「私を前にしていい反応速度だ。きみは明日奈くんを守る為に明日奈くんの血が必要になる。皮肉なものだな」
「オレは明日奈が『餐血』だから必要なわけでも守るわけでもない。明日奈だからオレにとって必要だし守りたいと思うんだ」
「そうは言っても血は必要だろう?、和人くん。きみは吸血鬼なんだから」
話を聞いていくうちにもしかして、とは思っていた。突然自分の前にこの男が現れた意味、そして微かだが男からはどこか自分と同じ匂いがする。だけど自分より遙かに上位者なのもわかって、そのせいか本能が抗えないとしきりに己の心を諫めていた。明日奈を守らないといけないのに手の震えが止まらない。
そしてそんな情けない状態が明日奈に伝わらないわけがなく、和人の腕の中にいた彼女は顔を上げ必死に本能に抗い、自分を守ってくれている腕に触れゆっくりと撫でさする。それから瞳のはしばみ色を鋭くして正面の男を射貫いた。
そんな細くて小さな穴はすぐに塞がってしまうのだろう、最初からなかったかの如く悠然と微笑み「きみは」とお返しに彼女に焦点を合わせる。
「平気なのか」
男の言葉を信じるなら、明日奈が『餐血』である事、和人が吸血鬼である事、それともこの世に今まで知らなかった存在がいる事……何を指しているのか分からなかったが、ただひとつ、揺るがないものは……
「和人くんは私が守ります」
言い放ってからすぐに元の柔らかさに戻って和人に微笑みこっそりと耳打ちする。
「だから和人くんは私を守ってね」
不思議とその言葉でスッ、と力が抜けた和人は「うん」と微笑み返すともう自分が何者でも平気だと安堵をくれた存在に頬をすり寄せた。
自分に向けられていた畏怖が警戒が無くなった事に驚いた様子の男が「ふむ」と考え込む。
「流石だな。ここ最近、番いにまで関係を深めた者がいなくてね。絆の強さを忘れかけていたよ。安心したまえ。今までの話は数百年以上前のものだ。今は明日奈くんを『餐血』と見抜くほど嗅覚が突出している者はほとんどいないし、そもそも『餐血』の存在さえ知らない者が大多数なのだから」
そう打ち明けられて明日奈は「え?」と引き攣った口元で固まり、和人は一転してジトっ、と信用できない大人を見る目で男に怒りを覚えていた。
「言っただろう?、人間同士の争いが日常だった頃の話だと。あの時代は同じように吸血鬼同士も『餐血』が見つかると奪い合いでね。我々は気に入った人間を眷属に出来るが『餐血』にはその力が効かないのだよ。よって『餐血』を得た者は他者に奪われぬよう密かに閉じ込め、互いに疑心暗鬼になる、そんな殺伐とした空気が蔓延していた」
「閉じ込めるって」
「ある者は屋敷の地下に、ある者は山の奥深くに、同胞の者達に気付かれない場所に、だ」
「そんな、それじゃあ『餐血』の人は……」
「我々に見つかったら最後、他者との交流は一切遮断され隔離生活を送るだけの人生だが、見つけてしまった方も『餐血』の味を覚えてしまえば他の血では満足できなくなる。言っただろう?、人と比べると長寿なんだと。『餐血』が手元からいなくなれば狂ったように探し求め、見つからなければその者の末路は遅かれ早かれ死だ」
そこに『餐血』を、そして同胞さえも思いやる感情は一切なく、ただ淡々と歴史を語っているにすぎない男に改めて背筋が寒くなる。手元からいなくなるという状況は命が尽きてしまったのか、或いは他の吸血鬼に奪われてしまったのか、自力で逃げ出すのは難しそうだが、どちらにしてもそれまでずっと『餐血』を監禁していた吸血鬼に同情の余地はない。
「それに『餐血』の子は『餐血』、と言う事はないが比較的多く『餐血』を生み出す一族というのはいくつかあってね。明日奈くんの血は先祖返りなのだろうな。我々の目から逃れる為に東へ東へと移動していった者達もいたから」
吸血鬼のいない場所を求めて故郷の地を離れ海を渡ってようやくこの地まで辿り着いたのに、何世代も経た今になって『餐血』が誕生し、そしてすぐ近くに幼馴染みとして吸血鬼がいるのは果たして偶然なのか、それとも……。
「それじゃあ和人くんのご先祖様は東に行った人達を追って来た吸血鬼?」
話の流れからすればそう考えれるのが自然だろう。しかし男は「こちらはもっと単純な話だ」と軽く首を振った。
「当時でさえ『餐血』はごく少数。殆どの吸血鬼は『餐血』を求めつつも普通の人間の血を糧にしていた。そうやって人間と接しているうちに情を交わす者が出てきてね。そうなってくると人間側にも無闇に我々を敵視せず歩み寄る態度を示す者がでてくる。その頃は人間の武器も我々の脅威となる厄介な存在になっていたから、そのせいもあるんだろう。共存の道を選んだ方が生きやすいのではないか、という声が段々と大きくなっていき、それと同時に人間社会で生活をし、人間と子をなす者が増えていったのだ」
一旦言葉を切った男が手品の種を明かすように微笑み、「だから今は世界各地に吸血鬼がいる」と何でもない事のように言えば二人は揃って目を剥く。
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