異聞 黒の剣士 作:こしあん
俺から言うべきことは⋯⋯何もない⋯⋯!(cv:闇の妖精王風)
嘘ですごめんなさい気付いたら一年弱経ってました本当に申し訳ございませんセイバーオルタのキャラトレースとか今後の展開とかで悩んでましたあと異動とかで仕事も忙しかったしプライベートは⋯⋯暇だったけどでもなんかお腹が痛かったような気がする。
冗談は兎も角。
正直に言えば、スランプ状態でした。書いては消し、書いては消し⋯⋯。思い通りに描写できないのがストレスで、書いてて楽しいと思えなくなってしまい暫く執筆から離れていました。
ただ、再び筆を取ったらスランプだったのが嘘みたいに楽しく書き進めることができ、若干ですが書きだめることができました。
あまりにも今更すぎて更新するかどうか悩みましたが、ほんの僅かに溜まったストック分だけちびちびと投稿して参りたいと思います。その後は⋯⋯皆様の反応を伺いつつ。
こんな拙作でも楽しんでいただけましたら幸いです。改めまして、お待たせしてしまい本当にすみませんでした。
ただ⋯⋯その⋯⋯話の展開は相変わらず一個もないんですけどね⋯⋯。
アインクラッド第五層主街区《カルルイン》はフロア南部に広がる遺跡群の中央部に築かれた街だ。遥か昔に滅んだ街を後からやってきた人間たちが再利用している、といったコンセプトらしい。
そのため、街並みも古代遺跡の名残を色濃く残すものとなっている。岩のブロックを積み上げて造られた建造物は見るからに風化しあちこちが崩れかけているし、石塀に至っては殆ど半壊していた。
かといって、廃墟特有の哀愁じみた雰囲気は微塵も感じられない。
街の中心部では革や布の天幕が張り巡らされ猥雑な活気を呈しているし、何より、下層からやってきた少なからぬ
しかし、セイバーの背はそんな熱気から逸れるように、薄暗い隘路を進んでいく。怪しげな露天が軒を連ねる裏通りを右に左に進む彼女の足取りには迷いがない。
それがアスナには少しだけ不思議だった。
「ねえ、これから行くお店の場所って弟さんからそんなに詳しく聞いてたの?」
「いえ、彼からは『カルルインの南の方』とだけ。店の正確な位置は、昨晩この街を散策している時に把握しておいたのです」
「昨晩⋯⋯⋯?」
「ええ、ほら」
どこか得意げな表情で────兜で隠れているので推測でしかないが────差し出されたマップに、小首を傾げる。アスナのそれとは違い、羊皮紙にはカルルインの街並みがびっしりと書き記されていた。
一体、いつの間に。昨夜は第四層フロアボス《ウィスゲー・ザ・ヒッポカンプ》討伐後にカルルインに直行し、転移門の有効化だけ済ませそのまま投宿したはずだ。
セイバーの類稀なる幸運による賜物か、バロック調の浴室や金細工の施されたダブルベッドが完備されたお洒落な部屋だった。ボス戦直後ということもあり、二人してはしゃいでいる内にすぐに睡魔が押し寄せてきて────。
いや。そういえば、昨日泊まった宿屋の浴槽は少しばかり手狭で、同時に入浴はしなかったんだったか。入れ替わりでお風呂に入ったセイバーをベッドの中で待っているうちに、つい微睡んでしまったのだ。
今朝起きた時には真横に愛くるしい寝顔があったので、てっきり彼女もお風呂から上がってすぐにベッドに潜り込んだものとばかり思っていたが⋯⋯。
「⋯⋯ふーん。昨日の夜、私が眠った後に主街区の探索をしてた⋯⋯ということかしら?」
「その通りです。目当てのレストランだけでなく、良さげな武具屋やクエストなども幾つか見繕っておきました」
「⋯⋯ふうぅーん」
「ああ、それと、露店を巡っている際に偶然アルゴと会いました。彼女と話をしているうちに思い出したのですが、」
「⋯⋯ふうぅぅーーん」
「この街には面白いトレジャーハントがあるそうです。ベータの時にはフロア攻略そっちのけでのめり込むプレイヤーもいたほどだとか。私も彼女とともに少し街中を散策してみたのですが、確かに楽しかった」
「⋯⋯ふううぅぅ〜〜〜〜んっ」
「もしよければディナーのあと一緒に──────アスナ?」
加速度的に急落する機嫌パラメータにようやく気がついたのか、一拍遅れてガシャガシャと慌てたような金属音がアスナの背を追いかけてきた。
「⋯⋯アスナ? どうかしましたか?」
「なにが? 別に、いつも通り、ですけど!」
本当に何も解っていなさそうな怪訝げな声に、刺々しさを隠さずに言い返す。当然額面通りには受け取られず、右隣にまで追いついてきたセイバーがこちらを覗き込んできた。
「⋯⋯何か、気に障るようなことを言ってしまいましたか?」
「べっつにー?
嘘ではないが本音でもないことを言い捨て、縮まった距離を引き離すように脚に更なる力を込める。
振り切らんばかりのアスナの速度に、セイバーも小走りで追い縋ってきた。
「それは⋯⋯誘おうとしたのですが、アスナは眠っていたので⋯⋯。ですが、圏内からは一歩たりとも出ていません。貴女が私の身を心配してくれて怒っているのならば、それは不要な憂慮です」
「そんな心配してませんけど!」
「では、何に憤っているのですか。
「そんなのッ──────」
慌てて口を塞ぎ、反射的に出かかった言葉を飲み込む。
「?」
「〜〜〜〜〜ッ!」
ぼふんっとサウンドエフェクトでも発生してしまいそうなほど紅潮した頬を隠すように、俯きながら無心で足を動かす。
背後でセイバーが焦ったように何事か喚いているような気がするが、今のアスナにそれを聞き取るほどの余裕はなかった。
────自分の知らない彼女の一面が増えるのが嫌だった、とか。
たとえ
あるいは夜の街で悪い虫がつくんじゃないかと不安だった、とか。
友人に抱くにしては随分と粘着質で重たい独占欲や嫉妬心。そんな
「アスナ」
⋯⋯⋯だが、そんな不安や心配に苛まれるのも歴とした理由がある。
なにせ、セイバーときたら意外にも
「アスナ? 聞こえていますか?」
もっとも、アスナとてそのお陰で彼女と仲を深めることができ今に至るのだが⋯⋯最近その輪が徐々に広がってきているような気がする。
アルゴは言わずもがなだが、キズメル、エギルとその一行(通称アニキ軍団)、ネズハ、ディアベル⋯⋯。
中には一部セイバーに対して“よからぬ感情”を向けていると思しき者もいるのだ。危機感のないセイバーに不安や苛立ちを感じるのも無理からぬことだろう。
「アスナ!」
要注意人物は他にもいる。
アスナはまだ会ったことはないが、第一層にいるというセイバーの
以前、攻略情報の共有も兼ねて単身セイバーが件の男を訪ねたことがあった。それだけでかなりヤキモキし、彼女が帰ってくるまでソワソワしっぱなしだったのだが、レストランの個室で食事をしながら談笑してきたと後から聞かされた時は目眩を覚えたものだ。
かつて「誰も信用できない」などと嘯いていた姿は幻覚だったのだろうか。交友関係を広めるのも深めるのも咎めるつもりは無いが、もう少し危機感を持って欲しいというのが相棒たるアスナの切実な願いだった。
「⋯⋯本当に聞こえていないのですか? アスナ、前!」
そもそも彼女は男という生物がどれだけ危険で本能的な生き物なのか理解できていない節がある。
同性のアスナですら時折くらりとくるくらいの容姿が男の目にどう映っているのか、もっと自覚というものを──────。
「アスナ! そっちは行き止まり、壁です!」
「へ? ふにゅ────ッ」
反射的に顔をあげたその刹那、視界に紫の光が飛び散った。
来た道をそのまま数分ほど逆戻り、さらに幾つかの木戸やらアーチを潜り抜けながら進んだ先。
細い道の突き当たりの石壁に取り付けられた木製の扉の前で、アスナはほうと息をついた。
「⋯⋯ここが目的のレストランね。こんなに入り組んだところにあるのに、弟さんよくベータのときに見つけられたわね」
「ええ、たしかに。⋯⋯ところでアスナ、先ほどのあれはいったい────」
「ここが目的のレストランね。こんなに入り組んだところにあるのに、弟さんよくベータのときに見つけられたわね」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
壊れたテープレコーダーに徹しつつお店の外観を眺める。
温かなランタンに照らされた扉の手前には、カフェでよく見かけるような小さなイーゼル風の看板が立っている。黒板のようなボードの上部には、筆記体で英語が彫刻されていた。
【Tavern Inn BLINK & BRINK】。それがこのお店の名前らしかった。
Tavernはたしか、バーとかパブとかそんな意味だったはずだ。後ろのInnから察するに、宿屋も兼ねているのだろう。綴りの異なる二つのブリンクは────。
「Lのブリンクは《瞬き》とか《点滅》のことだったかな⋯⋯Rの方はなんだっけ?」
「⋯⋯⋯、ブリンクの意味は入ればすぐに解ると思います。と言っても、私もまだ店の中には入ったことはないのですが⋯⋯」
セイバーが鋳鉄のリングを握り、ぐいっと引っ張り扉を開ける。途端、店の中から冷たい風が吹き寄せるが、さりげなく前に立っていた漆黒の鎧が殆どを遮ってくれた。
⋯⋯⋯なんというか、もし彼女が自分と同じような女子校に居たらかなり
天然無意識オウジサマの庇護から脱し、中を覗き込む。
入り口の印象からそう違わず、店内はお洒落なカフェのような四角いテラスになっていた。石造りの遺構と温かい木目の壁が丁度いい具合に溶け合っていて、なかなかに素敵な雰囲気だ。隠れ家的、というフレーズがしっくりくる。
キョロキョロと視線を左右に振って内装を眺めていると、不意に軽やかなサウンドエフェクトが鳴り響き視界の端で鈍色のパーティクルが散った。
「え⋯⋯? セイバー?」
驚いてそちらを見遣れば、燐光を幻視するほどの美しい
⋯⋯⋯たしかに、相当な僻地に建っているせいか店内にアスナたち以外の客の姿はない。だから兜を外すのは然程おかしなことではない。
しかし、普段の彼女なら万が一にも顔を見られたくないからとフードの一つくらいは被るものだが。
目をぱちくりとさせていると、セイバーが黙して歩き出した。どこか逸るような足取りに、慌てて追いつく。
石敷きのテラスを横切り、鉄製のテーブルの間を抜け、正面の突き当たりまで移動する。その間もセイバーの視線はずっと前方に固定されたままだ。
ぼうっと立ち止まったセイバーを訝しく思いながらも、釣られるようにアスナもそちらに顔を向けて────。
「────⋯⋯⋯なに、これ」
掠れた声で、そう独りごちた。
「空、ですね⋯⋯⋯」
そう。それ以外にこの光景を表現する言葉は存在しない。視界を埋め尽くすのは、無穹の空だった。
夕陽の茜から始まり、青紫、藍、濃紺、薄墨のような漆黒へと移ろう広大な夜空。狭間に無限のグラデーションを織り混ぜた、あまりにも幻想的な大パノラマ。
見上げれば、無数の宝石を割り砕いて塗したかのような満天の星空。見下ろせば、空の色と星明かりが優しく溶け合った雲海が淡い輝きを放ちながらゆっくりとたなびいている。
総身が痺れ上がるほどの絶景に、感嘆の息ばかりが漏れた。
──こんなものはナーヴギアが生み出したまやかしに過ぎない、と。
あるいは、ほんの数週間前までのアスナであれば、この景色を見てもそんな風に冷めていたのかもしれない。
だが、今のアスナは素直にそれを美しいと感じることができた。言わずもがな、それは隣に立つ相棒のお陰だ。
「すっごく、綺麗⋯⋯⋯⋯わたし、
呼吸が、止まった。今度は声も出なかった。
外周部から吹き荒ぶ風の唸り音が瞬く間に遠下がっていく。七色に輝いていた視界が途端に褪せていく。モノクロになった視界で、彼女が────セイバーだけが鮮やかに華やいでいた。
天球のどの光点よりも凛然とした輝きを放つ黄金の煌めき。向かい風に煽られて舞い散る砂金で結われた糸の束。星の瞬きを反射する艶のある白。
あまりにも美しい、その横顔を。
ひたすらに見入り続けた。
それは単に浮世離れした美しさに見惚れていたのではなく、それがアスナの記憶にはない表情だったから。眉を下げ、目を細めて、唇を引き結ぶその表情を一言で表すのであれば⋯⋯⋯郷愁、だろうか。
ゆっくりと顔を前に戻す。じっと星空を眺め、彼女の顔の理由を悟った。
夜空の中央に並ぶ
いや、多分ディテールは異なるのだろうが、恐ろしいほどの再現度だ。ふと、母方の故郷で過ごした幼い頃の記憶が蘇った。恐らくは彼女もまた向こう側での思い出を懐古しているに違いなかった。
胸の奥が締め付けられる。
しかしそれは、望郷の念だけでは決してない。彼女があんな表情を浮かべている────当たり前の筈のその事実に、形容し難い動揺が走る。思考が霧のように霞がかかる。
こうして並び立って空を眺めていても、現実世界のアスナとセイバーは遥か遠く離れた場所に居る。ナーヴギアを被り、病院のベッドに横になった状態で。
もし。もし仮にいずれ二人とも現実世界に帰れたところで、向こう側でこうして共に過ごすことは無い。住んでいる場所も全然違うし、何より取り巻く環境が違いすぎるだろうから。
このデスゲームから脱出したアスナを待つのはきっと、勉強漬けの毎日だ。一年か、二年か、或いはもっとか。それだけの期間も寝たきりで過ごしたのだから、かつてのようなエリートコースを歩むことは難しいだろうが、それでも〝あの人たち〟は躍起になってアスナを
遅れを取り戻すために沢山勉強して、習い事もやって、ある程度の高校に行って、超難関とされる大学に入って、実家の息のかかった企業に就職して、20代のうちに血統書付きの誰かとお見合いして、結婚して、いずれは子供をつくって────⋯⋯。
現実世界に帰還してからのアスナの────結城明日奈の人生に、セイバーの関わる余地など一片たりともありはしない。そのうち、SAOでの思い出を振り返ることすら無くなるかもしれない。
⋯⋯⋯⋯それは、驚くほど悲しいことで。そんな未来を想像するだけで、痛いくらいに心が音を立てて軋んだ。
ゆえに、アスナは郷愁を抱かない。抱けない。それがこの世界に囚われたすべての人たちへの、酷い裏切りだと解っていても。
────彼女は違う。多分、現実世界では〝普通の女の子〟だったのだ。向こうに帰れば彼女を待っているのは平凡で幸福な日常で、それこそがあるべき姿なのだ。そこにもまた、アスナの入り込む間隙は存在し得ない。
きっと、その隔たりこそが胸の奥に突き刺さる棘の正体。
────ああ、今なら少しだけ⋯⋯⋯ほんのごく僅かにだけ、あの黒ポンチョやモルテたちのことが解ってしまう。
ベクトルは全く異なるものだけれど。色んなものを切り捨ててでも、何か一つ信じられるもののためにこの世界に居続けたいという、その醜悪極まるエゴイズムが。狂気とも言えるようなその悍ましき感情が、少しだけ理解できてしまう。
強く瞑目し、かぶりを振る。これ以上思考を続けてはいけないと、そう直感した。その先を見つけてしまったら、この世界で頑張り続ける意味を失ってしまうから。決定的な終わりに至るような気がするから。
一つ息をつき、自然と俯いていた顔をあげる。いつの間にかセイバーの金瞳はこちらを向いていた。その眼差しには確かな思慮の念が見える。
「────⋯⋯⋯あー、そっか。BLINKは《まばたき》でBRINKは《崖っぷち》だったわね。お店の名前、日本語風に訳すると⋯⋯⋯どうなるのかしら」
「⋯⋯ふむ。それはなかなか難しい問いですね。英名は原語のままでいいのではないですか」
「あっ、それネイティブっぽい。じゃあ普通に《ブリンク&ブリンク》ね」
取り繕うような微笑みと強張った声色をいつものそれに軌道修正しつつ、テラス席の中でも一際外周に近いテーブルの椅子を一つ引く。戯けたようにボウアンドスクレープを披露しながらウインクすると、囁き笑いをこぼしながらセイバーが腰掛けた。
「さっ、ご飯にしよ。一応聞いておくけど⋯⋯⋯どれにする?」
「メニューの端から端まで。二人前頼んでも大丈夫です」
「ふふっ、やっぱり。じゃあ、そうしよっかな。食べられない分は任せてもいい?」
「もちろんです」
アスナも席につき、ウェイトレスを呼んで注文を行う。金持ちの道楽の如き常識外れのオーダーも、当然だがNPCは顔色ひとつ変えずに承る。
⋯⋯心なしか頬が引き攣って見えたのは気のせいだろう。
「楽しみねっ」
「ええ、とても」
言葉少なげな返し。その語調が帯びる隠し切れない喜色に、アスナはやっと自然に微笑むことができた。
「もっきゅもっきゅ」
目の前にはブラックホールがあった。人間大の奈落だ。外見は非常に可愛らしい造形をしているが、その実、身の裡には虚数空間が広がってるに違いない。
「もっきゅもっきゅもっきゅ⋯⋯」
葉自体がマヨネーズ風味を孕んだサラダ、煮えたぎるグラタンのスープ、比喩抜きで口の中でとろけてなくなるチキン────テーブルに所狭しと並べられた料理の数々が、瞬く間に小さな孔へと飲み込まれていく。その恐るべき速度たるや唯一つの吸引力さながら。
───ぼうっと対面の様子を眺めていると、果てのないウロの宿主がこてんと
「⋯⋯? どうかしましたか?」
「う、ううん。なんでもない」
「?」
何度も目にしてきているものの、それでもやっぱりちょっと信じられないような光景に、ついつい眺め入ってしまった。
女の子に用いるにはあまりにも失礼な評定を悟られぬよう、フルートグラスを口元に運んで誤魔化す。
リスのようにパンパンになった頬を忙しなく動かすセイバーを盗み見ながら、アスナもカトラリーに手を伸ばした。
餅のような弾力のリコッタや麻辣っぽい酸味の効いたアヒージョ、シナモンがアクセントのエスカベッシュ。仮想空間ならではの独創的な味わいを堪能する。
夢中になって食事に没頭しているうちに、わんこそばの如くやってきたお皿の数々も気づけばもう殆ど無くなっていた。
「ふう⋯⋯美味しかったぁ。すっごい絶景で料理も美味しいし内装もおしゃれだし、アルゴさんの本に載ったらすぐに混み出しそうね」
「実際、ベータの時は相当な人気ぶりだったそうですよ。一時は開店前から行列ができるほどだったのだとか。⋯⋯もっとも、彼らの目当ては“これ”がメインだったようですが」
「“これ”って⋯⋯デザートのこと?」
セイバーが示したのはウェイトレスが最後に運んできたブルーベリータルトだ。名前はたしか《ブルーブルーベリータルト》。
「見た目は普通のブルーベリータルトだけど⋯⋯あ、もしかして《トレンブル・ショートケーキ》と同じ?」
「そう、
第二層主街区キリバスのレストランで食した、現実世界であれば文字通り震え上がるほどのカロリーを有するであろう生クリームを載せたバフつき巨大ケーキの思い出が蘇り、限界を迎えていたはずの胃袋が途端に軽くなる。
もっきゅもっきゅと先に食べ始めたセイバーに倣い、アスナもタルトの三角を切り分け口に運んだ。
「あ⋯⋯おいしい」
爽やかな酸味を帯びたブルーベリーの甘味と濃厚なカスタードクリーム、さくさくとしたタルト生地のハーモニーに思わず感嘆が漏れる。巨大ショートケーキの暴力的な甘さとはまたベクトルの異なる味わいで、あっという間に食べ終えてしまった。
最後の一切れを口飲み込んだその瞬間、視界の左上に見慣れぬ支援効果アイコンが点灯した。四角く枠取りされた目のマーク⋯⋯恐らくは視覚効果に作用すると思しきバフである。
「このバフ、どういう効果なの? 暗い層だから夜目が利くようになるとか? あんまり変わった気がしないけど⋯⋯」
「違います。そうですね、例えば⋯⋯ほら」
言われるがまま、テラスの端っこの方に視線を向ける。すると、石畳の上で“何か”がぼんやりと光っているのに気が付いた。
「⋯⋯⋯あそこに、何か⋯⋯」
遠目でもはっきりとわかるほどの光源。入店時には夜景に見入るあまり、違和感を見逃してしまっていたのだろうか。
疑問符を浮かべながらとてとて歩み寄り、件の発光物を拾い上げる。
小さなコインだ。アインクラッドの街中でこの手の落とし物を見かけることは稀にあるのだが、掌の上のコインは日頃から見慣れたコル硬貨────浮遊城が象られたそれではなく、見慣れぬ紋章の古ぼけた金貨だった。不思議な光源はアスナが触れた瞬間に消えてしまっている。
テーブルに戻り、コインを机の上に置く。
「見たことがないコインね。これがさっき言ってたトレジャー要素?」
「その通り。《遺跡》というテーマの通り、この層には太古の遺構を感じさせる街並みやダンジョンの他に、こういった遺物が街中のあちこちに落ちているんです。これこそがカルルイン名物、《遺物拾い祭り》です。アルゴのガイドブックが出たら、下層からプレイヤーが大挙してやってくるでしょうね」
「へぇぇぇ⋯⋯」
「しかし、本来街中に落ちている小さなオブジェクトを発見するのは非常に困難です。しらみ潰しで足元に『しらべる』をするようなものなのですから。加えてアスナが先程言った通り、この層はやたらと暗い。⋯⋯そこで、これです」
セイバーがガントレットでテーブルをとんとんと叩く。すっかり空になったお皿を一瞥し、なるほどと頷いた。
「そっか。コインが光って見えたのは《ブルーブルーベリータルト》のバフ効果なのね。たしかに、これがあるのと無いのじゃ全然効率が違うわね⋯⋯」
「《遺物発見ボーナス》というバフです。効果時間は一時間、カルルインの街中と地下に落ちている遺物が遠目から光って見えるというものです。コインだけじゃなく、宝石類や指輪やネックレスなんかのアクセサリーも光って見えて────」
「宝石? アクセサリー?」
セイバーの解説を遮り、彼女の躰を無遠慮に検分する。脳内では演算能力全てを用いてセイバーのコーディネートをシミュレートしていた。
まだまだ低層なためか、装飾品の類のドロップ率は最前線でもそう高くない。特に、オシャレだったり可愛らしいものは本当にごくごく僅か。
セイバーの私服コーデを考える時は───プライベート設定可能な宿屋かインスタンス・マップのダークエルフの領地くらいでしか披露の機会はないが────歯痒い思いをしたことも一度や二度ではない。
「────わたしも遺物拾い祭り、やりたいっ!」
気付けば、アスナは立ち上がりセイバーの腕を取っていた。ぽかんと口を開けるセイバーを引きずるようにしてお店の扉に向かう。
慌てたようにウインドウを操作し、ヘルムで美貌を隠したセイバーが困惑の声をあげた。
「そ、そんなに焦らずとも⋯⋯効果は一時間もありますし」
「たったの一時間でしょ? それに、限定メニューなら明日もタルトを食べられるかは解らないじゃない。ほら、急ごっ」
忙しなく視線を左右に走らせながら路地裏を歩く。
セイバーはくすくすと柔らかい笑みをこぼし、諦めたように肩を竦めた。
「街中では広場や神殿なんかによく落ちているそうです。⋯⋯ですが、トレジャーハントの本命は街の下に広がる地下墓地。そちらの方がより沢山、かつレアリティの高いアイテムが落ちているそうです」
「そうなの? じゃあ、そっちにいきましょ!」
会話の中で登場したとある単語にそこはかとない嫌な予感を感じながら、今度はセイバーのエスコートで街の北の方に向かう。
寒空の下。
不揃いのリズムを刻む靴音をBGMに、アスナは半歩分だけ
以前アンケを取った際、プログレッシブなぞるとエタるかも〜などと冗談半分に言ってましたが、まさか本当にその罠に陥るとは⋯⋯。アンケート結果無視してスケルツォに突っ込んだ間抜けが私です。
以下、本編の副音声的なやつ。
第四層
→泳げないセイバーにとっては非常に難易度の高いフロアだった。船の上の戦闘も、落ちた際のリスクが脳裏を過って満足に戦えなかった模様。
セイバーの類稀なる幸運
→ダンジョン内でも平気でレアドロップを引いたり未発見の宝箱を発見したりする。
宝箱では時折アラームトラップを引いたりするが、その場合も撃破報酬でレアアイテムを手に入れることが多い。
お風呂とベッド
→宿屋では大抵一緒の部屋(全年齢)。
「友人同士で一緒にお風呂に入ったり寝たりするのは普通でしょ?」とはアスナの談。
セイバーの交友関係
→アスナを除けば、セイバーの素顔を知っているプレイヤーは、エギル、アルゴ、ネズハ、ディアベル、クラなんとかさん。ディアベルとは一層攻略後に面識を持った⋯⋯のだが、本編中で描く予定は特にない。
大切な友人
→悪趣味なバンダナを巻いた落武者風の男。全く認知していないところで一方的に敵意が募っている可哀想な人。
もしセイバーが女子校にいたら
→完全に女子校の王子様。もっとも、共学の中学でも似たような扱いだったが。
なお、中身は意外と乙女なので彼女を攻略するなら女の子扱いした方が好感度が上がる。
普通の女の子⋯⋯?
→父方の実家は超大富豪だが、絶縁状態。剣道では練習・公式戦通じて無敗を誇るが、高校で続ける予定はない。これはもはや一般人と言っても過言ではないのでは?
ぼやけ文字
→見にくくてすみません。
そんなつもりなかったのに、なんか闇落ちフラグみたいになってしまった⋯⋯。
もっきゅもっきゅ
→やっと出せた⋯⋯。これを本編で描きたいがためにスケルツォ始めたまである。
当然、毎食とんでもない食費がかかるが、上述の幸運Aによって獲得したアイテムの売上でなんとか賄っている。
アスナは「まあ仮想空間だからこんなに食べられるのよね⋯⋯」と思っているが、リアルでも全く変わらないブラックホールであることを知るのはまだ先の話。
トレンブル・ショートケーキ
→現実であれば胃もたれ確定の超巨大ショートケーキ。セイバーはいたく気に入っており、キリバスにいた頃は一日二皿食べていた。
遺物拾いに眼を輝かせるアスナ
→セイバーは、「そんなにアクセサリーが好きなのか⋯⋯」と勘違いしている模様。