくれる。
(さて…こっちも大丈夫。裏口も見つけたしビル内部も把握出来た。社長室は最上階だな。外より中からの方が確実か)
僅かに感じる邪悪な気配。それが人目に付かない所から出入りしているのが気配で分かった。加えて空気の流れでおおよその部屋の位置も把握出来る。後は行って見てから対応だな。『観の眼』もそこまで優秀じゃないし。基本現場主義で自分の目で見ない限り信用しないし。
(それにしても汚職ね…それこそグリムキャッツの出番なんだがクロエの姉さんは何やってるやら。ちょっと心配…いやあのババアの娘だから余計な心配か)
他人の心配をするなら自分の心配をしろ。きっとジジイならそう言うに決まってる。うかうかしてっと妹弟子に抜かれかねないし、俺も気を引き締め直さないと。
(帰るか。もう一つは明日の仕事が終わってからでいい。一度行った事がある場所だしな)
デパートを出てホテルへと戻り明日の準備を始めるのだった。