だから平日は毎日校門をくぐって校舎に入る前に明日奈の唇を塞いでナカの唾液を美味しくいただくのは和人の吸血鬼としての性質ゆえの食事なのだと……いうのが立前なのは二人も十分わかっていた。だから和人が律儀に「いただきます」と告げているのも色々な意味が含まれている。明日奈の方も「これは和人くんにとってのお食事だし」と自分に言い聞かせないと、なんだか「私ってこんな子だった?!」と認めたくない部分が残っているからだ。
それでもこうした行為をいつも気持ち良く感じてしまうのはこれが栄養補給というより愛情表現という意味合いが強いからなのも理解している。
現代では吸血欲求が強い人間を便宜上「吸血鬼」と呼んでいるが、彼らに体液を摂取される行為は痛みもないかわりに快感もなく、例えば医療機関に協力する献血の時のように通常は最初のチクッだけで後は何も感じないらしい。とは言え結局『番い』でもなければ血液以外の体液摂取として唾液に頷く理解者はいないので、体液提供者のいる吸血鬼の殆どは血液をいただき、足りなければ人工的な疑似血液で補給する。
「吸血鬼」と認定される人間はそれ程多くなく、彼ら彼女らのほとんどは身内の血液の味しか知らず、日々の食生活は一般の人間と同じ食材を調理した料理とパウチされたエネルギー飲料のような疑似血液の両方を口にする者が大半で肉親以外の体液提供者がいるだけでも珍しいのに初めて吸血欲求を覚えた時には既に相手が『番い』になっており、しかも稀少な『餐血』という言い伝えレベルの存在なのだから本人達に実感はないが「吸血鬼」内では要注意人物扱いになっていて定期的に「本部」という所から職員がやってくる。
「本部」と言ってもその職員がそう言っているだけで……しかもその時の言い方から察するに、咄嗟に思いついた名称の確率がかなり高いのだが……嘘はついていないが隠し事はある、という全く信用のおけない男性がいつも悪巧みをたっぷり頭に詰め込んでいる笑顔で「やあ、和人くん、明日奈くん」と手を振って現れるのだ、和人は遠慮無く「うげ」と半眼になるし礼儀正しい明日奈でさえピクッと一回頬が痙攣するのは抑えられない。
それでもこの男性…菊岡は現代の吸血鬼達の為に人工血液を開発した功労者の一人だから「本部」では相当上の役職に就いているはずで、そんな人間が常にポケットにラムネを常備し、実は和人は吸血鬼で明日奈は『餐血』なのだと告げられたあの日から半年に一回ほどのペースで会いに来るので和人などは「そんなにふらふらしてて大丈夫なのか?」と毎回首を傾げている。
その菊岡がそろそろやってくる時期なのだが、いつも突然だから予測がつかず、和人としては明日奈との時間を邪魔しに来るだけならもう少しまともな職員を派遣できないのか、と常々思っている理由はあの男が言っていた通り、今、まさに和人は成長期真っ只中だからだ。飢えに関しては明日奈のお陰で感じずに過ごせているが、吸血鬼の性質がより強く出ているらしく、晴天の日はどうにも気分がすぐれないから普段から少ない口数が明日奈以外には寡黙レベルに落ち込む。陽光に苦手意識が出るのも成長期の特徴らしい。そんな時に思いっきり含みのある笑顔は誰だって見たくないし、わざとらしく「いい天気だね」などと言われたら、握りしめた拳を明日奈の手が包んでくれなければ間違いなく真っ直ぐ前に繰り出しているに違いない。
明日奈の方もそんな和人の事情はきちんと把握してて予報外れの快晴の時は外出の約束を笑ってキャンセルしてくれるのだが、さすがに申し訳なくて代わりに夜中に部屋まで迎えに行き、思い出深い裏山の中腹で星空や町の灯りを楽しんだりしている。
今日は明日奈が言っていた通り曇天だから比較的調子が良く、存分に「朝食」という名目の行為を続けていた和人だが、さすがにそろそろ終わりにしないと本気で怒られると名残惜しそうにナカからゆっくりと撤退し、最後に彼女と自分の口の端を舐め取るのも忘れない。
一方、ようやく唇に自由が戻って息を整えている明日奈は力が入らない身体を支える意味もあって抱きしめてくれている和人が吐いた「今夜の夕食、明日奈だよな?」と念を押す言葉にキスが原因で痺れているそれを更に大きくわなわなと震わせた。
「そうだけど、そうじゃないでしょっ」
確かに朝食だけではなく、翠が不在の時など当番制になっている桐ヶ谷家の夕食の作り手として明日奈が腕をふるう時もあるのだが、今の言い方だと完全に違う意味にも聞こえる。
その指摘に「そうか?」と軽く非同意を表明してから、和人はジッとはしばみ色を覗き込んだ。
「夜、うちに来るだろ?」
「晩ご飯を作りにですっ」
大事なところだと強調しておく。
「って事は明日奈の親は今夜、帰りが遅いんだよな?」
「たまたまだけど、二人とも遠方の仕事で明日の夕方頃帰って来るって」
その返事にふっ、と和人の目が怪しく笑う。
「うちも母さんいないし、スグも友達ん家に泊まるから夕飯いらないんだってさ」
「え?、直葉ちゃんもいないの?……うーん、食べたいって言ってた魯肉飯にデザートは豆花を作ろうと思ってたのに」
予定していた献立を考え直そうとした明日奈が「和人くん、リクエストある?」と善意の問いかけをすれば、待ってましたとばかりに、ニッコリと幼馴染みの吸血鬼は微笑んだ。
「明日奈が作ってくれるなら何でもいいけど、強いて言うならチキンソテーかな。皮がパリパリのやつ。それでソースは…」
「甘辛だよね。うん、最近作ってなかったからメインはそれにして、あとはサラダとスープかな」
簡単にメニューをまとめ上げ必要な食材を頭の中で羅列しているであろう明日奈の耳に笑みを深めた和人が口を近づける。
「それと明日奈も」
ぽわっ、と朱が再燃した。
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