異世界追放エンチャンター、現代日本でアニメ観たりモンスター討ったり。   作:あるなし

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12 特別環境保安課4

<原澤/女性、特別環境保安課職員、『無限弾』>

 

 

 この日、この時、きっと地獄の門が開いたんだ。

 

「原澤、後ろだ!」

 

 しゃがんで後ろ足払い、からの膝蹴り。厚いゴムの感触。至近距離で9mmパラベラム弾を1秒分叩き込む。黒い人型異形―――目鼻口なき顔と手足の鉤爪から推察すると『夜鬼』―――まだ動く。もう1秒分……もうマガジンが空に?

 

 銃が体液だらけだ。シャツも汚れちゃった。鼻と胸に妖臭が澱んでいて、舌の先に甘い。

 

「どうした、負傷したのか?」

 

 猪上は汚れてない。ううん、両拳もスーツも汚れてるけど命が穢れてない。ボクとは違う。

 

「大丈夫。ちょっと瘴気に酔っただけ」

「らしくないな……逃げ遅れた市民の避難を完了した。区民体育館だ。だが護衛は所轄とフリーランスでしかない。駆逐を急ぐぞ」

「了解」

 

 どうしてボクは穢れてるんだろう。なぜ、穢れていると思うんだろう。

 

 地獄の空気を吸ってるからかな。ひどく懐かしいこの空気を。

 

 猪上の背を追う。夜鬼を、見つけた端から撃つ。火の属性弾が有効らしい。空マガジンを捨て、虚空から新たにマガジンを取る。装填。射撃。ボクに弾切れはない。

 

 この秘匿術式があれば、あの時、もっと戦えたんだろうか。

 

 ……あの時って? この甘やかで苦しい後悔は何?

 

「む、まだ逃げ遅れが……原澤?」

「様子が変」

 

 堕ちた絶望の眼差しと、狂った愉悦の微笑み。狂気か麻薬か両方か。

 

 あの時にも……ダメ、切り替えよう。ボクのミスは猪上を、ひいては避難した市民を危険に晒す。もう後悔したくないんだ。集中しろ、ボク。

 

「お、おれぁ、ポキモンが好きでよぉ……でもゲーム買ってもらえなかったし、へったくそな絵ぇ描いて、ゲームした気になったりしてよぉ」

 

 猪上へ目くばせ。まだ撃つべきじゃない。ボディカメラの位置を調整する。

 

「ヤクザんなって、バケモノ見て、カッコイイなあって……バケモノ使い、いいなあって……したら、おれにもコレくれてよぉ……おれぁバカだから、いっせーのせってできんくてよぉ」

 

 USBメモリ? 何らかの術式データが入れてあるのかもしれない。MP5Kを照準。

 

「こええけど、やんねぇとだから」

 

 術式の発動を確認……え、契約術式? 触媒も代償も用意しないで?

 

「あひゃっ、あぎゃぎゃ、ひああっ」

 

 男の影が男を喰ってく! そう、そういうこと……発動者を生贄にするなんて外法もいいところだ!

 

 来る。

 

 血と臓物の湯気……そこから夜鬼。次々に跳び出してくる。撃つ。飛び立つよりも先に銃撃。再装填。トリガーを引きっぱなしだ。撃ち尽くした。再装填。とにかく撃つ。再装填。手傷を負わせる。再装填。転がす。まだ出てくる……今ので打ち止めか。

 

「猪上!」

「おうさ!」

 

 速い。すぐにも肉薄、左右の手甲剣……砂鉄を霊的に即時成形した刃で斬り裂いてく。相変わらずの猛攻。鉤爪で抵抗されても、つかみかかられても、猪上は止まらない。爪ごと手ごと斬る。止められるはずがない。あの刃、対魔効果が高い上に高周波振動してるから。

 

「何たる術式。人一人で九体もの異形とは」

「USBは溶けちゃってるね……これ、たぶん無制限だよ。犠牲者の資質次第でもっと数が増えるのかも」

「加害者の資質か。チンピラでこれなら、ハッ、テロリスト垂涎の術式もあったものだ」

「……革命騎士団。ここまでやるなんて」

「舐めていたつもりはないが……今少し潔癖な連中だと思っていたぞ、私は」

 

 今日の日に大規模な犯罪が発生することはわかってた。賀東課長は明言しなかったけど、きっと予告か内部リークがあったんだ。予知じゃない。予知なら犯行声明もなしに革命騎士団の犯行と断言されない。

 

 昨晩から今朝にかけての、夜を徹した住民避難誘導……被害を減らせたとは思うけど。

 

 でも、テロの内容は予想を超えてきた。駅前、商店街、公園、商業施設……練馬区各地で、正午、異形が大量発生するなんて誰も想像できない。異形を用いた広域テロなんて過去に類例がないのに。

 

 ボクはなぜ、こうも納得してしまえるんだろう。

 

 脳裏に浮かぶビジョンがある……異形が群れをなして、津波のように押し寄せて、人も町も全てを呑み込んでしまう地獄の風景。ボクは無力で、手には使えもしない剣を握ってる。

 

「おい、震えてるぞ?」

「え? あ、わっ」

 

 着信。賀東課長からだ。

 

『お、いいタイミングだったかな? 状況を知らせ』

「はい。警察の住民避難をフォローした後、ショッピングモールを中心に異形を狩ってます。その過程で異形発生の原因現象の撮影に成功しました」

『自爆テロ的、異形招来術式ってやつ?』

「……わかってたんですか?」

『いいや、目撃情報をまとめた最新の分析さ……本当よ? だから撮影データはありがたい。すぐ送ってくれ』

「了解……猪上、これのデータ転送よろしく……報告は以上です。異形殲滅を急ぎます」

『いや、それはもういい。住民避難先は光ヶ丘体育館だよな? 予備隊を出してあるから、君らは練馬駐屯地へ向かってくれ。なるべく急いで』

「それって、まさか」

『うん。応援要請だ。どうも出てきているらしいよ……革命騎士団の団長が。先のアメリカ大統領選以来の出没さ』

 

 革命騎士団団長。異名は『災厄』。ロシア人であること以外の個人情報不明。世界で最も危険な個人。最強最悪の異能者。行動予測不可能かつ懐柔交渉不可能。

 

 そして、信じたくない事実として……ただの一撃で、原子力空母を両断した女。

 

「了解。ただちに練馬駐屯地へ向かいます」

『すでに三藤姉妹は交戦中だ。追って火笠、霜田、野神も合流させる……かくして、我が特別環境保安課の総力戦ってわけだ。健闘を祈る』

 

 電話を切って、数瞬、空を仰いだ。手を開いて閉じて、身に帯びた銃をひとつひとつ触った。

 

「聞いたよね?」

「ああ。いよいよだな。まあ、相手に不足なしさ」

「ミステリースポットの『怪物』って、結局、『災厄』のことだったのかな?」

「どうだろうな? そうだとすれば内ゲバの末にこのテロを起こしたことになる。一定の理性どころか、正気の欠片も感じんぞ」

「アハハ、それは確かに」

 

 笑えた。笑えるくらいにボクは無力だ。

 

 それでも勇敢に死ぬくらいのことはできるはず。

 

「……なんかポテト食べたくなってきたかも」

「開き直ったなあ、原澤。バディとしては頼もしい限りだ」

 

 平和を生きるのはボクでなくていい。銃後の平和のために死ねるなら、ボクは今度こそ後悔しないで済むんだ。きっと。

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