異聞 黒の剣士   作:こしあん

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 感想評価ここすき誤字修正等々誠にありがとうございます。

 ギリギリ11/6に間に合いませんでした⋯⋯。申し訳ない。
 定時とは言わずとも、19時くらいに上がれば帰って編集校正していつも通りの時間(21時くらい)に投稿できる公算でしたが、会社を出た時には既に22:30を回っておりました。今日ほど第二魔法の存在を渇望したことはありません。

 一日ズレましたが、誤差ということでお目溢しいただけますと幸いです。

 今回はセイバー視点です。




第13話 闇に踊る

 

 緑色の軌跡を描きながら高速の斬撃────片手直剣突進系ソードスキル《ソニックリープ》が甲高い唸りを伴って上段から迫りくる。

 

 予想よりも一秒程早く発せられたその一撃を、しかしセイバーは《バーチカル》で難なく迎撃した。確かに意表を突いた奇襲ではあったが、セイバーの超直感と反応速度を突破するほどではなかった。

 

 ライトグリーンの閃光とペイルブルーの光芒が空中で激しくぶつかり合い、爆発したように轟音と衝撃波が空間を席巻する。

 右手から伝わる重みは、明らかにシステムアシスト任せで放たれた技ではなく、モーションに合わせて身体を動かして威力をブーストしたものだ。

 

「⋯⋯ッ!」

 

 しかし、拮抗は然程長くは続かなかった。ライトエフェクトを置き去りにせんばかりに振るわれた神速の剣は、突進力と慣性力を相殺してなおモルテの一撃を徐々に押し返していく。

 

「シィ⋯⋯ッ」

 

 一際大きな金属音と共に、セイバーの剣がモルテを弾き飛ばした。

 しかし、手応えはやけに軽い。ソードスキルが発する特有の斥力に身を任せ、あえて後ろに跳ぶことでダメージを回避しつつ距離も取ったのだろう。自分から勝負を吹っかけてくるだけあって、流石にある程度対人戦の心得はあるようだ。

 

 ザザッと河原の丸い石を蹴り飛ばしながら後退したモルテに、今度はセイバーが斬りかかる。

 

「ハァ────ッ!」

「⋯⋯ッ、シャァア!」

 

 壁戦士(タンク)クラスの重装備を物ともしない速度で踏み込み、逆袈裟に一閃。

 ソードスキルに匹敵するほどに加速した斬撃は、ギリギリのところで割り込んできた剣の峰で防がれた。

 

 軌道が逸れ、顔に垂れ下がるコイフの端を掠めて遠ざかる鈍色の剣尖。モルテの口許が僅かに吊り上がる。

 しかし、その笑みは直後に凍りついた。彼が剣を引き戻すよりもずっと早く、黒鉄の刀身が頭上で月光を反射し獰猛な輝きを放っていたからだ。

 

 上段まで跳ねた剣を空中で一瞬だけ静止、練り上げたエネルギーを雷光の如き速度で敵の刀身へと叩き落とす。

 

「ぐ、ぁ────⁉︎」

「ふッ!」

 

 堪らず膝を折ったモルテ目掛けて、セイバーの腕が煙るように閃いた。一拍のうちに上下左右から放たれた幾重もの剣閃が鱗片鎧(スケイルアーマー)ごとアバターを斬り裂き、モルテのHPを容赦なく削る。

 

 鮮血じみたダメージエフェクトが宵闇を染め上げ、チェーンコイフに隠された口許を照らし出した。そこにはもはや数秒前までの人を食ったような笑みなどどこにもなかった。

 驚愕と不快感、そして隠しようのない殺意で野生的に歪んでいる。

 

「ショァァ!」

 

 甲高い叫び声とともに、首元と両肩に鋭い突き(スラスト)が撃ち込まれる。先の一合で慢心は完璧に消え失せたらしく、怒涛の勢いで攻撃が迫り来る。

 

 器用に鎧の継ぎ目を狙って殺到する刺突を次々とパリィする。

 二つの剣の軌道が重なる度に宙でオレンジ色の火花と強烈なインパクトが生じ、その度に威力に劣るモルテの長剣が僅かに後方に流される。

 

 必然、剣を引き戻すために攻撃のテンポは徐々に遅れていく。コンマ数秒の間隙を一つたりとも見逃さず、カウンターに烈風を纏った斬り払いを繰り出す。

 

 最初こそ紙一重のところ防がれていたが、こちらの手数が勝るにつれて捌ききれなくなった攻撃が頬や脇腹に赤いラインを残していく。

 目まぐるしく踊り狂う剣舞を前に、モルテが攻撃に転じる余地はすぐになくなった。今や防御姿勢と苦し紛れのバックステップでひたすら耐え忍ぶばかりだ。

 

 脇構えで一際剣を引き絞り、腰を低く落とす。強烈な剣気を察したのか、モルテは即座に刀身を左に翻し────。

 

「ッ⁉︎」

 

 注意が疎かになった足元を、青白いライトエフェクトを帯びた蹴りで払いのけた。

 単発水平蹴り体術スキル《水月》。完全な意識外、かつ恐らくは初見の攻撃技にモルテはなす術もなく身体を宙に泳がせる。

 

 勢いそのまま、回し蹴りの要領で独楽のように一回転する。水月の技後硬直を回転エネルギーでソフトランディングさせながら、生まれた捻転力を足先から剣先へ余すことなく注ぎ込む。

 

「はぁぁあッ!」

「ぎ────ッ⁉︎」

 

 高速で転じた視界の先、地に倒れ込まんとするモルテの胴に渾身の袈裟斬りが迸った。

 ピンボールのように地面をバウンドしたモルテのアバターが、水飛沫をあげながら浅い川の中に突っ込む。視界に映る敵のHPバーは減少を続け、遂にはイエローゾーン(勝利条件)ギリギリにまで達した。

 

 ふらふらと立ち上がるモルテに油断なく近付きつつ、口を開く。

 

「張り合いのない。この程度か?」

「⋯⋯アッハ。いえいえー、自分で言うのもアレですけど、これでもメチャクチャ善戦してる方だと思いますよぉ? さっすが前線組最強の《黒騎士》さん。お噂はカネガネでしたけど、こんなに激ヤバとは思ってませんでしたよー。ワンチャンあるかも⋯⋯とか妄想してた自分が恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいです。ひょっとして改造ツールとか使ってたりしますぅ? だったら納得なんですけどねー、あははー」

「⋯⋯口では張り合う気も起きんな」

 

 相も変わらぬぬるぬるとした弁舌に、すぐさま話しかけたことを後悔し、黙って剣を右肩に担ぐようにして構える。

 

 モルテが最初に選択したのと同じ単発突進技《ソニックリープ》。刀身が鮮やかな黄緑色のライトエフェクトに包まれ、不可視の推進力が暴風となって吹き荒ぶ。

 

「⋯⋯ッ」

「⋯⋯?」

 

 左足が地を蹴り付ける、その刹那。一瞬だけ視線を左上にスライドさせたモルテの口許が引き攣ったのが、セイバーの目に映った。

 明白な焦りの表情。それ自体はそう変な反応ではない。セイバーのソードスキルがモルテの体のどこかを掠めればそれで勝負(デュエル)は終わりなのだから。

 

 しかし、奇妙な違和感があった。確証はないが、モルテはたとえ惨敗を喫してもへらへらと笑いながらとっとと退散するようなイメージだったからだ。

 

 システムアシストが背を叩き、剣を振りかぶりながら地の上を飛翔するように間合いを踏破する。

 何十倍にも圧縮された一瞬の中で、セイバーの思考は剣技を冴え渡らせることよりも違和感の正体を探る方に処理を割いていた。

 

 何だ? 何を焦っている?

 もしこれが命をかけた戦い────HPがゼロになるまで戦う《完全決着モード》のデュエルであれば理解できる。彼の目にはソニックリープは死神の鎌さながらに映っていることだろう。

 

 しかし、今回の設定は《半減決着モード》。HPが50%を下回った時点で終了する。万が一にも死に至ることは───⋯⋯。

 

「──────」

 

 モルテは何を見て表情を変えたのか。

 セイバーのソニックリープとその軌道、そして視界の端に映る己のHPバーだ。

 

 瞬間、一つの仮説が電撃を伴って脳裏を過ぎった。

 

 セイバーはデュエル自体これが初めてだ。ゆえに、デュエルの詳細な勝利条件までは知らない。半減決着と言うくらいだから、HPが五割になった瞬間に終わるのだと考えていた。

 

 しかし。もし、HPが半減したその瞬間にシステム的保護が働くのではなく、HPを五割以上減らす攻撃がヒットした時点でデュエルが終了するのであれば。

 

 仮に、1000あるHPが510残った状態から、一撃で510以上のダメージを喰らえば。

 当然デュエルは終了する。だが、喰らった方のHPはゼロとなって死に、相手は決闘の勝利とともに殺人という結果をも得るのではないか? 《半減決着》という一見安全なルールのもと、合法的なPK────DPK(デュエル・プレイヤー・キル)が成立するのではないか⋯⋯?

 

 そう、例えば今この状況のように────。

 

「────ッ!」

 

 クリティカルポイント(首元)へ 迫るソニックリープ、最大(+8)まで強化された愛剣《アニール・ブレード》、十分な助走、システムアシストへのブースト。

 この一撃がクリーンヒットすれば、ひょっとしたらモルテのHPは消し飛ぶかもしれない。

 

 不意に降って湧いた殺人の可能性が、セイバーの思考に霞をかけ、指先を僅かに鈍らせる。ゆえに、敵の行動への注意が疎かになっていた。

 

 風の唸り声に混じって、ばしゃっという水音が耳に届いた。

 急速に迫るモルテの身体を遮るように、無数の水滴が現れ視界を覆った。タイミングを見計らって右足で川底から大量の水を蹴り上げたのだろう。

 

「この程度の足止めで⋯⋯!」

 

 ゼロコンマ数秒早く剣を振り下ろす。殆ど無に等しい手応えとともに水のカーテンを斜めがけに切り裂き、僅かに下に逸れた切先が胸元に食い込む─────。

 

「なにっ?」

「ア、ハァ──ッ!」

 

 ────その寸前、突如としてモルテの左手に鋼鉄の輝きが現れる。

 直後、爆発したようなハレーションが目を焼いた。

 

 ソニックリープが弾かれ、身体が大きく後ろに仰反る。同様に1メートルほど後退したモルテの左腕に装備されているのは、一秒前までは存在しなかったラウンド・シールド。

 

 極限まで鋭くなった動体視力が、薄れゆく紫色の残光を捉える。恐らくはワンタッチで装備変更を可能とする武器スキルmod《クイックチェンジ》。

 であれば、間違いなくメインアームも変わっているはず。体の陰に右手を隠しているのがその証拠だ。

 

 一秒にも満たない間隙。先にディレイから回復したのはモルテだった。

 

「シャオオッ!」

 

 これまでの鬱憤を吐き出すような鋭い気勢を迸らせ、右手を高速で走らせる。刀身にはもちろんソードスキル特有のライトエフェクト。

 

 滑るような剣光が迫る。先までの突き攻撃で慣れた眼を嘲笑うような横薙ぎの一閃。

 一瞬遅れてディレイ状態から回復したセイバーは、後ろに倒れ込むようにしてその凶撃を何とか避ける。

 

 しかし、露わになったモルテの新武器────片手用斧(ワンハンドアクス)に宿るライトエフェクトは消えていない。二連撃以上のソードスキル。遠のく視界の中でモルテの口許がニタリと歪んだ。

 

 続く二撃目が転倒(タンブル)状態のセイバーの首筋を切り裂かんと迫る────⋯⋯。

 

「セァ────ッ!」

「ショ⋯⋯ァァア⁉︎」

 

 ───その刀身の横っ腹を、イエローの光芒を纏った鉄靴の爪先で思い切り蹴り抜いた。眩いオレンジのパーティクルと共に、斧の軌道が上に逸らされる。後方宙返り蹴り技《弦月》だ。

 

 弦月の余勢を利用してバク転、立ち上がる。追撃をかけてくるならその瞬間に一刀に伏せるつもりだったが、生憎モルテは蛇のような動きで数メートルほど距離を取り、注意深くこちらを観察していた。

 

「⋯⋯いやー、びっくりびっくりー。結構不意打ちだったと思うんですけどねー。流石だなぁ。さっきのもそうですけど、その蹴り技ってベータの時ちょろっと噂になった《体術スキル》ですかぁ? どこでスキル覚えられるか訊いたら、教えてもらえちゃったりしますぅ?」

「それは無意味だ。貴様がここから立ち去ることも、ましてやそこまで足を運ぶこともないのだから」

「へえ⋯⋯そぉですかぁー」

 

 手遊びに斧を右の指先でくるくると回すモルテの口許が冷たい笑みを帯びる。言葉の意味が伝わった様子を見て、セイバーは己の予想を確信に変えた。

 

 セイバーがDPKの可能性に思い至ったのはモルテの焦りを見て取ったからだ。それが意味するところは、モルテが半減決着モードの穴をついたPKのロジックを元から知っていたということに他ならない。

 

 つまり。モルテがこのデュエルを吹っかけてきたのは、最初からセイバーを合法的に抹殺するためだったということだ。

 

 怒りや恐怖はない。

 湧き上がるのは、純粋な疑問だけだ。

 

 如何にしてDPKのトリックを思い至ったのか。誰とデュエルのテクニックを磨いたのか。他に仲間は何人いるのか。そもそもなぜこんなマネをするのか。

 

 もっとも、そんな疑念もすぐに泡沫となって消えた。どうせ問い質したところで馬鹿正直に教えてくれるはずもないのだから。

 

 なれば、セイバーの行うべきことはただ一つ。この世界を侵す危険因子をここで排除するのみ。────モルテを殺すことによって。

 

 今度こそ本当に殺意を滾らせながら、剣を構える。

 

 向こうが盾を持ち出してきた以上、単発技でモルテのHPバーを吹っ飛ばすことは難しい。ならば、二連撃以上のソードスキルを放ち、威力が最大となるラストの一太刀を弱点へと浴びせるしかない。

 

 技は三連撃縦斬りの《シャープネイル》。立て続けの二連で盾を打ち崩し、三連目で首筋を狙う。

 

 突風とともに飛び出さんと身体を低く沈めるセイバーに、モルテもすぐさま片手斧を構える。

 

 だが、その動きは予想外のものだった。

 モルテは身体を大きく仰け反らせながら、右手の斧を高々と振りかぶる。無骨ながら高いスペックを感じさせる黒鉄の刃を、青緑色の輝きが包んだ。

 

 しかし、彼我の距離は10メートル以上もある。超ロングレンジの跳躍技か、或いは────。

 

「名残惜しいですけどぉ、これでショーダウンですか⋯⋯⋯⋯ねぇッ!」

 

 刹那、稲妻の如き直感が走る。思考するよりも先に、右腕を跳ね上げさせた。

 

 直後、視界が一瞬明点するほどの衝撃が身体を強かに打ち据えた。盛大な剣戟と共に、エメラルドグリーンの光芒が彗星のように尾を引いて視界の端に消えていく。回転刃のようなそれは、言わずもがなモルテの片手斧だ。

 

 武器投擲ソードスキル。しかしまさか主武装を躊躇いなく投げつけてくるとは思わず、少なからぬ動揺を受ける。

 

 思い切りの良さに内心感心しつつも、セイバーはテレポートじみた速度で剣を上段に構え直す。

 斧を手放したとはいえ、モルテが最初に装備していた片手剣(アニール・ブレード)は恐らく彼の足元、川底に沈んだまま。拾い上げて追撃を仕掛けてくるに違いなかった。

 

 迫り来るモルテの攻撃を迎撃すべく、再度シャープネイルを発動させようとして────。

 

 

 

「────⋯⋯は?」

 

 硬直。

 セイバーの視界に映ったのは、こちらに目もくれずに身を翻し闇夜の森に飛び込むモルテの背。

 

 斧も長剣も放ったまま。いっそ見事なまでの遁走に思わずそのまま見送ってしまう。

 気づいた時にはもう、モルテの姿は綺麗さっぱり消えていた。隠蔽スキルも使用しているのだろう、僅か数秒のうちに気配すらも掴めなくなってしまった。これでは追跡も難しい。

 

 

 あまりに突然訪れた決着。研ぎ澄まされていた集中力がするすると解け、意識の外にあった川のせせらぎやそよ風に揺れる木々のざわめきが再び押し寄せ耳朶を打つ。

 

 消化不良を訴える愛剣を剣帯に納め、セイバーは大きな溜息を吐いた。

 

 モルテ────Morte()。このゲームが電子の牢獄となる前につけたプレイヤーネームに深い意味はないのだろうが、それでも名が体を表したように不気味で不吉な男だった。

 

 あと一歩で殺せた。セイバーは確かに彼の命を絶つ覚悟だった。油断も慢心もなかった。

 しかし、今回は膨大な対人戦経験でデュエルのテクニックを磨き上げたモルテの方が一枚上手だった。

 

 次こそは。次会敵する機会があれば、確実に殺そう。その結果、たとえオレンジカラーになったとしても。

 そうしなければ、この先誰かにその凶刃が向くという確信があった。或いはその先にいるのは、自身の相棒(パートナー)かもしれないのだ。

 

 滾る殺意を胸の奥に隠し込み、セイバーはモルテが消えた方に背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二週間弱ほど前の記憶を想起しつつ、セイバーは再び合間見えた仇敵を睨めつける。

 

 あの日の敗走は相当堪えたようで、新調したらしき長剣を構えるモルテは悍ましい殺気を放っていた。鋭い眼光がこちらの一挙手一投足を見逃さないようにしているのが分かる。

 

 もっとも、その気迫は半分くらいはブラフだろう。

 本命は彼の体を陰に潜むもう一人の黒マント。モルテとの戦闘に気を取られている隙に、暗殺者の如くこちらのウィークポイントを掻っ捌くつもりに違いなかった。

 

 そして、その黒マントが右手に握る白銀の細剣。シバルリック・レイピア────アスナの愛剣。

 

 最初にその光景が目に入った時は、全身の血液が沸騰するような感覚を覚えた。誰何を問うこともなく斬り殺すつもりでさえあった。アスナがキルされたのかと勘違いしたからだ。

 もっとも、視界の左端に映るHPバーと二人組の奥から感じる彼女の気配ですぐに平静を取り戻すことができたが。

 

 推測だが、恐らくアスナのレイピアをルートしたスライ・シュルーマンを、偶然にもモルテたちが倒したのだろう。

 ということは、システム所有権は奴らにあるということ。平和的交渉を持ちかけたところで応じる相手ではないので、殺して奪う他ない。

 

 

 ──無論、この場における正義はモルテたちにあることなど承知の上だ。

 

 アスナは自身の落ち度で装備を失い、モルテたちは正当な手段でそれを入手した。これでモルテたちに刃を向けるなど、全くもってお門違いと言える。やっていることは殆ど彼らと同じこと⋯⋯一方的なPKだ。

 

 自分が正しいなどとは露ほども考えていない。

 ただ、その悪を許容した上でなお、モルテたちは倒すべき相手であり、そのレイピアは取り戻さなくてはならないものだと信じているだけの話。

 

 

 逸れていた視線と思考を黒マントたちの方に戻す。

 二対一の戦局だが、むしろ僥倖。何せ危険因子をここでまとめて葬れるのだから。

 

 数日前に新調した新たな片手剣───《ソード・オブ・イヴェンタイド》を下段に構える。腰を落として重心を下げ、踵をほんの少し浮かせて突進エネルギーを足裏に集中させる。

 

 渾身の踏み込みで懐に飛び込み、敵の攻撃を誘発させ、あえて体のどこかにそれを小ヒットさせる。その瞬間に奴らのカーソルはオレンジとなり、逆にセイバーはどれだけ彼らを攻撃しても色が変わることはない。

 謂わば、CPK(カウンター・プレイヤー・キル)。それがセイバーの狙いだった。

 

 思い切り右足で地を蹴り付け、疾駆せんとして──────。

 

 

「わ────────っ‼︎」

 

 

 ────思わず、つんのめりそうになった。

 

 ビリビリと肌が震えるほどの絶叫が洞窟内に響き渡る。聴力が一時的にホワイトアウトするほどのボリュームだった。背後からそれを浴びせられた黒マント二人組が飛び上がらんばかりに驚くのも無理はなかった。

 

 その直後、立て続けに三つの事象が起こった。

 

 一つは、動揺のあまり黒マントがレイピアを地面に落下させたこと。

 一つは、何処からか現れたスライ・シュルーマンが間髪入れずに件のレイピアを拾い上げ(ルートし)たこと。

 

 そして、最後は。

 

「な……な、なんっ……ど、どっから出てきやがったっ……!?」

 

 ────最初からその全てを計算していたアスナが、瞬時に隠れ場所から飛び出し、閃光の如きソードスキルでネズミ人間を屠ったことだった。

 

 バックステップで着地した時にはもう、アスナの手の中には燦然と輝くシバルリック・レイピアの姿があった。

 

 ここまで、時間にして僅か五秒にも満たない間の出来事だった。

 

 アスナのトリックの全貌を理解できた訳ではないが、それでも類稀なる機転の良さとゲームセンスのなせる技であることは判る。相棒の才能に改めて舌を巻く思いだった。ゲームシステムの応用という面で言えば、あるいはセイバー以上だろう。

 

 黒マントたちの間を通して、アスナと視線が交わる。

 話したいことは沢山あった。謝らなければいけないことも、叱らねばならないことも、褒めるべきことも、慰めることも。今すぐに駆け寄って抱きしめたかった。

 

 しかし、今は───⋯⋯。

 

「あっはっはぁ、まさかの『ワァー』にはびっくりしちゃいましたよぉー。黒騎士さんといい、いきなり飛び出してくるのが好きな人たちですねぇ。あなたは、いったいいつからそこにいたんですかぁ……?」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 相も変わらぬ慇懃無礼なモルテの問いに、アスナは沈黙で答える。

 

「あらら、だんまりですかぁー。後ろから脅かされて寿命が三秒縮んだんだから、それくらい教えてくれてもいいと思うんですけどねぇー」

「ほう? おかしな事を言う。彼女のお陰で貴様らの寿命はむしろ伸びたというのに。もっとも、残り数分といったところだが」

「ァアンッ⁉︎」

 

 安い挑発だったが、黒マントの片割れは面白いくらいの反応を見せる。

 すかさずモルテがその口許を掌で遮ろうとするが、黒マントは右手で乱暴にそれを押し下げた。

 左腰のダガーの柄頭を撫でながら、キンキンと耳障りな声を出す。

 

「あのさあ、オレ、マジムカついてんだけど。つかもうくっちゃべってる場合じゃねーっしょ。全部聞かれた前提で対応するしかねーんじゃん?」

「短気は損気ですよぉ? それに、“対応”と言いましてもねぇ。()()もありますし二人がかりなら黒騎士さん相手でも可能性あったかもでしたけど、一人増えちゃいましたからねー。あのレイピアのスペック見たでしょー? 黒騎士さんの足止めは自分がするにしても、その間にあなたタイマンで倒せるんですかぁ?」

「ナメんなっつの。PvP素人のオンナに負けねーし。それに、オレのバリもんレイピア運任せのきたねー手で盗られたまんま帰れっかよ」

 

 確かに、アスナは対人戦の経験に乏しい。モルテやダガー使いたちとは比べるべくもないだろう。

 

 だが、先日の特訓ではあえてダーティな立ち回りや変則的な剣技を使い、アスナにはPKerとのデュエルにおける最低限のセオリーは教え込んだつもりだ。あとは持ち前の応用力を持ってすれば奴らにも引けを取らないはず。

 

 セイバーの信頼を肯定するかのように、アスナがレイピアの切先を前に倒す。刀身を通して放出される鋭い敵意は真に迫っていて、黒マントも舌打ちを鳴らしながらダガーを抜剣し、モルテと背中合わせの格好で低く構えた。

 

 ───とはいえ。ダガー使いの言うことは一部正しい。どれだけ戦いが優勢になっても、最後の最後で彼女の剣は止まる。

 

 アスナに人殺しはできない。

 

 

 ──⋯⋯否。解っている。

 本当は『して欲しくない』という、ただの願望だ。自分は人殺しを厭わない癖に、相棒には清廉であって欲しいという身勝手(エゴイズム)、理想の押し付け。

 

 それでも、アスナには手を汚して欲しくなかった。

 なんでそんなことを思うのか、言語化するのは難しいけれど。

 

 

 アスナに殺人などという重荷を背負わせないためには、モルテを速攻で倒してアスナに加勢、ダガー使いも剣の錆にする他ない。先程モルテが言ったことと丁度逆のことをするのだ。

 

 幸い、モルテの底は前回のデュエルで見えている。CPKだとか生ぬるい考えは捨て、(はな)から全力で斬り込めば数分とかからずに敵のHPを全損できる自信があった。

 

 正面五メートル先で中段に構えるモルテは、普段よりもいっそう冷気を帯びた薄い笑みを口許に湛えている。ブラフなのか、あるいは何か秘策があるのかは解らない。

 ──関係ない。どんな小細工があっても正面から叩き伏せるだけだ。

 

 

 陽の光が届かぬ地の奥深く。折しも似たよう衣装を纏った四つの影が、目まぐるしく交錯し、激しく剣戟を散らす────。

 

「仕方ありませんねぇ。ここで逃したら後々面倒ですしぃ⋯⋯。それじゃぁ、ショウ・タァーイム、いっちゃいますかぁ!」

 

 

「⋯⋯⋯いいや、残念ながら今回はこれでショーダウンだ。命拾いしたな」

 

 ────その間際。

 

「⋯⋯⋯⋯へっ?」

 

 セイバーは猛然と駆け出し、モルテの横をすり抜けてアスナの元へと一直線に走る。すれ違いざまに彼女の腰をぐいっと抱き寄せ、そのまま先程までアスナが隠れていた窪みにスライディングで飛び込んだ。

 

 滑るような指捌きでメニューウインドウを操作し、漆黒の革コートをオブジェクト化。頭上から覆い被せるようにし、ハイディングスキルを発動させた。

 

 当たり前のことだが、こんなやり方でモルテたちの目を欺くことなどできない。索敵スキルなど関係なしに即座に袋叩きにされるのがオチだ。

 ゆえに、奴らに対して用いたものではない。超人的な気配察知力によって捉えた新たな〝敵〟へ使ったものだ。

 

 がしゃがしゃと、通路の北側から“何か”が大挙して押し寄せてくる音が響く。まず間違いなくこのフロアに犇く殆どのモンスターが迫ってきている音だ。

 アスナの大声によって引き寄せられたMobの群れである。

 

 背中越しにダガー使いの毒づく声が聞こえた。

 

「くっそ、Mob呼び寄せてなすりつけるとかMPKかよ! きたねーんだよやり方が!」

「あははぁ、それ自分らが言いますかぁー⋯⋯って、こりゃいかん。あの数は激サックですよぉー。ここはいったん退きましょー」

「チッ、仕方ねーな。⋯⋯おい、テメェら次会ったら絶対ブチ殺すからな!」

「その捨て台詞は流石に三下すぎませんかぁ?」

 

 (主にダガー使いのほうが)ぎゃーぎゃーと喚く声と、走り去る二つの足音が重なる。一拍おいて、モンスターの集団が立てる騒音が追いかけていく。

 

 音の濁流は徐々に遠ざかっていく。

 肌がピリピリするような緊迫した空気も一緒に洗い流されていき────⋯⋯。

 

 

 しばらくして。

 洞窟は静寂に包まれていた。図らずもここら一帯のモンスターは丸ごとトレインしていってくれたから、少しくらい声を出しても平気だろう。

 

 初めて役に立った隠蔽(ハイド)ボーナスつきのコートを手に取り、ゆっくりと上体を起こす。

 

「⋯⋯⋯ふぅ。アスナ、積もる話もありますが、一旦ここから脱出を────」

 

 

 視界が反転した。目に映るのは、逆向きに生える鍾乳洞。

 

 背中に感じる岩の硬い感触と冷気。

 しかし、全身に密着する柔らかな肢体から伝わる温かさと、鼻腔をくすぐるグリーンムスクの香りが、そんな心地の悪さをすぐに忘れさせてくれた。

 

「⋯⋯⋯⋯セイバー⋯⋯怖かった⋯⋯すごく、怖かったよ⋯⋯」

 

 腰に巻かれるしなやかな腕。胸にぐりぐりと押し付けられる額。ぴったりとくっつくアスナの身体は、小刻みに震えていた。掠れるような啜り声が漏れ聞こえてくる。

 

 気丈に振る舞ってこそいたが、相当な恐怖を感じていたに違いない。

 

 当然だ。たった一人でダンジョンの奥深くに投げ出され、愛剣を失い、殺人者たちに奪われ、一歩間違えば殺し合いの状況にまで陥ったのだ。

 たとえ大の大人であっても耐えきれまい。ましてや10代の少女にとってはあまりにも過酷だ。

 

 左手をアスナの背に回し、右手でそっと頭を撫でる。栗色の艶髪を傷つけないように指先でゆっくりと梳かしながら、耳元で優しく囁いた。

 

「大丈夫。大丈夫ですよ、アスナ。たとえ貴女がどこにいようと、どんな敵と相対していたとしても、必ず助けに駆けつけます。心配することは何もありません。アスナは私にとって無二の相棒で、大切な友人だ。絶対に守り抜いてみせます⋯⋯このゲームをクリアする、その日まで」

「⋯⋯⋯⋯うん」

 

 その言葉に安心したのか、彼女の体の震えはぴたりと止まった。しかし、身体を離す気配はなかった。セイバーも、アスナも。

 

 暗い地の底の片隅。しばらくの間、二人は互いの体温を溶け合わせるように無言で寄り添い続けた。

 

 





 やっと少し物語が進んだ⋯⋯(当社比)。


 以下、本編の副音声的なやつ。

モルテとの戦闘
→本編中で経緯は省略しているが、流れは原作通り。詳しくはプログレッシブ2巻参照。
 ちなみに、原作キリトくんはこのデュエルで割とあっさり死にかけた。というか多分モルテが引かなかったらやられていた可能性が高い。

《水月》を利用した連続攻撃
→イメージとしては後ろ回し蹴り。

DPK
→おそらく、SAO原作のアインクラッド編で初激決着モードが好んで使われるようになった要因。

弦月
→モルテに直撃させてデュエルを終わらせることもできたが、敵の真意を暴くため剣にぶつけた。

斧の投擲
→たしか原作ではモルテが使おうとしていたソードスキルが何なのかは未だに解っていないはず。
 よってオリジナル設定だが、描写から推測するにおそらく彼が取ろうとしていた戦術は多分これ。

Morteの意味
→これも原作では断言されていないが、綴りが合っているのでこめられた意味もおそらく合っていると思われる。

殺してでもレイピアを奪い返す
→己を悪と認識した上での行動。青い方のセイバーであれば間違いなく取らなかった行動。

モルテの勝算
→奥の手として毒付与のピックを持っていたので少しばかり強気だった。最悪の場合は、煙幕を投げてとんずらするつもりだった。
 因みにこのまま普通に戦っていた場合、全力を出したセイバーによってものの数分に蹴散らされていた。

黒色の革コート
→コート・オブ・ミッドナイト。未だに本編中で名称が語られることのない不憫なアイテム。

撤退するモルテたち
→余談だが、原作と違ってモルテは6層で死ぬ。もちろん描くつもりは一切ない。

グリーンムスクの香り
→アスナの香水の香り⋯⋯らしい。調べたら本当に売っていて驚いた。
 現実世界で好んでつけているので、似たような香料のものをアインクラッドでも使用している、という設定。

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