血の誓約   作:ほしな まつり

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血の誓約・12

何の感情で湧き上がった涙なのか自分でも分かっていないのに、和人は金砂を散りばめた瞳を細めて少しだけ笑いスッと唇を寄せて彼女の目尻に給った涙を舐め取った。当然のようにもう片方の涙も舌でぬぐい大事そうに小さな頭を抱え込む。

和人のせいで混乱しているのにこうして彼の腕の中にいれば安心が全身を満たして、ふぅ、と一息ついた明日奈はいつもの調子を取り戻し首元に押し付いている唇を尖らせた。

 

「もうっ、涙なんか舐めちゃダメって言ってるのに」

「明日奈の目は綺麗だから、涙だって綺麗に決まってる」

「そういう事じゃなくてっ」

「明日奈は意外と泣き虫だし」

「そっ、それはっ…和人くんの前だけだもんっ」

 

どうやら和人が明日奈の涙を吸い取るのは初めてではないらしい。

そして目の前で睦み合う二人を観ていた男は「そういう事か」と平然と何かに納得している。

 

「成長期前とは言え『餐血』を番いにして何もないのは少し疑問だったが……和人くん、君は既に吸血欲求を満たしていたんだな」

「は?」

「え?」

 

発言の意味がわからずにふたつ並んでいる戸惑い顔を置いてきぼりにして男は淡々と口を動かした。

 

「人間と共存しやすいようにだろう、進化…と言うのが正しいのかはわからないが、こちら側の者達も変化している部分がある。かつては人の血のみを摂取していたが人間と混ざり合うようになると吸血鬼の性質が強い者でも徐々に血に固執しなくなったのだ」

 

未だハテナマークを浮かべている二人に「コホンッ」と咳払いをした男が和人に焦点を定める。

 

「体液、の意味はわかるかね?、和人くん。血液の他に……」

 

一番最初に思い浮かんだのは、まさに今味わったそれだ。

 

「涙、とか?……汗?」

 

男が無言で頷く。

 

「あとは……あっ、」と和人が閃いた途端、その口をペタッと明日奈の手の平が塞いだ。

 

「それ以上は言っちゃダメっ」

 

何を思いついたにしろ声に出して欲しくはない。

 

「そう、色々ある。もちろん血液が一番だが他の体液でもかなり代用が利くようだ。明日奈くんは『餐血』なのだからそれらの体液でも一般の血液に近いレベルだろう。当然、和人くんには更に『番いの』という付加価値が付く。番いの存在は特別だ。さっきも言ったように近くにいるだけ、声を聞くだけでも気持ちが上向きになる」

「だからか。最近、朝の目玉焼き、明日奈が焼いてくれる時があるだろ?、あれ、母さんのより美味い」

「おばさまのだって美味しいでしょ。私、まだまだ半熟失敗しちゃう時あるし」

「母さんより失敗してないよ。けど半熟じゃなくても明日奈が作ってくれたのは美味いんだ」

「そ、そう?、ありがとう」

 

鼻先が触れ合いそうな距離でも普通に会話を交わすのが『番い』なのは理解している男だったが、朝食の目玉焼きに関してはどう考えても吸血鬼や『餐血』は関係なく、単に『好きな女の子に作ってもらった料理』だから母親のより美味しく感じるのだろうと推測したもののそれを指摘するのも野暮と思ったのか、無表情の中に僅かばかりの呆れを滲ませて「これは、成長期に入ったら明日奈くんは大変そうだな」と呟くだけに留める。

その声が届いたのか、平時の濃黒色に戻った瞳が訝しげにこちらを見るので男はやれやれ、と軽く肩をすくめてわざとらく微笑んだ。

 

「なに、きみ達を見ていたら人間が食べる料理という物も存外悪くないのかもしれないと思ったまでだ」

 

最近、料理を作る楽しさに目覚め始めてた明日奈は純粋に目を丸くさせ、おずおずと問いかける。

 

「ごはん、食べないんですか?」

「飲食には興味がない」

 

それは聞いていたが、興味がないだけで食べないとは思っていなかったのだ。だがその返事で明日奈の中の疑いが確信に変わる。男は言った。『餐血』と見抜くほど嗅覚が鋭い者ほとんどいない、と。そして『餐血』の存在さえ知らない者が大多数だ、と。それなのに目の前の得体の知れない男は明日奈に会う前から本人さえ知らなかった『餐血』だと見抜いていた。

更に遙か昔からの吸血鬼と人間の経緯をまるで見て来たかのように語る口調。かつて人と敵対していた吸血鬼の栄養源は人の生き血のみ……。

 

「あなたは……吸血鬼?」

 

本質を問う声に男は一瞬の間を開けてから口元を緩ませた。




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