異聞 黒の剣士 作:こしあん
Warning‼︎
※キリト不在(原因は本話を読めば分かります)
※転生要素あり
※Fate要素は主人公のみ
※ガールズラブはガチ
第1話 分岐点
一閃。
鋭い踏み込みと共に放たれた剣尖が、豪快な風切り音を散らしながら
目にも留まらぬ速度で描かれた軌跡には、一切の淀みもブレもない。まさしく剛剣一閃。武道に疎い者でも一目でそれと分かるほど研ぎ澄まされた剣技だった。
そして、それは一撃に留まらない。袈裟斬りで床スレスレまで斬り下ろされた剣先が稲妻じみた速度で跳ね上がり、烈風とともに逆袈裟の軌道を描く。
頭の上にまで斬り上がっていく剣の柄に、流れるような動作で左手を添える。最上段にまで浮き上がった剣の鋒がピタリと宙で止まり────。
「ハ────ッ!」
音を置き去りにした剣閃。一拍置いて、一際大きい斬撃音と剣風が道場を揺らした。
その様子を、
────美しい。ただひたすらに美しい、そんな単調な感想ばかりが脳裏を明転する。呼吸を忘れるほど、その剣士の動きを目で追ってしまう。
勿論、その卓抜した剣技も筆舌に尽くし難い。剣道というカテゴリからはあまりにも逸脱したアクロバティックすぎる挙動なのに、その一振り一振りには間違いなく理が宿っている。その技量が驚天動地の域に達していることは明白で、まるで舞のようですらあった。
何より、その剣士の容姿。剣舞の如く素振りを披露するその
透明感のある柔肌にはシミ一つなく、いっそ病的なまでの純白を誇っている。まるで処女雪のように美しくきめ細やかな肌だ。
頭の後ろで特殊なシニョン状に纏められた長い髪は、陽光を浴びてキラキラと燐光を放つホワイトブロンドだ。きめ細やかな砂粒のような髪は激しい動きに晒されて艶やかに舞い踊っている。
顔立ちは空恐ろしいほどに精緻に整っている。
大ぶりの純金を嵌め込んだような魅惑的な金瞳、形の良い細い柳眉、ツンと高く通りのいい鼻筋、血色が薄くも瑞々しさに満ちた小さな唇。そういった欠点一つ見つからないパーツが、小さな顔の中に完璧な黄金比で配置されているのだ。まるで絵本の世界から飛び出してきたお姫様のようだ。
その肢体もまた幻想的だ。細長くスラリとした手足に、無駄な肉が一切ないアスリート然とした体つき。しかし、女性的な起伏が皆無というわけではない。ささやかながらも確かに道着の上からでも分かる胸や臀部の膨らみが、少女から女性に変わる間際のある種の背徳的な美を醸し出していた。
三年も毎日顔を合わせているし、剣を振う姿だって幾度となく見てきた筈だ。その上でなお、何度でも見惚れてしまうほどに美しい。年季の入った道場だというのに、彼女が舞うだけでまるで一枚の絵画の背景のようにさえ映った。
用事も忘れてつい魅入っていると、不意に少女が残心をとった。
「スグハ。どうかしましたか?」
「え、あっ」
気付かれていた。思わず頬を朱に染める。
「い、いや。そろそろ部活の時間だから、行ってきますって言おうと思って⋯⋯」
「もうそんな時間でしたか⋯⋯。わざわざ声をかけてくれてありがとうございます。いってらっしゃい、スグハ」
少女が薄く微笑む。氷のような冷たい顔立ち、だなんて評されることもある彼女の柔らかい微笑みは、同性だというのに思わず心拍が上がってしまう。汗ばんでさらに艶やかな肌からできるだけ視線を逸らし、誤魔化すように口を開いた。
「あー、うんっ。行ってきます、アルトリアさん」
「ええ。オニガワラ先生にはよろしく言っておいて下さい」
「そんなこと言ったら、先生、『直接言いにこい!』って返してくると思うけど」
「道場に行ったら無理矢理にでも稽古つけられるでしょうね。私が受験生だということも忘れて」
思わず苦笑いを浮かべる。数ヶ月前まで少女────アルトリアに稽古をつけていた剣道部の顧問は、彼女の天賦の才に惚れ込んでいた。手八丁、口八丁で彼女を指導したがるに違いなかった。
「でも、アルトリアさんってば推薦全部蹴っちゃうんだもん。剣道をやめる気なんじゃないかって、先生心配してるんじゃないかな?」
「⋯⋯そう、ですか」
アルトリアはその美貌を曇らせ、そっと視線を切る。その後ろめたさを感じるような態度が、直葉の胸に巨大な疑心と不安を呼び起こした。
ひょっとして、本当に剣道をやめてしまうつもりなのだろうか。思えば、個人戦で全国三連覇という快挙を成し遂げた直後くらいから様子がおかしかった。
「アルトリアさん、もしかして────」
「そういえば、カズトはどうでした? まだ熱が下がらないようでしたか? すみません、陽が昇った頃には様子を見に行くつもりだったのですが⋯⋯」
直葉の口を突いて出た質問に被せるように、アルトリアが台詞を重ねる。詮索を拒絶するような早口に、直葉がそっと目を伏せる。その態度が答えを如実に示していた。
「────うん、さっきちょっと話してきたんだけど、だいぶ良くなってきたみたい。まだ微熱と咳があるから、お母さんから外出禁止令を食らってるみたいだけどね」
「カズトは体調が良くとも家から出ないではありませんか」
「⋯⋯たしかにっ!」
くすくすと二人して笑みをこぼす。
────なぜ、と彼女を問い詰めたい気持ちはある。
しかし、実直で真摯な彼女のことだ。いずれ心の整理がついたら、内心を打ち明けてくれるに違いない。その時まで待っていようと思えた。三年もの間彼女と築いてきた絆を、直葉は信じたかったのだ。
それに、真冬に汗だくになるほど剣を振うほどのソードホリックが、剣道を嫌いになったとはとても考えられなかった。何か事情があるのだろう。
「⋯⋯それにしても、カズトには申し訳ないことをしてしまいました」
「あー、いや、あれはお兄ちゃんが運動不足すぎただけというか⋯⋯」
肩を落として、ずーんという効果音が似合いそうなくらい落ち込んでしまったアルトリアに、大いに庇護欲が掻き立てられながら慰める。
つい一昨日の話だ。
夕食の時間に、雑談の中でポロッと和人───中学2年生の、直葉の兄だ────も昔剣道をやっていた、という話を溢した。その話に強く興味を抱いた様子で食いついたアルトリアが、嫌な予感を察して部屋に引っ込もうとした和人を無理矢理道場に連れて行ったのだ。
結果、鬼教官と化したアルトリアと和人の謎稽古は、彼が足腰立たなくなって道場で大の字になるまで続き。運動不足が祟ったのか、あるいは不健康な生活リズムが災いしたのか、翌日から和人は高熱で寝込んでしまったのだ。
当然、大いに責任を感じたアルトリアはひどく落ち込んでしまっているというワケである。
「でも、悪気があったわけじゃないでしょ? お兄ちゃんもなんだかんだ楽しそうにしてたし、怒ってないと思うよ」
多分だが、あの日のアルトリアの暴君じみた行動も自分たちを想ってのことなんだろうと推測していた。険悪、とまでは行かないまでもギクシャクとした家族仲を心配したアルトリアの、いわば暴露療法だったのだろう。
「⋯⋯しかし、時期が悪かった。せめて明日以降にすべきでした」
「あれ、今日ってなにかありましたっけ?」
「ああ、
「あっ、お兄ちゃんが最近までずーっとやってたやつ?」
直葉にとっては、たかがゲームくらい、と思わなくもない。兄妹仲と反比例して兄がのめり込む〝ゲーム〟に複雑な感情を抱いているからだ。とは言え、アルトリアは意外にもその手のサブカルチャーに理解があるようだった。
「なんだっけ、あれ。最近CMとかで見かけるよね。たしか────」
「────
ふうん、と気のない返事を返しながら。彼女には珍しい、どこか高揚した語調に新鮮さを感じた。
直葉が部活に出掛けるのを見送り、シャワーで汗を流したアルトリアは、小さく深呼吸すると和人の扉を軽くノックした。
「カズト、起きていますか? 入っても大丈夫ですか?」
「えっ、あ、ああ⋯⋯コホッ」
返ってきた弱々しい返事と空咳に一層の罪悪感を感じつつ、ドアノブを回す。
部屋の中は想像よりもだいぶ綺麗だった。翠───和人と直葉の母───が掃除しているにしろ、この年頃の男の子にしては随分と整理された印象を受ける。特に、デスク周りはPCやゲーム機があるからか清掃が行き届いている様子で埃一つ見当たらない。
そんな部屋の主は、ベッドの上で辛そうに臥している。顔だけアルトリアに向けて如何を問うていた。
「体調はどうですか?」
「あ、うん。大分よくなってきた。まあ、薬飲んでるからってのもあるけど⋯⋯。熱も下がったし、寒気もなくなったから。明日には平熱に戻ってると思う」
「そうですか。しかし、油断は禁物です。風邪というものは、しっかり休まないとかえって長引くものですから」
和人の視線を敢えて無視しつつ、ベッドの横にちょこんと正座する。人との会話があまり得意でない和人が居心地が悪そうに視線を彷徨わせる。申し訳なさを募らせつつ、アルトリアは深々と頭を下げた。
「────カズト、すみませんでした。私のせいで、体調を崩させてしまって」
「えっ、い、いやいや! やめてくれ、別に気にしてないから!アルトリアさんが悪いだなんて、思ってないし」
和人が慌てて起き上がり、焦った様子で顔を上げるようにジェスチャーするのを頭上に感じる。しかし、アルトリアは頑として顔を上げようとはしなかった
「いえ、しかし。大事な日だったのに⋯⋯」
アルトリアの言葉に釣られて、和人が机上の物体に目を向ける。
それは、バイクのヘルメットのような青色のフルフェイス型のインターフェースだった。
【ナーヴギア】という、次世代型VRゲームデバイスだ。電源コードに繋がっているとはいえ、素人目にはこれがゲーム機だなんてとても信じられないだろう。
ナーヴギアの横には、空色のパッケージに包まれたソフト────SAOのゲームソフトが置かれている。
「あ、いや⋯⋯それは⋯⋯」
和人が口籠るのを見て表情を一層曇らせる。
「本当にごめんなさい。私にできることなら、なんでもします。何か埋め合わせできることはないでしょうか?」
ピシリ、と和人の動きが止まったような気がした。なんでも⋯⋯? という反射的に溢れたであろう呟きは、幸運なことにアルトリアの耳には届かなかった。
「んんッ、いや、なんでもない。えー⋯⋯あっ、じゃあ!」
ふらふらと立ち上がった和人に、さしものアルトリアも顔を上げる。和人は、アルトリアの横を過ぎるとナーヴギアとゲームソフトを差し出してきた。
「これ」
「⋯⋯?」
「母さんに体調が良くなるまでフルダイブは禁止、って言われててさ。俺の代わりに、ちょっとSAOをプレイしてみてくれないかな? それで攻略情報とか、ベータとの違いとか教えてくれれば、それでチャラだ」
思わず瞠目する。それはおそらくご褒美の類ではなかろうか。
「いいんですか? 相当苦労して手に入れたものでは⋯⋯?」
「どうせ俺が持っててもこの状態じゃダイブできないからなぁ。あ、いや、俺が使ってたナーヴギアだから、嫌なら勿論いいんだけど⋯⋯」
変に気を回して慌てる和人に柔らかい笑みをこぼす。ひょっとしたら、彼にはこのゲームに興味を抱いてたことを見抜かれていたのかもしれない。
「では、遠慮なく。これでも、カズトの話してた攻略情報は一言一句記憶しています。なんなら、今日中に迷宮区まで行って見せましょう」
謝りに来たのに、かえって慰められてしまった。不甲斐なさを隠しつつ、せめて和人を安心させるように不敵な笑みを浮かべた。
2022年11月6日正午過ぎ。
黒色のパーカーに身を包んだアルトリアは、弟分の少年から借りた流線型ヘッドギアを手に、ソワソワと落ち着かない様子でベッドの上に転がっていた。
キャリブレーション───現実世界と仮想空間の体表面感覚の差を埋めるための設定───を始めとする各種ナーヴギアのセットアップは既に終えている。後は、SAOのサーバがアクティベーションされるのを待つだけ。それもあと数十分足らずの辛抱だ。
「〜〜〜っ」
VRMMO。おそらく、ゲームというジャンルが確立されてから殆ど全てのユーザーが夢見てきた、『ゲームの世界に飛び込む』体験の実現。久しくゲームから離れていたが、
────そう。アルトリア・ペンドラゴンは転生者だ。
始まりは、少女の体感で遡ること15年前。
【神】は言った。
曰く、人は生まれた時から天命を帯びていて、いつ死ぬかは決定事項なのだとか。
曰く、青年───アルトリアの前世のことだ───が死んだのは、運命の歪みによる意図しない現象だったのだとか。
曰く、理由はどうであれ一度運命を終えた以上は元の世界に戻すのは無理なのだとか。
曰く、代わりと言ってはなんだが、別の時間軸に転生するチャンスを与えてくれるとか。
曰く、その際に一つだけ転生特典のようなものを与えてくれるのだとか。
〝彼〟が不満疑問質問その他一切の発言をする暇も権利も与えず、一方的にそう告げてきたのだ。彼にあったのは【特典】の選択権だけだった。
その結果、彼が何を選んだかは言わずもがなだろう。映画館で当時最高峰のバトルアニメーションを見てきた型月厨の青年は、セイバーオルタの力を願った。
⋯⋯いや、勢い余って『アルトリア・オルタになりたい!』とか口走ってしまった。その浅はかな一体化願望の末、青年は少女に生まれ変わった。
転生当時は不可逆の性転換に大いに嘆いたものだが、今ではもうすっかり受け入れている。というより、青年としてのアイディンティティは殆ど残っていない。
それは当然の帰結だ。何せ、彼女の身体は騎士王そのもの。この世界に
しかし、残滓はある。
例えば得意な科目だったり、ちょっとした癖だったり、人並みに優しい性格だったり、恋愛対象だったり、コミュニケーション能力だったり、趣味嗜好だったり。
それらの積み重なりが今の彼女を形成している。彼女は決して〝彼〟ではないが、アルトリアオルタ本人という訳でもないのは、そうした愛すべき残滓のお陰だ。
そして、そうした〝塵〟の中に、ゲームへの情熱があった。転生してからは怠惰な前世への自戒もあってゲームには見向きもしないようしていたのだが、真の仮想世界の実現と聞いては流石に無関心ではいられない。
⋯⋯⋯いや、ぶっちゃけて言えば興味津々だった。和人が抽選に当たってSAOのβテストに参加する、と聞いた時には、剣道の大舞台直前ということも忘れ、どうにか数日借りられないものかと本気で考えあぐねたほどだ。
それゆえ、サービス開始初日にゲームができない辛さは察するにあまりある。それも確実に自分のせいだというのだから罪悪感は一入だ。
せめて、目一杯楽しむことが彼へのせめてもの償いだ⋯⋯というのは流石に自己弁護が過ぎるだろうか。
そんな風に過去を反芻したり物思いに耽ったりしているうちに、気づけばアナログの壁掛け時計の長針は頂点に達しようとしていた。慌ててナーヴギアを被り、質素なベッドに横になる。
VRゲーム、というジャンル自体はアルトリアの前世にも存在した。しかし、このナーヴギアが形造るのは本当の意味での
通常、人間は脳から伝達される電子信号の命令によって身体を動かす。ナーヴギアはそれをトラップし、現実の肉体の代わりに仮想空間のアバターを操作させる。同時に、その擬似的な身体を通して得る五感情報を電子信号で脳にフィードバックすることで、仮想空間での体験を実現する。簡単に言えば、この2つがナーヴギア特有の機能だ。
否応なく胸が高鳴る。今だけは、和人への罪悪感よりもSAOへの期待が優っていた。
視界を遮るバイザー状のディスプレイの端の数字が13に変わったのを確認して、その一言を呟く。
世界を変える、魔法の言葉を。
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