「ハァ…」
思わず溜め息が溢れる。
溜め息をした本人であるシャディクがいるのはグラスレー寮の一室。取り巻きの少女5人は心配の色を浮かべた顔で見てくるが、行き先の無い感情はどうにもならない。
最近のシャディクは極力隠してこそいるものの常に憂鬱げだ。
先日のインキュベーションなんてミオリネに声を掛ける一番自然な機会であった筈なのに、アムロと自分が手駒にする筈だった地球寮の生徒といるのを見て話し掛けるのを止めてしまった程である。
「シャディク、体調が優れないのか?ここ最近ずっと思い詰めた顔をしている様に見えるが」
「いや、大丈夫だサビーナ。単に最近忙しいだけさ」
「本当にー?あのMSの事考えてるんじゃないの?」
「…まあ、分かるよな、そりゃ」
ストレートな疑問をぶつけるレネに対してシャディクは弱々しく返す他無い。そのMSが一番な問題なのだ。
「この先グラスレーが根っこからへし折れるか否かの瀬戸際に立たされたようなもんだからな…市場の活性化を目指すと総裁は語っていたが、ありゃ一歩間違えればゴールにもなってしまう」
「あれ?でも確かグラスレーでも新型の開発してたよね?あれがあればなんとかなるんじゃないの?」
「アレは対GUNDを捨てられてないからな…単純なスペックで上回られたら太刀打ちすら怪しい」
「それじゃあもう私達に勝ち目無いんじゃ…」
「同感…どっちもコンセプトがグラスレーと被ってる」
グラスレーのお得意様といえばカテドラルなのだが…自社で製造しているジェガン、性能を示したガイア・ギア。この二つにカテドラルのシェアは全て持っていかれるとシャディクは考えている。
「…そもそもそれを考えた所でじゃあどうするんだって話になるんだが…学生の意見を聞くような余裕はグラスレーには無いしな」
最終的にはこれだ。有用さを示せば立場を問わず意見を受け入れるベネリットとの地力の差がこのような面でも見える。
少なくとも自分の目では普段の振る舞いこそ変わらない様に見えるが、総裁が『独裁』の使い方をより柔軟にしているのは分かる。
その結果がスタークジェガンなのだろう。
「早いうちに地球寮から例のMSを奪うべきなのではないか?」
「もう無駄さ…ジェガンは一般販売を前提にしている量産機だ、それに先生の機体も見た目こそ違うがそれの特別仕様機って所だろう。あと地球寮に決闘を仕掛けるのは絶対にやめろ」
「え?でも今地球寮にパイロット科いないじゃん」
「総裁の特権で地球寮のパイロット科がいない場合、或いはまだ決闘を戦うに満たない程度の腕しか持たない場合代理が立てられるようになってる。そうなれば先生が出てくる」
「…もうそれ、詰みなのでは?」
「それにこっちが仕掛けたら向こうの要求がどれ程のものになるか分からない。仕掛けて負けて素寒貧になりかねない」
「うわっ、うちらのメンツボロッボロじゃん…じゃあホルダー負かしてミオリネをさっさと奪うのは?」
「今のグエルに6対1でも勝てる気がしない」
重たい空気が場を支配する。先の通りグラスレーのアレコレを考えた所でほぼ意味は無いし、それはグラスレー社の大人の仕事だ。
ただシャディクが求めているミオリネは完全にグエルという強すぎるホルダーに守られてしまっている。
「奴が恐ろしく腕を上げたとは思っていたが…」
「少し前には何で決闘しないんだって詰め寄られた事もあったがな…もうあいつの眼中に無いんだよ、俺の事。…悪い、少し散歩してくる」
シャディクは散歩と言いつつも、自分が原因であってもその場の空気に耐えられなくなって、そして無性にミオリネの声が聴きたくなって彼女の温室に向かった、が。
「ようトロフィー。あいも変わらず土いじりか?」
「あらホルダー。こんなとこに顔を出して暇なのかしら?」
温室にミオリネはいたが、それと同時に
「まあ暇っちゃ暇だな。今日は訓練休みで休養日に設定してるし、寮長の仕事も残ってない」
「そ。暇があるのは良い事よ。ついでにそこの肥料こっちに持ってきてちょうだい」
「おう」
2人の間に流れている気安い空気が、自分にとっては息苦しい。何故コソコソ隠れてこんな会話を聞いているのだろうと、シャディクは眩暈がするような感覚を覚えた。
「…そろそろ帰るかな。もう少しでピアノが来るし」
「ならオレも帰るか」
「ん。戸締りするから先に出て」
その声を聞いて急いでシャディクは温室から出てきた2人にとって死角になるだろう場所へと身を隠す。
「んじゃ、お疲れさん。なんか手が必要だったら呼べよ。お前に限って遠慮なんてしないだろうがよ」
「ええ、そうさせてもらうわ。あとこれ持ってきなさい」
「有り難くいただくぜ」
ミオリネがグエルに手渡したのは籠に入れられたトマトだ。ここまで気を許しているのかと血が昇るのか血が引くのか分からない感覚がシャディクを襲う。
温室に鍵をかけて去っていくミオリネの後ろ姿を見て早くグエルも早く何処かへ行ってくれと思っていると急にグエルの纏う雰囲気が変わる。
「おい」
「⁉︎」
バレているのか。グエル本人は自分のいる方へ顔を向けずに言う。
「出て来なくていいし声も出すな。それくらいの情けはくれてやる」
「ご執心のミオリネが自分以外の男と気安く話してて不愉快って所か。そこまで執着するならオレを負かしてとっとと自分のものにしてしまえば良かったのによ」
「…いや無理か。お前はあいつを『モノ』扱いする度胸なんざ無い」
「挑戦ならいつでも受けてやる。オレはホルダーだからな。だが…」
「オレの所の寮生に要らない事をしたらその時には…」
ゾッとする空気が周囲を支配する。これはかつてアムロに浴びせられたプレッシャーと同じものだった。
「じゃあな。6対1でも相手してやるよ」
グエルが去り、埒外の強者の圧から解放されると同時にシャディクは力無くしゃがみ込んだ。
先生から誕生日を教えてもらって何度か占ってるけど…
毎回極端な結果しか出ないんだよなぁ。
この前興味本位で撃墜スコアを占ったらえらい事になった…。
触れちゃいけないヤバいモノってこういうのを指すんだろうな。
次回、「綴られぬ1ページ」
MSに乗らなきゃ普通に優しくて頼りになる先生なんだけど、ね。
次回予告は
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いる
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いらない