和人の明日奈に吸血鬼と『餐血』についてを語った男はあの日以来一度も二人の前に現れていない。
一通り話が終わった後、特に疲れた様子も感じられなかったが本人は「ああ、これ程会話をしたのは久しぶりだな。我々の怠慢の結果だが、今後はこの様な事がないようしっかり言っておかないと」と、なんだか部下の尻拭いを全て一人でやりきったような言葉を零し「では、失礼する」と言うやいなや、やって来た時と同様にスタスタと玄関まで移動して別れの挨拶もなしに出ていってしまったのだ。
我に返った和人と明日奈が急いで玄関ドアを開けたが既に男の姿はどこにもなかった。
「また、いつか、会えるかしら?」
リビングに戻って、ぽつり、と明日奈が呟く。
和人としては会ってみたい気もするし、もう二度と会いたくない気もするから「どうだろうなぁ」と曖昧な返事をしておいてから、そっ、と彼女の手を取ってこちらに振り向かせた。
「それよりも」と身長差がほとんどないので正面から真っ直ぐはしばみ色を捕らえる。
「明日奈…オレ、吸血鬼だって」
「うん。だから私の部屋にもひょいっ、て来られたんだね」
和人の大好きな、ほわんっとした笑顔はいつも通りだ。
確かに、運動神経が良いから、だけでは納得しきれないものがあったのだろう。ちょっとすっきりしたような清々しささえ含んでいる。
「オレが……怖くないか?」
「全然っ。和人くんが十歳の時、私の血が役に立ってよかった」
可愛らしい顔には喜びと安堵しかない。
「オレ…明日奈が『餐血』なの全然気付かなかったし…だから……」
「大丈夫。ちゃんとわかってるよ。和人くんは『餐血』の血が欲しくて私に優しくしてくれたんじゃないって事くらい」
今度は逆に不安に揺れる純黒をはしばみ色が包み込むように近づいてくる。
あの不思議な男も言っていた、『餐血』の匂いを感じ吸血鬼としての本能が刺激されるとしたら、それは成長期を過ぎて力が安定してからだ、と。それも今は人間の血が混じっている吸血鬼だからよほど嗅覚に優れている者に限られるとも。
和人の手から離れた明日奈の手は両方同時に伸びて彼の頬を挟む。
引き寄せられるようにして互いの距離が縮まり唇が触れると同時に和人は明日奈の腰に腕を回して引き寄せ、全てを密着させた。
明日奈のぬくもりが伝わり、香りが鼻腔から侵入してくる。少し強めに唇を押し付ければ今まで聞いたことのない「っん」と鼻から抜けた声に、ぶわりと全身の毛が逆立つような未知の快感が這い上がって来た。
『ホシイ』と本能が告げ、自分が野生の獣にでもなった高揚感で無意識に彼女の柔らかな唇を舌で拭う。
ペットの犬が飼い主の顔を舐める理由はいくつかあって、愛情表現だとかストレス緩和だとか、それに食べ物が欲しい時の催促もあるらしいが……和人にとってはその全てが当てはまっていた。
何度も夢中で舌を動かしていたからだろう、くすぐったそうな息を逃がすための薄い隙間ができた途端、和人は待ちかねたように素早くナカへ侵入した。
「ん゛ンッ!」
驚いたのは明日奈だ。
これまでおでこを突き合わせたり、互いの頬をすり寄せたりする延長で唇をくっつける行為はしてきたが今は和人の舌が自分の口の中に入って来て好き勝手に暴れている。混乱し続ける頭だったが、身体は拒絶を示すことなく両手は和人の頬に添えられたまま、それでも「どうしよう」と戸惑っているうちに「あれ?」と何かに気付いた。
和人の舌が何かを探しているような気がしたのだ。
「もしかして…」と思い、縮こまっていた自分の舌をおずおずと伸ばしかけると、すぐさま和人の舌が気付いて迎えに来てくれる。先端が触れ合い、そこから和人は丁寧にゆっくりその形を弾力を覚えるまで味わい、明日奈の方は段々と力が抜けて両手は縋るように和人の首を周り交差した。
これがどういう意味なのかも知らないまま和人は嬉しそうに目を細め、それを認めた明日奈もまた少し恥ずかしげに目を閉じて全てを受け入れる。
和人にとって自分に湧き起こる全ての欲の対象となるのが明日奈だと実感したのがこの時だった。
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