死神の銃声に喝采を。その御手から撲滅を   作:キャラメル太郎

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第29話  その時のための約束

 

 

 

 

 

「師匠ッ!ナヨナヨして悪かった!だから──────私のことぶん殴ってくれッ!」

 

「意味が分からん」

 

 

 

 狩人の友人ができた次の日。妃伽は出会い頭に頭を下げ、上げたかと思えば先の言葉を吐いた。確固たる覚悟を決めた顔だ。そんな真剣な顔で頼まれれば頷いてしまいたくなる雰囲気になるが、言っていることは顔を殴ってくれというものだ。何の理由も無く殴ってくれと言われても、龍已は殴る気は無い。

 

 ナヨナヨしていた……それは守るべき人達を殺したこと、その光景を見て狩人という道の険しさを知り、思い悩んでいたことを指していることは理解している。普通はそうだからだ。いきなり見せられて、何の反応も無ければ、それはそれで異常だろう。そういう理解が龍已にはあった。

 

 だからこそ、遠目から走り寄ってきた妃伽が自身の前で深々と頭を下げて謝罪をした後、殴ってくれと言うのがイマイチ理解出来なかった。いや、実際のところは大体予想がついているのだ。ケジメの1つとして殴ってくれという話なのだろう。だが龍已としては、思い悩み、葛藤して当たり前の試練を与えたので、そこまで深刻そうに受け取らなくていいのだ。

 

 朝早くの時間帯。人があまり居ない通りでの事だったので人目にこそついていないものの、人が全く居ない訳じゃない。ジョギングが日課だったり、店を開ける準備をしている店主等がどうしたどうしたと目を向ける。騒ぎの渦中に居るのが黒い死神だと分かれば目を背けるが、チラチラと見ていた。好奇心は抑えきれないようだ。

 

 全身が黒く、フード付きのローブで顔を隠している龍已は、フードの中で溜め息を溢した。今更周りの目など気にしないが、妃伽は気にするべきだろう。どこの世界に真っ正面から殴ってくれと頼み込む女が居るのだ。ましてや覚悟は決まっているというおまけ付きで。

 

 

 

「ケジメのつもりだな。だが気にする必要は無い。元々お前にはまだ早いと思っていた修業だ。思い悩んで当然だ」

 

「それでもだッ!つーか、私が納得しねェッ!オラ早く来いっつーンだよッ!ぁ゙あ゙ッ!?」

 

「何故お前が喧嘩腰にくる」

 

「覚悟決めても師匠にぶん殴られるのは怖ーんだよッ!頭消し飛ぶかも知れねーんだぞッ!?」

 

「誰が本気で殴るか」

 

「……本気で殴ったら消し飛ぶのか?」

 

 

 

 怪しい発言が聞こえた気がしなくもないが、妃伽は殴られるまで引かなそうだ。入っていた依頼を受けるために現地へ向かおうとしている龍已を通せんぼしている構図になっている。どうしても殴って欲しいらしく、無視して脇を通ろうとすると立ち位置をずらして前に出る。

 

 再びはぁ……と溜め息を溢すと、黒い手袋に包まれた右手を妃伽の前に出した。握り込むと、ぎちりと音がなりそうな硬い拳。望み通りに殴ってやるから目を瞑っておけと言われ、大きく深呼吸した妃伽は、言われたとおり強く目を瞑った。

 

 死ぬかも知れないという恐怖を感じるのはおかしいだろうか。いくら師である龍已が相手とは言え、数メートル差の体格があるモンスターを殴って後退させるような腕力を持つ彼のことだ、力の限り殴れば人の頭など粉砕するのは容易と考えるのは、きっと普通のことだろう。ならば、怖くて体が少し震えてもおかしな事ではない。

 

 いつ来るのか。今か?数秒先か?どのくらいの強さだ?目を瞑っているとつい考えてしまう。ケジメのためとは言ったものの怖いものは怖く、精神力が強い妃伽をここまで怖がらせられる黒い死神には恐れ入る。そうして待つこと数秒、妃伽の頭に拳が落とされた。

 

 

 

「……っ……え?」

 

「これで満足か?」

 

「は……いや、弱すぎだろ!」

 

 

 

 拳は確かに妃伽の頭に落とされた。が、それはコン……と、置かれる程度のもの。とてもではないが、殴打とは言えない酷く弱いものだった。覚悟を決めていたというのに、ここまで弱々しいものを受けた妃伽は呆然としたが、話が違うと詰め寄った。しかし聞き入れられることは無かった。

 

 望み通り殴ってやるとは言ったが、本気で殴るとは誰も言っていない。力の強弱など龍已次第でしかない。不満を露わにして噛み付いてくる妃伽を適当にあしらうのが気に入らず、龍已のローブを掴んで無理矢理足を止めさせた。するとまたしても溜め息を溢され、仕方なさそうに妥協案を出してきた。

 

 

 

「お前はケジメと言うが、果たしてあの時と同じような状況に陥った時、俺と同じ行動を取れるか判らない。そんなお前を殴る価値があると思うか?」

 

「ぐっ……」

 

「だから、お前が今回のことを克服したと俺が判断した時、望み通りにお前を殴る。それでどうだ。それまで、その不満を胸の内に秘めておけ」

 

「……わーったよ。約束だからな」

 

「……?」

 

「指切りだよ。指切り!約束っ!」

 

「…………………。」

 

 

 

 ケジメのために殴ってもらおうと思ったが、確かに克服したかどうか今の状態では判らない。なので、確かに克服したのだと龍已が感じたときに、改めて殴ってやるという話で落ち着いた。これで話は終わりだなと、早速依頼に向かおうとする龍已をもう一度ローブを引くことで止め、右手の小指を立てて前に突き出した。

 

 子供が約束する場合などに見るやりとり。それをしようと言っているらしい。突然小指を立てた手を差し出されたので何かと思えば、思ったよりも子供っぽい事をするんだなと考えた。言ったらやかましくなりそうなので言わないが、龍已は求められるように小指を立てて黒い手袋に包まれた右手を差し出し、2人は小指同士を絡めた。

 

 聞き慣れた歌を妃伽が口ずさみ、小指が繋がった手を軽く上下に振る。そうして歌の終わりに手を離すと、ニヒルな笑みを浮かべた妃伽がぐっと距離を詰めて下から見上げながら、約束したからなと念を押した。

 

 

 

「女を殴る趣味はねェ……とか言ってやっぱ無しはダメだかんな!」

 

「俺は男女平等主義だ」

 

「ぷふっ、知ってる!」

 

 

 

 修業中で殴る蹴るが飛んでくるので、龍已が根っからの男女平等主義なのは知っている。指切りで約束を取り付ける事ができたので、妃伽はヨシと頷いた。内容が殴る殴られるというものなので物騒だが、妃伽は満足そうである。

 

 目的の話は出来たので妃伽は目標達成であり、話は終わってしまう。龍已はこれから依頼に向かうのでやらねばならないことがある。妃伽が何か言いたげな表情で見つめてくるので、彼は何を言いたいのか何となく察した。依頼に同行したいのだろう。だが残念なことに、今から受ける依頼は高いランクのものである。

 

 

 

「今回のモンスターは上位の中でも更に上位の力を持つ種類だ。お前が行けば命が幾つあっても足りん」

 

「どんだけ強ぇモンスターなんだよ……」

 

「最上位ランクにも届く力を持つ。最近は狩人協会ではその最上位ランクに移行を考えているという話を聞いている」

 

「最上位?」

 

「教えていなかったか。そもそもランクは……」

 

 

 

 狩人が依頼を受ける際に、モンスターの大まかな強さを示す指標がランク制度である。ランクは下位。上位。最上位。特上位と4段階に別れている。下位はラプノスといった小型モンスターや、図体が大きくても気性が穏やかで危険性が少ないモンスター等が定められるランクである。

 

 上位とは、下位と比べても全く違う強さを獲得したモンスターの事を示す。中には特殊な進化を遂げている個体も居るため、その分命の危険が常に付き纏う。最上位とは、上位よりも上の危険性を孕んだモンスターに与えられるランクだ。これが依頼として出されることは殆ど無く、出たとしたら受注できるのは狩人協会が決めた実力者のみである。素人はまず受けられない。

 

 そして、特上位というのは普通のランクとは別物になり、斜め上の位置づけと考えた方が良い。特上位は古文書に記されていたり、生態が謎に包まれていたり、その個体が居るだけで国が危険に晒されるような、特別危険度が高く、伝説にあるようなモンスターに付けられるランクだ。そして、この特上位を正式に受けられるのは世界にたったの4人しか居ない。

 

 龍已は妃伽にはまだ早いという理由で特上位を除き、下位、上位、特上位のランクについて説明した。度々話に下位やら上位やらが出てきていたので察してはいたものの、改めて説明してもらえると分かりやすい。文字から何となく理解出来ていたが、狩人にとって、常識的な知識なのでしっかりと覚えておこうと決めた。

 

 龍已が行く依頼の狩猟対象は、特上位にランクを上げても良いのではないかという話が出ている上位のモンスターである。まだ狩人ですらない妃伽にはあまりに荷が重い内容なので、今回はついて行くことはできない。エルメストで留守番である。

 

 

 

「パルバリーでも上位の下の方なんだよな?」

 

「そうだ。強さとしては、上位の中で大したものではない部類となる」

 

「……最上位の奴の力を見てみてぇ」

 

「やめておけ。死ぬだけだ」

 

「だ、誰も戦いたいとは言ってねーだろ!見てみたいだけだ!」

 

「そのうちだ。お前にはまだ早い」

 

「へーい」

 

 

 

 好奇心から最上位の強さを目の当たりにしてみたいが、実力的にも妃伽にはまだ早いと窘められる。むざむざ死ににいくつもりは無いのでこっそり……とは考えていないものの、いつかは自分も師である龍已と同じように最上位の依頼を受けたいと思う。

 

 大体の狩人は上位の依頼を受けられるたけで終わる。最上位に挑めるのは限られた実力者達だけであり、そのためには狩人としての実績を集めなくてはならない。受けた依頼の難易度や、達成までに掛かった期間などを加えて吟味し、改めて狩人協会から最上位を受けても良いという達しと共に証が送られる。

 

 その証を持つ事こそが、最上位依頼を受けることができる選ばれた狩人の証明だ。妃伽がいつかは行けるようになりたいと思っている最上位とは、簡単に行けるようなものではなく、仲間の死であったり、モンスターの理不尽と戦って討ち破ってきた歴戦の猛者にこそ相応しいもの。

 

 だが、龍已は今はまだ狩人ですらない妃伽に、可能性を感じている。上位のみならず、最上位にまで届くだろう彼女の強さを。上位に勝てるか勝てないかという実力ではあるものの、そんなもの狩人の皆が通る道だ。彼女の強さはこれからもっと伸びていく。龍已は、そんな妃伽に高い伸び代を感じたのだ。

 

 

 

「そろそろ時間だ。俺はもう行く」

 

「あ、おう!引き止めて悪ィ!気をつけてなー!」

 

「あぁ」

 

 

 

 今度こそ止められることなくエルメストの正門へ向かった龍已の背に、妃伽は手を振った。言いたかったことを全て言えたので体が軽く感じる。パルバリーの一件から顔を合わせづらくなっていた龍已だったが、吹っ切れた今ではあの無愛想さが何となく嬉しい。今日からまた修業を開始しようと思っていたので肩透かしを受けたが、それならそれで自主練をするだけのこと。

 

 街の外に出てモンスターを相手にしたいが、狩人ではないので単独での狩猟は許されていない。なのでやれることと言ったら虎徹の店の地下にある訓練場で武器の扱いを磨く事くらいだろうか。筋トレをやってもいいが、それは日課になるように毎日やっているので今更メインでやることではない。

 

 修業が再開されて変な動きにならないように、爆発するメリケンの扱いを自主練することにした。歩き出した妃伽は、早速虎徹の店に向かう。今日は特に予定は無いと言っていたので虎徹が店に居るだろう。軽くなった足取りで訓練場に入り、明日に備えて訓練を開始した。

 

 

 

 

 

 

 






 依頼のランク

 下から、下位、上位、最上位、特上位という順になっており、ランクが上がるにつれて危険度も跳ね上がる。特に、特上位というのは1体だけで国が滅びてしまうような力を持っていたりする。伝説に残されていたり、古文書に載っているようなモンスターが、ここに含まれる。




 巌斎妃伽

 ケジメとして殴ってもらおうと思ったが、小突かれただけで不満。ただ、その不満を胸に秘めて精進しろと言われたので、次はガッカリさせない動きを見せて、改めて殴ってもらうつもり。流石に自分でも殴ってもらうために努力するのはおかしいと思っている。




 黒圓龍已

 いきなり殴ってくれと言われたので、流石に何事かと思った。理由を聞いて納得したが、同じ場面に陥った時に、果たしてその場合の適切な措置……人に手を掛ける事ができるか判らないので、殴ることはお預けにした。その代わりに、問題なく克服したと感じたら殴ることにする。

 男女平等主義なので、相手が女だろうが殴るものは殴る。相手が子供でも容赦などもしないので余計に冷徹に見られることが多い人。逆を言えば、それだけ真剣に向かっているということ。


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