「ふゅーーーんっ!!!」
速効で口内から和人を追い出し、和人の頭を…それこそお返しとばかりにこめかみを、両手でぐっ、と掴んでベリッと自分から引き離す。
一気に覚醒した明日奈は声の主に向かってぷるぷると震えた。
「き、き、菊岡、さん……みっ、見…見てっぅ?」
丁度金髪の少年を挟んで向こう側にいる菊岡はなぜか悠然と立ち止まったままいつもの何を考えているのか悟らせない目を眼鏡の奥に潜ませている。
どこをどう切り取ってもばっちり和人との濃厚な触れ合いを見られていたと思うがそこは大人の対応を期待したのに、菊岡はその目を意味深に細めるだけで、それを見た明日奈は「いやぁっ」と内心で叫んだ。
「大丈夫、大丈夫。和人くんが被さってて明日奈くんの顔は見えなかったから」
全然大丈夫じゃないっ、と恥ずかしがっていいのか、怒っていいのか、嘆いていいのかグルグルと悩んでいる隙に再び和人の顔が急接近してくる。
「明日奈、もっと…」
まだ足りない、と菊岡の存在などまるでないかのように明日奈を求めて艶やかな黄金色の瞳が距離を縮めてくると同時にゆっくりと閉じていき、いつの間にか彼の両手にちゃっかり後頭部と背中を支えられ、つい「和人くんの睫毛細いなぁ」と見入ってしまいそうになるのを、ふんっふんっ、と顔を振って「だめっ」と咄嗟に手の平を目の前まで迫っていた唇に押し当てた。
「あひゅな……」
金色が恨みがましく幾分どんよりと重くなる。
「だっ、だってっ……」
食事と割り切っていても……本当は全く割り切っていないが、あんな行為を他者の見ている前で行う度胸は明日奈にはない。それに大前提として今は和人の食事タイムではないはずだ。
「あ、あとで…ね?、今夜は…その、お泊まり、だし……」
自分で言ってから、そうだった、と気付く。
『お泊まり』はちょっと久しぶりで、明日奈だって嬉しいのだと染まった頬に和人の瞳が柔らかくなった。
「わかった」と言う和人に、ほっ、と明日奈が息を吐いたのも束の間、続いて耳に入って来たのは急速冷凍された声。
「じゃあまずはそこの巫山戯たヤツをなんとかするか」
明日奈がこれまで聞いたこともない重圧感のある低音に、ぱちくりと戸惑う。
そう言えば「ちょうだい、ちょうだい」言っていた少年は……?、と改めてひょい、と首を傾げれば見事に顔が地面にめり込んでいる姿が目に入り、なかなかの大惨事に「うわぁ…」となった。
少年が明日奈に届きそうになったあの時、金目が地面に刺さるように瞬間で落ちたのは……。
「もしかして、和人くん?」
一体なにをしたの?、と問おうと視線を和人に戻す前にもぞもぞと少年の金髪が動き出す。
相当しっかり地面と密着しているのか、もぞもぞ、もぞぞっ、と何か別の生き物みたいに蠢いていて、とりあえず命に別状はないみたいね、と少し安心して見守っているといきなりガパッ、と顔が持ち上がった。相当苦しかったのだろう、ゼーゼーと肩で息をしている少年の顔はやっぱり大惨事になっていて……。
「なにするんっ、ギャっ!」
「申し訳なかったっ!!」
せっかく上げた顔を素早く隣に跪いた菊岡の手によって再び下げられた少年が「キクオカっ、手っ、離してっ」とわめいているが、全く力を緩めずに押さえつけたまま、その姿に本部の、多分偉い人はやれやれと言いたげな深い溜め息をつく。
「和人くんに両足で直上から頭を踏みつけられた程度で済ませてもらって感謝なんだけどなぁ」
「まだ済ませるとは言ってない」
冷ややかな声はそのままだ。
「アンタもだ、菊岡さん。そいつは明日奈を傷つけた」
「え…もしかして、きみがカズト、くん?」
くんっ、くんっ、と周囲の匂いを嗅いだらしい少年はしょんぼりと肩を落とす。
「あーあ、『餐血』の匂い、なくなっちゃってる。いいなぁ、カズトくん。僕もちょっとでいいから舐めたかったなぁ」
和人の、ギリッ、と奥歯を噛みしめる音と同時に明日奈は後ろから全力でしがみついた。
「だめっ」
ずむっ、と少年の顔が再び地面に密着する。ただし今回少年の頭を押し込んでいるのは笑顔の菊岡の手だった。
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