困惑し続けている和人よりも先に明日奈が怖々と口を開いた。
「それじゃあ…知らないだけで、私達の近くにも?」
「正確には吸血因子を持っている者、であって普通の人間と差異はないし自覚がない者が大半だがね」
それを聞いてほっ、と胸をなで下ろす。けれど「ただ…」と後に続いた男の言葉にまだ緊張を解いてはいけなかったのだと思い知らされた。
「吸血鬼の血を継いでいる者は十歳を過ぎたあたりで突然吸血欲求に目覚めるケースがある」
和人の肩が大きく跳ねるのと同時に今度は明日奈が彼を守るようにその身に両腕を回し、背をあやす。
「和人くんは覚えがあるだろう?、血液以外、身体が何も受け付けなくなる。吸血因子が多いのか強いのかは解明出来ていないが、そういう子供は吸血鬼の性質が濃くでる。だが普通は子がその状態になると同じく因子を持つはずの親が本能で自分の血を与えるのだが……」
「オレの実の両親はもういないから……」
「ああ。この家に住んでいるきみの育ての母が本来の母親と姉妹らしいが、残念ながら因子を持っていたのは父親の方だったからね」
和人の生みの母が吸血因子の持ち主だったらその妹の翠も同様に因子を持っている可能性が高く、和人の吸血欲求に対応できたかもしれないが父から受け継いだ因子だった故に桐ヶ谷家の者達では誰もその対処法が分からなかったのである。
「きみのご両親は事故で亡くなったと聞いた。父親は吸血鬼の性質が殆どない人物のようだね。そうでなければ事故で命を落としたりはしなかったかもしれない」
人間よりも優れた運動能力があり、身体の裂傷や損傷、骨折や内臓破裂さえ修復してしまう再生能力を持つ吸血鬼の性質を和人の本当の父親がどの程度保持していたのか今となっては知る術はない。もしそんな超人的な力を持っていたら今頃は本当の両親の元で幸せに暮らしていたのだろうか?、と自問した和人はその光景がどうしても想像出来ずに頭を揺らせば抱き合う形でピタリとくっ付いている明日奈が「きっと」と優しい声を発した。
「和人くんのもう一人のお父さんが頑張ってくれたから和人くんは生き残ったんだね」
「え?」
「おばさまが言ってたの。ご両親が亡くなった時の交通事故、お二人とも信じられない位綺麗なままで、それに和人くんが無傷だったのは奇跡だって」
それはただの偶然だったのか、それとも実の父親が吸血鬼の再生能力に賭けて妻と子を守ろうとしたのか、どちらにしても今の明日奈の言葉でこれまでほとんど意識していなかった実の両親がなんだか少し誇らしく思えてくる。「ありがとう、明日奈」と伝えたくて額を、すりっ、と擦らせた。
「まぁ、これで吸血鬼と『餐血』については理解してもらえたと思う。和人くんは吸血鬼の性質が強いようだが既に番いという存在がいるのだから吸血欲求に関しては問題ないだろう」
そこで今日初めて和人は「あの……」と言いづらそうに自ら男へ問いかけた。
「オレ、十歳の時に…その、吸血、欲求?、ってやつで明日奈の血をほんの少し…舐めた程度だったけど……それ以来は全然口にしてなくて…だけどそれで平気なんだ。なのに、また、血が欲しくなるのか?」
「ああ。一度欲求が落ち着いてもそれでおしまいになる事はない。と言うより初めての欲求を舐めた程度で満たしたのならそれは『餐血』のお陰だな。普通は加減も分からず欲しがるから忌避感のない肉親が与えるのだ。そして今まで欲求衝動が起こらない理由は三つ。一つ目は予想が付いていると思うがその時摂取したのが『餐血』だからだ。持続効果は一般の比ではない。二つ目は君の場合、それが番いの血でその後も明日奈くんが常に近くにいるせいだろう。精神的に安定していれば無闇矢鱈に血を欲する事はない。反対に一定時間明日奈くんに会えないと落ち着かなくなるのではないかな?」
その指摘に恥ずかしげもなく和人はこくり、と頷いた。心当たりがありすぎる。
「最後の理由は、まだまだこれからだ、と言っておこうか」
「これから?」
「成長期だよ。身体が今よりも栄養を欲する……他の欲も強くなるだろうが……総じて番い持ちの和人くんはとても明日奈くんが欲しくなる、という事だな」
なんだかもの凄い事を言われたような気がして明日奈が頬をヒクッと震わせて、ちらっ、と和人を見ると、同じように和人がジッと明日奈を見ていて、期せずして見つめ合う形になると互いに目が離せない。
すると和人の黒曜石色の目に金砂がジワジワと混ざり始め明日奈の裡であの時の声が蘇った。
『明日奈、いい?』
これからも、きっといつだって和人に請われれば「いいよ」と受け入れてしまうのは分かっているのに、男女のあれこれという青少年必修の知識が増えた今では、色々と……本当に色々と過去の情景とか常識とか世間体とか理性とか感情とかその他諸々がひとつのボウルに一緒くたに放り込まれて勢いよくかき混ぜられている感じがして、思考が臨界点を越え真っ白になり視界がぼやける。
お読みいただき、有り難うございました。