血の誓約   作:ほしな まつり

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血の誓約・3

いつも日中に前の道から手を振ってくる隣の家の男の子が、今夜はなぜか振る方向が違っていて、どうやら「自分の所に来て」を意味しているのだと気付いた明日奈は、時折ドーンッという打ち上げ花火の音に気持ちを後押しされたのか、すぐに一階に駆け下りて玄関ドアを開けた。

 

「こんばんは……えっと、お隣の桐ヶ谷さん、だよね?」

「う、うん。オレは和人」

 

結城家が隣に住み始めた時、親同士は挨拶を交わしていたがたまたま和人はその場に居合わせておらず後で母から「ものすごく可愛いお嬢さんだったわ」と聞かされただけだった。幼稚園も和人と直葉は近くの園に通っていたが、明日奈は別の所だったし、今までは少し遠い二階の窓枠の中にあった彼女の顔が目の前でちょっただけ疑問の角度に傾いている。それに当然全身が見えていた。

和人でもわかる、質の良い上品なデザインの服を違和感なく着こなしていて、手や足も細くて長いのに子供特有のもっちり感もあって、それよりも一番ふっくらして柔らかそうなのはほっぺただ。けれど窓から見えていた頭や顔は近くで見てもやっぱり全体的に小さく、何より太陽の光のせいかな?、と思っていた髪や目の色は和人のそれよりずっと薄い色で……母親が言っていた感想は間違っていなかったんだ、と和人は心から思った。

パッチリとした大きな目に長い睫毛、鼻もスッとしてるし唇は小さいけれど瑞々しい艶を纏っている。和人を隣人の子供だと確認した時に傾げた小首の動きに栗色の髪がさらり、と揺れて、それだけでも良い匂いが漂った気がした。

呼び出したのはこちらなのに、いざ目の前に立たれると名前を告げるだけで精一杯で心臓の音がうるさくて考えがまとまらない。

 

「和人くん、ね。私は明日奈……いつも手を振ってくれてありがとう」

 

恥ずかしさを我慢しているのだろう、頬から赤みが広がって顔全体に行き渡ると押し出されるように甘い匂いが和人の鼻を刺激する。それをンクッと飲み込んでから和人は「明日奈」と今初めて知った彼女の名前を口の中で小さく転がした。

 

「それで、どうしたの?、こんな時間に」

 

こんな時間、と言うならこんな時間にひとりで家にいる明日奈はどうなんだよ、と少し悲しいような悔しいような気持ちになりながら和人は決意の手を差し出す。

 

「あ、明日奈、花火、見に行こう」

 

その誘いに驚きではしばみ色の目をまん丸にした明日奈だったが、すぐにしゅんっ、として申し訳なさそうに「あのね」と桜色の唇を動かした。

 

「私、ひとりで勝手に家の外には出ちゃダメなの」

「ひとりじゃない。オレと一緒だから」

 

そういう事じゃなくて、と思ったが和人のあまりの必死な様子に何も言えずにいると畳みかけるように言葉が飛んでくる。

 

「明日奈は花火、見たくないか?、裏山を登れば見えると思うんだ。オレ、よく遊びに行く所だし、今から行けば最後の花火に間に合うと思う。母さんとスグは…あ、スグって言うのはオレの妹、二人は会場の広場まで見に行ってるんだけど…」

「どうして和人くんは一緒に行かなかったの?」

 

明日奈から初めて「和人くん」と呼ばれて背中の真ん中を下から上に何かが駆け上がった。

 

「オレは……」

 

そこで初めて言葉に迷う。正直に風邪認定されたから、と伝えれば明日奈は一緒に行ってくれないかもしれない。それはイヤだった。だって今はどうしても……

 

「明日奈と行きたいんだ」

「ふぇ?」

 

直接話したのは初めてだったが、この短時間でも明日奈が礼儀正しく真面目な性格でしっかり者だと認識していた和人は、不意打ちのように発せられた無防備な驚声に大好きなお菓子を見つけた顔になる。

 

「明日奈と行きたいっ。大丈夫っ、花火が見える所までそんなにかからないし、ちょっと出掛けるだけですぐに戻って来るからっ」

 

和人の方も母親に外出がバレるわけにはいなかい。だから早く行こう、と更に手を伸ばせば躊躇いがちに白い指先が和人の手の平に触れた。そこから電流のような衝撃が一気に腕を伝い上がってくる。その感触を逃したくなくて和人は咄嗟に明日奈の手を守るように包んだ。

一方、自分から和人の手に指を置いた明日奈だが初めて言葉を交わした同年代の男の子の手が温かくて、握り方が優しくて、それでも母親との約束が頭の隅から離れない。

 

「本当に、すぐ帰ってこられる?」

 

未だ不安に揺れる瞳に向け和人は大きく頷いた。

明日奈だってあんなにいつも窓辺にいるんだから外は嫌いじゃないはずだし、特に今日は夜空に花火が打ち上がる特別な日なんだっ、と和人の頭はとんでもなく浮かれきっていて、とにかく二人でこっそり花火を見ることしか頭になかった。




お読みいただき、有り難うございました。
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