血の誓約   作:ほしな まつり

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血の誓約・22

「やっぱりアイツだけは番のいる『餐血』を……明日奈の血を飲んでも大丈夫なんだな」

 

自分と同族ではあっても根本的に何かが違う存在に和人が一抹の恐怖に似た不安を覚えるが、菊岡はそれを訂正した。

 

「大丈夫、ではないよ、和人くん。ただ死に至る速度より身体の細胞再生の速度の方が僅かに早いというだけだ。だから当然舌や喉、腹の痛みはある。『餐血』の血の効果が切れるまで痛みに堪えながら再生し続けるという仕組みさ」

「ああ、それで『痛い思いはしたくない』ってわけか」

 

痛みを抱えながらでも万能感を味わいたいというなら別だが、あの人物には万能感など今更欲する必要はない気がする。

菊岡はすっかりしょげ返ってしまった少年の肩をぽん、ぽん、と叩き「わかっていると思うけど……」と至極真面目な声でゆっくりと伝えた。

 

「明日奈くんの血が吸血鬼にとって死に至る猛毒だって事は極秘事項だからね」

「どうして?」

 

今回のように嗅覚だけが取り柄の自分ではなく、普通に吸血欲求の強い身体能力の優れた十代の吸血鬼に捕まったら今度こそ彼女の血はその吸血鬼を殺してしまうかもしれないのに、と首を傾げると菊岡は軽く笑って理由を告げる。

 

「彼女の血が唯一、絶対的な『吸血鬼殺し』の手段になってしまうからだよ」

 

本部主導で生産している疑似血液、もしその製造過程で製品全てにほんの僅かでも明日奈の血が故意に混入されたら……現在「吸血鬼」で疑似血液を摂取していない者は殆どいない。世界各地で多くの十代の青少年達やそれよりは少ない数の大人達が次々に原因不明の凄惨な死を遂げる事になるのだ。言われた未来を想像して事の重大さを理解した少年が目を丸くした後、ぶんっぶんっ、と頭を上下に振った。

出会った頃から比べると短い間に随分と可愛げが出てきて、明日奈はこっちが少年の本来の姿なのだと少しホッ、とする。吸血鬼としての矜持が高い分、その性質を持ち得ていない自分をどうにかしたくての行動だったのはわかったし、明日奈の血が解決方法にならない事も納得してくれたようなのでもう狙われる心配はなさそうだが……と気を緩めた時、顔中を傷だらけにしたまま少年は再び無垢な表情で「だったら」と言って『餐血』の少女を見た。

 

「血液以外の体液は?…ぎゃぅっ」

 

緩めていた腕の中から和人がいなくなっているのに明日奈が気付いた時には既に少年の頭は完全に地面に埋め込まれており、流石に菊岡の笑顔も引き攣っている。

 

「……しばらく埋めておいた方がこの子の為かもしれないな」

 

冗談とも本気ともつかない菊岡の言葉に「そんなっ」と擁護の声を上げたのは明日奈だった。

 

「やだなぁ、冗談だよ、明日奈くん」

 

取り成すように笑いながら少年を掘り起こしている菊岡の横では埋めた張本人が冷めた視線をひとつ送ってすぐさま明日奈の元へと戻ってくる。少年の頭部は今日一番の深さでめり込んでいる割りに手足の方は全く抗議を示す動きをしていないので、これは完全に落ちてしまったのだろう。

 

「それにしても、やはり本気の和人くんは一般の吸血鬼の比ではないね」

 

手を動かし続けながら菊岡が感心したように和人を見ると、そっちはそっちで擦りむいている明日奈の手に唇を押し付けている。どうやら和人を止める為に背中から抱きついた時に手の平のケガもバレたらしく、文句を言いたくても言えない状況だが全身で「ここにも傷が」と怒っているらしいのは顔を上げた和人の不服そうに曲がっている口を見れば間違いなかった。

 

「首の骨や頭部に損傷は与えていない」

 

手の治癒を終えてくるり、と向きを変え不機嫌を引きずりながら、要はただ埋めただけだ、と、骨は折ってもいないし陥没もしていない、全力だったら息の根を止めているとでも言いたいのだろうが、そこは菊岡が「そうじゃなくて」と続ける。

 

「早さだよ。今のは本当に見えなかった。明日奈くんを探す為に屋根から屋根へと飛び移っていったのは僕でも見えたんだが……」

「そんな危ないことしたの!?」

 

驚く明日奈に決まりが悪そうに顔を反らしたまま和人が小さく言い訳を試みる。

 

「いくら端末鳴らしても明日奈出ないし、なんか胸騒ぎがしたっていうか……」

「それだけで明日奈くんの居場所を探し当てるんだから、『番い』ゆえ、ってことかな」

「明日奈が……呼んでる気がしたんだ」

 

届いたんだ……と、少年に追い詰められている間、打開策を考えながら同時にずっと心を保つため和人との未来を願い続けた自分の想いが、和人はちゃんと気付いてくれたのだ。つい嬉しさに涙が出そうなるがこれ以上菊岡の見ている前では無理っ、と羞恥心と自制心が上回る。それと同時に自分のせいで和人が人外の運動能力を発揮してしまった事に不安が生まれ、皮膚が元通りになった手で彼の制服の袖を掴んだ。




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