異聞 黒の剣士 作:こしあん
気付けば一週間経ってました。すみません。やっぱ土日じゃないと全然筆が進まないんですよね⋯⋯(言い訳)。
代わりと言っては何ですが、第2話くらい長めです。だれないように色々カットしたつもりなんですが⋯⋯。
さて、本話でついに第一層攻略編終了です。アニメ基準で言えば第1期第2話まで行ったことになりますね。小説版基準で言えば一巻の半分程度でしょうか。
⋯⋯いや、遅くね? ペースアップしなければ⋯⋯(使命感)。
それと、感想評価誤字修正ここすき等々ありがとうございます。筆休めの際の強力なエネルギー源です⋯⋯。重ねてお礼申し上げます。
甲高い残響が響きわたる中、大広間の壁に掲げられた松明が暗いオレンジから明るいイエローに移ろい、部屋を覆っていた不気味な気配を剥ぎ取った。
息を殺すような静寂。誰もが恐ろしい獣人の王の復活を恐れているように、身じろぎ一つできないでいた。
そんな幻影を斬り払うように、セイバーは随分と刃毀れした剣を静かに腰の剣帯に納める。キリィンッという涼やかな金属音に続いて、鈴の音とともに紫色のシステムウインドウが目の前に現れた。
獲得経験値や、自動分配されたコル。それから、ドロップアイテム。
同じメッセージを見たであろうプレイヤーたちの顔に、喜色が浮かんだ。
一瞬の溜めの後、爆発するような歓声が大広間に弾けた。
両手を突き上げて雄叫びを上げる者や仲間と抱き合う者、生を実感して涙を見せる者さえいた。
嵐のような喧騒を潜り抜け、アスナがすぐ傍までやってきた。わずかに屈み、覗き込むようにして微笑みかけてくる。
「お疲れ様。それと、ありがとう。助けてくれて」
「⋯⋯別に、気にするな。目の前で死なれるのは寝覚めが悪かった。それだけだ」
つい素っ気ない返しになってしまったのは、動揺を隠すためだった。
アスナの態度や雰囲気は、明らかに戦闘前のそれよりも柔らかくなっていた。こちらを見つめる目は酷く優しく、声音も角が取れて随分と親しげだ。その変わり様に少なからず衝撃を受けたのだ。
幸いにも、アスナはセイバーの物言いを特段気にした様子はなかった。それどころか、むしろ薄く笑みを滲ませながらジリジリとにじり寄ってきているくらいである。
⋯⋯半歩引く。アスナが無言でさらに半歩詰めてくる。
いよいよ息のかかりそうな距離だ。よくよく見れば、ヘイゼルの瞳は妖しげな色合いを帯びているような気さえする。
助けを求めるように視線を彷徨わせていると、もう一人セイバーの方に近づいてくる人影があった。両手斧使いの大男、エギルだ。これ幸いとそちらの方に向き直る。
「見事な剣技だった。Congratulation、この勝利はあんたのものだ」
途中の英単語を、その容姿に違わぬ流暢な発音で言ってのけた巨漢が、右拳をずいと差し出してくる。そういえばコイツ、私の下着姿をガン見してなかったか⋯⋯? と内心で訝しみつつも、拳をコツンと合わせた。
エギルに続くように、B隊を始めとする辺りのプレイヤーからも口々に称賛の声や口笛がかけられる。
誰も彼もが笑顔だ。少なくとも、今この場においては彼らの表情に一切の悲壮感は感じられない。
───今回の戦いは、全体のゲーム攻略から見れば僅か1パーセントに過ぎない。この先には同様の試練が九十九も待ち受けている。それどころか、上に行けば行くほど敵はより凶悪になっていくに違いない。
それでも。一万人を閉じ込め、二千人の命を奪った重く冷たい天蓋は、確かに一つ取り除かれたのだ。
勝利に酔うような性分ではないが、今は素直にその事実を喜んでもいいのかもしれない。フードの下で、口元に仄かな笑みを湛えた。
「─────なんでだよ!」
────背後で絶叫が弾けたのは、そんな時だった。絞り出すような鋭い声が、瞬く間に祝勝ムードを霧散させた。
背に突き刺さる視線を辿った先にいたのは、軽鎧を身に纏ったシミター使いの男だった。名前は知らないが、たしかC隊のメンバーの一人だ。
「なんで⋯⋯なんで俺たちを、みんなを騙したんだ⁉︎」
その言葉の意をすぐには掴みきれず、小首を傾げる。確かにセイバーは己の容姿や性別を秘しているが、彼が言っているのはそういう話ではあるまい。
その戸惑いをどう解釈したのか、シミター使いがさらに眦を吊り上げた。
「しらばっくれるつもりか⁉︎ アンタはボスの使う技を知ってたじゃないか‼︎ 最初からアンタがあの情報を伝えておけば、みんなが⋯⋯ディアベルさんが危険な目に遭うことも無かったんだ!」
その糾弾を皮切りに、他のレイドメンバーたちにも疑心が伝播する。四方から降り注ぐ視線は途端に賛美から糾問へと一転し、ざわめきが広がった。
「そういえば、そうだよな⋯⋯」
「たしかに、ボスのソードスキル全部完璧に見切ってたよな⋯⋯」
「なんで? 攻略本にも書いてなかったのに⋯⋯」
その疑問に応えたのは、もちろん反ベータ派急先鋒のキバオウ────ではなかった。彼は複雑そうな
代わりに、彼の指揮するE隊の一人が近くまで駆け寄ってきて、叫んだ。
「オレ⋯⋯オレ知ってる! こいつ、元ベータテスターだ! だから、ボスの攻撃パターンとか旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだ‼︎ 知ってて隠してるんだ!」
今度こそ、シミター使い以外のプレイヤーたちの瞳にも敵意や憤怒の色が浮かぶ。場の空気は完全にセイバーを────いや、ベータテスターの咎を断罪する法廷に変貌していた。
もはや、『自分はベータテスターではない』と言い返したところで信じてもらえるような雰囲気ではない。
さてどうしたものか、と呑気に思案する────。
その刹那。
セイバーは確かに見た。目の前で人差し指を突きつける痩せぎすの男の口の端に、歪な笑みが差したのを。思惑通りに
煽動者。そんな呼称が脳裏をよぎる。
しかし⋯⋯何のために? ベータテスターを排斥したいだけなのか? 多くのプレイヤーたちと同様に、元テスターへの憎しみを募らせているのか? あるいは、何かもっと別の企みがあるのか──────。
「でもさ、攻略本には、ボスの攻撃パターンはベータ時代の情報だ、って書いてあったろ? 彼が元テスターなら、むしろ知識はあの攻略本と同じじゃないのか?」
「そ、それは⋯⋯⋯⋯」
自分の置かれた状況も忘れて嘲弄の意図を看破せんとしていた思考は、しかし思ってもみなかった弁護の声によって中断させられた。声の主は、エギルのパーティーメンバーのメイス使いだ。
理路整然たる反論に、E隊の男が口籠る。代わりに口を開いたのは、またしてもシミター使いの男だった。
「あの攻略本が、ウソだったんだ。アルゴって情報屋がウソを売りつけたんだ」
────流石にその台詞を看過することはできなかった。
自分が糾されるのは別にいい。所詮は弱者の戯言、と一笑に伏すのみ。敵意や妬み嫉みなど容易く黙らせるに足る実力と胆力があると自負しているがゆえに。
だが、アルゴは⋯⋯彼女はダメだ。彼女に抱いている
それを回避するには、誰かが悪役を買って出るしかない。自分だけに怒りと憎しみが向くように仕向けるのだ。
視界の端で、我慢の限界がきたと思しきエギルとアスナが、険しい表情で庇うように声を荒げようとする姿が映る。それを制するように一歩前に出て、極限まで冷気を纏わせた声を放つ。
「私は────」
「──────それは違う。ベータの時、ボスの武器は確かに
セイバーの声に被せるようにして遮ってきたのは、そんな台詞だった。
聞き馴染みのある通りのいいテノールの筈なのに、淡々とした語調のせいでそれがディアベルのものだと気付くのが一瞬遅れる。
「ディアベル、さん⋯⋯?」
「すまない、リンド⋯⋯いや、みんな。聞いてくれ。オレは、
突然の告白に、誰もが息を呑む。次いでざわっと一際大きな動揺が波打った。いち早く復帰したのはシミター使い────リンドと呼ばれた男だった。
「何を言ってるんだ⋯⋯? あいつを庇ってるのか?」
「いや、そうじゃない。⋯⋯リンド、キミは不思議に思わなかったか? オレが洞窟で〝なんとなく〟で行った先にレアアイテムの宝箱があったり、
思い当たる節があったのか、リンドの視線が泳ぐ。こちらを睨め付けていた他のC隊メンバーたちも、困惑した様子で顔を見合わせていた。
畳み掛けるように、ディアベルが深々と頭を下げた。
「────すまなかった。オレはみんなを欺いてレイドのリーダーになり、ベータの知識を悪用してボスのLAを⋯⋯レア装備を簒奪しようとした卑怯者だ。───自分の強化のためだけに。その結果、みんなを危険な目に遭わせてしまった」
赤裸々な懺悔に、今度こそしんと静まり返った。だがしかし、それは害意の矛先が移り変わる間隙に過ぎない。
洪水のように堰き止められた目に見えない悪意が決壊する、その寸前。まだ自分が騙されていたことを信じられないのか、蒼白した顔でリンドが唇を戦慄かせた。
「う、嘘だ⋯⋯。なら、なんで⋯⋯なんでアイツはボスの技を知ってたんだ⁉︎ ディアベルさんが元テスターだって言うんなら、アイツが知ってるのはおかしいだろ!」
ディアベルはその質問にすぐには答えず、右手を腰の裏に回して、ポーチから何かを取り出すと────。
「────ッ⁉︎」
それは殆ど反射だった。
猛然と飛来するスローイングダガーの柄を空中で掴み、くるりと反時計に回転させる。一拍遅れて胸元に迫る
突然の凶行に至ったディアベルは、投擲の残心のまま薄くシニカルな笑みを浮かべた。
「
ディアベル越しに、リンドを含む多くのプレイヤーたちが息を呑むのが見えた。ボス戦で見せた剣技と、瞬発的に披露した妙技。それらがディアベルの言葉に少なからず説得力を持たせているようだった。
遅ればせながら、彼の意図を察する。セイバーがそうしようとしたように、一人で悪役に徹するつもりなのだ。
そして、その目論見通りに悪意が噛みついた。
「ゆ、許せねぇ! クソ、クソクソ⋯⋯コイツ、オレらを騙してたんだ! なにがリーダーだ、なにが
E隊の男が大袈裟な身振り手振りで辺りに同意を求めると、釣られるように彼らの瞳に再び激情の色が宿った。その対象は完全に彼に──ディアベルに移っている。
「ふ、ふざけんな! 信じてたのに‼︎」
「だから、ボス戦の最後は自分たちのパーティーだけで戦おうとしてたのか! 『ボスを囲んで戦うのに、人が多いとかえって危険』とか言ってたのに、本当はレアアイテム狙いだったんだ!」
「『右も左も解らないフィールドで何度も死にそうになった』って、滅茶苦茶嘘じゃねーか‼︎ よくあんなこと言えたな!」
「どうすんだよ! どう落とし前つけるつもりだよ! 次の層でもレイドのリーダーやるつもりか⁉︎ ンなの認めねぇぞ!」
「しかもコイツ、いきなり剣投げつけやがった! ありえねぇ‼︎ 当たってたら死んでたかもしれねぇんだぞ!」
口々に罵詈雑言を並べ立てるプレイヤーたち。間違いなくその中にはベータテスターもいるだろう。それでも同調しているのは、自分が同じ憂き目に遭うのが怖いから。
────やり方はどうであれ、多くの人を救おうとするディアベルの志は正しいものだった。本当の意味でこのゲームをクリアせんとする指導者だった。
しかし、少し状況が変わればその彼を助ける者は誰もいない。誰も彼もが掌を返して彼を責め立てる。
────一瞬、見たこともないはずの光景が脳裏にフラッシュバックした。
それがどうにも気に食わなかった。彼に詰め寄るレイドメンバーたちに噛みつこうとして────立ち止まる。
ローブの裾を掴む小さな手。振り返ると、アスナが唇をキュッと引き結び、強張った表情で首を横に振っていた。
「だが────ッ」
彼女が身を案じてくれているのは分かる。しかし、恐らくは自分を助けるために目の前で罵声を浴びるディアベルを見捨てることなどできなかった。
震えるアスナの指先を振り払おうとして、再度足を止める。
視線を戻した先で、一瞬⋯⋯ほんの一瞬だけ、群衆の垣間からディアベルと目が合ったのだ。
そこに宿る感情が何なのか、完璧には解らなかった。しかし、強い覚悟を帯びた静謐な瞳がセイバーの助けを如実に拒んでいたことは確かだった。
────すまない。あとは頼む。
声なき声が聞こえてきたような気がした。
ここで出て行けば、彼の献身は全て無に帰す。何より、彼自身が己への裁きを望んでいた。
今度こそ本当に動きを止める。忸怩たる思いを呑んで小さく頷き返したセイバーに、彼の口元がほんの僅かに綻んだ。
だが、それも一瞬のことだ。ディアベルはすぐに精悍な表情に戻ると、深々と頭を下げた。
「みんな、本当にすまなかった。もちろん、オレはボス攻略メンバーからは抜ける。ここにいる資格はもう無いからな。
⋯⋯だが、リンド。他のみんなも、一つ頼みがある。例えオレの他に元テスターがいても、彼らを排除するのはやめて欲しいんだ」
「なん、だと⋯⋯? この期に及んでまだそんなことを言うのか⁉︎ そんなのできる訳ないだろうが! もうベータテスターなんて信じられるか!」
「こんなこと、お願いする立場にないのは重々承知の上だ。だが、この先のゲーム攻略に彼らの知識や力は絶対必要になってくる。だから、頼む」
土下座すら厭わなさそうなほどに腰を折るディアベルに、さしものリンドも一瞬押し黙る。
だが、滾る憎悪が褪せる気配はない。すぐに口を開き、何かを叫ぼうとした。
「⋯⋯わあった。ディアベルはん、あんたの言う通りにしたる。ベータテスターどもを吊るし上げるようなことはせえへん」
しかし、リンドの代わりに返事をしたのはキバオウだった。
会議であれだけベータテスターに敵意を露わにしていたキバオウの変わり様に、誰もが戸惑った様子を見せる。
「⋯⋯けど、勘違いしたらあかんで! ベータ上がりどもを許したわけやない。ボス攻略でくらい役に立ってもらわんと、これまでのツケを払わせられへんからな。それだけや」
「ありがとう⋯⋯キバオウさん」
ホッと息を吐くディアベルに、キバオウはふんッと鼻息を鳴らして顔を背けた。
⋯⋯⋯意外なことに彼は清濁併呑の気質があるらしい。人は見かけによらないとは正にこのことだ。理不尽に下げていた彼の評価を内心で上方修正する。
一方、リンドの方はまだ納得がいかないらしく、表情は険しいままだ。だが、キバオウがディアベルに賛意を見せたせいか、それ以上何か言い募ることは無かった。唇を真一文字に結んだままディアベルを睨みつけるに留まっている。
「みんな⋯⋯改めて、すまなかった」
静まり返ったプレイヤーたちにまたしても深々と頭を下げると、ディアベルは一人出口に向かって歩き始めた。二層へ上がる階段ではなく、一層迷宮区へ戻る扉へと────。
反ベータを確固たるものとするリンドと、現実的な落とし所を目指すキバオウ。
二人の対比は、これからのボス攻略の構造を暗示しているように思えた。ディアベルのお陰で曲がりなりにも一つにまとまっていた攻略集団が、目に見えて二分されたのだ。
だが、少なくとも今日この場ではこれ以上の対立は起きそうもなかった。何とも気まずい静けさが広間を包み込んだ。
「⋯⋯⋯ワイらは一旦トールバーナに戻るわ。次の層に行くにはアイテムが乏しいからなぁ」
そんな空気に耐えられなくなった訳ではあるまいが、キバオウは突然そう言い放つや否や、元来た扉へと戻って行った。
ずんずんと大股で歩くキバオウが、まるで先ほどそこから出て行った
残されたC隊は、不安げな表情でこれからの方針について打ち合せを始めた。その中でもリンドの存在感がやけに際立っていて、彼がディアベルなきチームをまとめるだろうことは容易に想像できた。
────結局、ディアベルに助けられる形になってしまった。誰もがセイバーへの敵意など忘却の彼方にあるようだった。
視線を切り、背後で複雑そうな表情を浮かべる二人に向き直る。ディアベルの真意にどこまで気付いているかは不明だが、彼女らも先程の一幕に思うことはあるのだろう。そんな暗い雰囲気を蹴散らすように、あえて軽い口調で喋る。
「⋯⋯⋯エギル。先ほどは言いそびれたが、私の方こそ助けられた。お前やB隊がいなかったら戦闘はさらに過酷なものになっていただろう。併せて礼を言おう」
「あ、ああ。いや⋯⋯。だが、結局
「ふっ、それは楽しみにしている。────ところで」
「ん?」
声のトーンが変わったのに気づいたのか、エギルが太眉を片側だけ持ち上げる。
「⋯⋯貴様、さっき私の下着姿をジロジロと無遠慮に眺めていなかったか?」
「ん、んん? あ、あー、いや、一瞬だけな。ホントにちょっとだ。見た目通りオレは紳士だからな。勿論すぐに顔を背けたとも」
「やけに早口だな」
「き、気のせいだろ?」
ローブの下から睨め付ける。広い額に目に見えて汗が流れ落ちるのを見、盛大に溜息を吐いた。
⋯⋯たしかに、男性特有の下卑た視線は感じなかった。単純に、想定外の光景につい目を向けてしまったというところだろう。多分。そういうことにしておこう。
「⋯⋯まあ、いい。他言しなければそれで。次のボス攻略の際にもよろしく頼む」
「お、おう! こっちこそ、そん時はまたあんたの剣を頼りにさせてもらうぜ」
エギルは最後にニカっと笑うと、B隊のところに戻って行った。その際、心なしか足早だったのには気づかないフリをした。
次いで、アスナに視線を移す。
彼女の綺麗な瞳は微かに揺れていて、何か話したいことがあるのは明白だった。切り出してこないのは、周りの目が気になるからだろう。まだ多数のプレイヤーが屯していて、時折チラチラと無遠慮な視線が美貌のレイピア使いを覗いていた。
「⋯⋯アスナ。《はじまりの街》の中心にモニュメントがあったのを覚えているか」
「へ? え、ええ。最初に私たちがログインした場所よね。たしか、《転移門》だっけ」
「そうだ。その名の通り、アレはボス部屋を歩かずとも各階層を自由に行き来できるワープゲートだ。門をアクティベートして次の層の主街区と繋げるには、ボスを倒してから2時間経過するのを待つか、誰かが上の層の転移門に触れるかだ。流石に一層の連中を2時間も待たせる訳にはいかない。誰もやらないようだから、私が行ってくる」
身を翻し、コボルド王が鎮座していた玉座の裏に設けられた扉に向かう。意図を察したのか、アスナもトコトコと背を追ってきた。
小さな二枚扉を開け、狭い螺旋階段を二人して無言で登る。しばらく歩を進めていると、またしても扉が現れた。だが、今度のそれはセイバーの倍もあろうかという巨大な石扉だ。
これは開けるのに相当な筋力パラメータが要求されるのでは⋯⋯という懸念が一瞬脳裏を過ったが、幸いにも分厚い石造りの扉はそっと軽く押すだけで殆ど一人でに動いてくれた。
扉の先は、岩肌に飛び出すようなテラス状の階段の踊り場になっていた。よほど高度に設置されているのか、ちょっと端まで歩けば第二層の全景を一望することができた。
「わぁっ⋯⋯綺麗⋯⋯」
目も眩む陽光の先から現れた絶景に、アスナが感嘆の声を上げる。たぶん周りに誰もいなかったらセイバーも同じようなリアクションをしただろう。
視界を埋め尽くすのは、無数に連なるテーブル状の岩山だった。荒々しい岩肌が真っ先に目につくが、山の上部には覆う緑の絨毯が生い茂り、野牛系のモンスターがのんびりと闊歩している。自然の猛々しさと豊穣が調和した景色は、まるで一つの絵画のようだった。
テラスの端っこに腰掛け、二人して眼下の眺望に魅入った。そのまましばらくの間無言だったが、不意にアスナが口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯そういえば、女の子だったのね。ごめんなさい、わたしずっと勘違いしてたわ」
「別に、謝る必要はない。そう思われないようにヘルムを被っていたのだからな」
「そう⋯⋯。ところで、今は他に誰もいないわよ。その邪魔そうなフードを外したら?」
半目で隣を見遣る。心なしかヘイゼルの瞳がキラキラと輝いていて、彼女の本音が別のところにあるのは明らかだった。
「はぁ⋯⋯。そういうのが嫌だからこその兜だったのだ。まさかとは思うが、そんなことを言いたかっただけではあるまいな?」
「ち、違うわよ。⋯⋯三つ、貴女に伝えたいことがあったの」
アスナが小さく深呼吸をする。セイバーは静かに彼女の言葉を待った。
「一つ目。貴女、さっきからわたしの名前呼んでるけど⋯⋯⋯。どこで知ったの?」
「はぁっ? 」
さしものセイバーも素っ頓狂な声をあげてしまった。彼女が恐らく長い間ソロプレイを続けてきたであろうことは察していたし、パーティーを組んだのもこれが初めてであろうことは想像に難くない。
しかし、まさかそんな初歩的なことを訊かれるとは思ってもみなかった。今世では殆どゲームに触れてこなかったセイバーですらすぐに察したというのに。いや、今までRPGに全く触れてこなかった人種からすれば当然の疑問⋯⋯⋯なのかもしれない。
「視界の端っこに自分のHPゲージが表示されているだろう。パーティーを組んだ時点で、私のHPも表示されているはずだ。その下に何か書いてないか?」
「え⋯⋯」
呟き、アスナが顔を動かす。それではダメだ。HPゲージも顔の動きに反応して左に動いてしまうから。
そっと形のいい
「《Saber》⋯⋯セイバー? これが、貴女の名前?」
「ああ」
「なぁんだ⋯⋯こんなとこに、ずっと書いてあったのね⋯⋯」
囁いたアスナが、肩を揺らしてくすくすと笑い声を漏らした。
「それにしても、
「むぅ」
記憶にある限り恐らくもっとも柔らかいアスナの微笑みをこっそり目に焼き付けつつ、手を離す。
前世では【セイバー】と言えば基本的にかの騎士王のことを指していたのだが、型月作品なきこの世界線においてはただの英単語に過ぎない。加えて
言い返すこともできず拗ねていると、一頻り笑い終えたアスナが再び口を開いた。今度は真剣な表情だ。
「もう一つ。昨日の会議の後、わたしが話しかけたのを覚えてる?」
「ん⋯⋯? ああ、そう言えばそんなこともあったな」
その後の風呂騒動のせいですっかり記憶から抜け落ちていた。
「あの時伝え損ねたことが、二つ目。貴女は会議の前にわたしに『強い』って言ってくれたわよね。それを訂正したかったの」
「訂正?」
「そう。わたしは、ただ死ぬために戦っていただけ。生きるために戦ってた訳じゃない。貴女の〝強さ〟に比べれば、わたしのなんて偽物もいいところだもの」
思わず目を見開く。奇しくも先刻彼女に対して似たようなことを考えていたからだ。思ってもみなかった買い被りに、反射的に首を振って否定する。
「それは勘違いだ。私の強さなど、ただの技術に過ぎない。貴女の剣に宿る想いこそ〝本物の強さ〟だと私は思う」
今度はアスナが瞠目する番だった。少しだけ眉根を寄せて反論しようとした様子だったが、ふと何かに思い至ったように口元に笑みを浮かべた。
「⋯⋯⋯じゃあ、それが三つ目。生きるため、ゲームクリアのため⋯⋯って言えるほど前向きにはまだなれないけど、たった一つ確かな目標を見つけられたの。多分、それが貴女の言う〝本物〟なんだと思う。だから、ありがとう」
居住まいを正し、頭を下げてまで礼を言うアスナに、どうにも居心地が悪くなってしまう。今の話ぶりからするに自分がそのキッカケなんだろうが、とんと心当たりがなかった。
⋯⋯⋯いや。ひょっとして、昨日のたっぷりクリーム黒パンだろうか。それともあったかいお風呂か。もしそうだとしたら、本物の強さ、だなんて仰々しく形容したのはちょっと恥ずかしい。
「わたし、頑張る。頑張って生き残って、強くなる。目指す場所にいけるように。そしていつか⋯⋯いつか、貴女の⋯⋯」
静かな熱を秘めた囁き声はそこで途切れた。奇妙な沈黙に視線で続きを問うと、アスナは悪戯っぽく笑いながら頭を振った。
「ううん、やっぱりまだ内緒。夢って、口に出すと叶わないって言うもの」
「⋯⋯⋯そうか」
言葉の続きが気にならないと言えば嘘になる。だが一方で、それを聞かなくて少しだけホッとしている自分もいた。ひょっとしたらそれは、星は星のままであって欲しいというエゴかもしれない。
二人の間に、どこか穏やかな静寂が訪れる。それを断ち切るように、ゆっくりと立ち上がった。
思えば、随分と長話をしてしまった。本来の目的は第二層の主街区────たしか、《ウルバス》と言ったか────の転移門の
「⋯⋯言い忘れていたが、私も礼を言っておこう。今日の戦闘は、お前がいなければ死人が出ていたかもしれない。
ありがとう、助かった。次のボス戦でもよろしく頼む」
岩壁に突き出す幅広の石段に足をかけながら、背後から追い縋るような気配を牽制するように、そう言う。
────それは明白な拒絶だった。
無論、彼女のことが嫌いなわけでも疎んでいるわけでもない。それどころか、むしろ好ましく思っているし、ある種の憧憬すら感じていた。
それでも。《はじまりの日》の苦い経験に端を発するセイバーの観念が、彼女と共に歩くことを許さなかった。アスナに限ってはセイバーが恐れるようなことは起きないだろう、と半ば確信を抱いていても、なお。
胸の奥を刺す寂寥感に気付かないフリをして、独り石段を一歩一歩降り始める。
「ねっ、そういえば次の街ってなんて名前なの? どんな街並みかなぁ⋯⋯大きなお風呂とかあるかな?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
全然独りじゃなかった。
当たり前のように半歩後ろをついてくるアスナを胡乱げに見る。まさか言葉の意図が伝わらなかったのか? とも思ったが、顔いっぱいに広がる満面の笑みにはどこか威圧感がある。確信犯なのは間違いなかった。
「⋯⋯⋯初見のモンスターが大量に犇いているぞ」
「勿論、わかっているわ。でも、わたしは⋯⋯ううん、わたしたちなら何の問題もないわ。違う?」
せめてもの反論を試みるが、すぐに打ちのめされてしまった。しかも、その返答は奇しくもセイバーの懸念点の一つに対する解だ。
全く引く気配のないアスナに、深い深い溜め息を吐いた。
「⋯⋯はあ。分かりました。ですが、あまり離れすぎないで下さい。ふらふらと何処かへいなくなってしまっても、そのまま置いてきますからね」
「⋯⋯⋯⋯! うん! いこっ、
たたんっと軽快なリズムを奏でる足音を背に、歩みを再開する。
幾重にもつづら折りになった階段はたぶん途方もない段数になるのだろう。仮想空間とはいえ、精神的疲労は免れまい。
しかし、その足取りは不思議と軽かった。緩んでしまう口元を隠すように、フードの端をギュッと摘んだ。
(ディアベルとの)別れ。
実を言うと、最初はディアベルが引き続きレイドを引っ張っていく構想でした。しかし、それをやると軍も聖竜連合も生まれず、今後絶対にストーリー展開で詰む気がしたのですぐにボツにしました。
では、ディアベルが普通に生存したら物語はどうなるのか? それは、インテグラルファクターというアプリにおいて判明します。
仔細は省きますが、結局キリトへの弾劾とディアベルが居なくなる、という流れ自体に代わりはないんですよね。本作はそれをベースに、ディアベルにちょっと男前を見せて貰いました。
次話は幕間投下予定。
その後はまあ、アンケート通りに⋯⋯行くと流石に世界線が変わったのかと思うくらいの展開になりそうなので、25層辺りから再開しましょうかね。
いや⋯⋯、待てよ。スケルツォだけやるか⋯⋯?
以下、本編の副音声的なやつ。
優しいアスナさん
→まだ堕ちてない。キリトより態度が柔らかいのは、同性ゆえ。
怪しげなアスナさん
→まだ堕ちてない、はず⋯⋯。
なんでや! なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!
→幻聴。
キバオウは犠牲になったのだ。アニメ版の尺の都合⋯⋯その犠牲にな。
⋯⋯まあ、実はこのシーンはアニメ版のが先に公開されてたはずなので真偽は不明なんですけど。
セイバーを糾弾するリンド
→原作と違ってディアベルは生きてるので、そこまで壮絶な雰囲気ではない。多分このまま行くところまで行ってもそこまで悪い空気にはならなかった。
E隊の男
→悪意その1。一体、どこのジョニーなんだ⋯⋯。
それにしても彼は便利なキャラですね。普通に描くと原作沿いにやろうとして無理やりストーリーを捻じ曲げたって感じになりそうですが、悪意を持って扇動しようとするキャラがいると一定の納得感を醸し出せるので。
痩せぎす
→そういえば昔、FGOで散々「誤字だろ」とか言われてたなあ⋯⋯と、ふと懐かしく思った。
悪役を買って出ようとするセイバー
→アルゴに偽情報を売りつけたのは私だ、くらい言おうと思っていた。たぶん原作よりもずっと立場が悪くなっていた。
セイバーを遮るディアベル
→みんなを騙していたことへの罪の意識、自分のせいでレイドを危険に遭わせてしまったことへの贖罪、セイバーに助けられたことへの恩返し。
それらへの彼なりのケジメ。
ダガーを投げつけるディアベル
→流石にソードスキルを使ってはいない。二発ともクリーンヒットしてもHPが半分を割らない程度の威力。
もちろん気が狂った訳ではなく、他のプレイヤーにセイバーの実力が知識に依るものでないと証明するためにやったこと。
ベータのトッププレイヤーたる彼だからこそセイバーの常軌を逸した実力に勘付いており、この程度なら余裕で対処できるだろうという信頼のもと行なった。もし当たってたらとんでもない空気になっていたのは間違いない。
因みにアスナはその意図を全て察した上でもなお、こっそり後ろでブチギレていた。
ベータにはあんな武器もソードスキルもなかった
→大嘘。必然的にアルゴは十層でベータの攻略情報を出せなくなったため、若干攻略難易度が上がった。まあ、セイバーが破竹の勢いで前線を押し上げて情報を流すので特に問題はない。
ディアベルを助けるキバオウ
→プログレッシブを読んでいると、なんだかんだディアベルの意思を一番引き継いでいるのはキバオウだと思う。
キバオウとリンド
→現実的なキバオウと理想を追うリンド。スタンスがさらに先鋭化した二つの陣営。
しかし、実を言うとそこまで原作と乖離は発生しない。
なぜなら、リンドが元テスターを極端に排斥すると、必然的に彼らがみなALSに流れるため。
いくら彼がテスターたちを毛嫌いしていても彼らが知識や実力で大きなアドバンテージを有しているのは確か。ただでさえ人の数で勝るALSにベータテスターが大量に流れ込めば両ギルドの均衡は完全に崩れてしまう。
そのため、結局はリンドも反ベータ主義を貫くことはできない。黙認という形でベータを受け入れざるを得なくなる。
ビーター
→生まれず。
コート・オブ・ミッドナイトくん
→「あれ、ワイの出番は⋯⋯?」
迷宮区に戻るキバオウ
→たぶんディアベルはんとの感動の別れのシーンが繰り広げられた。描かないけど。
冷や汗を垂らすエギル
→ついつい視線が入ってしまうのは男の悲しい性。勿論ロリコンではないので邪な感情は抱かなかった。
目を輝かせるアスナさん
→どうしてももう一度姿が見たかった。
しかし一方で、不特定多数の人たちにその美貌を晒してほしくないという思いもある。
〝本物の強さ〟
→感想欄で書いたんですけど、再掲。
反転したアルトリアの好きなものは『強いもの』。その〝強さ〟とは心の強さ、精神的なものだと原作やFGOで語られている。
反転した彼女自身もまた『強いもの』だろう。しかし、
翻って、本作のアルトリアは未だ〝星〟を持ち得ない。護国もなく、大義もなく、理想もない。
無意識にその空虚を埋めるため、彼女は星に手を伸ばすのです。
アスナと別れようとするセイバー
→幾つか理由がある。でも大体コペルのせい。
アスナに押し切られるセイバー
→意外にも肉食系な彼女に根負けした。
確信犯
→誤用を承知で使用。 間違っているのは知りつつも、こっちのが意味通じ易いんですよね⋯⋯。
丁寧口調セイバー
→セイバーオルタと言えば尊大な口調。しかし、実のところこれは暴君の演技であることが原作等で語られている。親しい仲の相手には素の口調を使う。
仲良くウルバスに向かう二人
→あれ、おかしいな⋯⋯なんかプロットと全く変わってるんですけど⋯⋯? 次の幕間どうしよう?(自業自得)
一層攻略後、今後の展開は⋯⋯
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アニメ版の構成で飛ばし飛ばし進む
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プログレッシブをなぞる(エタる可能性大)