異聞 黒の剣士   作:こしあん

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 大変お待たせいたしました。申し訳ございませんでした。決してサボっていた訳ではないんですけどね、描き直しをたくさんしてですね⋯⋯(言い訳)。

 さて、スケルツォ編第一話です。しかしストーリーは1ミリたりとも進んでいないという異常事態⋯⋯。
 あと、スケルツォ編は割と飛ばし飛ばしいくので原作未読勢の方はこう、フィーリングで捉えて頂けるとありがたいです。劇場版は結構端折ってるところがあるのでアニメ勢の皆様も困惑させてしまうかもしれません。
 可能な限り原作を読んでなくてもわかるように描写するつもりですので、よろしくお願いします。

 ちなみにサブタイトルは仮題です。変更の可能性もありますので悪しからず⋯⋯。次の章のタイトルは決めてるんですけどね。

 最後に。
 感想評価ここすき等々誠に有難うございます。お陰様で順調にモチベーションの維持ができております。引き続き温かい目で見守っていただけますと幸いです。




第2章 宵闇の星
第9話 夕闇の決闘


 

 ────まさか、こんな時が来るなんて。

 

 全身から止め処なく吹き出す冷や汗と激しく脈打つ心臓を無理矢理意識の外に放り投げ、アスナは必死に()を睨む。

 

 正面5メートルほどの距離に相対するのは騎士めいた漆黒の兜鎧に身を包む片手剣使い。愛剣《シバルリック・レイピア+5》を正中線に構えるアスナとは対照的に、脱力した格好で長剣の鋒を床面に下ろしたままだ。

 

 しかし、それが慢心や挑発の類だとは微塵も思わない。無言の騎士から発せられる濃密な剣圧を前に、そんな反骨心を抱く余裕などあろう筈もなかった。ただこうして向かい合っているだけなのに、今にも震え出しそうな体を抑えるので精一杯なのだから。

 

 

 まだ僅かに()()があることを確認し、一瞬だけ瞳を動かして辺りを見渡す。

 決闘の舞台は第五層のテーマらしき《遺構》に囲まれた四角い広場。遮蔽物や勾配の類は一切なく、地形やギミックを用いた搦め手は期待できそうにない。もっとも、それは向こうも同じ条件であることから、この闘いは純粋な実力勝負になる。

 

 つまり、勝ちの目は殆ど皆無に等しい。

 

 

 ────そんなことは百も承知。

 何せ、対するは攻略集団(トッププレイヤー)の中でも間違いなく最強の剣士。第一層のフロアボス戦以来、ダメージらしきダメージを負うことなく常に最前線で最高火力を叩き出し続ける異次元の実力の持ち主。その強さを、アスナは誰よりもよく知っている。

 

 だが、何もせずに突っ立ったまま斬られて終わり⋯⋯⋯なんてことは認められない。そんな体たらくでは彼女の隣に立つなど夢のまた夢。

 

 何より。相棒を標榜するにはあまりにも弱々しい姿に、愛想を尽かされてしまうかもしれない────嫌な想像が脳裏を駆け抜け、強く剣柄を掴み直した。

 

 向かい合う直前まで胸中に渦巻いていた惑いは、少なくもこの瞬間に限ってはひどく薄れていた。()の騎士に剣を向ける、傷つける、或いは傷つけられる───その恐怖は拭いきれない。しかし失望されることへの恐れの方が遥かにそれを上回っていた。

 

 

 耳元で鳴り響く、ぴっ、ぴっ、という無機質な電子音。視線をずらせばカウントは既に10を切っていた。

 余分な思考を押し出すように大きな深呼吸を一つ、腰を低く落とす。弦に番られた矢のようにレイピアを鋭く引き絞った。

 

 

 ────アスナが目前の剣士に唯一勝る要素があるとすれば、それは〝速さ〟に他ならない。

 レベルアップで得られるステータスポイント。相手が筋力値(STR)に多くを振り分けているのに対し、アスナはフェンサーとして敏捷値(AGI)優先で鍛えてきた。レベル自体は向こうのが幾つか上とはいえ、純然たる事実として数値上の素早さでは開きがある。

 その上、剣士が纏うのはタンク隊と見紛うほどの重装備(フルプレートアーマー)。金属装備を最低限に抑えているアスナとは雲泥の差だ。

 

 ────開幕直後、相手より先に技を当てる。敵が攻撃するより速く、躱す隙もない最速の刺突を叩き込む。とても作戦とも言えないような単純明快な策だが、少なくとも()()()()におけるスピード型剣士の最適解。

 

 放つのは最も使い慣れたソードスキル。技は構えから悟られているだろうが、相手が反応するよりも先に身体のどこかに当たればそれで終わりだ。

 

 

 3秒。

 ほんの僅かに左に傾けていた剣先の照準を、鎧のど真ん中にぴたりと合わせる。

 

 2秒。

 ソードスキル特有の効果音とともに、刀身に輝きが灯る。薄闇を塗り潰すように純白の光芒がじわりと辺りを照らした。

 

 1秒。

 ことここに至ってなお、敵に動きはない。不気味なまでの沈黙を保ったままアスナの挙動をただ眺めているだけ。だが、凍りつくほどに研ぎ澄まされたプレッシャーは刻一刻と膨れ上がっている。

 

 0秒。

 二人の間に紫色のシステムメッセージが輝いた──────その瞬間、アスナは一陣の風と化した。

 

 

 ギリギリまで引き伸ばしたシステムアシストに合わせて床畳を蹴り飛ばし、数メートルの距離を一瞬で踏破する。高速で後ろに流れていく視界の中央に捉えるのは黒鉄の騎士ただ一人。

 

 ライトエフェクトすら置き去りにせんばかりの速度で撃ち放たれた神速の《リニアー》が、吸い込まれるように騎士の胸を貫く──────。

 

「────────ッ⁉︎」

 

 その刹那。幾つかの衝撃がアスナを打ち据えた。

 

 一つは、細剣越しに伝わる凄まじい衝撃。掌の感覚が失せるほどの痛烈なインパクトに、思わず剣を取り落としそうになった。

 

 一つは、驚愕。空に向けて虚しく光芒を散らすレイピアから、騎士の剣が《リニアー》をパリィしたのだ、ということは解る。だが、アスナの眼には肝心のその剣閃が映らなかったのだ。辛うじて見えたのは、煙るようにはためいた右腕の残像と、二つの剣が激突した際に生じたと思しき火花だけだった。

 ソードスキルに頼らぬ途方もない絶技────出会って以来何度目かも判らぬ戦慄と畏怖が駆け巡った。

 

 そして、最後の衝撃は──────。

 

「────ぅ、ぐ⋯⋯⋯⋯ッ!」

 

 腹部を真一文字に斬り裂く冷たい感覚。この世界に《痛覚》がなくてよかった、と心底感じるような激烈な衝撃を味わい、堪らず肺の空気を全て吐き出した。

 

 不可視の推進力が一瞬にして霧散し、代わりに逆ベクトルの加速度がアスナを襲う。

 ピンボールの如く撥ね飛ばされ、受け身を取ることすらできず無様に石畳を転がった。明滅する視界とぐわんぐわん揺れる脳が強烈な不快感を発生させる。

 

「─────甘いな。技の軌道が単純すぎる。ソードスキルの完成度を追い求めるがあまり、視野が狭まっている。それと、先手必勝を狙うのであればもっと早く技を発動させることです。剣が相手を裂くのが《デュエル》開始からゼロコンマ1秒でも後でありさえすれば、システム上は勝利扱いになる。律儀にカウントゼロを待っているようでは、どうぞ斬って下さいと言っているようなものだ」

 

 呻き声を漏らしながらよろよろと起き上がるアスナに、追い討ちをかけるように檄が降り注ぐ。メタリックなエフェクトを帯びた声音は、初めて会った時を彷彿とさせるほどに冷淡で、自然と全身が強張った。

 

 縋るような視線を向けるアスナに、騎士が溜息を一つ吐き、硝子の小瓶を放り投げてきた。慌ててキャッチする。なみなみと注がれた赤色の液体は、見慣れた回復ポーションに他ならない。

 

 ⋯⋯やはり、なんだかんだ言いつつ優しい。これが俗に言うツンデレというやつだろうか。

 ぱあぁっと破顔し────。

 

 

 

「では、()です」

 

 ───⋯⋯⋯目の前に現れた紫色のシステムウインドウに、すんっと表情を消す。恐る恐る視線を戻すと、黒騎士は今度こそ剣を正眼に構え気迫を灯していた。

 

「次のデュエルは、残り1秒になったタイミングに合わせてソードスキルを撃ち込んできなさい。ただし、当然私も迎え撃つのでそのつもりで。⋯⋯そら、カウントの間にそのポーションで回復して下さい」

 

 

 畏敬の念や皮肉を込めて《黒騎士》やら《ブラッキー》やらの異名をとる剣士────セイバー。

 誤解を恐れずに言うのであれば、アスナの〝憧れの人〟。この世界に生きる意味を与えてくれた唯一無二の星。

 

 半ば強引に行動を共にするようになってから一ヶ月弱、アスナはセイバーの素の部分を沢山見てきた。

 

 レストランでメニューを片っ端から頼み、その全てを平らげるほどの健啖家だったり。

 実は可愛いものが好きなのに、それを指摘すると顔を赤らめて否定したり。

 歯に浮く台詞をさらりと口にするくせに、人に言われると途端に恥ずかしがったり。

 鬼神じみた戦闘力を誇るのに、水泳だけはてんでダメダメだったり。

 

 相棒の愛すべき一面を知る度、アスナは夜中こっそりとダイアリーアイテムに【セイバー観察日記】を書き記したものだ。そしておそらく、今日はそこに新しい一文が加えられることだろう。

 

「対人戦で最も重要なのは場数だ。残り14本、みっちりと私が鍛えてあげましょう」

 

 ─────教官モードの彼女は鬼か悪魔の類である、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後。

 死闘────一方的に叩きのめされ続けただけだが────を繰り広げた遺構広場の片隅で、二人は焚き火を囲んで休憩をとっていた。夕日も月光も届かない分厚い暗闇の中、緑色がかった篝の灯りが疲弊した身体とすり減った精神を優しく解きほぐしてくれた。

 

 すぐ隣では、セイバーが火かき棒で焚き木をつんつんと突いている。淡い炎のゆらめきが、無骨な兜を取り外した彼女の凄絶な美貌をありありと映し出していた。

 

 ため息が出るほどに可憐な横顔に、普段のアスナであればぼうっと見惚れていたかもしれない。しかし、今はそんな気分にもなれなかった。体育座りのまま顔だけ横向け、じとっとした視線を送る。

 

「ひどいわ⋯⋯⋯。わたし、初めてだったのに。立てなくなるくらい何度も何度も無理やりに⋯⋯」

「誤解を招く表現はやめて下さい。────そもそも、誘ってきたのはアスナではありませんか」

「それは、そうだけど⋯⋯。想像してたのと全然違ったんだもんっ」

「だもんっ、て⋯⋯⋯」

 

 たしかに、『対人戦の練習がしたい』と申し出たのはアスナだ。

 きっかけは昨日、第四層のフロアボスを撃破し五層へと続く往還階段を上っていた際のこと。

 

 すっかりと《街開き担当》になってしまったアスナとセイバーは、例に漏れずダイスロール大会に興じる他の攻略ギルドメンバーを差し置いて石段を上っていた。

 一点だけいつもと違っていたのは、成り行きでボス戦に参加したアルゴを伴っていたことだ。

 

 ボス戦で地味ながらも大活躍し、ボスの特殊攻撃を完封してみせた彼女への労いもそこそこに、話題は次第に第五層へと移った。

 

 

 ────曰く、ベータ時代と変わらなければ第五層のデザインテーマは《遺跡》。自然地形は三割程度で、残りはすべて迷路じみた遺跡で構成されている。加えて、これまでの層とは違い縦方向にも拡張性に富んでいることも特徴的で、10キロ近いフィールド全体がダンジョンのように入り組んでいるという。

 

 何より、暗い。陽光も月光も殆ど差し込まないつくりになっているせいか、やたらと暗い。そのせいでベータの時は遺跡エリアに度々PK(プレイヤーキラー)が出没していたという────⋯⋯⋯。

 

 

 アルゴは冗談交じりにPKとの鬼ごっこを回想していたが、相棒の顔は明らかに強張っていた。果ての大扉のレリーフを睨め付ける黄金の瞳は冷気を帯びていて、ベータと同じようにこの世界でも遺跡エリアにPKが現れることを危惧しているかのようだった。

 

 いや。

 危惧ではなく、確信なのだ。彼女はこのデスゲームが幕を開けたその日から、その手の連中が現れることを予期していたのだから。そして残念ながら、それが考えすぎや杞憂の類でないことをアスナたちはよく知っている。

 

 だから、つい口に出してしまったのだ。

 五層について一段落したら、一緒に対人戦の練習をしようよ、と。

 

 

 結果はご覧の有様だ。

 しかし、ひょっとしたら彼女は勘違いしているのかもしれないが、アスナは()()がしたいと言ったのだ。決して軍隊もかくやという訓練をつけて欲しいとお願いしたつもりも、古代スパルタ式の特訓を再現してくれと頼んだつもりもない。

 

 本当はもっと、まったりとした雰囲気を想像していた。生身のプレイヤーとの戦闘経験で言えば彼女も大して変わらないはずなので、二人して色々と試行錯誤して対人戦を少しずつ学んでいく⋯⋯⋯みたいな。

 

 しかし、蓋を開けてみれば空前絶後の強さは対人戦でも顕在だった。むしろ、真正面から受ける神域の剣に彼女の規格外っぷりを再認識したくらいだ。これに関してはアスナの認識が甘すぎたと反省する他ない。

 

 ⋯⋯⋯だけど、もうちょっと優しくしてくれてもよかったのではあるまいか。《初撃決着モード》なのだからもっと軽い一撃で決めてくれるとか、デュエルの合間合間に休憩を挟むとか、倒れ込んだら気遣ってくれるとか、励ましのエールを送ってくれるとか。

 

 延々と斬り飛ばされ叱咤され続けたアスナのメンタルはボロボロだった。

 恨みがましい視線に、セイバーも思うところがあるのか気まずそうにして視線を逸らした。

 

「⋯⋯⋯たしかに、多少厳しかったことは認めます」

()()?」

「⋯⋯⋯⋯⋯かなり、キツくしてしまったことは謝罪します。

 しかし、PK集団は私など比較にならないほどに悪辣だ。《デュエルPK》を挑んでくるならまだ可愛い方で、圏外で突然襲いかかってくる可能性すらある。その時、対人戦の心得がない者────〝相手を殺す〟ことを躊躇したプレイヤーが先に負ける(死ぬ)

 ⋯⋯今のアスナにそれができるとは思えません。酷なことを言いますが、貴女は速やかにそれを身につけなければならない。犯罪者たちが貴女の成長をゆっくり待ってくれるはずがないのですから」

 

 それは、あまりにも残酷な台詞だった。そこそこ裕福な家庭に生まれ、過保護に育てられてきたアスナからすれば到底受け入れられるものではなかった。

 人を殺すとか、殺されるとか、テレビの中の世界でしかなかったのだ。ましてや、自分がそれを行うだなんて────想像するだけで意識が遠のきそうになる。

 

 デュエルの間は思考の外側に追いやっていた恐怖心が満ち潮のように戻ってきて、膝に顔を押し付けたままキュッと強く目を瞑る。焚き火が目の前にあるのに、身体の芯はどんどんと冷たくなっていくのがわかった。

 

 

 

「────⋯⋯⋯私は、貴女を失いたくない」

 

 複雑なグラデーションを帯びた声音に、跳ねるように顔をあげる。そっと伸びてきたしなやかな指がアスナの頬を優しく擽った。

 

「私は、アスナを守ります。貴女の隣にいる限り、何があっても、必ず」

 

 その声は、()()()では感じたことがないくらいに温かくて。

 だけど、込み上げるなにかを堪えるような表情は、見ているだけで胸が締め付けられるほどに悲痛だった。

 

「⋯⋯ですが、もし私の目の届かないところで不意を打たれて⋯⋯⋯アスナが、死んでしまったら。それを想像するだけで、私は─────」

 

 それ以上言葉が続くことはなかった。だが、セイバーの気持ちは痛いほどによく解った。

 だって、同じだったから。以前アスナが味わった恐怖と。

 

 

 アスナとセイバーは第一層のフロアボス戦以来コンビを組み、殆どの時間を共に過ごしてきた。

 だが、流石に四六時中片時も離れなかった訳ではない。クエストの進行上の都合や効率性の問題、あるいはほんのちょっとした偶然で短時間だけ別行動する状況は稀に発生した。

 

 例えば、そう、第三層でも。

 

 九層にまで続く大型キャンペーン・クエストの一環で、《潜入》と題されたクエストを受けた際もそうだった。タイトル通りのスニーキングミッションだったため、《隠蔽》スキルをとっているセイバーが単身森の奥深くに向かったのだ。

 

 その際、彼女は待ち伏せしていた《モルテ》というプレイヤーに命を狙われた。最初はMPK(モンスター・プレイヤーキル)で、その次はDPK(デュエル・プレイヤーキル)で。

 

 もちろん、どちらの企てもセイバーのHPバーを一ドットたりとも削ることは能わなかった。

 だが、その話を事後報告的に聞かされた時、アスナはおそらくこれまでの人生で最も激しく取り乱した。

 

 ぐらぐらと地面が波打つような錯覚や、耳鳴りのように聴覚を塗りつぶす心音の嫌な感覚。ぐちゃぐちゃになった思考と滲む視界。

 

 気付いたら、アスナは目を白黒させるセイバーを力いっぱいに抱きしめていた。彼女の生存が幻ではないと確かめるように。とにかく必死で彼女の体温を近くで感じたかった。さもなくば、彼女のアバターが目の前で四散してしまうのではないか────そんな妄想に囚われていた。

 

 その瞬間、アスナの頭の中を埋め尽くしていたのは途方もない恐怖と後悔だった。

 

 もし。もしも、モルテの《隠蔽》スキルがセイバーの目を欺くほどの熟練度を誇っていたら。敵の目論見を看破せんがため、モルテの攻撃をあえて受け入れようとしていたら。モルテがさらに卑劣な策を講じていたら。そして、その結果セイバーが死んでしまったら────。

 想像をするだけで、呼吸が苦しかった。何よりも、彼女を独りにしてしまった自分の愚かさが腹立たしくてしょうがなかった。

 

 

 たぶん、今彼女が浮かべている表情は、あの時のアスナのそれとよく似ているのだろう。セイバーもまた、アスナが死んでしまうことをどうしようもなく恐れているのだ。

 

 いつの間にか、辺りを覆っていた冷気は完全に消え失せていた。左頬を撫でる指先から伝わる温度が、胸の奥をじんわりと温めてくれた。感謝を伝えるように、アスナはその手の上から自分の指を絡める。

 

「────⋯⋯⋯ええ、そうね。わたし、強くなるわ。対人戦でも臆せず闘えるように。⋯⋯でもね、それは死にたくないからじゃないわ。貴女を守るために強くなるの」

「─────私を、守る⋯⋯⋯?」

「うん。だって、セイバーはわたしを守ってくれるんでしょ? なら、わたしがキミを守るよ。相棒(パートナー)だもの」

「─────────」

 

 たしかに、今のアスナの実力ではセイバーには遠く及ばない。攻略集団から最強コンビだなんだと持ち上げられることがあるが、その実おんぶに抱っこの状態であることは自分が一番よく分かっていた。

 

 それでも、誓ったのだ。いずれ彼女の隣に立ち、ともに歩むと。これまでの旅路で幾度となく壁の高さを痛感してもなお、あの日抱いた決意は色合いを変えながらも確実に強固になっていた。

 今はまだ遥か遠い理想(ゆめ)でも、必ずや現実のものにしてみせる。もちろん、彼女を守れるくらいに強くなって。

 

 溢れる思いの丈をぶつけるように、ひたすらにじっと金色の(まなこ)を見つめる。すると、(つるぎ)のような鋭さはみるみる内に萎んでいき、落ち着きなく揺れ動き出した。透き通るほどに白く艶美な頬はじわじわと色づき、淡い炎の反照では誤魔化しきれないくらい朱色に染まった。

 

「⋯⋯⋯⋯そうですか。まあ、期待しないで待っていることにします」

「あれ、セイバーってば照れてる?」

「ふんっ、何を戯けたことを。大層な思い上がりに、苛立ちと呆れを覚えたまでのことです」

 

 重ねた手が解かれ、ぷいっとそっぽを向いてしまう。離れていく温もりが名残惜しくて、つい目で追ってしまう。

 その視線に気付いた訳ではあるまいが、気を取りなおすように咳払いを一つして立ち上がり、再び手を差し伸べてきた。

 

「───さて、もう遅い時間になります。すっかり暗くなってしまいましたし、デュエルはまた明日以降に持ち越して、一度街に戻りましょう」

「⋯⋯⋯うん、そうね。わたしお腹ぺこぺこだよ」

「私もです。カルルインに戻ったらすぐに夕食にしましょう。以前、弟からイチオシのレストランを教えてもらっているんです」

 

 キラキラと目を輝かせるあどけない姿に口許を緩ませつつ、手を取り立ち上がる。またしても離れて行こうとする指先を、今度こそ強く握って引き寄せた。

 

 

 

 宵闇の世界を並んで進む。

 考えるのは、これから先のこと。

 

 このデスゲームに囚われてから五十日余り。頭上には未だ九十五もの層が重々しく鎮座している。さらには、攻略を妨げてでも────即ち、自分たちの命すら度外視してでも殺人に興じるような危険な集団の暗躍とも対峙せねばならない。

 

 だが、不思議と恐怖は湧かなかった。この手の温もりがある限り、どんな困難をも跳ね除けられる────そんな自信が漲っていた。

 

 

 

 

 

 全身の隅々にまで行き渡る全能感。足取りを軽やかにする多幸感。

 

 その感情につけるべき名前を、アスナはまだ知らない。

 





 いや、話の進展が一個もなさすぎない⋯⋯? イチャイチャさせてたら8,000字近く行ってたので驚き。次話もレストランだけとかで終わったらどうしよう⋯⋯。
 本当に申し訳ありません(予防線)。

 ところで、最近セイバーオルタのまま(身長154cm体重42kg)のままというのもアリなような気がしてきました。アスナが綺麗系&スタイル抜群だから華奢で可憐なセイバーの方が収まりが良さげな気も⋯⋯。
 いや、私は巨乳党のはず⋯⋯! 騙されるな⋯⋯!

 さて。次話はもう少し文章量削ってでも早めに投稿できるよう頑張ります。


以下、本編の副音声的なやつ。

シバルリック・レイピア
→この層ではチート級スペックの細剣。そのうち本編でも描写するつもりだが、原作以上に愛着を持っている。《騎士の剣》というネーミングを大層気に入ってらっしゃる。

STR優先
→ただし極振りではない。アバターを動かす信号の強さや反応速度によるブーストも限界があるため、3〜4割程度は敏捷値にも割り振っている。


→体術スキル獲得後適当に全身鎧装備を買って済ませていたが、4層にて新調した。

セイバーの剣
→既に4層でヨフィリス子爵から報酬をもらっている。そのため、武器も新調済み。
 普通に《ソード・オブ・イヴェンタイド》にしようと思っていたが、幸運Aのセイバーがアスナに劣る武器のままというのも⋯⋯と悩み中。しかしオリ武器を出していいものかという葛藤もあるので、普通にイヴェンタイドのままかも。出すとしたらシバルリックよろしくイヴェンタイドのぶっ壊れ強化版だろうか⋯⋯。

デュエルのコツ
→モルテにやられたテクニックもこれ幸いと伝授。

水泳だけはダメ
→この世界線に神秘がない以上、湖の精霊の加護はない。ゆえに、水の上に立つ、なんて芸当はできない(走ることはできるが)。
 なので子どもの頃から水泳の授業やらはやってきた筈だが────なぜか泳げない。たぶん霊基がそもそもそういうカタチをしている。

鬼か悪魔
→コーチングA(A+)

第4層フロアボス戦
→フロアボスの特殊能力《ウォーター・インフロウ》はボス部屋を水で満たして溺死させてくる、というもの。しかも扉は魔法の力で内側から開けられないという鬼畜仕様。アルゴを外に控えさせて水を排出することで無効化した。
 ちなみに、ボス戦はALSもDKBも律儀にセイバーたちを待っててくれたため、ダークエルフの助力なしで片付けた。そのため一日攻略が後ろ倒しになったが、それ以前で短縮されている部分があったため五層到達日は原作通り。

大型キャンペーン・クエスト
→ダークエルフのNPC《キズメル》との物語。アスナが56層フィールドボス攻略戦であんな提案をしたことを鑑みるに、恐らく相当なバッドエンドが待っているものと推察できて読むのが辛い。

《隠蔽》スキル
→索敵はとっていないが、ハイディングは取っている。セイバー、しかもオルタは気配遮断の方はそこまで卓抜していない。

モルテ
→PKされそうになった。もちろん返り討ちにした。プレイヤーネームが本名(マモル)からきているのかMort()からきているのかは不明。たぶんダブルミーニング。
 しかし、ということはGGOでザザが名乗ったプレイヤーネームは────と妄想が広がってしまう。

DPK
→《半減決着モード》を挑んで油断させ、イエローゾーンギリギリまで削ったところで、大技をぶつけてHP全損を狙う方法。なぜノーダメージのセイバーがそれに気づけたかはいずれ本編でも。

セイバーを欺くほどの《隠蔽》スキル
→単純な熟練度任せのハイドなら大体見抜けるが、本職の暗殺者のハイドだと流石に索敵スキルなしでは看破できない。

「わたしがセイバーを守るよ」
→何となく、アスナの立場は士郎を彷彿とさせる。士郎もセイバーには絶対に勝てないけど、彼も彼なりのベストを尽くしてセイバーを守ろうとしていたように。

照れ顔セイバー
→圧倒的な強さゆえ、頼られること/守ることはあってもその逆はなかった。あまりにも経験のないセリフを不意打ち気味に食らい、ちょっとだけ女の子らしい振る舞いをしてしまった。

お腹空いた
→お腹ぺこぺこ(少女)
 お腹ぺこぺこ(竜)
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