もんむす・くえすと! 勇者ルカと仲間たち 作:J・チェプナクル
__これは昔、ジョージとマモルの過去の話。
彼らが、まだ小さい少年の頃、生まれ、亡き友ショウトとの出会い、そして現在に至るまでの人生譚である。
ジョージはある農村の、一般的な村人の生まれ、
マモルは代々、結界術に携わる家系で生まれた。
そして彼らの友人、ショウトは、呪具を管理する家系の次期当主として生まれた。
誕生してから彼らはそれぞれ、思い思いに過ごしてきた。
ジョージは田んぼに集まる虫を追いかけ遊び、マモルとショウトは幼少期から互いに家業に関わり、面識を持ち、親交を深めた。
しかし、生活というのは時に異変が生じる。
時に変化が起きたのは、今から12年前。
村で流行り病が流行したのだ。
マモルとショウトは、いわゆる貴族のような家柄だった。
流行り病に対する特効薬がどれほど高い値段になっていようと、それを払えるほどの資産を持っていた。
しかしジョージは違った。
ジョージは、ごく普通の村人として生まれた。
特効薬は急速に高まる需要によって供給が間に合わなくなり、それに比例するように価値も高まる。
結果、早い段階で手に入れられなかった村人にとっては、正真正銘、高根の花になってしまった。
運悪くジョージは親共々、流行り病に身を蝕まれてしまった。
そして残念なことに、ジョージの家は、その特効薬を最も低い値段の間に手に入れることが出来なかった。
間に合わなかった。
その状況がどういうモノなのかは、当時、ジョージは子どもながらも理解できていた。
…それでも、ジョージの親は、自分の子どもに生きて欲しかったのだろうか。
ジョージの親は、家財道具を売り払った。
そしてやっとの思いで、たった一人分だけの量しかない薬を手にすることができた。
全ては、子どものために。愛する我が子のために。
親はその薬を、ジョージに使おうとした。
ジョージは拒んだ。
「嫌だ。」
「自分だけ生きて、愛する親がいなくなるのは嫌だ。」
「一人にしないで。」
「一人ぼっちにしないで。」
「死ぬのなら、自分も一緒に死ぬ。」
そんな願いも虚しく、有無を言わさず薬を飲まされた。
そして…ジョージの病は治ったものの、ジョージの親は流行り病で亡くなった。
こうして、ジョージは天涯孤独の身となった。
ジョージの親は家財道具を全て売り払ってしまっていた。それは自分たちの家すらも。
帰る家も無くしたジョージは、それからを孤児として過ごした。
しかし、愛してくれた親はもういない。
愛情を注いでくれる存在も、受け止めてくれる存在もいない。
どこの子かも知らない孤児を、流行り病が流行していたことも相まって、引き取る者は現れなかった。
誰からも愛されなくなったジョージは、次第に心は荒んでいった。
もはやその身には、病ではなく、心に鬼が住み着いてしまった。
誰も受け入れないのなら、自ら拒絶してやると__
ジョージはその後を、村の路地、森林や山の中をあてもなくさまよい、時は過ぎた。
その頃には、薬の供給が間に合うようになり、生き残った村人の手にも行き届くようになった。
しかし、村が泰平になったところで、病に倒れ、亡くなった人は戻ってこない。その痛みに狂う者も数知れなかった。
まだ幼かったジョージも、その一人だった。
同情の、善意を持った手を差し伸べられても、彼は自ら振り払って拒絶した。
孤独となった自分を、解かしてくれる人間は現れやしない。
意識こそしていなかったものの、無意識にそう思うようになった。
__しかし、その孤独で凍てついた心は、二人の少年と出会うことで解かされることになる。
流行り病も鳴りを潜めた頃、幼かったマモルとショウトは森で虫取りに興じていた。
そして互いに気分が盛り上がっていた時に、一人の少年を見つけた。
地面に倒れ込んでいた少年の身体は痩せ細り、衣服もひどく汚れ、今にも死んでしまうそうにも見えた。
しかしその目は、鬼が睨んでいるかのような目つきだった。
恨み、辛み、憎しみといった、憎悪という負の感情を体現したような目。
来るな、近寄るなと叫ぶかのように、こちらを睨んでいた。
その少年は、人を拒絶するようになったジョージだった。
それが、ジョージ、ショウト、マモルの三人の出会いである。
さっきまでの楽しさはどこへいったのやらと、マモルとショウトはしばらく、その飢餓に苦しむ少年を見つめていた。
少ししたころに、マモルは「_どうする?」と呟いた。
ショウトはすぐさま答えた。
「…家に連れて帰ろう。」
マモルは困惑した。
「_連れてどうする?」
「…まず風呂。あとは食べ物。」
そう言いながら、倒れていたジョージに手を差し伸べた。
しかしジョージはその手を振り払った。
「そんな身体なのに、強情な奴だなぁ。ますます放ってはおけないぞ。」
しかしショウトは、振り払われた手を再び差し出した。
ジョージはギョッとした。今まで出会った人間は、一度、振り払えば突っぱねたからだ。
「…怖くない。俺たちは敵じゃない。」
ジョージは恐る恐る手を出し、差し伸べられた手を握った。
柔く暖かい手。久しぶりに感じた、優しさだった。
そしてジョージは、ショウトの家で保護してもらった。
しかし、ジョージの心はまだ開いてはいなかった。
ジョージからしてみれば、見ず知らずの自分と同じくらいの年頃の少年2人に連れられて、しかも家は屋敷と呼べるほど広い家だ。
相手は身分が高い者なのかは分かる。が、この2人は何者なのか。
そして、自分はこれからどうなるのか。どうするのか。
それらの要素から来る不安と警戒によって、完全には安心できていなかった。
「…ある程度は、俺たちに対する敵対心は解けたみたいだけど……随分と頑固者だな。」
3人畳のある広い部屋にいた。ジョージは用意してもらった流動食で飢えた腹を満たしていた。
「_あぁ、まったく喋らないしな。なんで連れて来ようと思ったんだ?」
「…なんでもいいだろ?理由なんて。」
「_でたよ、お前の気まぐれ。」
2人は軽く笑談して、再びジョージに向き直る。
「…少ししたら、君の家に送るよ。場所はどこだ?」
君の家……ジョージはその言葉に反応した。
そして、咄嗟に呟いた。
「帰る場所はもうない。」
その言葉で、ショウトは何かを察した。
ショウトは少し考え込むと、再び顔を上げた。
「…なら、ここに住めばいい。」
「_何言ってんだぁショウト!?」
「…問題ないさ。金くらいはある。だが条件がある。」
ショウトはジョージの近くに寄った。そして言い聞かせるように、ジョージの眼を見た。
「…俺の使用人として働くんだ。それなら、金は出せる。それに、ここに住める理由にもなる。」
そう聞いて、ジョージは再び敵対する反抗の眼となった。
あまり知識を身につけていないジョージでも、ある程度は理解できた。
そして、ショウトの言っている意味を、「この家の奴隷になれ」と解釈した。
「…勘違いさせてしまったな。なにも下人になれとは言っていない。」
「…ここで働いて金が貯まれば、自分の帰る場所を買えばいいのさ。」
「…雑用はさせるけどな。あとは俺と同じような教養も受けれるように説得してみる。部屋は俺と相部屋にしよう。」
…何を言っているのかわからない。奴隷じゃない?教養?相部屋?
いきなり、次々と言われてジョージは困惑した。
ショウトはジョージの反応を見て、自分は分かりにくいことを相手に言っていると自覚した。
なので今度は、伝わるように言葉を選んだ。
「…自分の帰る場所を、自分の手で掴むまで、ここにいて良いって言ってるのさ。俺は。」
その言葉を聞いて、ジョージはやっと理解した。
しかしそれと同時に、その内容にジョージは驚いた。
「…な?悪い話じゃないだろ?」
「_ショウト、なんか大盤振る舞いすぎやしねぇかぁ?」
「…ケチんぼうなお前に言われたかないよ、マモル。」
再び、ショウトはジョージの眼を見た。
「…どうだ?やるか?」
ジョージは反抗の眼を止めた。
そして、友好を感じるような眼つきで頷いた。
この相手は、恩を返さなければならない相手だと、ジョージはそう感じた。
それからのジョージは、ショウトたちと寝食を共にしていくうちに、いままで失っていたモノ…人間としての心を取り戻していることに実感した。
人の温もり…友情…人として得るであろうモノを、失った時間を取り戻すように、ジョージは謳歌した。
学びというのは、ジョージとっては娯楽と同じくらい楽しいモノだった。
ある時は、自ら進んで武術を身に付けることもした。
何年か経った頃には、自らの資金で家と畑を買い、一人暮らしを始めた。
そうした生活をしているうちに、かつての鬼の顔は鳴りを潜め、穏やかな性格になった。
数年過ぎたある日、ジョージは、なぜ自分にこんなことをしたのかと尋ねた。
「_あぁ確かにぃ…なんで?」
「…なんでか…って?そうだなぁ…」
「…寂しそうだなっていう勝手な同情…だったかな。」
…それだけ?
「_おいおい、嘘つけぇ、仮面被る気かよぉ?」
「…それだけだな。他に何があるって?」
他に…あるのではないのか?
もっとこう…それらしい理由が……?
「…いやなぁ、小さい頃からの友人ってのが
いやしかし……納得できん………
「_同意見。どうせいつもの博打で出た結果なんだろぃ。」
「……知ってるか?余裕だよ、余裕。賭け事でも大事なことだ。」
………む?
「_なんだぁ?急にぃ……」
「…人を助けれる奴ってのは、心に余裕がある奴なんだよ。」
何を言うかと思えば……誤魔化す気だな?
「_お前ぇ…考えてること全部吐かねぇと、ケツに爆竹入れんぞ。」
「……わーった!わかったよ!本音を言ったるよ。」
「…友達が欲しかったっ。」
それを聞いたジョージは、それは友情を超えた感情が生まれた!
主人に忠誠を誓う家来と同じような感情……「忠義」!!最も当てはまる言葉はそれだろう!
「_ホントにそれで全部なんだろうなぁ?」
「…ま、理由はなんであれ、もういいだろ?俺達ゃこうしてここにいるんだ。」
「…マモル共々、これからもよろしく頼むぜ、親友ジョージ__」
__時は今に回帰する。
ジョージとマモルは、ショウトとの思いでを、走馬灯のように思い出していた。
いや、一瞬にして、脳裏によぎったと言うべきか。
_____誰かに明日を生きてほしい。
ルカが放った言葉を耳にしたとたん、まるで弾けるように、電流が走るように、記憶が駆け巡ったのだ。
__何故?何故、廻った?
何故、ショウトは自分を助けた?
何故、ショウトは我らを助けた?
その理由は、既に知っていた。
___「友達だから」
知っていたのに、知らないフリをしていた。
心の底から、知らないフリをしていた。
復讐という感情に、目前を曇らされていた。
復讐という鬼に、心を動かされていた。
__だからこそ、気付いたのだ。
ショウトの真の想い…それは…
「生きて欲しい」
…ただ、それだけだった!
それに気付いたジョージとマモルは、己を恥じた。
イズクに復讐を果たした後、自分たちは死ぬ気だった。
しかしそれは、ショウトの意思に反する行為!
……まるで喜劇だ。醜い喜劇。
勝手に無念を晴らすと豪語して、勝手に死ぬ気になっていて。
…なんとも恥ずかしい話だろう。
これは、なんとも!恥ずかしい話だろう!!!
ジョージ「__何が鬼だ…!何が無念だ…!」
マモル「__何が心に鬼が住み着いただ…!!」
___己を恥じれ…!!!
ショウトは…自分たちに生きてほしいために……
己が命を懸けたというのに……!
我らが…ここで死んでしまっては……
ショウトの想いを、無駄にするではないか…!!!
まるで消える泡沫のように……
雑草を踏みにじるかのように……
無駄にするではないか!!!
ショウト「__…ってことは、まだ無駄じゃないってわけ。」
ジョージ「…!?」
マモル「……!?」
ショウト「__だってお前ら、まだ生きてるじゃねぇか。」
ジョージ「ショウト……なのか…!?」
マモル「おめぇ…どこに…!?」
聞こえた。確かに聞こえた。2人揃って聞こえた。
思わず、辺りを見渡そうとする__
ショウト「__おおっと、約束を忘れたわけじゃあるまいな?」
…そう聞こえると、すぐに身体の動きを止めた。
……ショウトとの約束。声を掛けられたら、決して振り返らない。
約束を違えるわけにはいかない。すぐに見渡すのを止めた。
マモル「だけどよぉ…なんでお前の声が…?幻聴かぁ?」
ショウト「あー幻聴かもなぁ。」
ジョージ「……私にも聞こえる声が、幻聴なわけないだろう。」
声だけ聞こえたとしても、また出会えた嬉しさに身体が震える。
しかし疑問だ。これは夢か?本当に幻か?
ショウト「多分、俺が教えた祟術のせいだな。」
ショウト「あれは心が影響するからな。今になって、俺が生きている時の思念が伝わってるんだろうな。」
マモル「……そうかぁ。」
…だったら、今こうして話が出来る間に……
ジョージ「ショウト…私たちは…謝らなければならない……」
マモル「アッシたちは…お前の死に報いようとして…死のうとした…!」
ジョージ「すまない……!!!」
ショウト「__二人とも。俺は嬉しいよ。」
ジョージ「…なっ!?」
マモル「…はっ!?」
ショウト「そうなるまでして、俺のことを想ってくれてたんだ。謝るも許すもなにもないさ。なんだかな…嬉しいな。」
ショウト「良いよ、別に。俺ん家、あんな代物ばかり持ってる家だからな、いつしか、こうなる運命だったんだと思う。」
ショウト「でもこれで、俺の一族が受け継いでいった呪具は風化して忘れ去られる。あれらは人には過ぎた代物、だからこそ使わないために封印していたんだ。」
ショウト「忘れるべきモノなんだ…だから、これで良い。だって俺、死んじまったし。」
マモル「…だけどよぉ!!!」
ジョージ「だとしてもなのだ…!私たちはもはや…お前に合わせる顔がない…!!!」
ショウト「__世界ってのはな、みんなで作り変えるモノ。一人がひっくり返すもんじゃねぇと思うのさ。」
ショウト「善も悪も、最初はちっぽけな存在なんだ。それが誰かと出会ったりすることで、次第に強大な力になるんだ。」
ショウト「誰かが誰かと出会ったりとか、偶然だとか必然だとか、そういうのが何度も何度も繰り返されて、徐々に変わっていくもんだと、俺は思うのさ。」
ショウト「…だから俺は…その流れの中でお前らと出会えて__」
ショウト「_俺はお前らと友人で、楽しかったぜっ。」
気のせいだろうか。その声は震えているようにも聞こえた。
その言葉が聞こえて、思わず涙が溢れた。
ジョージ「だからって…」
マモル「やるせねぇよな…」
しかし現実はどうだろう。
ショウトは死んだ。戻っては来ない。
こうして会話できるのも、束の間の喜びだ。
ショウトが生きていた時の、死に際に感じた時の胸の内を知れたことで報われた部分はある。
だとしても、全てではない。
……どうすれば良い。
何を信じて、何を道標に生きていけばいい?
復讐だけを頼りに生きてきたジョージとマモルには、無気力だけしか残っていない。
この遺恨の呪い…もはや解くことすらできないのだ。
ショウト「……じゃあさ。ジョージ。」
ジョージ「…?」
ショウト「
ジョージ「…
ショウト「その刀。もともと、俺のだろ?」
そう言われて、ジョージは自分が持っていた刀に目を移す。
祟り神の剣…
そう、この刀の持ち主はショウトだ。
ショウトの墓に供えてあったのを、勝手に持ち出した。
本当ならご法度だ。
ジョージ「……良いのか?勝手に持ち出したこれを…私が使っても。」
ショウト「お前が使えば、その剣に宿る祟り神サマも喜ぶと思うし。」
ショウト「誰も使わないで、錆びていくのを眺めるの、俺はやだな。」
ジョージ「………確かにそうだな。それは私も同感だ。」
ショウト「マモル、ジョージを頼むぜ。じゃねぇとそいつ、一人じゃ生きていけねぇよ。」
マモル「……あいあいさ。じゃねぇとこいつ、人から野生に返りそうだし。」
ジョージ「なんだとっ。」
ショウト「ハハハッ、違いないや。」
ショウト「…人生は賭け事みたいなもんさ。踏んだり蹴ったり、山あり谷あり。」
ショウト「後生の頼みだ。死にそうになっても生きてくれよ。いつか良い事があるとかじゃなくて、良い事をいつか、その手で掴むために。」
ショウト「それじゃ、またな。」
ショウト「すぐ死んでこっちに来るなんて、やめてくれよな?」
ショウト「俺は向こうに行っても、お前らを見守ってるからな____」
___その声を最後に、ショウトの声は聞こえなくなってしまった。
ジョージ「………行ってしまったな。」
マモル「………あぁ。行っちまった。」
なんとなく感じていた。現世に留まり続けた彼の思念が召されたことに。
これで本当に…本当に最後だ。
しかし、ジョージとマモルの心の内は、不自然なほどに澄み渡っていた。
マモル「…向こうでも、賭け事に興じてるのかなぁ。」
ジョージ「フフッ…そうかもしれないな。」
霧が晴れた?朝日が差し込んだ?風が通り抜けた?
それ以上だ。もっとこう…まっさらな、クリアな感じだ。
ジョージ「だとしたら、邪魔してはいけないな。」
マモル「だなぁ。すぐ向こうに行ったら、アイツに大目玉食らいそうだしなぁ。」
あぁ…そうだ…この感じ……
もう我々の心には鬼はいないのだ。
人に戻ったんだ。戻れたのか。ショウトのおかげでか?
マモル「…おし、ジョージ。」
ジョージ「む?」
マモル「今度はアッシらが、あのホラ吹きバカ野郎に大目玉ブチ当てようぜぇ。行けるよな?」
ジョージ「…うむ。参るぞ!」
もう我らは…ここで立ち止まっている時ではない。
ショウトのために…自分たちのために…
「「前に進まねばならない!!!」」
……例えばの話。
自分にとって大事な存在が、亡くなってしまった時、人はどう感じるのだろうか。
人によっては、時が止まったと言えるだろう。
以上も以下もなく、時が進むことはない。動くこともない。
蓄積してきた記憶が溢れかえり、脳内でホームムービーのように投影されるだろう。
しかしいつしか、人は現実を受け入れなければならない。
すぐでなくとも、膨大な時間を費やしても。
そうしなければ、生きることはできやしないのだから___
遺恨の