血の誓約   作:ほしな まつり

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血の誓約・21

「何度も申し訳ないね……いやぁ、若い子は元気が有り余ってるみたいで羨ましい」

 

精一杯の力で和人を拘束したまま明日奈は菊岡に問いかけた。

 

「その子、菊岡さんの知り合いなんですか」

「そう。うちの本部で預かってるって言うか、ご両親も健在なんだが月の半分以上は本部で暮らしてる。そういう子は何人もいてね。通っている子もいるけど、この子は同年代の子達とあまり馴染めなくて……」

 

その理由を知っている明日奈の目にほんの少しだけいたわりの色が混じる。それでもさっきまでの身勝手な言動を許す気にはなれないが、その感情を読み取ったように和人が自分の胴に回っている明日奈の手を握った。

 

「それが明日奈が傷ついていい理由にはならないだろ」

「もちろんだとも」

 

大きく頷いた菊岡は自らの手で押しつぶしている金色の髪をグリリッ、とげんこつでにじる。

 

「今回どうしても一緒に来たいって言うから同行させたんだが、勝手に僕の傍を離れて明日奈くんに会いに行くなんて、どうやって『餐血』だと知ったのか……」

 

穏やかな話し方はいつも通りだが声は重く眼鏡の奥は今までに見たことがないほど真剣に荒ぶる感情を抑えているように見えた。それでも今のままでは話す事が出来ないと判断して手の力を緩めると、少年は今までの勢いをすっかり失ってゆっくりと顔を上げ、そぅっ、と隣を伺う。

 

「……キクオカ、怒ってる?」

「当たり前だろう?、自分がどんな危険な事をしようとしてたか、わかってるのかい?」

「だって、キクオカ、アスナちゃんの血、もらって来てくれないし……初めはちゃんとカズトくんにお願いしてからにしようと思ってたけど、もしダメって言われたら……僕、どうしてもアスナちゃんの血が欲しかったんだ」

「ちょっと待ってくれ。色々と誤解、と言うか、思い込みがあるようだが僕は明日奈くんの血が欲しくて会いに来ているわけじゃないよ」

 

怒りを引っ込めて焦りだしたのは少し先にいる和人から剣呑な視線が真っ直ぐ伸びて来ているからだ。

 

「そりゃあ、明日奈くんを採血したいのは山々だが和人くんが絶対拒否でね。さすがに諦めたよ。それよりも誰からこの二人の事を?」

「廊下で本部の人が歩きながら話してるの…聞いちゃった」

 

すぐに渋い表情になった菊岡が小さく「生活区域で迂闊な……」とぼやき、和人と明日奈は「『本部』って名称、本当だったんだ」と、ちょっと失礼な事を同時に思っている。

 

「キクオカが時々会いに行ってる二人は『番い』で『餐血』だって。だから資料室で調べたんだけど」

「一般資料の閲覧は許可したが詳しい物はなかっただろう?」

「うん。それで困ってたら『あのお方』に会って……色々教えてくれた」

「……まったく、気まぐれにやって来て勝手な事をしてくれる」

 

今度こそ本当に頭痛でもしてきたのか、菊岡の顔は渋さを通り越して痛みを堪えるような重苦しさが全面に広がっていた。そうして今回の出来事が少年だけの責任ではないと理解して今はすっかり元の色にもどった少年の瞳だけに集中する。

 

「確かに『餐血』の血の効果はもの凄いけれど明日奈くんは和人くんの『番い』でもある。その血を他者が口にすればどうなるか、知ってるかい?」

 

少年はひとつ頷いて口を開いた。

 

「普通は『番い』じゃない吸血鬼にとって不味いだけだけど、『餐血』の場合は痛みもあるんでしょ。でも僕ちょっと位なら我慢できるよ」

 

片手で顔を覆った菊岡が項垂れる。

 

「……我慢できるなんてレベルじゃないんだ」

「でも『あのお方』は僕がどうしても『餐血』を吸いたいって言ったら『私は痛い思いまでして味わいたくはないな』って笑ってて……だからきっとお腹とか痛くなるんだろうな、って」

 

軽はずみな言動と安直な創造力、一体どちらを責めるべきかを悩んでどちらにしても自分が厄介事を背負い込むはめになるのだと結論づけて選択を後回しにし、今は目の前の少年への真実を選んだ。

 

「よく聞くんだ。もし君が明日奈くんの血を一滴でも飲み込んでいたら舌は何千もの針で刺さたような痛みに襲われ、喉は焼けただれて内臓は焼けた石を飲み込んだみたいに内側から溶けていた。呼吸不全になるのが先か身体が崩れるのが先かの問題だけで確実に死んでいたよ」

 

腹痛どころではない話に少年は「え?」と一言だけ発して表情を固めたまま、ぎぎぎっ、と首を回して明日奈を見る。和人ごしに悲しげな笑顔で頷く明日奈に少年は言葉を失った。

明日奈を見つめたまま呆然としている様子に菊岡もまた悲痛な面持ちになって話を続ける。

 

「明日奈くんの精一杯の拒絶は君を守る為でもあったんだ。吸血鬼優生思想の傾向がある君のことだから明日奈くんの言う事をちゃんと聞かなかったんだろう。或いは『餐血』の匂いを嗅いで理性が働くなっていたのか。『餐血』で吸血鬼と番いになるケースはかなり特殊だから周知されていないが、明日奈くんの血を体内に取り入れて生き延びられるのは和人くん以外だと『あの方』くらいしかいない」

 

和人と明日奈が思い当たるのはただ一人。

菊岡の庇護下にあった少年に『餐血』を教えた人物とは、数年前に和人と明日奈の前に一度だけ現れ吸血鬼の歴史から『番い』と『餐血』について語ったあの者の事だろう。




お読みいただき、有り難うございました。
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