血の誓約   作:ほしな まつり

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血の誓約・19

頭上に少年の顔がある。

まだ陽が落ちる時間ではないはずだが明日奈の周囲は薄墨に満ち、唯一少年の目だけが異様に光って見えた。ただ和人が明日奈を欲した時と同じ金色のはずなのに胸の高鳴りを覚える宝物のような煌めきはない。拒絶を叫ぶ事も許しを請う事も、もちろん涙の一滴さえ少年に与えるつもりのない明日奈は口元を覆い隠したまま動きを止めて最後まで逸らすまいと鋭い視線を刺し続けた。

少年が嗅ぎ取った血の匂いの出所が明日奈の口内だと気付いているのか、だとしても絶対に和人以外を受け入れる事はしないとそれだけは固く誓って……ならあの牙で身体に傷を付けられるのかもしれないと頭の片隅でぼんやりと想像する。

きっと和人に血をあげる時には感じたことのない辛くて悲しい痛みが伴うのだろう。

少年の金目が徐々に近づいてくる…………

 

「がはっ!!」

 

突然、対の金色が目の前で落ちた。綺麗な平行線を保って、垂直に。

不明瞭な視界の中で、なぜ?、と思う前に切羽詰まった声が彼女の意識を引っ張り上げる。

 

「明日奈っ!、息をするんだっ!!」

 

暗転しそうな意識の中に飛び込んで来た声が大好きな和人のものだと気付いた時には両手首を彼に掴まれ無理矢理剥がされていた。吸い込もうと意識せずともすぐ目の前に必死な顔をした和人の存在のお陰で強張っていた身体が一気に弛緩して自然と空気が体内に流れ込んでくる。逆に上手く調整できなかったせいで盛大にむせた。

 

「かっ…げほっ、げほっ…ひぅっ…はっ、っ、はふっ……」

 

匂いを漏らすまいと両手を顔に強く押し付けていたので知らずに鼻まで塞い、ついでに息も止めていたらしいと自覚したのは和人に抱きしめられて背中を摩られ、ようやく「はぁぁっ」と大きく深呼吸が出来た頃。息づかいが平常に戻ったのを見計らって抱擁を緩めた和人が明日奈の表情を確認しようと覗き込んだ途端、不愉快そうに眉根を寄せたかと思えばすぐに顔を寄せ目元に唇を押し当てた。

 

「ひゃっ、和人くんっ」

 

顔を背けようとした時には遅く、しっかりと両手で米神あたりを固定されている。あれだけむせたのだから明日奈の意志とは関係なく生理的な涙が溢れてしまったのは仕方ないとして、この状況で栄養補給に走るのはあんまりだよ、と抗議しようと口を開きかけて気付いた……和人の唇が震えている事に。

 

「…和人くん」

 

涙はとっくに吸い取っているのにそれでも離れない和人の唇は彼女の肌の上を滑りながら囁きを紡ぐ。

 

「涙の跡さえ他のヤツには見せたくない……オレは明日奈じゃなきゃダメなんだ」

「うん…私は全部、和人くんのものだよ。ありがとう、助けに来てくれて」

 

吸血鬼も変化している……そう、「番い」がいても和人は普通の料理が食べられるのだから、大昔の吸血鬼とは違い「番い」がいなくなっても変わらずに一般の食物は口に出来るだろうし、他者の体液を受け入れられなくても疑似血液がある。けれど『餐血』は変わらず普通の非力な人間のままだ。存在が更に稀少になってしまっているが故に多数に狙われればひとたまりもないだろう。

だからもし明日奈がいなくなっても周りが手を尽くせば和人の身体は餓死なんかしない。

だからあえて伝えてくれた言葉に同じ想いを返す……互いは互いのものであって、どちらかが欠けたら心が死ぬのだと。

ようやく浮かんだ明日奈の笑顔に安心したのか和人が鼻を、すんっ、とさせ再び眉間に皺を寄せた。

 

「明日奈、もしかして口の中………止血する。これ以上アイツに嗅がせたくないし」

 

嗅覚はいたって人並みのはずだがここまで近距離なら感知できるのか、それとも「番い」だからなのか、『餐血』の匂いが吸血鬼を狂わせるから、と言うよりは匂いさえも渡したくない独占欲からの言葉に明日奈は素直に従った。

「ん」という小さな了承と共にいつもの角度に顔を上げるとすぐに唇が合わさり和人の舌が当たり前のように這入ってくる。

週に一度、和人に血を提供する時、素肌につけられた小さな傷は吸い終わった後ひと舐めしてもらえれば瞬く間に塞がってしまうから吸血痕が残ることはない。ちなみに鬱血痕は服で見えない所ならいいと思っているらしく毎回散りばめられた数の多さにちょっと恨めしい気持ちになるが和人の方は妙にご機嫌になるので結局いつも許してしまっている。

今回は止血目的なので切ってしまった箇所だけを舐めてくれるのかと思っていたが、なぜかいつものように何度も舌全体をまさぐられ歯列も他の柔らかな部分も全て入念に触れられた。

さっきまでの、もうダメかもしれないという極度の緊張感から解放されたせいか、和人という絶対的な存在に身を委ねているせいか、炙られるような熱が全身に伝播していく。微温湯に浸かったまま眠気に誘われそうな程気持ちがたゆたい理性がゆっくりと溶け始めた時、聞き覚えのある声が割り入ってきた。

 

「和人くん、明日奈くん、申し訳ないけど先にこの子を回収させてもらっていいかな」




お読みいただき、有り難うございました。
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