異聞 黒の剣士   作:こしあん

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 長すぎたので分割。キリのいいところで分けたので、次回は少し短めになる予定です。

 本話(と次話)の内容はプログレッシブ一巻の《ヒゲの理由》です。しかし、本作での主題はアルゴのおヒゲの理由でも兜の理由でもなかったりします()

 また、感想ここすき誤字修正評価等々ありがとうございます。基本モチベは高いんですけど、壁に行き詰まった時なんかはみなさんの感想に励まされています。誠にありがとうございます。

追記
 誤って描きかけで投稿したので修正しました。




幕間 兜の理由(上)

 

 

 自身よりもさらに一回り華奢な彼女を、すっぽりと包み込むような格好で抱きしめる。手足が絡み合う程に密着しているお陰で、しなやかながらも随所に柔らかみを帯びた肢体を思う存分堪能できた。

 

 吐息が当たるほどの至近距離。時が止まったような世界で、呼吸さえ忘れて琥珀の輝きに魅入る。普段の飄々とした雰囲気とは打って変わって艶やかな色を帯びた瞳は、磁力を伴っているかのようにセイバーの視線を掴んで離さない。

 

 ⋯⋯⋯しかし、こうして間近でじっくりと眺めていると、彼女が実はかなり整った容姿をしていることに気付かされる。()()()()()()がある種の目眩しになっているのだろう。少しだけ、勿体無く感じてしまう。

 そっと滑らかな頬に手を当て、親指の腹で右のペイントを覆ってみる。そっと顔を上向かせて覗き込むと、彼女の本来の美貌を容易に想像することができた。

 

「ぁ⋯⋯⋯」

 

 桜色の唇から漏れ出た吐息のような声が耳朶を打つ。やけに透明感に満ちた声音は脳髄を痺れさせるように甘い。

 もっとその音の調べを近くで聞いてみたくて、さらにぐいっと顔を近付けた。するとどうしたことか、琥珀の瞳に徐々に幕が下りていく──────。

 

 

 

 と、その時。

 

「⋯⋯⋯⋯なに、してるの」

 

 地の底から聞こえてくるような底冷えした声が響き、妙な雰囲気を消し飛ばした。強烈な圧力が背を刺し貫き、訳もなく背筋に仮想の冷たい汗が伝うような気がした。ふわふわとした思考も即座に覚める。

 

 壊れたブリキのようにゆっくりと首を横に向ければ、そこには予想通り見知った顔が一つ。しかし、その相貌に浮かぶ般若の如き表情は全くもって記憶にない。付け加えるなら、できればもう二度と見たくないと思う類のものである。

 

 ゴゴゴゴゴ。あるいは、めらめらめら。

 そんな効果音が聞こえてきそうなオーラを総身から放出する(アスナ)を前にして。

 

「⋯⋯誤解です」

 

 セイバーは、絞り出すようにそう返すのが精一杯だった。

 

 ──────なぜこんな状況に陥っているのか。話は数十分ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインクラッド第二層主街区《ウルバス》の南門を潜る。視界に圏内を意味するシステムメッセージが流れ、一層とはまた違った曲調のBGMが耳をくすぐった。

 隣を歩くアスナがほうと息を吐き、辺りを見渡す。釣られてセイバーも視線を巡らせると、街並みやNPCの衣装も一層とは微妙に変わっていることに気が付いた。

 

「わたしたち、本当に二層に来たのね⋯⋯。自分の足で歩いてきたはずなのに、なんだかまだ実感が湧かないわ⋯⋯」

「ふっ⋯⋯そんな感慨など、(じき)になくなるでしょう。これから先、九十回以上も同じことを繰り返すのですから」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 レストランの位置を脳内マップに叩き込みつつそう返すと、視界の端に映る栗色の髪が不意に消えた。アスナが(おもむろ)に足を止めたのだ。

 目を(しばたた)かせ、振り返る。彼女は惚けたように立ち尽くしていた。

 

 しかしそれも一瞬のことで、セイバーが声をかける間もなく軽やかな足取りで肩を並べてくる。

 

 その様子を目で追っていると、視線に気づいたアスナがふわりと華やぐような微笑みを返してきた。眩しそうに目を細め口元を綻ばせる姿は、同性のセイバーですら思わずドキリとするほどに魅力的だった。

 

「⋯⋯どうしました?」

「⋯⋯ううん。なんでもないっ!」

「⋯⋯⋯⋯??」

 

 鼻歌でも聞こえてきそうなほどにご機嫌な様子の暫定的相棒に小首を傾げつつ、歩みを再開する。そんなセイバーを見て、アスナがまた透き通った笑い声を溢した。

 

 

 

 ゆったりとした歩調でNPCの露天や雑貨屋などを冷やかすこと暫く、不意に視界が開けた。

 

 街の雰囲気は一層とは随分趣が異なるが、基本構造としては変わらないようだ。即ち、街の中央に置かれた《転移門》とそれを囲むような大広場。そこから放射状に広がる建造物群。

 件の《門》の前までやってくると、アスナが訝しむように覗き込んだ。

 

「本当にこれに触るだけでいいの?」

「ええ。⋯⋯⋯⋯おそらくは」

 

 ふうん、と気のない返事。唇に指を当て、考え込むような仕草をする。

 無理もない。何せ目の前に聳える《門》は、一見するとただの石積みのアーチでしかない。こんなもので一ヶ月もかかった道程をショートカットできるなど俄には信じ難い。ある程度のRPG経験を通じて一定のセオリーを心得ているセイバーは兎も角として、全くのゲーム素人のアスナならばなおさら。

 

 しかし、彼女が思考を割いていたのはどうやら全く別のことだったらしい。遠慮がちな上目遣いで、こしょこしょと囁きかけてきた。

 

「⋯⋯ねえ、そういえば今さらなんだけど⋯⋯。セイバーって、ベータテスターなの? 色々知ってるみたいだから、そうなんじゃないかなって思ってたんだけど⋯⋯その⋯⋯」

「ん、ああ⋯⋯」

 

 この世界に()()()()風なのに説明が伝聞形式なのが引っかかったのだろう。別に偽っていたわけではなく、特段隠し立てすることでもないのですんなりと答える。

 

「ベータテスターだったのは私の弟です。彼からある程度攻略情報を聞かされているので、普通のプレイヤーに比べればある程度事前知識があります」

「そういうことだったのね⋯⋯弟さんははじまりの街に?」

「ああ⋯⋯いえ。弟のナーヴギアとソフトを借りてログインしているので、彼はこの世界に来てはいません」

 

 転移門に視線を注いでいたアスナが、パッと顔をはためかせた。驚愕を張り付けた表情で、唇の端を震わせる。

 

「そう、だったんだ⋯⋯わたしと同じね。わたしは、お兄ちゃんのナーヴギアを無断で借りてきちゃったんだけどね。きっと今頃怒ってるだろうなぁ」

「⋯⋯なら、さっさとこのゲームをクリアして、ナーヴギアを返さないといけませんね」

「うん⋯⋯そうね」

 

 セイバーはこのデスゲームに囚われた咎を彼に求めるようなことは全く考えていない。

 しかし、もし自分がこのゲームから途中退場するようなことがあれば、間違いなく彼は己を責めるだろう。その呵責は自罰となって一生彼の人生を苦しめることになるかもしれない。そんなことはセイバーの望むところではない。

 

 恐らくアスナも同じことを考えているのだろう。伏目がちながらも、榛色の瞳に強い意思の光を讃えながら小さく頷いた。

 

 

 しめやかな雰囲気を切り替えるように視線を前に戻す。

 

「⋯⋯さて。それでは、そろそろ転移門のアクティベートをしましょうか。アーチの間に手を触れれば、第一層各街のゲートと接続される筈です」

「ええ。ボスを倒してからもう三十分以上経ったもの。みんな待ちくたびれてるわ」

 

 間近からよく見れば、アーチの中央の空間に仄かな()()()があるのが分かる。ここに触れれば《街開き》がなされるのだろう。

 

 小さく頷き合い、揃って右腕を伸ばす。二人の指先が垂直に波紋を立てる透明な水面に触れた────その瞬間。

 視界を白みがかったブルーの閃光が覆った。 指先の空間から溢れ出た光は同心円状に脈動しながら広がっていく。

 

「わぁっ、すごい⋯⋯綺麗⋯⋯」

「そうですね⋯⋯。下の層の色々な街でも同じ現象が起こっていることでしょう。今にここからプレイヤーが大挙して溢れ出てくるはずです。絡まれるのも面倒ですし、人混みに紛れますよ」

「うんっ、わかっ─────」

 

 言葉が途切れる。一瞬の硬直の後、ギュンッと音が出そうなほどの速度で顔をこちらに向けたアスナが、セイバーの格好を凝視する。

 頭の天辺から足の爪先まで貫通属性を伴う眼光が何回か往復し────。

 

「走るわよ!」

「え、ちょ────ッ⁉︎」

 

 セイバーの腕を取って走り出した。一際眩い輝きと甲高いファンファーレを背にして敏捷力パラメータ全開で疾走する。

 

「あ、アスナ⁉︎」

「静かに! 舌噛むわよ!」

 

 仮想世界なんだからそんなことありえないでしょう! とツッコミを入れる暇もなく、広場を駆け抜ける。

 

 

 飛び込んだ先は転移門広場の東に立つ寂れた教会だった。数秒で奥の階段を踏破し、三階の奥の小部屋に転がり込んだ。

 

「な、なんですか⋯⋯急に⋯⋯」

 

 仮想空間ゆえに少しばかり乱れてしまった息を整えながら、アスナに抗議する。しかし、彼女はそんなセイバーが鼻白むほどの剣幕で詰め寄ってきた。

 

「あ、貴女こそ何を考えてるの⁉︎ そのローブの下って、その、下着でしょう? まさかそんな格好で人集りに入ってくつもり⁉︎」

「む、むぅ⋯⋯。しかし、このローブは裾も丈も長いですし⋯⋯」

「言い訳無用! さっきなんてショーツ丸見えだったじゃない!」

「それは貴女が走らせたからです」

「⋯⋯というか、他に服持ってないの?」

 

 全くもって聞く耳を持ってくれないアスナに溜息を殺しつつ、メニューウインドウを操作する。しかし、ストレージに入ってるのは替えの武器やらポーション類ばかりだ。寝巻きや衣服なんかは宿屋のアイテムボックスに全部押し込んできてしまったらしい。

 

「ありませんね」

「はぁ⋯⋯仕方ないなぁ。今日はわたしのを貸してあげる」

 

 やれやれと首を振ったアスナがメニューウィンドウを繰る。セイバーにも一応羞恥心はあるのでそれに否やはない。ありがたい申し出には違いない────のだが。

 

「ボトムスはスカート一択よね。ちょっとミニだけど、これでいいかな。トップスは⋯⋯こっちの藍色のチュニックとか? ううん、でもセイバーは黒系のがよく映えるし⋯⋯。そうだ、こっちのワンピースとかいいかも」

「いえ、あの⋯⋯。上からローブを着込みますし、そのうち鎧も新調するので普通のやつで大丈夫ですよ?⋯⋯⋯聞いてます?」

「うん、わかってるわかってる。あ、このカシュクールとか絶対似合うわ!」

 

 絶対聞いてない。目をキラキラとさせながら次々と布装備を取り出すアスナに、セイバーは深く溜息を吐いた。というか、何故彼女がそんなに沢山衣服を蓄えているのか、全くもって理解できなかった。

 

 非常に不穏な気配を発するアスナから視線を逸らし、奥の小窓から広場の様子を覗く。

 

 途切れることなく門が青色に瞬き、一層からの転移者が喜びに奇声を上げるプレイヤーが飛び出してくる。

 情報屋(アルゴ)から買ったと思しき地図やガイドブック片手に疾駆する者、キョロキョロと辺りを見渡す者。

 予想通り、中央広場はお祭り騒ぎの様相を呈していた。あの群衆の中だと、意図しない身体的接触が起こる可能性もゼロではない。結果的にアスナの判断が功を奏したようだ。

 

 

 暫くその様子を見下ろしていると、ふと見知ったプレイヤーを発見した。金褐色の巻き毛にハイド性能の高そうなレザー装備を見にまとった小柄な女────アルゴだ。

 だが、様子がおかしい。アルゴは転移門からワープするや否や、そのまま猛烈な速度で西の通りに駆けていったのだ。一瞬だけ見えた余裕のない表情の意味を推測するよりも早く、その背を追うように猛ダッシュする二人組の男が目に映る。

 

 明らかに尋常ではない。情報屋の仕事でアルゴが何か恨みを買ったと見るのが普通だ。舌打ちを一つ鳴らし、窓枠に足をかける。

 

「よしっ、幾つかセットができたわ。一番似合うのを装備しましょう。だから、まずはその野暮ったいローブを脱いで────」

「アスナっ、少しここで待ってて下さい!」

「え、ええっ⁉︎ ちょ、ちょっと────⁉︎」

 

 最後までその台詞を聞き終えることなく、すぐ下の屋根に身を躍らせる。地上の雑踏を避け、隣の屋根に飛び移った。そのまま猛然と駆け、三人の背を追う。

 

 セイバーの敏捷値自体はスピード型ステータスビルドのアスナなどには劣る。だが、持ち前の反応速度で〝足を交互に前に出す〟という動作の回転数を上げることでそのビハインドをカバーし、彼女と遜色ないダッシュスピードを可能としていた。

 

 だが、それでもアルゴたちとの距離は全く縮まる気配がない。AGI極振りのアルゴは兎も角、追跡者二人も相当高い敏捷力パラメータを誇っているのだろう。ボス攻略の際には見かけなかったが、かなりハイレベルだ。

 

 しかも、殆ど点に近い三つの背はウルバスの城門を抜けてもなお止まらず、平原のフィールドに出ている。言わずもがな圏外であり、追跡する二人の武器がアルゴの小さな体躯に降りかかれば最悪の事態もあり得る。

 彼女の身に迫る危機に強く唇を噛み、地を蹴る力を強めてセイバーも草原を駆け抜けた。

 

 

 

 そのまま数分ほど全力疾走を続け、いい加減隠しパラメータの疲労値が足に溜まってきた頃、ようやく三人に追いついた。と言っても、彼女たちがスピードを落としただけなのだが。

 

 小型の岩山二つに挟まれた谷間。その奥から、馴染み深い声が響いてきた。

 

「⋯⋯んども言ってるダロ! この情報だけは幾ら積まれても売らないんダ!」

「情報を独占する気はない。しかし公開するつもりもない。それでは、値段の吊り上げを狙っているとしか思えないでござるぞ!」

 

 ────ゴザル?

 険悪極まる声の響きよりも奇妙な語尾に気を取られつつ、猛ダッシュに急激な制動力を効かせる。ガガガガッとソルレットの裏で地面を削りながら二人組の男を追い抜き、反転する。

 

 突如姿を現した乱入者を前に、男たちに────いや、背後のアルゴを含めて場にピリッと緊張が走った。

 

 普通に口を開こうとして、思い留まる。何せ今はメタリックなボイスエフェクトをかけてくれるフルフェイスは無いのだから。仕方なしに、男声を意識した低い声を絞り出した。

 

「────そこまでだ」

「何者でござる⁉︎」

「他藩の透波か⁉︎」

「は⋯⋯?」

 

 タハン? スッパ? と脳内で大量の疑問符を踊らせながら改めて男たちの格好を眺める。

 全身を覆う濃い灰色の布装備。鎖帷子を模したようなチェーンメイル。背中の剣帯に吊った小型のシミター。灰色のバンダナキャップと、口元を隠すパイレーツマスク。

 

 加えて、やけに時代錯誤的な言い回し。つまり、総合して形容するに────。

 

「⋯⋯忍者?」

「⋯⋯! そう、ギルド《風魔忍軍》のコタローとイスケとは拙者たちのことでござる!」

 

 ばばーんっと謎のポーズを決める二人組をジト目で眺める。なんとも楽しそうにロールプレイに没頭する男たちに脱力しそうになるが、それでも嫌がるアルゴに無理に迫って情報を引き出そうとしていたのは事実。

 じりじりと距離を詰めてくる二人組を牽制するように、腰に吊った長剣の柄に指を走らせながら極限まで低い声で言う。

 

「⋯⋯兎も角、これ以上彼女に近づくのなら、問答無用でその素っ首叩き落とす。さもなくば去れ」

 

 しかし、その威嚇は逆効果だったらしい。似非忍頭巾の下で、瞳が剣呑な色合いを帯びる。

 

「それは無理な相談でござる! 今日という今日は、絶対に引き下がるつもりはないのでござる!」

「あのエクストラスキルは、拙者たちが完成するために絶対必要なのでござる!」

「邪魔立てするというのなら、こちらも相応の態度を取るまで!」

 

 完璧に同期した動きで、二人の右手が背中の忍者刀じみた曲刀に伸びる。鋭い視線でそれを追いながら、こちらも鈍色の刀身を半分ほど引き抜く。

 

 まさに一触即発。だが、事態の解決は思わぬところからもたらされた。

 

「⋯⋯⋯」

 

 ()()を視界に納めた瞬間、即座に愛剣を鞘に戻した。バッと身を翻し、不安げに瞳を揺らすアルゴの腕を取って岩陰に引き込んだ。

 

「んナッ、なにヲ⋯⋯⁉︎」

「逃げるつもりか!」

「そうはさせないでござる!」

 

 当然セイバーたちを追おうと足に力を込める風魔忍ども。

 

「ブモオォォォ────ッ!」

 

 だが、そんな彼らを縫い付ける咆哮が一つ轟いた。ぴょーんと軽く飛び上がり、二人揃って振り返る。

 

 目と鼻の先に屹立していたのは、三メートル近くはあろうかという巨大な牛型モンスター。見た目だけでも相当な攻撃力と防御力を備えていることを察せるほどの巨躯だ。

 ⋯⋯まあ、こんな戦闘エリアのど真ん中で力いっぱいシャウトしていたのだから、当然の結果である。むしろ今のところコイツ一頭だけというのが奇跡的と言える。

 

「ごっ⋯⋯」

 

 ところで。闘牛なる競技があるように、牛とは突進力と追尾性能に秀でた生き物である。そして、RPGの敵モンスターとはえてしてそういった一面を強調することが多い。

 それはSAOでも同様のようで、闖入牛は硬質な蹄でザクザクと地を蹴りながら姿勢を低くしている。不可視のエネルギーがギュンギュンと分厚い脚部の筋肉に凝縮していくのが分かる。

 

 一瞬の沈黙の後。

 

「「ござるうぅぅぅぅッ!」」

 

 弾けるような忍者の悲鳴が岩肌を叩いた。直後、男たちはそれこそ忍のような俊敏さで街の方へと走り出した。雄叫びとともにドドドドッという地響きがそれに続き、地平線の彼方へと消えていく。

 

 ぴゅーっと寒風が過り、混沌とした空気を荒地に吹き流した。今度こそ脱力し、大きく息を吐いた。

 

「⋯⋯まったく。なんだったのだ、アイツらは」

「⋯⋯⋯⋯セーちゃん、カ」

 

 背後で響くしおらしい声。そういえば、初めて会った時もこのローブ姿だったな、と回想に浸ろうとして────。

 

 

「⋯⋯かっこつけすぎだヨ、()()()()

 

 背中に当たる柔らかい感触に、思考がフリーズする。視線を下にずらすと、背後から伸びてきた二つの小さな手が優しく体を包み込んでいるのがわかった。

 

「またそんなことされると、オネーサン、情報屋のオキテ第一条を破りそうになっちゃうじゃないカ。()()()()情報屋じゃいられなくなったら、どう責任とってくれるんダ?」

 

 彼女の言葉の中身を理解するには、今のセイバーの脳では処理能力不足だった。

 

 しかし何より、この格好はまずい。非常にまずい。ローブ越しに感じる慎み深くも確かに()()触感は置いておくにしろ、アルゴの手の位置は肩よりほんの少し下のあたり。つまり────。

 

 ふにゅん。

 

「ふぁっ⋯⋯⁉︎」

「⋯⋯ン。んんんっ? なんダ、この手に吸い付くように柔らかい感触は⋯⋯」

「んぅっ。ひゃっ⋯⋯くッ、やめなさい⋯⋯!」

 

 感触を確かめるように両手をわきわきさせるアルゴを振り払うように、激しく身じろぎを繰り返す。

 

「おわッ⁉︎」

 

 思惑通りにアルゴを剥がすことには成功したが、たたらを踏んだ彼女が後ろに倒れそうになってしまう。

 

 咄嗟にその手を掴み、抱き寄せた。

 

「────────────ぁ」

 

 秘めやかな声に苦虫を噛み潰す。こんなに密着する態勢になってしまえば、当然体の輪郭をハッキリと捉えられてしまう。

 まあ、性別がバレるくらいならそこまで大した問題にはならないか⋯⋯と腹を括って顔を下に向けると。

 

 大きく目を見開き、食い入るようにこちらを見つめるアルゴの視線とぶつかった。一心にセイバーの()に注がれる熱い眼差しには不思議とどこか既視感がある。

 

「⋯⋯? ん、あ⋯⋯」

 

 今更ながら、セイバーは己の失態に気づく。視界の大部分を覆っていたはずのフードが無くなっているのだ。恐らく、先程アルゴを引っぺがそうと苦闘しているうちには外れてしまったのだろう。つまり、バッチリ顔を見られてしまっている。

 

 兜の下を晒すことはセイバーが避けようとしていた事態の一つだ。自分のためだけでなく、ゲームクリアというグランドクエストを達成するために。

 

 

(しかし、まあ⋯⋯アルゴにならいいですか)

 

 ───だが、そんなことを考えてしまうくらいには、セイバーは彼女に絆されていた。

 

 面識を得たのは、デスゲームが始まった次の日。それ以来、二人の奇妙な二人三脚が始まった。

 セイバーが前線を押し上げ、アルゴがその情報を後進のプレイヤーたちに流布する。難易度の高いクエストやダンジョンをクリアし、危険性を伝える。

 それは、ある種の相棒(コンビ)のようだった。苦楽をともにした───というには大袈裟だが、少なからず親愛の情を覚えるには充分だった。

 

 しかし、非常に深刻な問題がある。

 

 それは、彼女が《情報屋》であること。売れる情報はなんでも売る、というモットーを掲げる彼女がこんなにオモシロイ情報を放っておいてくれるはずがない。

 一体どれだけ法外な《口止め料》を請求されるのか戦々恐々としつつ、取り敢えず再度アルゴを離そうと彼女の肩に手を置く。

 

 ぴくん、と(かす)かに震える華奢な躰。しかし、背に回された腕にはいっそう力が入り、華奢な躰を密着させてくる。いよいよ息がかかりそうな距離だ。

 

 ────普段の小憎たらしい態度からつい忘れがちだが、彼女もまだ少女だ。恐らくはセイバーやアスナとそう変わらない年齢の。

 ならば、男二人がかりで追いかけ回されるという経験は相当キツイものがあったに違いない。そう思うと、少なからず憐憫と庇護欲を掻き立てられないこともない。少しでも安心させるようにセイバーも彼女の背に腕を回して抱きしめる。

 

 ────しかし。

 

「────ッ」

 

 熱に浮かされたように潤んだ瞳が、俄かにセイバーに動揺をもたらす。胸の奥を締め付けるような()()が思考を狂わせる。

 

 途端に狭まっていく視界。色彩が薄れていく世界で、金褐色の巻き毛だけが豊かに色づいていた──────。

 

 

 

 

 

 そして、話は冒頭に戻る。

 

「へえ〜〜、ふぅ〜ん。ああ⋯⋯⋯そう。わたしを置いて走っていったからどこに行くのかと思ったら⋯⋯こんなところで密会を楽しんでたのね?」

 

 《リニアー》を彷彿とさせる鋭利な声に、現実逃避気味に過去に飛翔させていた思考が強制的に引き戻される。冷や汗がぶり返してきた。

 

 ─────いや、待て。何を恐れることがある? 何もやましいことなど無いではないか。事情を話せば理解してくれるに違いない。

 が、そのためにはこの格好では些か説得力に欠ける。加速度的に目元を険しくするアスナから視線を逃し、アルゴの肩を叩く。

 

「アルゴ、少し離れて下さい。アスナに事の顛末を話します。⋯⋯というか、私も詳しい話は知らないので、貴女からも補足して欲しいんですが」

「⋯⋯⋯ヤ。オイラ、離れたくないヨ⋯⋯」

 

 グリグリとささやかな胸元に顔を押し当て、湿っぽい声で呟くアルゴ。薄い布越しに彼女の体が僅かに震えているのが如実に伝わってきた。

 炎を幻視するほどに全身から覇気を滾らせたアスナが、ゆっくりと近づいてくる。その顔は怒りを通り越してもはや無の境地に達している。正直少しこわい。

 

 だが、こうして恐ろしい体験に肩を震わせる彼女を押し除けることなどできるはずが────。

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯フ⋯⋯⋯⋯んくっ⋯⋯⋯⋯ふ、ふふ⋯⋯」

 

 

 ────あった。コイツを野放しにしていいはずがない。

 

 

「────ふんっ」

 

 一秒で主張を翻し、《鼠》の首根っこを掴み上げて引ん剝いた。露わになった彼女の表情には、案の定悲壮感の欠片もなかった。

 それでもなおも取り繕ったように瞳を潤ませるアルゴを、思い切り睨め付ける。口角がピクピクと痙攣しているのを見逃さなかったのである。

 

「⋯⋯⋯⋯ふッ、ぐふっ⋯⋯にゃハハ‼︎ にゃーハハハハハッ!」

 

 途端に小生意気な《鼠》に戻ったアルゴが、堰を切ったように爆笑する。

 

 ────揶揄われたのだ。事ここに至ってようやくそれに気づいた。そうなると、今度は沸々と怒りが込み上がってくる。

 

 

 突然笑い出したアルゴに困惑するアスナと、乙女の純情を弄ばれたことに怒気を滾らせるセイバー。

 すっかり逆転した二人の視線を浴びながら、暫しの間アルゴの独特な笑い声が渓間に響き渡ったのだった。

 

 

 





 甘くしすぎたかしら⋯⋯。まあ、数話後から激苦ブラックコーヒーをお届けすることになるので⋯⋯。

 ところで、最近土日の度に予定が入って執筆時間が確保できません。なぜ⋯⋯いつも暇なのに、こういう時期に限ってどうして⋯⋯。今週は水曜が休みなので投稿本数を増やしたいところです。


以下、本編の副音声的なやつ

美少女アルゴ
→たぶんそう(願望)

ご機嫌アスナさん
→自分が死ぬことは勿論、アスナが死ぬことも全く想像していないセイバーに勇気づけられた。乙女フィルター越しには、『私が守ってあげます』くらいに聞こえてたかもしれない。

お兄ちゃん呼び
→あの家庭環境の割には違和感がある。絶対浩一郎の趣味だと思う。

パンツ丸見え街中猛ダッシュ女
→隣を走っていたのになぜかバッチリ目撃しているアスナさん()


反応速度
→最高レベルの反応速度。騎士王スペック。

 以下、感想返しの際の再掲。

 SAOにおける反応速度とは、『ナーヴギアの脳との間の信号伝達速度のスムーズさ』。
 これは私の独自解釈になりますが、この『反応速度』にはベースに純粋な意味での『反射神経』もあるのではなかろうか、と個人的に解釈しています。

 例えばですが、PCからディスプレイに出力される映像のfps(フレームレート)を想像してみて下さい。反応速度が高ければ高いほど高いfpsを出せるとします。
 SAOにおける反応速度という言葉を額面通りに上記の例に適用すると、この場合の反応速度はディスプレイのHz(リフレッシュレート)に対応するかと思います。
 しかし、実際には(当然ながら)グラボ側の性能もfpsに大きく影響してきますよね。これが、そのベースとなる『反射神経』だと思って下さい。セイバーはこちら側が特に秀でているのです。
 この2種の複合の結果が、仮想世界における反応速度に値するのでは⋯⋯と。私はそう考えています。

 つまり、キリトくんはそこそこのスペックのグラボと高級ゲーミングモニター。セイバーはハイエンドグラボとそこそのモニター。
 そんな風に捉えていただければありがたいです。
 ⋯⋯という浅いPC知識。詳しい方がいらっしゃればアドバイスいただけるとありがたいです。


忍者
→そういえば、これだけキャラが立っているのにこの後見かけた記憶がない。いずれ再登場するのだろうか⋯⋯。

アルゴに甘いセイバー
→現時点ではアスナよりも相棒然としている。

嫉妬アスナさん
→まだ堕ちてない。
 ⋯⋯まあ、プログレッシブ本編であれだけイチャついておきながら同じこと言ってくるくらいですからね。

演技派アルゴ
→たぶんアスナが来たあたりで頬をニヤけさせていた。

一層攻略後、今後の展開は⋯⋯

  • アニメ版の構成で飛ばし飛ばし進む
  • プログレッシブをなぞる(エタる可能性大)
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