血の誓約   作:ほしな まつり

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血の誓約・5

それから少しして体調が戻ると二人は頻繁に顔を合わせるようになった。

とは言っても明日奈は空いている時間に必ず窓から外を眺めるようになって、和人は外出時に必ず隣家を見上げるようになって、今まで偶然にお互いを認識していたのが偶然ではなくなっただけで文字通り「顔を合わせる」事しか出来なかった。明日奈は昼間、勝手に外へ遊びに出られなかったし、勝手に友達を家に上げる事も出来なかったのでそれが精一杯だったのだ。

和人もなんとなく明日奈との事は周囲に秘密にしておきたかったし、そもそも仲良くなった切っ掛けが母に知られたら絶対お説教だから、いつもは笑顔で手を振り合うだけ、たまにお手伝いさんが帰った後、明日奈に結城家の玄関先まで出てきてもらって短い時間のお喋りを楽しむ程度だった。

それがほぼ毎日顔を見て言葉を交わすのを可能にしたのはそれぞれが小学生になって持つようになった携帯端末のお陰だ。

和人は家が学区内の小学校へ、明日奈は私立の小学校へ、と相変わらず通う場所は違っていたが端末があればそれすら話題に出来て楽しかった。しかも和人にとって明日奈は学校の宿題に取り組む為の強力の助っ人でもあったのである。

ただそこは携帯端末の小さな画面、スムーズに言葉が伝わらなくて、ある晩和人は「ああっ、もうっ」と言うなり画面から消えた。

「え?!」と端末を持ったまま固まっていた明日奈が数秒後に「ええーっ!」と叫んでしまったのは二階の自室の窓硝子を外からノックする音が聞こえたからだ。

確かに結城家は桐ヶ谷家の隣に建っている。

建っているが……だからと言って二階から二階へ移動できるほど密接しているわけではない。

「どうやったの?」と急いで窓を開けて今にも落ちるんじゃないかとハラハラした顔で腕を引っ張ってくれる明日奈に和人はいたって普通の顔で「頑張ったら飛び移れた」と答えた。

 

「オレって結構運動神経いいみたいなんだ」

 

平然と言ってのける和人に最初は明日奈も「危ないよ」と言っていたのだが、段々と感覚が麻痺してきて「こんばんは、いらっしゃい和人くん」と迎え入れるようになってしまった。

そして和人が十歳を迎える年……それは突然起こった変調だった。

朝、リビングに降りてこない和人を起こしに部屋に入った翠が見たのはぐったりとして目を閉じたまま弱々しい息を吐いている息子の姿で、熱もなければどこが痛いわけでもない、咳やくしゃみ、鼻水といった症状も出ておらず、ただ身体に力が入らないだけ、と答える声は普段の姿からは想像も出来ないようなか細さだ。食事も固形物は受け付けず、ジュースやスープといった流動物をスプーンで流し込む日々が続いた三日後、悪化もしなければ回復もしない状況に、さすがに病院に連れて行こうと翠が決断すると、なぜか玄関に隣の住人である結城明日奈がやって来たのである。

とても緊張した面持ちで、何か思い詰めた様子で、それでも真っ直ぐに背筋を伸ばし、はっきりと綺麗な声で「和人くんは、いらっしゃいますか?」と訪ねて来たのだ。

 

「え?、あなた、お隣の結城さんの…明日奈ちゃん、だったわよね?」

「はい、結城明日奈です。和人くん、最近見ないな、と思って…それで、ちょっと、気になって……」

「あなたたちそんなに仲良しだったの?」

 

翠にとっては寝耳に水の話である。

和人が起き上がれなくなったのは三日前からで、それが明日奈の「最近見ない」と言う感覚なら普段どれだけ頻繁に交流があっのか、という話だ。しかもこの時翠は知らなかったが、彼女は母親との約束を破り、勝手に桐ヶ谷家を訪れたのである。明日奈にしてみればいきなり三日間も外を歩く姿はもちろん携帯の声すら繋がらない状況になったわけで、何かあったのかと心配で我慢の限界だったのだ。

 

「あの子ね、寝込んじゃったの」

「お部屋にいるんですか?」

「そう。でも病院に連れて行こうと思ってたところで」

「ちょっだけ、会えますか?、寝てたら顔だけ見てすぐに帰りますから」

 

翠も明日奈を全く知らないわけではない。名前を呼んだり話し込んだり、まではないが登下校の途中に会えば笑顔できちんと挨拶をしてくれる礼儀正しい子なのは分かっていた。その子が我が儘とも取れるお願いをしているのだ。そして「今朝、お隣のお嬢さんと会ったわ」と夕食の席で話題に出せば、何やらむずがゆい表情で息子が「へぇ」と反応していたのを思い出して、なるほど、と密かに納得する。

 

「なら、少しだけ。うつる病気じゃないと思うけど念の為ね」

「はい、有り難うございます」

 

丁寧にお辞儀をする明日奈を見て「この子、本当にうちの子達と同年代なのかしら?」と溜め息を付きそうになる翠だった。




お読みいただき、有り難うございました。
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