血の誓約   作:ほしな まつり

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血の誓約・8

あの日の事を和人は和人なりに理解している部分があった。

ああなった原因はわからないが、自分はもう枯れ枝みたいに干からびて消えてしまうのかもしれない…なんとなくそんな予感があって、だったら最後に明日奈に会いたい、とそれだけを望んで終わりの時を待つしかできず、一日経ち、二日経ち、もうそろそろダメかな、と感じていた時に彼女は現れたのだ。

学校や習い事以外では自ら家を離れないと親から強く言われている彼女が自分を心配して来てくれた。

彼女の声を耳が捉え、彼女の匂いを鼻が捉える。彼女の姿を目で捉えれば、残るは彼女を味わう事しか考えられなくなった。

ホシイ、ホシイ、ホシイ、と全身が明日奈を欲する。

なぜなのかはわからない。どうすればいいのかもわからないのに明日奈が欲しくて仕方なかった。

その時、ナイフで傷つけてしまった明日奈の指の真っ赤な血を見て、本能がソレだと教えてくれた。

だから明日奈に頼んだんだ、ソレが欲しいと。

今の自分に必要なのは明日奈だけだったから。

自分でも訳が分からず求めたから、明日奈はもっと困惑しただろう。

それでも彼女は「いいよ」と言ってくれた。

その後の事はよく覚えていない。とにかく夢中で明日奈を自分の中に吸収した。ほんの一滴の血で体調は元に戻ったけど止められなかった。細くてしなやかなで心地よい弾力、桜貝のような爪、くびれた関節、どこもかしこも極上の味だった。

きっと自分は普通の人間じゃないんだろう、それでも、明日奈が傍にいてくれるなら人間でいたいと強く思った。

 

 

 

 

 

それから和人の生活で変わった事と言えば、朝は毎日明日奈が起こしてくれるようになった。

そして朝ご飯を同じ食卓で食べるようになった。

最初は結城家も難色を示していたようだったが、翠が「朝ご飯って大事です。それを一人で食べるなんて美味しくないですよ」と説得してくれた。逆に何を焦ったのか今まで帰宅時間は深夜が当たり前だった明日奈の父など「夕飯は娘と食べる」と言って夕食は両親が揃うことが多くなったそうだ。

和人の身体も完全に元に戻り、あの時の不調は一体何だったのかと話題にすらあがらなくなって二年近くの時が流れた頃、一人の男性が和人を訪ねてやって来た。

 

「君が鳴坂和人くんだね。いや、失礼、今は桐ヶ谷和人くんか。私は君のお父上の、鳴坂行人の遠い親戚の者だ」

 

落ち着いた物腰、上品な服装、撫でつけられた少し長めのロマンスグレーの髪を後ろで一つに結んでいてそれが大人の余裕を感じさせる。

ただし穏やかな笑みを浮かべているようで全く温かみを感じない目に和人は警戒の色を濃くした。

けれど男はお構いなしに話を続ける。

 

「突然すまない。実は君のお父上が他界された事を把握していなくてね。それで私が直々に出向いたわけだが……」

 

そこで男は改めて和人を見た。そこで初めて本物の感情を露わにして驚いたように「ほぅ」と呟く。

 

「どうやら遅かったようだな。これは申し訳なかった」

 

すぐにいつもの笑顔に戻ってしまった男の言う「申し訳なかった」という言葉には全く気持ちがこもっていない。和人はこの場に明日奈がいなくてよかった、と男を注意深く観察しながら思った。

もうほとんど自分の半身と言っていい彼女は意外と怒りん坊さんなのだ。こんな上っ面の意味も分からない謝罪を聞いたら和人に代わって柔らかな頬を膨らませ食ってかかるに決まっている。

和人が桐ヶ谷家の養子である事は今の両親と明日奈しか知らない事だから、この人物が少なくとも生みの親を知っているのは間違いなさそうだが…それにしても言い方に情がなさすぎだ。

 

「その年齢で既に番い持ちとは。それにお相手は……『餐血(さんけつ)』だね。こんな所に貴重な血があるという報告は受けていないが……やれやれウチの者達はもう少し真面目に仕事をするべきだな」

 

血、と聞いて和人が真っ先に思い浮かべたのは明日奈だった。するとすぐさま男がふっ、と笑う。

 

「『餐血』の持ち主は『あすな』くんと言うのか。なるほど隣に住む幼馴染みの女の子。毎日随分と仲良く過ごしているようだね」

「なっ、なんでっ?!」

 

頭の中を覗かれたとしか思えない言い様に和人が焦る。出来るならこの男に明日奈の存在は知られたくなかったからだ。

男は和人の慌てぶりを面白そうに観察しながら今度は困り笑顔になった。

 

「なんで、と言われてもわかってしまうのだから仕方ない」

 

まるで出来ない方が不良品みたいな言い方である。

 

「私のように長く生きているとね、色々とわかるものなのだよ。わかるからと言って何をしようというわけじゃないから、そこは安心してくれていい」

「長生きって、オレの本当の父親の親戚なんですよね」

「遠い、親戚だ。遙かにね。信じてくれなくて構わないが私にとって寿命はあってないようなものなんだ」

 

この世界の神とでもいうのか、けれどそれならこの男の妙に冷めた傍観者のような目も納得出来た。まるでゲームの世界を外からモニター越しに覗いているような、その中で何が起ころうともただ観察しているだけで決して自らは関わろうとしない、したいと思うほどの熱も持たないから期待もなく、落胆もない、それでも『餐血』と言った時、男の瞳がほんの一瞬揺れたのを和人は見逃さなかった。

 

「『餐血』って何ですか?、明日奈は……」

「君から奪うつもりはないよ。番いとなった『餐血』に手を出すほど飢えてはいない」

 

けれど、と男は続ける。

 

「話をするなら彼女も一緒の方がいいだろう。君達二人の将来の事だから。後日、改めてお邪魔するよ」

 

そう言って男は光の粒子となって消えたのだった。




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