異聞 黒の剣士   作:こしあん

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 おかしいな。前後編で終わらせるつもりだったのに、中編が入ってしまった⋯⋯。
 進行が遅すぎるのと、自分の無才が憎い。
 なお、後編はそう遠くないうちにあげる予定(たぶん)。

 いつものことながら、誤字報告感想評価こここすき等々ありがとうございます。励みになります。

 さて、今回は短めです。次話も同じくらいの分量の予定です。



幕間 兜の理由(中)

 

 アルゴの大爆笑も収まり、アスナの誤解も解け、なんとかセイバーも怒りを飲み下した───役得だったと考えることにした───あと。

 一行はとある目的地に向かいながら、アルゴからことのあらましを聞かされた。

 

 

 ────前提として、あの忍者モドキたちはベータテスターだったらしい。ベータ時代にかなり上の層のNPCから、『《エクストラスキル》獲得クエストがこの第二層にある』という情報を得た彼らが、本サービスになってアルゴに情報を買いに来たのが発端だった。

 

 流石というべきか、アルゴは上層で噂が流れる以前からその情報を知っていたらしい。

 しかし、()()()()()でアルゴはその情報を売ろうとしなかったのだという。そこで『知らない』と言えばいいものを、情報屋のプライドゆえに『知ってるけど売らない』などと言ってしまったものだから話が拗れ、ああしてしつこく付き纏われることになった⋯⋯と。

 

 

「────それで、その〝事情〟って?」

「ま、一言で言えば恨みを買いたくないってことだナー」

「⋯⋯? 《エクストラスキル》を教えたのに恨まれる、ですか? というか、そもそも既にプレイヤーの個人情報を売り買いしているのですから、そんなものは今更では?」

「ふっふっふ。まー、それは実際に自分の目で確かめてみてのオタノシミってことデ」

 

 謎めいた笑みを浮かべたアルゴが、くいと親指で目前を指し示した。そこにあるのは、泉と一本の樹、そして()()()()なボロく小さな小屋だ。

 

 

 セイバーらがやってきたのは件のエクストラスキル獲得クエストポイントだ。百聞は一見に如かずということで、ここまで案内してもらったのである。

 ちなみに、ここに至るまで三十分以上もアドベンチャー映画並みにスリル満点な冒険を繰り広げたのだが、ここでは割愛する。一言で言えば、よく自力でここを発見できたものだと感心するほどの秘境だった。

 

 さて、目前に構えるのは一見するとなんの変哲もない小屋だ。

 しかし、ここにアルゴが恐れるほどの()()()が待ち受けている。ごくりと隣から唾を呑む音が聞こえた。

 

 だがアルゴは特に躊躇することなく勢いよくその扉を開け放った。

 

 内装は外観に違わず質素なものだ。がらんとした部屋には、NPCが一人いるだけだった。筋骨隆々としたスキンヘッドの大男だ。

 一瞬なぜここにエギルが、と訝しんだが、口周りの豊かなヒゲと頭上に浮かぶ金色の【!】マークがそれを否定した。

 

「アイツが、エクストラスキル《体術》をくれるNPCだヨ。オイラの提供する情報はここまで。クエを受けるかどうかは二人が決めるんダナ」

「体術?」

「⋯⋯なるほど、だからあの老人は空手のような道着を着ているわけですか」

「ふうん⋯⋯素手で戦うスキルってことよね? 武器が壊れた時とか、ディスアームされた時とかには重宝しそう⋯⋯⋯でも」

 

 言い淀むアスナの気持ちはよくわかる。何せ、あのアルゴが頑なに情報を売ろうとしないほどの激ヤバクエストである。実はあの老人がフロアボス級の強さを誇っていて、強制ディスアームからのステゴロのタイマンを強いられる可能性すらある。

 そんな二人の懸念を察したのか、アルゴが「サービスだヨ」と前置きし、情報を追加してくれた。

 

「このクエストにmobとかNPCとかとの戦闘はないヨ。HPが1ドットたりとも削れることはないと約束するゾ」

「⋯⋯わかりました。そも、有用な戦闘スキルであれば見逃すという手はありません。私が先に受けましょう。アスナはその後に」

「うん、わかったわ。⋯⋯気をつけてね」

「ええ」

「⋯⋯⋯⋯⋯ふぅ〜ん?」

 

 アスナの声援を背に受け、坐禅を組む男の前に立つ。年季の入った老人は、確かに武道家といった印象を強く受ける。

 目を瞑っていた老人が気配を察したように顔を上げ、おそらく定型文らしき台詞を発した。

 

「入門希望者か?」

「ああ」

「修行の道は長く険しいぞ」

「構わん」

 

 短い問答の末、視界にクエスト受領ログが流れた。

 淀みない動作で立ち上がった老人に連れられやってきたのは、小屋の外、庭の端にある巨大な岩の前だった。己の数倍の体積はあろうかというそれをぽんと叩いた老人が、厳かな口調で言う。

 

「汝の修行はただ一つ。両の拳のみで、この岩を割るのだ。成し遂げれば、汝に我が技の全てを授けよう」

「「⋯⋯⋯⋯は?」」

 

 ちょっと何言ってるかわからないですね。

 ふと謎のフレーズが脳裏をよぎった。

 

 呆然としながら、眼前の岩を軽く叩く。少なくとも、セイバーには街中の壁や床との違いがわからなかった。つまり、《破壊不能(イモータル)オブジェクト》そのもの。全力で殴ろうものなら、紫色のシステムウィンドウに阻まれてもおかしくない。

 

「この岩を割るまで、山を下りることは許さん。汝には、その証を立ててもらうぞ」

 

 老人が懐から小壺と太く立派な毛筆を取り出す。

 

 ────なぜだろう。《直感》こそ反応しないが、脳の奥からけたたましいアラーム音が聞こえるのは。

 

 即座に身を翻そうとする。だが、それよりも早く老人の体が()()た。ゼロコンマ数秒以下、時間が止まったような世界の中で老人の腕だけが異様な速度で閃き、六つの黒い条線が顔面に炸裂した。

 

「ぐ、ぅ⋯⋯⁉︎」

 

 咄嗟にHPバーとその下のステータスアイコンを確認するが、特に変化はない。だが、いくら顔を拭っても黒い液体────墨が手につくことはなかった。

 

「その《証》は汝がこの岩を割り、修行を終えるまで消えることはない。信じているぞ、我が弟子よ」

 

 のっしのっしと扉の奥へ消えていく巨体を見送り、呆然と顔を後ろに向ける。

 瞬間、二人の顔が同じように歪んだ。即ち、リスのように頬を膨らませた。何かを堪えるように。

 

 同時に、幾つかの疑問に合点がいった。

 アルゴが《鼠》というキャラを得るに至った由来。頑なにこの情報を売ろうとしなかった理由。なぜかセイバーには易々と教えてくれたワケ。

 

 だがしかし、今はそんな話はどうでもいい。

 

「⋯⋯⋯どうです、私のペイントは」

「ふ、ふふッ⋯⋯んんっ、なんていうか⋯⋯可愛い、わよ⋯⋯?」

「ンー⋯⋯『だってばよ』とか言ってみてくれるカ?」

 

 そこで限界がきたらしい。同時に二つの空気袋が弾け、再び大爆笑が響き渡った。

 

 

 ─────絶対に後で二人にもこのクエストを受けさせてやろう。

 固く心に誓いながら、セイバーは背を向けて巨岩と向き合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音とともに石巌を叩く拳。仮想の空気を渦巻かせながら猛然と打ち込まれたアッパーカットは、しかしその巨大オブジェクトを僅かほども傷つけるに能わず。

 それでも少女は気にした様子もなく、途切れることなく双つの拳を乱舞させる。それが岩に衝突する度、地響きじみたサウンドエフェクトが体を揺らした。

 

 到底素人とは思えぬ挙動だが、武道と呼ぶにはあまりにも粗野だ。喧嘩殺法、という呼称が一番しっくりくるだろう。

 しかし、プロボクサーも真っ青な剛拳とは裏腹に、その少女の可憐なる姿たるや、筆舌に尽くし難い。

 

 アスナに無理やり着せられたダークグレーのキュロットスカートから惜しげもなく晒される白い脚線美。小ぶりだがツンと上向きの形のいいヒップライン。臓器が入っているのか疑わしいほど───いや、もちろんこの仮想空間にはないのだが────にキュッと引き締まった腹部。薄ピンクのブラウスの胸元を押し上げる、ささやかながらも形がよく柔らかそうな胸元。燻みがかっていてもなお気品に満ち溢れた黄金の髪。

 

 そして、その顔。

 ついと視線を上向かせると目に飛び込んでくる美の暴力。神が手ずから設計したような相貌を余さず視界に入れて────。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ぶふッ」

「ふっ、フフフっ!」

 

 アルゴは堪らず吹き出した。

 一秒の間も置かず放たれた斬撃属性の視線から逃れるように、顔をパッと横に背ける。隣に座るアスナもきっと同じような反応をとっていることだろう。

 

 ⋯⋯だって、仕方ないではないか。ビスクドールのような〝完成された〟造形に刻まれた一対の三本線。素が途方もなく素晴らしいものであるからこそ、なんというか非常に『残念な感じ』に仕上がっている。むしろこれで笑わない方が難しい。

 

 数秒ほどたっぷりと強烈な眼光を叩き込んだセイバーは大きくため息を吐き、拗ねたように岩石への攻撃を再開した。

 

「⋯⋯別に、私はこのままでも構いませんけどね。どうせ兜を被るので誰にも顔は見えませんし」

「⋯⋯いえ、そんなのダメに決まってるじゃない。女の子なんだから、そこら辺には気を遣いなさい。鎧だってずっと着てるわけじゃないんだし」

「およ? オイラは四六時中ペイントをつけたまま過ごしてるケド?」

「アルゴさんは好きでつけてるだけじゃない」

「ニャハハハ。否定はしないヨ。その言い方はかなり語弊があるケド」

 

 自分の意思でメーキャップアイテムを用いたおヒゲを描き込んでいるのは間違いない。

 しかし、それはベータ時代に《鼠》としてキャラが立ちまくったトレードマークを本サービスでも継続しているからだ。つまり、商売的な実利があるからに他ならない。

 それだっていつでも外せるから、という安心感が裏にあるからこそ可能なのだ。ゲームクリアまで⋯⋯ことによると数年もの間ペイントを強制されたまんまというのはちょっと想像したくない。だからこそあのニンジャたちに教えなかったのだが。

 

「ま、そんなペイントなんてさっさと取っちまった方がいいってのには賛成だヨ。《体術》スキルの情報が欲しいってのもあるけど、こーんな美人の顔がそんな理由で拝めないなんて、かなり勿体ないからナー」

「⋯⋯⋯⋯、アルゴ、貴女なかなかキザったらしいことを言いますね」

 

 背中越しに見える耳元が仄かに色づく。これほどの美少女なのに意外と耐性(慣れ)がないのか、初心な反応だ。今度は隣から突き刺さる貫通属性の視線も相まって思わずにんまりと頬を緩める。

 

 

 一方で、内心ではセイバーの変化に浅からぬ衝撃を受けていた。

 

 アルゴにとって、《黒騎士》は絶対的な強さの象徴だった。

 幾度か闘いを共にしたことがあるから骨身に染みているが、彼女───当時は〝彼〟だと勘違いしていたが───の強さはまさしく隔絶したものだった。元テスターでも───否、元テスターであるからこそ致命的な〝変更点〟を忍ばせたクエストやダンジョンボスを難なく踏破していく背は鮮烈で、心強く感じたものだ。

 

 絶望と悲嘆に呑まれるこの世界にあって、彼女だけが唯一つ彼方に輝ける()だった。あるいは、彼女こそがこの世界を解放する英雄になるかもしれない、とすら。

 

 しかし、こうして鎧やローブといった遮蔽物が無くなってしまえば印象はガラリと変わる。

 超人じみた戦闘力や美貌はともかく、冷たい顔立ちに時折浮かぶ鮮やかな感情の発露は歳相当の女の子でしかない。昨日までは一切感じることもなかった親近感や庇護欲といった情動すら覚えた。

 

 だからこそ、惜しい。

 

「ん〜⋯⋯ンンン〜⋯⋯やっぱ勿体無いナー。セーちゃんが顔出したら絶対攻略者集団(フロントランナー)の士気も上がると思うんだけどナー。アーちゃんと組み合わされば、そりゃあもうオトコどものやる気(モチベ)が何百倍にもなって、攻略ペースも上がるかもしれないゼ?」

「はあ⋯⋯何をまた世迷言を⋯⋯」

「⋯⋯わたしは別にいいと思うけど」

 

 思わぬところから飛び出した援護射撃に、セイバーが手を止め怪訝げな顔で振り向く。

 

「正気ですか? 貴女はそういうのが嫌だからフードを被っているものと思っていましたが」

「それはそうだけど⋯⋯。でも、当たり前だけど、顔を遮るものがない方が視界が広がるし動きも良くなるもの。それは貴女も同じじゃないの?

 だったら二人一緒に外しちゃったらどうかしら。女の子のコンビってことなら、変に突っかかってくる人もそういないと思うし」

 

 

 ⋯⋯⋯早口で捲し立てるアスナは置いておくにしろ、アルゴの言葉は割と本心からのものだった。

 

 美貌、戦闘力、状況判断能力、指揮力。旗印に相応しい才覚全てを備えた彼女は、攻略者集団の間に生じた()()を埋めて余りある。彼女が先頭に立てば、真の意味でプレイヤーたちは一丸となってゲーム攻略に望むことができるかもしれない───そんな幻想を抱いてしまうほどのカリスマ性。その天賦の才を腐らせておくことに奇妙な罪悪感すら感じていた。

 

 冗談半分、期待半分。片や(よこしま)百パーセントといった二対の視線が注がれて。

 

 

 

 

「───────⋯⋯⋯私は。私は⋯⋯」

 

 意味をもたらす言葉を紡ぐことなく、セイバーは逃げるようにそっと顔を逸らし、静かに拒絶を示した。

 

 小さく息を呑む。紫雲を帯びた夕暮れに照らされた横顔は、一切の感情を削ぎ落としたような冷たい無表情だったからだ。知らぬ間に這い寄ってきた夜の空気が首筋を撫で、身震いを隠すように二の腕をさすり上げた。

 

 耳鳴りがするほどの静寂。

 揶揄うあまり、彼女の地雷に触れてしまったのか。謝罪すらできずに視線を彷徨わせていると、セイバーは彼方に見える黄金の空をじっと瞳に映しながら、思い返すようにポツポツと語り始めた。

 

「────別に、特別な事情があるわけではないのです。これはただ、私が他人(ヒト)を信じることができないというだけの話で─────」

 

 





 いよいよ投稿する度にお気に入りが減る段階まできました。いいよ、私は好きなものが描きたかっただけだから⋯⋯(震え声)。
 ただ、数日すればもとの数に戻るから不思議。たぶん登録者様のポートフォリオがより百合に洗練されていっている(?)

 あと、非常に今更ですが弊社のセイバーは原作よりも明らかにマイルドに仕上がっております。HFセイバーオルタ、FGOの各種アルトリアオルタをない混ぜにしてできあがっておりますので。水着やサンタなんかの可愛らしさ(コミカル成分)が多分に含まれております。一言で表すなら《セイバー・オルタ・リリィ》と言ったところでしょうか。
 ただ、基本的に冷血なのには変わりません。ノーマルのセイバーほどの甘さも理想もありません。ゴールのためならある程度の悪も許容します。


 さて、次話で閑話はおしまいです。内容的には8巻の《はじまりの日》ですね。サクッと終わらせて時系列を進めたいところ。


以下、本編の副音声的なやつ

体術
→劇場版でバーサーカーにアッパー決めてたシーンは圧巻だった。本作でもいつか是非やらせたい。

だってばよ
→化け狐のセイバー

私服披露
→ローブだと動きづらいから、と無理やり着せられた。アルゴはこっそり親指を立てていた。

攻略者集団
→長すぎ。しかしフロントランナーとかプログレッシブとか自称するのはあまりにもダサい。
 恐らくそんな感じで《攻略組》というネーミングに落ち着いたのではないかな、と想像する。

アスナの提案
→一応建前も嘘ではない。大好きな友人と何ら隠し立てすることなく街を歩きたい、というのが本音。

攻略者集団の亀裂
→原作同様、即座にボス攻略の顛末を把握している。当然ディアベルの離脱とキバオウやリンドについても。


アルゴの提案
→それは、あったかもしれない未来。

 攻略組の頂点に立ち、破竹の勢いで前線を押し上げる麗しの黒い剣士。付き従う万夫不当の剣士たちを統べる姿はまるで騎士の王のようだ。
 彼女の隣に立ち、戦場でも私生活でも甲斐甲斐しく世話をするのは栗色のロングヘアをたなびかせるレイピア使い。

 《鼠》はきっとその外側だ。根無草ゆえの身軽さで中層ゾーンや下層のプレイヤーたちにも攻略の種を振り撒く。いずれ彼女たちの助けになることを願って。
 それでも、フロア攻略がひと段落した日は一堂に介して秘密のお茶会を開くのだ。きっとその時には、普段の役割(ロールプレイ)なんか一切忘れて和やかな時間を過ごすのだ。攻略組の仲間としてでなく、一個の友人同士として。
 アルゴが揶揄い、セイバーが頬を染め、アスナが微笑む。そんな未来もまた、あり得たのかもしれない。

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