小説の林堂 二次創作 「魔術士オーフェン~はぐれ旅~無謀編」     作:イバ・ヨシアキ

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 皆様お久しぶりです。
 初めての方はこんにちわ、イバ・ヨシアキです。
 今回は魔術士オーフェンはぐれ旅の二次創作でございます。
 この作品は小生が学生時代……高校のころに書いていた同人誌作品を掲載しております。
 
 発掘し、手直しはまだしてはおりません。
 いろいろと稚拙な部分はあるかと思いますが、読んでいただけたのならと、これ幸いです。

 あと、ラナ・テスタメント様。
 オーフェンと魔法科高校の劣等性のコラボ作品の掲載いつも楽しく読ませていただいております。小生もオーフェンで育った世代ですので、懐かしい気持ちがございます。
 本来ならフロッピーに埋もれてしまう作品でしたが、こうして出す勇気をいただきました。
 本当に感謝いたします。
 
 では、ご覧くださいませ。


俺の前に立ちはだかるな

 

 トトカンタ市、郊外にあるドックレース会場。

 それはキエサルヒマ大陸における庶民のごく一般的な大衆娯楽である。

 競技用に調教と配合された競技犬を10匹トラック内に走らせ、純粋な競争で勝ち負けを決めるだけの単純明快な賭博レース。

 土地に余裕のある地方の片田舎でも、個人的なドックレース会場を持つ地主などもおり、それだけ庶民に親しまれていた。中にはさらなる刺激を求め、ただ走らせるだけではなく、猟犬同士を戦わせる賭博闘犬などもある。

 またこれら賭博の運営における利益、支出などは裏社会の資金にもなっており、とある政治家の裏金として、または貴族社会の脱税資金となり、国家に反逆をする者たちの活動資金となり、近年は治安の維持の懸念により、市政より取り締まりが厳しくなりつつも、公的な機関の旗の下で管理されていたドックレース会場は、あいも変わらずの盛況ぶりである。

 白熱した昼過ぎのレースがようやくに終え、様々な声量の失墜と高揚の声が広がり流れ、深い落胆のため息と、勝ち時の声を叫ぶなど、様々な感情が渦巻き、混沌とした空気と混じり合い、様々な職種の人間達が感情を沸かせていた、

 その波は時間と共に薄れ、人々が去りゆく中で、

「……やった……」

 未来のための投資と謳い多くの人々に握られていただろう幾枚かの賭け券が、淡い夢見せていただろう役目と価値を失い、無軌道に空中の中でフワフワと漂い舞う中、彼──オーフェンは確かめるように呟いた。

「……やった……」

 と、同じ事を確認するかのように、また反芻するかのように、彼はいまだに信じられない様子で、何度も、何度もつぶやく。

「……やった」

 と。

 声を自分の心の中に落とし、確認するかのような、その言葉を呟く。

 オーフェンの着込む黒革の服と黒シャツの間の胸元には、キサエルヒマ大陸魔術の最高峰である牙の塔の関係者である証明のドラゴンの紋章がゆっくりと、歓喜に震えだそうとしているオーフェンの鼓動に合わせるかのように揺れる。

 はやる心臓の音に気が落ち着かない。

 はたして今、自分が視認しているこの世界が現実なのかどうか気を見失いそうになるが、間違いなくこれは現実である。

 感じる大気に聞こえる音が偽物ではなく、現実であると、揺るぎようのない確信を得ていく。斜視のきつい尖った眼差しに、希望が灯るかのように、柔和に崩れていく。

 そしてオーフェンは思った。

 やったと。

 やっと、解放されたと。

 そう、確信を得た。

 大声で高らかに勝利を宣言し、勝ちどきを上げたい気分だった。

 そう、自分は勝ったのだ。

 ようやくに勝利したのだ。

 今までの、振り返っても決して実りのまるでなかった、あの暗雲たる人生は今、ようやく終わったのだ。

 そう終わった。

 もう二度と不幸は訪れない。思えば、今までが不幸の連続だった。その不幸の日々も今日で清算された。

 そう、もう不幸は終えたのだろう。

 安心して大丈夫だ。

 そう、おれにもう不幸は訪れない。

「オーフェン♪」

 安心しろ、俺。

「あーあー、大外れだったわ。大穴だと思ったのに。ん、オーフェンったら、どうしたのよ? 後ろ向いちゃって、こっち向いてよ」

 何も聞こえないぞ。

「ねえってば! オーフェン聞こえているんでしょ? なにだんまり決めちゃってるのよ」

聞こえないぞ。

 何も聞こえない。

 空耳だ。

 幻聴だ。

 何も聞こえないぞ。

「オーフェン! オーフェンたら! ねえ、オーフェン! もう、そこの釣り目陰険魔術士! 暴力寄生ヒモ魔術士! 金貸し借金魔術士! 赤貧極貧魔術士! 聞こえないの!」

 ……なにも聞こえないぞ。

 聞こえない。

 何も聞こえない。

 何も聞こえないぞと、何かが爆発しそうな感情を押しこみ堪えながら、オーフェンは自分に必死に言い聞かせていたが、

「ねえってば、なんで無視するのよ。なんかすっごく嫌な感じするんだけど。ねえ聞こえているの? オーフェンたら、いったいどうしちゃったのよ?」

 幻聴は消えず、いや、幻聴ではなく、確かに声の主はいる。

 自分を呼ぶ声は、間違いなく現実で、確かなものだった。でも、いない。ここにはいない。相手にするな。

 相手にすれば自分は、またいつもと同じ不幸の日々に戻ってしまう。

「オーフェン! オーフェン! ねえオーフェン!」

 背中をバシバシとイラつきそうになるほどに強く叩いてくるが、気にはしない。これは気のせいだと、幻聴だと、幻視だと、この無能な象徴である女は幻なんだと、必死に言い聞かせながら、早くこの場から去ろうとするが、

「……あ、もしかして」

 その一声に、反応し、歩みを止めてしまう。思わず、しまったと、オーフェンは焦りざわめく胸中の中で、ひとりごちた。

 感づかれたと、思わず舌打ちしてしまう。

 いや、まて、まだ気付かれてはいない。ごまかすことは可能だ。ごまかせ。気付かないふりをしろ。

 歩みを止めるな。

 歩き続けろ。

 必死にそう自分に言い聞かすが、

「……当たったの?」

「!」 

 その何気無い、直感的な感覚で発せられだろう声に、オーフェンは歩みを止めてしまう。そのまま身体全体の動きが止まってしまう。

 その確たる硬直に、

「……なるほどね……」

 と、彼女──コンスタンスは確信を得た。

「……」

 オーフェンは沈黙した。

 混沌とした様々な感情の声が渦巻く、全ての雑踏がしんっと沈黙する。そしてその沈黙がまるで返答のように、 

「……やっぱりね……」

 オーフェンの沈黙に揺るぎのない確信を得て、

「……当たったのね……」

 重く、どこか笑みの含んだ声で、コンスタンスは言う。

 その声に、

「……」

 オーフェンは沈黙のまま、何も言葉を返せなかった。

 振り向かず、コンスタンスに背中を向けたまま立ち止まっていた。

 歩かなければ。

 と、気持ちだけが急くが、動く事ができない。

 一歩が踏み出せない。右足でもいい、左足でもいい、なんなら両足同時でもいい、むしろ跳んでいもいいから動いてくれと、とにかく動けと焦るが、足が動かない。

「なーんだ! 当たったの! 当たったんだ♪」

 笑顔でコンスタンスは喜び始めるその対象に、オーフェンは青ざめた表情で、まるで刃物で刺されたかのように、べっとりとした脂汗をダラダラと額から流しながら、それでも尚、必死に歩もうとするが、足が動かない。

「……オーフェン♪」

 焦っていた。

 すごく焦っていた。

 それなのにオーフェンとはまるで違うコンスタンスは陽気に声をかけ、

「約束、覚えている?」

 沈黙する。

 先程の沈黙より長い沈黙に、

「覚えているわよね? その為にお金を貸してあげたんだから、ちゃんと誠意はみせてよね♪」

「……く……あ……」

 呻く。

 全てを吐き出してしまいそうな声を漏らしながら、オーフェンは苦悩する。なんで、なんでだと、独りごちる。

 どうして、こうなった。

 なんで。

 どうして。

 何がいけなかった。

 先程まであった筈の、確たる喜びが一瞬にして消えてしまった。

 うれしかったはずなのに。

 なんで、こうなってしまったんだと、オーフェンは後悔していた。決して立ち止まってはいけなかった。あのまま歩いていれば、こうなることはなかったのに。

 そんな後悔だけが彼の胸中に渦巻く。

 なんでこうしなかった。

 なんでこうなってしまった。

 後悔が思考を汚染し、明瞭な導きを出すことが困難になってしまう。

 落ち着けと、自分に言い聞かせるも、落ち着けない。

 冷静になれと呼び掛けるも、冷静になれない。

「でもまさかあんな大穴が当たるなんて、思いもしなかったわよ。あんたってば、普段ついてないくせにこういうときは変についているのね」

 気楽に肩を叩くコンスタンスの声は聞こえない。

 そもそもなんで自分は、ここにいるのか。

 なんでここにいたのか。

 思考が様々な思いを巡らせ、事の始まりを思い出していく。

 ……そう、あれは朝頃だったと思う。

 いつものように暇を持て余して寝泊まりしているバックアップズ・インの食堂で椅子にもたれ、テーブルに足を乗せながらぼおっとしていると、同じようにヒマを持て余していた派遣警察官のコンスタンスが訪れ、いつものように適当な雑談を交わしていた。

 大陸きってのエリート職と知られている筈の派遣警察官が、昼間からヒマを持て余しているとはと思うが、ま、自分には関係ない事だと、オーフェンは何も考えずにコンスタンスと適当に雑談を交わし、時間を潰していた。

 それでも暇だと呻いていたコンスタンスにしかたなく付き合わされ、外出し、トトカンタ市の最大の娯楽施設であるドッグレース会場へと連れてこられてしまう。

 無一文であるオーフェンは金をかける勝負事にはあまりかかわりたくはなかったが、適当に賭け券を買っておいてと、スズメの涙ばかりのはした金を渡されてしまう。

 このままこの金を持って帰ろうかと思ったが、まあ人の金だしと、気まぐれに賭け券を購入してしまう。

 当たりそうのないただ倍率の高いだけの券を購入し、勝負の行方を気を張らずに眺めていると、事態は急展開してしまう。

 そう、当たることはないと思っていた筈の賭け券が、当たってしまったのだ。

 しかも大当たりである。

 今、この右手に握られている当たり券を換金すれば、相当な大金が手に入る。

 そうすれば、自分は幸せになれる筈だったが……

 

 あっさりコンスタンスにばれてしまった。

 よりにもよって無能な筈のこいつに、いとも簡単に気付かれてしまうなんて。

「……どうすればいい……」

 独りごちるオーフェン。

 もとはと言えばこのあたり券はコンスタンスのものである。本人に返すのが筋かもしれないが、返してしまえば、幸運を手放してしまうと言う事だ。

 

 ──せっかく掴んだこの幸運を捨てろと言うのか? 

 

 捨てられるわけがない。

 捨てられるわけないだろう。やっと手に入れたようやくの幸せなのに。それを簡単に捨てろ。なんて愚かしいと、呆れ苦笑が漏れる。右手に力が籠り、賭け券がぐしゃりとねじられる。

「……やるしかないのか……」

 ぼそりと、オーフェンは決断の声を漏らす。

 そう、取るべき手は決まっているのだ。

 最初から決まっている。別に深く考える必要はない。

 いや、無かった。

 そう、簡単だったんだ。

「……なあ、コギー……」

 オーフェンは振り向く。

 くるっと振り向いてきたオーフェンに、

「え、オーフェン? ?」

 いつもと違う彼の声の声量に、コンスタンスは気の抜けた声で疑問符を浮かべてしまうが、そんな彼女の戸惑いなど関係なく、オーフェンは笑顔のままでいた。

 今まで見た事のないオーフェンの笑顔。

 全てのものに威圧を与えていた釣りだった眼差しや、チンピラの風態が感じられた面持ちがすっかりと抜けていたオーフェンに、コンスタンスは虚を突かれていた。

 オーフェンがこんな顔をするなんてと、信じられない現状に混乱しながら、困惑していると、

「……」

 彼は沈黙したまま、笑顔をコンスタンスに向けていた。

 笑顔。 

 そう笑顔だった。

 オーフェンと言う人間を知らなければ、普通の笑顔に見えただろうが、彼女──コンスタンスにとっては、この笑顔は異常だった。

 オーフェンがこんな風に笑う事ができるのだろうかと、考えさせられてしまうくらいの笑顔だった。その笑顔を受け入れてもいいものかと、その笑顔を受け入れた先に何があるのだろうのかと、背中を冷やす恐怖が混在していた、裏のある笑顔だった。

「……おまえには感謝している……」

 ぼそりと、そう呟きかけるオーフェンの眼差しは深い黒に染まっていた。彼の瞳の色は確かに黒だが、その黒が底のない穴のように見えた。

 まるで星の見えない夜のような黒。

 漆黒の色に瞳が染まっていた。

 その瞳に見つめられコンスタンスが息を飲むと、

「そ、そう」

 と、生返事を返してしまう。

「……だから、せめて……」

 ぼそりと小さな声で呟かれたオーフェンの言葉を後に、突然──

「いけませんぞぉ! 黒魔術士殿ぉ!」

「へ?」

 間の抜けた声を漏らすコンスタンスは唐突に声が響いた上に視線を向けると、大きな影が視界を埋めてしまい、そして。

 ぶっつんと、そこで彼女の意識は切れてしまう。

 

「な、なん……」

「……ふう、間に合いましたな」

 唐突に空から降ってきた男性にオーフェンはたじろいでしまう。

降ってきた男性はコンスタンスに仕える銀髪の執事ことキース・ロイヤルが、自分の主人であるはずのコンスタンスの頭を両足で踏みつぶし、ホッと胸をなでおろしていた。

「いや、なにがだ」

 当然訊ねてしまうだろう言葉を呟き訪ねてみると、床にめり込ませ踏み潰していたコンスタンスの頭をごりっと捻りながら身体をオーフェンに向け、

「おお、ご無事でしたか黒魔術士殿!」

 快活な声を上げ、涙をよよよと流すキース。

「まあ、寸前のところでよけれたから大丈夫だが……」

 下敷きにしているコンスタンスに視線を流すと、彼女は気を失っているのかピクリとも動かずドクドクと真っ赤な血を流し、水溜りほどの量を垂れ流していた。

 そんな彼女の出血を加速させるかのようにキースは両手や身体を激しく、踏みつけていた両足をゴリゴリと動かしながら、

「いやはや怪我がないようで何より。私めの心配は杞憂でございましたな。はっは」

「なんでお前に心配されなきゃならん。ってかコンスタンス死にかけとるぞ」

 痙攣が始まり不規則に止まると、不安定な動きをしていた彼女を指差すが、キースはそんなことには構わずに、あくまでマイペースで。

「いやはや、お見苦しいところを見せて申し訳ございません。なにせ今朝よからぬ胸騒ぎがいたしましたゆえ、ここに慌てながら参ったしだいでございます」

「べつにあわてんでもいいぞ。何もなかったから……じゃあなぁ」

 手をいい加減に振りながら帰ろうとするオーフェンに、

「黒魔術士殿ぉ! 動いてはなりません! 動けば災いがぁ!」

「……んなもん。あるわけが……」  

「今朝、ボニー様のお目覚めの紅茶を用意していた際、何故か紅茶に茶柱が経っておりました。このキース、妙な胸騒ぎを覚え、もしや黒魔術士殿の身に何か不吉な、よからぬ事が起きたと思い、はせ参上いたしました」

「なんで紅茶に茶柱が立っているとかはあえて聴かん!……とりあえずおれは帰るぞ」

「いけません、黒魔術士殿!」

 ぐしゃごりっとコンスタンスの頭の上で器用にそれでいて激しく動きながら、

「断言いたしましょう。紅茶に茶柱が立っているなどはまさに天魔が知らせ。今日、黒魔術士殿の身に何か、決して起きてはいけないような、そう、たとえれば世界の死滅と復活、再生と破壊の混沌が訪れ、最後には空から火の雨が七日間降り落ちてしまうような終末が訪れてしまったような気がするのです!」

「……喧嘩売ってんのか」

 尖った眼差しをさらに凶悪に尖らせ、睨みつけてくるオーフェンは、

「とりあえず俺は用事があるんで後は勝手にやっといてくれ」

「あ、お待ちください黒魔術士殿ぉぉぉ!」

 ごうんと大気をきる重い何かが背筋を冷やす。

 硬直してしまいそうな感覚を無理やりに外し、オーフェンは飛び出すように前に転がり倒れてしまう。転がり揺れた視界を凝らし、自分が飛びのいた場所に視線を見やると、そこには鈍重な金棒がめしりと地面を砕き、深々とめり込んでいた。

 真顔のままキースは、

「動いてはなりません」

「やかましいぃ!」

 怒鳴り声を媒体に白熱の高熱波を叩きこみキースを爆破する。

 彼の足元にはコンスタンスが踏みつぶされたままだが、爆風と共に吹き飛ばされ近くの壁にベしゃりと叩きつけられ、キースの持っていた金棒がごちんとコンスタンスの頭に突き刺さるのを見てから、まあ大丈夫だろうと軽く流しながら、オーフェンは立ち上がり、そのままその場を去ろうとする。

「どこに行こうというのですか、黒魔術士殿ぉ!」

 ぶおんと重く大気を斬る鈍く、それでいて鋭く分厚い刃物の流動を感じ、オーフェンはその場から本能的に飛びのくと、爆炎の中から大ぶりの大鎌が姿を現し、その鋭利な曲線を描いた刃が弧を描き、地面に深々と突き刺さる。

 ギロチンのように野太い刃が陽の光にきらりと反射する中でキースが、

「なぜ、そこまでしてどこかに行こうとするのです。今日は動いてはなりません。まして呼吸をする事も、血を通わす事も危ういと申し上げているのに、何故に黒魔術士殿は、そう動こうとされるのですかっ!」

「それは遠回しに殺しにかかってるのかっ!」

 キースの握っていた大鎌の柄を蹴り上げる。ごちんと鈍い音をたて、地面に転がる大鎌を踏みつけながら、

「いいか、今日はぜったいに俺にかまうな! 俺はやっと幸せになれるんだ! もし俺の幸せを奪うつもりなら全力でたたきつぶすからなっ!」

「ああ、なんと言うことなのでしょう」

 さめざめと涙を流し、

「起こるであろう不幸を止める事の出来ない、このもどかしさと虚しさ。そして無力感。いったいどのようにしたら、強欲の権化となり果ててしまった黒魔術士殿に、身に起こる不幸をお伝えする事ができるのか」

「お前が何もせんかったら幸福だわい!」

 ごちんとキースの頭を殴り飛ばし、早く当たり券を換金しようと背を向けるが、

「だからお待ちください黒魔術士殿ぉ!  そのような事をすれば世界は、世界は──」

「やかましいわぁ!」

 いつの間にか前に、にゅっと現れ涙ぐむキースの胸ぐらをつかみ、

「そんなに俺の幸せを潰したいかっ! ああっ!」

 殺意をこめて睨みつけるオーフェンに、

「いえ、黒魔術士殿には幸せになっていただきとうございます。しかし──」

 がばっと身を出してキースは、

「このままでは黒魔術士殿に不幸が訪れてしまいます。すぐにそのような悪魔の契約書を捨てる事をお勧めいたします」

「うっさい! これは俺にとっては幸福そのものだっ!」

「いえ、断言してもいいでしょう。黒魔術士殿がその悪魔の契約書を持っている限り、世に災いが訪れる事をっ!」

「んなもん起きるかっ!」

 刹那。

 ざわざわと辺りが騒がしくなる。

「ああ、ついに起きてしまいましたかっ!」

 オーフェンはキースの胸ぐらに手を入れ、適当にものを掴み、ぽいっと外に投げ捨てると、地面にごろんと大きな錠が幾つも転がる。

 キースは、さめざめと泣く表情を変えずに、地面に転がった上を蹴り捨てる。蹴り捨てた幾つもの錠が壁にめり込んでいたコンスタンスにブチブチと

 半眼で睨んでいたオーフェンにかまわず、

「おいこら!」

 再び胸ぐらをつかみ、

「どうせよからぬ事しかしていないとは思うが何をしやがった! 何をしたか言えっ!」

「いえ、わたくしは何も」

 知れっとした顔でキースが答える中、

 

「大変だっ! レース用の犬が逃げ出したぞっ!」

 

「だれが檻の鍵を外しやがったっ!」

 

「だめだおさえきれな──うわぁ!」

 

 人垣を飲み込むほどの犬の群れがオーフェンとキースに向かってくる。

 獰猛な唸り声を上げ、よだれを垂れ流し向かってくる興奮した競争の為に鍛え上げられた犬の波が、誰かまわずに襲いかかり踏みつけなぎ倒していく。

「うわぁ!」

 身の危険を感じキースなどにかまわずオーフェンは逃げ出した。

 途中倒れていたコンスタンスが噛みつかれ引きずられる様が見えたが、関わる間などはない。足が引き千切れる程の脚力で駆けるも、怒涛の犬達の追撃は止まず、少しの気の緩みが命にかかわる。

 キースはどうなったかは知らないが、どうせ無事なんだろうと嘆きながら、逃げる。レース会場の客や関係者などを巻き込みながら、競争犬の波は止まらずに、息が切れ乱れ追いつかれそうになるが、オーフェンは追撃を緩めようとなるだけ人通りの中を通り、レース会場に備えられた屋台や売店などを巻き込むようにして逃げていく。

「くそぉ!  このままじゃ! ん!」

 逃げている先に用水路が見え、完全に積んだかと舌打ちするも、その速度を緩めず、さらに駆けだし、勢いに任せて地面を蹴り、

「くそぉっ!」

 用水路へと飛び込んだ。

 

 そんな大騒ぎとは無縁な、場所は離れてうらぶれたトトカンタ裏路地のとある橋の下に住む地人兄弟は、

「何故だぁ! 何故に釣れないっ!  このマスマチュリアの闘犬ボルカノ・ボルカンさまが魚類に待ちぼうけ殺されると言うのかっ!」

「……いや、ただ餌をつけていないから釣れないんじゃないの?」

 水だけが注がれた具のない鍋をかき混ぜながら、あっさりとした弟──ドーチンの一言など気にせず、兄──ボルカンは腰に下げたなまくらの剣を掲げ、

「ああ、何故に大陸随一の歴史偉人に押し上げ殺されるだろう、このボルカノ・ボルカン様がこのような貧窮に陥らなければいけないのだろうかっ! これもすべてあの極悪トンガリツリ目魔術士の邪悪な姦計にかかった、愚昧なる愚弟のせいかっ!」

「とりあえず兄さん。今日も具は雑草にしておくね」

 陽に干した雑草を適当に掴み、ぐつぐつ煮えた鍋にバサバサと入れていく。

「うむ、木の根よりは歯ごたえは少ないが味わいは深い」

 剣をしまい腕を組み、頷くボルカン。

 木の根は夕食にするかと考えている中。釣り竿──と言ってもいいのか、適当な木の枝にどこで落ちていたか思い出せない粗末な糸を下げた、粗末な釣り竿が何かをひっかけたらしく、合図するかのように揺れ出す。

「おお、ついに魚が釣り殺されに来たかっ!」

「底に引っかかっただけじゃないの?」

 ドーチンの呟きなど構わずに、ボルカンは釣り竿を上げようとするも、

「──?」

 ざばりと水面からずぶぬれの黒ずくめが這いあがってきた。一瞬、亡霊のように思えてしまったが、這い上がってきたそれは亡霊などの類ではなくオーフェンだった。

 息をぜいぜいと切らしながら憔悴した身体を何とか動かしながら、重々しく岸へとたどり着き、力尽きるように用水路から這い上がるも、身体を動かすのもままならないのか、その場にへたり込む。

 そんなオーフェンの姿を見て、

「ははは、ついにこの大陸の随一の英雄マスマチュリアの闘犬ボルカノ・ボルカンさまに命乞いをしに訪れ殺され来たかっ!」

 根拠なく勝ち誇るボルカンをしり目に、

「ちょ、ちょっと兄さん、今日はなんか危なさそうに見えるんだけどっ!」

 何かわからぬ不安な殺気を感じながらドーチンは訴えるも、

「よしよし、そのまま己が邪悪なる運命を心底呪うがいい。そして後悔に悔恨し殺されるがいいわっ!」

 さらに勝ち誇り、まるで聞いていない兄。

 

 そして結末は訪れた。

 

 舞台は変わり、その近くにある、とある事情で閉店されたパン屋。

 造りはこじんまりした一戸建て。

 パンの販売の為に作られた食堂を兼ねたカフェテリアの作りで、清潔な白を基準に作られた室内。出来たてのパンを見栄え良く飾り付けの出来る高級な棚に、石造りの大窯が奥に備え付けられ、薪を入れ新聞紙を絞り火種に使う従来の釜戸ではなく、ガスを使う最新型の釜戸だった。

 そんな高級なあつらえにもかかわらず、こんなに安く売られているのに、何故にいままでこの高物件に買い手が無かったのだろうと、当然に訪れた購入種は疑問を湧かせるが、新婚の幸福による盲目のせいか若い夫婦は、その事をまるで気にせずに店内を下見していた。

 上の住まいも問題はなく、ここでもしお店が開けたならと、店が繁盛しているだろう空想を膨らませる二人。

 不動産屋は、ほっと胸をなでおろす。

 やっとこの訳あり物件が売れる。

 これを上司から押し付けられた時、正直転職を考えたが、家族を食わしていかなくてはいけない手前、今日までなんとか食い下がったかいはあったと、これまでの苦渋の日々を思い返す。少し涙が浮き出てしまうも、ここで泣いてしまい客に不安を抱かせてはすべてが無駄になってしまう。

 泣くな。

 営業しろと自分を奮い立たせ、

「どうですお客さん、この物件中々の買いだと思いますよ」

 心情を悟られないように努めた明るい声で話を進め、

「昔ながらの手作りの石窯に広々とした販売コーナーに食堂。これだけの条件の物件、他にはありませんよ」

 たたみかける様にセールスを続ける。

「治安も良く、表通りに近いし、日当たりもいい。お店をやるにはまさに最高な立地条件ですよ♪」 

 無論、時たま起きる爆発や地響きに近くに居着いた地人兄弟のゴミあさりなどの致命的なマイナス要素は言わずに、購入意欲をかきたてる言葉を紡ぎ、この若い夫婦に購入を促していく。

 だましているつもりはない。

 これは親切で言わないだけだ。

 今、この幸せな二人をあえて不幸にする必要はないのだからと販売員は笑顔で、

「すごく人気のある物件ですが、今ならお手頃な価格でご購入ができますよ」

 どうしようかと相談する夫妻。

 あまり話を進めすぎると怪しまれるので、休み休みに相手の出を見ながらに言うのが良い、二人はもうこの物件を買う意思を高めている。

 あと、ひと押し。

 後、もう、ひと押しすれば、このいわくつき物件を手放すことができる。

 手放した後の事なんかは考えない。

 考えても無駄だ。

「もしお値段に不安があるなら御相談にのりますよ♪」

 この言葉が確実だったのか、夫婦はお互いに頷き、

「じゃあここで」

 と、声を合わせて購入を決意した。

〝やった〟

 と。

 思わず声を上げてしまいそうになるが、必死に口を閉じ、歓喜の声を押し殺す。それでも湧きおこる歓喜に声が漏れそうになるが販売員は堪える。涙も出そうになるが瞼を必死に閉じ堪えるも、にじみ出てきそうな感覚がある。

 押さえろと言い聞かせる中で、

 

「だぁまってろぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 裂けるほどの罵声が響き爆音が轟き、建物が激しく揺れ出す。

「な、なに」

 夫婦のどちらがうろたえた。もしくは同時かもしれないが、二人ともきょろきょろしながら何事かと慌てていた。

「と、とりあえず、あの」

 販売員の男はこの状況を何とかしようと動くが、どうすればいいのかわからなかった。言葉を紡ごうとしても何も言えず、何も語れない。

 とにかく。

 とにかく今はこの場から離れるべきだと、販売員は二人を連れて行こうとするが、ガシャンと脈絡もなくガラスが割れ、何かが飛び込んできた。

「ひぃぃぃ」

 悲鳴を上げる夫婦。

 眼鏡をかけた子どもがブスブスと今しがた燃やされたかのように黒こげで床に転がり、二人は腰を抜かしてしまう。よくみればそれは最近近くに住みついていた地人の片割れだったと思うが、そんな事を考える余裕も無く販売員は、

「あ、あ、あ、あ……」

 どうする事も出来ないでいた。

 そして、この物件の自慢でもあるガス付きの大窯を壁もろとも粉々に砕きながら、きりもみしたまま勢いよく何かが降ってきた。

 これも同じように真っ黒焦げになった地人の傍らだったが、そんな事はどうでもいい。

 早くこの場から──刹那。

 外が覗けてしまう砕けた壁と大釜の大穴から凶悪な顔をした男が無遠慮に店内に侵入してくる。両肩で大きく息をしながら、怒りで歪んでいるのかそれとも何かを嘲笑っているのかわからない表情をしながら一歩一歩とこちらに近づいてくる。

 夫婦は叫び声を上げながらドアを乱暴に開け、我先に外へと逃げ出していく。

 全てが終わったと真っ白になった販売員はぺたりとその場に座り込み、鞄をぼとりと落とす。男がこちらを振り向くが別に何かを気にした様子も無く、ドアを開け外へと出ていく。

 店内には再び静寂が戻り、ガラガラと壁が崩れ、ぺたんと座り込む販売員と丸焦げになった地人の二人だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日暮れ。

 ようやくにしてオーフェンはドックレース会場に戻る。

 すっかりと疲弊し憔悴していたが、眼差しには輝きが灯り、手にはしっかりと当たり券が握られていた。いままで強く握りしめていたせいか、当たり券はすっかりとちり紙のようにボロボロになってしまったが、すぐに換金すればと、換金所に向かって歩み出すが、

「オーフェンさん」

 誰かがまた自分を呼びとめてくる。

誰だと一瞬、奥歯をかみ砕きそうな殺意が湧くが、

「ああ、良かったここにいたんですか」

 世話になっている宿の息子のマジクが気楽に声をかけてくる。一応警戒しながらも

「……なんのようだ」

 当たり券を悟られまいと訊ねると、

「いやコンスタンスさんが病院に担ぎ込まれて、オーフェンさんもレース会場の騒ぎで行方不明だって聞いたから探しに来たんじゃないんですか」

 当たり券の事は知らないらしく話しかけてきたマジクに、

「そうか」

 とりあえず換金所に行こうとするが、

「あ、オーフェンさん」

 マジクが呼び止め、

「レースで大当たりしたんですよね」

 訊ねられてくる。

「……」

 やるしかないのかと、覚悟を決め始めた時。

「せっかく当たったのに残念ですよね。会場が閉鎖されちゃったから、もうそれ換金できないですよ」

 その言葉にオーフェンは固まった。

 なにも動けないまま、ただ立ち尽くすオーフェンの手からは虚しく当たり券が夕闇の空に流されていく。

 白く燃え尽きたかのように、オーフェンはただ立ちつくしていた。

 

                          (俺の前に立ちはだかるな 終わり)

 

 

 

 




いかがでしたか?
 この作品は富士見ファンタジア文庫から発行されていた【ドラゴンマガジン】にて魔術士オーフェン・無謀編が掲載されていたころに、同人誌として書いていた小生の小説作品です。
 このころは小説を書き始めていた頃なので、いろいろと荒い部分があり、掲載も少し恥ずかしいのですが、ラナ・テスタメント様が魔法科高校の劣等性~我が世界に来たれ魔術士~の良策ぶりに感化され、本氏より御許可いただき、今回掲載させていただきました。
 この作品を書いた頃、まだウィンドウズ98の頃で、フロッピーに仕舞い込んでいたまま、今の時代まで置いてあったのですが、昔と今の違いにいろいろと驚くばかりです。
 秋田先生のテイストを学ぶことに夢中で、ひたすらに世界観を借り、オリジナルな書き続けていた記憶があります。
 話しのテンポがいまいちなところが多々ありますが、とりあえず今は当時のままで掲載し、微修正をしながら、書き直していきたいと思います。
 しかし、キースの扱いは難しいと今に思っても思います。
 混沌と奔放が入り混じるキャラクターの扱いは、今後も学んでいく課題ですね。
 
 では、最後までお読みくださりありがとうございます。

 感想をいただけたのなら幸いです。

 御拝読ありがとうございました。



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