血の誓約   作:ほしな まつり

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ウラ話で告知した「おまけ」です。


血の誓約・逆設定

広い、と言うよりもはや壮大な、と表すのが相応しい高等学校敷地内には近代的デザインの学舎、講堂、部活棟、図書館、体育館、音楽堂などが点在し、それでも有り余る平地には第一グラウンド、第二グラウンド、第三グラウンドの他にテニスコート、弓道場等が完備。更にその周囲には森と見紛う程に豊かな緑地帯が広がっている。

そして今、その第二グラウンドでは体育の授業が行われていた。

男子生徒達は個々のペースでトラックを走っており、女子生徒達はその様子が少し遠くに見える位置でソフトボール用のグローブを手にはめキャッチボールをグループ単位を行っている。

本格的に試合が出来るなら別のグラウンドを使わなくてはいけないが、うっかり利き手にグローブをはめようとする生徒が毎年続出するほどの種目なので当然初めはキャッチボールもスムーズには続かない。ボールやグローブすら初めて触った子が珍しくないのだから投げて、打って、走って…はまだまだ先の話だ。

半分お巫山戯が入って、きゃっ、きゃっ、と笑いながら手に余るサイズのボールが投げられては地面に落ち、近くの子が拾うというお決まりの様子を慣れた目で見守っている女性の体育教諭が授業の最初に言い渡した言葉は「とにかく顔で受けないでね」という一点のみ。

別に指導放棄をしているわけではなく、今日は学習項目がソフトボールになって最初の授業だからとにかく用具に慣れるのが最優先なのである。ちなみにこの後はフリーバッティングをする予定だ。

トラックの方では男子生徒を指導している同じ体育科の男性教諭が生徒とは逆回りで内側を走りながら檄を飛ばしたりアドバイスをしたりと熱心に指導をしているが、生徒の方は教師の関門を過ぎると明らかに手を抜いた走り方になっていて、それを目にした女性教諭は「あらあら」と思いつつ自分の女子生徒達に視線を戻そうとした時、ひとりの女子が「せんせーいっ」と声を上げると同時に手を大きく振ってきた。

 

「はーい、どうした…」

「結城さんがまた倒れたみたーいっ」

「えっ!」

「でも桐ヶ谷君が一緒だから大丈夫っしょー」

「……あ、そう…そうね」

 

一瞬慌てたもののさっきまで彼女が立っていた場所を見れば木の幹に背を付けたままズルズルと滑り落ちるように座り込んでしまったのがわかる。そして教えられた通り彼女の前には既に桐ヶ谷和人が到着していて、地面に広がっているスカートを踏まないよう膝を折り、そっ、と片手を伸ばして雪のように白い頬に手を当てていた。

本日はまさに「晴天」の見本のような雲ひとつない澄み切った青空がどこまでも続いていて気温も程よく太陽も絶好調のまさに体育教諭としては「外での体育日和」。

ところがそういう日に限って体調が崩すのがこのクラスの頼れる学級委員、結城明日奈だった。

校舎内ですれ違う時の丁寧な挨拶、教室で行われる「保健」の授業では満点の答えだしついでに定期考査でも常に高得点、運動神経だって良いし、何よりチーム戦で発揮される統率力はピカイチだ。ただ今日のような快晴の空の下、グラウンドでの実技授業に限って彼女はフラフラになってしまうのである。それでも最初はちゃんと授業に参加していた……しかしながら毎度毎度その状況下になると途中退場を余儀なくされ、授業は止まるし、桐ヶ谷和人は男子授業から抜け出してくるし、で回数を重ねるうちに男女双方の体育教諭もそして当の明日奈も学習したのだ、うん、最初から見学にしよう、と。

無理をしても結局全体に迷惑をかけるのならその頑張りはただの我が儘な意地だと明日奈も認めて、その代わりに授業の様子や、クラスメイト達の姿をよく観察することにしたのだ。お陰で曇天下や体育館内での団体戦競技の授業となると何の種目でも明日奈が属するチームは無敗である。

ただ今日は午前最後の授業コマ、要するに太陽がほぼ真上にあって日影が一番少ない時間帯で、生真面目な明日奈は授業風景をよく見ようにと近くの木陰に立っていたのだ。木陰は木陰、完全に日光を遮蔽はしない。たださえ影が広く出来にくい時間帯なのだから結局授業開始から陽光を浴び続けてしまったのだろう、貧血の手本のように明日奈の肌は色白を通り越して青白くさえ見える。

そして彼女の異変に一番早く気付いたのは近くにいた体育の女性教諭でもクラスメイトの女子生徒達でもなく、ずっと遠くのトラックを周回していた彼女の幼馴染みの男子生徒、桐ヶ谷和人なのは……まぁ、もう、お約束だ。

入学当初から毎朝一緒に登校をして、昼食は明日奈手作りの弁当を一緒に食べていればおのずと二人の関係は恋愛方面の憶測を呼ぶ。それでも「ただの幼馴染み」という願望を捨てきれなかった一人の男子生徒が勇気を出して巫山戯た口調で本心を偽り「君達付き合ってんの?」と否定を期待して投げかけた問いに明日奈は顔を真っ赤にして下を向き、隣にいた和人は平然と「そうだけど」と言い放った時点で公認扱いになった。

だから明日奈が炎天下で体調を崩すのも珍しくないし、それに気付いた和人が介抱するのももはや当然の光景になっている。

それでも教師たる自分も様子を見に行った方がいいだろうか?、と足を向けそうになった時、和人の方から先にこちらに向かってまっすぐ手が上がった……いつもの「大丈夫」の合図だ。

なんでも明日奈の体質は幼い頃からで、それをいつもサポートしていたのは和人だと聞いているからその判断には信頼が置ける。それほどガタイが良いとは言えない体格の和人だが慣れた様子で明日奈を静かに背に負ぶい、もう一度手で合図をくれた。保健室かどこか休める場所に移動するのだろう。女性教諭も「頼んだわよー」と大声で返してしっかりとした足取りで去って行く二人を僅かの間見送る。

 

「まぁ、私も十代の頃はちょっとしんどかったしね」

 

女性教諭は誰にも拾われないような小声で呟いた。今では「晴天っ、快晴っ、気持ちいいーっ」と笑顔で言えるようになったが……だから目を瞑って、くたり、と和人の肩に頬をくっつけて力の抜けてしまっている明日奈にも同情的になってしまうのだ。

ただ結城明日奈の方は仕方ないとしても、桐ヶ谷和人は完全なサボり扱いになってしまうのでは……と男子生徒側を見れば、あっちの体育教諭はわけのわからない持論を飛ばしていた。

 

「いいかっ、お前ら。惚れた女の一人や二人抱き上げられんようでは一人前の男とは言えないぞっ」

「センセー、惚れてる女が二人いんのはマズいんじゃないのー?」

「ばかもんっ、それくらい筋力をつけろっ、という意味だっ」

「うちのクラスの女子で一番細いのって誰だと思う?」

 

あ、問題発言だなぁ、と女性教諭の眉が動く。

 

「……結城さんだろ」

「ダメじゃん。試せないじゃん」

「女子よか、ほらっ、ここにいる柳川の方が細っこいぜ」

 

一斉に男子達の目がヒョロっこい体格の柳川に集まり、その何人かが「ぷぷっ」と噴き出した。今度は男性教諭の眉が持ち上がる。

 

「おい、今笑ったヤツ全員柳川を背負ってグラウンド一周っ」

「げっ」

「ま、当然だな」

「ほらっ、一緒に走ってやるから柳川に謝ってさっさと背負えよ」

「早くしないと今日の体育、ランニングで終わるーっ」

 

なんだかんだと言いながら柳川を背負った一番走者に他の男子生徒が集まって「柳川、楽できていいな」「マジで軽い。もっと肉食え」などと声を掛けつつ走り始める。女性教諭も既に視線は女子生徒達に戻っていて、そろそろ指導内容をバッティング練習に切り替えようと考えていた。

そんな賑やかなクラスメイト達の声を背後に明日奈を負ぶった和人はいつもの場所、在校生でも知らない者の方が圧倒的に多い校舎の奥にある緑に囲まれた四阿に向かって足を進めている。出来るだけ振動を与えず、でも可能な限り早く、そして他の人間の目に触れないように。

これが明日奈を運ぶ時の鉄則だ。

無理をせずに屋内から見学するか図書室で自習でもしていればいいのに、この生真面目な恋人は「それじゃズルしているみたいで嫌」と言ってきかない。結果、こうしてぶっ倒れているのだから「これは要相談だな」と和人は心に強く決めて……決めたタイミングで首筋をかすった冷たくてふにゃっとした感触に思わず「うわっ」と声をあげた。

 

「……明日奈」

「ん」

「もう少しで着くから」

「んー」

 

そして再び首筋にひやっ、とした感触。

 

「うっ……明日奈、汗を舐めるのは、ちょっと…」

「んん」

 

さっきからまともな言葉を返してくれないので了承なのか異議なのかよくわからない。自分の声に反応してるのだから、まだ大丈夫だと感じる反面、こちらの意思を受け入れてくれない為あまり時間がないかも、と歩を速める。

ただ和人が本気で嫌がっていないとわかっているあたり、甘えられてるなぁ、と感じればもう好きなようにさせてやりたい、とも思う。でもやっぱり体育でかいた汗は……「くぅっ」と葛藤が漏れた。

その間にも明日奈は瞳を閉じたまま普段の姿からは想像できない大胆さで和人の首筋を流れている幾筋もの滴に唇を押し付け舌を這わせている。

 

「明日奈さん……あとちょっと…我慢…して欲しいん…デスけど」

「んぅ」

 

言っている傍から小さくて柔らかな舌が汗の浮かんでいる首をまるでアイスキャンディーを手にした子供のように丹念に何度も舐められる。既に二人の周囲は樹木の目隠しが十分にあるので人目は大丈夫だとしても、これでは四阿まで和人の方も色々ともたない。いくら現代の吸血鬼の栄養補給が血液に限らず体液なら何でもOKとは言えランニングでかいた汗なのだ。とは言え首筋に触れている彼女の舌、唇がこの炎天下でもかなり冷たく、背中に預けられた彼女の身はまるで力が入ってないからギリギリの状態なのはわかる。視界の下方で和人の歩みに合わせてゆれる細い腕にも彼女の意思の伝達はかなわない。

ただすっかり身体を預けられているので……背に当たるふたつの膨らみだとか、制服越しでも伝わる腕や手の平への弾力だとか、文字通り全身を密着させているから強く香る明日奈の匂い等も手伝って和人もヤバい状態だ。そんな事情もまるでわかっていない吸血鬼の性質を保持する少女は陽光によって衰弱した身体の求めに従い一種の艶めかしさを孕ませて一心に和人の体液を摂取し続けていた。

最初は困惑と少しのくすぐったさに身悶えしそうだった和人だったが、こういう行為自体は初めてでない。一番欲しいのは和人の血のくせに、未だ罪悪感を捨てきれない明日奈にそれを摂取させる為にはその理性をぐずぐずに溶かすのが最も有効なのがわかっているから己の欲も相まって吸血行為の前には必ず素肌を合わせる。

ただそういう心づもりでベッドの上で睦み合うのと今とでは状況が違いすぎるから、明日奈の息づかいに色は含まれていないしそこまで理性が削られていない証拠に未だ和人の首筋には傷一つない。

もっと深刻な状態ならとうに皮膚に穴が空いているはずである。

和人としてはそうなっても構わないつもりで彼女の口が容易に触れられるよう背に負ぶったのだが、今の状況は計算外だった。届く範囲の汗は全て舐め取ったはずなのに、明日奈は止まることなく和人自身を唇で啄んでいる。

あれ?、オレ、明日奈に食べられてる?、と笑えない冗談が頭に浮かんだ後、違うな、とすぐに否定した。

吸血欲求にはブレーキをかけているがしんどいのはしんどいのだろう、これは一番信頼している少年への甘えと同時にいつもは毅然としている彼女の弱音なのだと理解すれば和人は「はぁっ」という溜め息を落とすが顔は困りつつも笑顔になる。

ここまで来れば人の目はない。今は授業時間中だし何より具合の悪い彼女が求めている物を与えられるのは自分だけという自負に愛しさが増した。

これは回復するまでにいつもより時間がかかるかもしれない、と頭の隅で冷静に思いながら、その辺りは明日奈と同じ吸血鬼の性質を持つ女性体育教諭が上手くやってくれると期待して駆け込む勢いで目的地に至る。

手早く背中に乗っているだけの彼女を慎重にいつものベンチへ降ろすと、そのままゆっくりと横たえた。目を閉じたままその顔色は死人のように青白く、呼吸もしているのかどうかわからないほど弱く遅い。それでも和人の汗と屋根が完全に日光を遮っているお陰で辛そうな眉間の皺は薄らいでいた。

顔にかかっている数本の栗色の長い髪をはらい、そのままよく見えるように顔を近づける。

息を吹き込むように「明日奈」と呼べば、一呼吸置いてからゆっくりと薄い瞼が動いた。

その時、和人には自分達を取り巻く葉擦れも生き物の気配もなにもかもが一瞬で消え去り、いつもの明日奈のはしばみ色の瞳が星が宿ったようなキラめく黄金色に変化しているのを目にして口の端を上げる。

目は雄弁だ、吸血鬼である明日奈の瞳は特に。

 

「オレが欲しい?、明日奈……いいよ、好きなだけ…」

 

でもその前に散々煽ってくれた責任は取ってもらうけど、と心の中で呟いてから求めるように薄く開いた唇へ、それこそ噛みつくようなキスをして求め合う行為が始まった。




お読みいただき、有り難うございました。
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