血の誓約   作:ほしな まつり

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血の誓約・9

次の土曜日、明日奈には朝食後そのまま桐ヶ谷家に居てもらった。

母の翠は出版業界に身を置いているので土日でも普通に出社するし、妹の直葉はこの日いつも稽古に通っている剣道の練習試合があり、張り切って家を出ていったので家には二人きり。

件の男のことを和人は自分の本当の父親の遠い親戚で、自分だけでなく明日奈についても自分達が知らない何かを知っているらしい人だと説明した。そんな曖昧な説明で果たして明日奈が納得してくれるのかが心配だったものの、彼女はいつもの、ほわん、ほわんとした笑顔で「いいよ、会う時、和人くんと一緒なら」と頷いてくれたので「ありがとうっ、明日奈っ」と思わず両手で彼女の手を握りしめてしまった。

死線を彷徨った日から随分と時が経ち、あれ以来舐めたり口に入れたりはしていないが明日奈への接触が随分と当たり前になっていて、だから何かの理由で二日くらい会えず、声も聞いていないととにかく気になって仕方なくなり、夜でも構わず端末に「行っていい?」と連絡して結城家の二階に侵入している。明日奈の方も「仕方ないなぁ」と受け入れてしまうので今後の和人のスキンシップは右肩上がり間違いなしだ。

そして特に約束も指定もしていないのに、桐ヶ谷家の中が和人と明日奈だけになると玄関のインターホンが鳴り、今日も柔和なまなざしを備えた男が約束の時間ぴったりと言わんばかりに立っている。

 

「こんにちは、和人くん。そしてはじめまして、君があすなくんだね」

「はじめまして、結城明日奈です」

 

明日奈は完璧によそ行きの笑顔だが少し何かに怯えたように半歩後退すると、男は気を悪くした様子もなく、むしろ「ふむ」と笑って「『贄血(さんけつ)』の子は敏感だな」と頷く。

 

「やはり本能でわかってしまうのか。こちらは文字通り血眼になって探していた時代もあったと言うのに」

 

すっ、と明日奈を隠すように前に出た和人が挑むような視線を放った。

 

「明日奈には手を出さないって」

「ああ、もちろんだとも。私だって痛い思いをするのは嫌だからね」

 

人畜無害の見本のような笑顔を見せてから男は「では、話をしようか」と言って当然のごとく桐ヶ谷家に上がり込み、迷うことなくリビングに辿り着いて勝手にソファへ腰を降ろす。招かれざる客、という気がしなくもないが、やっぱりお茶くらいは…、と明日奈が既に使い慣れたキッチンへ足を向けようとすると男はそれを手で制した。

 

「気遣いは不要だ、明日奈くん。そもそも私は飲食に興味がなくてね」

 

飲食って興味の対象だっけ?、と向かいに並んで座った二人が小首をかしげる様を微笑ましく見てから男はゆっくりと「では、少し昔の話から始めよう」と幼い子供達におとぎ話でもするみたいに優しい声で語り始めた。

 

「まだ人と人との争いが日常だった頃の話だ。戦う為の武器は剣や弓、槍。馬や馬車に乗れるのは選ばれた人間だけで、殆どは移動に自分の足を使う時代、実はその中に人間とは別の種族がいた。と言っても見た目は何も変わらない。違いと言えば人よりも身体能力に優れていて長命。けれど日光が苦手で栄養源は人の生き血というだけ、のね」

 

些細な事を付け足す口調だったが、それを聞いた明日奈は驚きと恐怖で口元を両手で覆い外に出してはいけない言葉のように「吸血鬼」と口の中で紡ぐ。聞こえるはずのないそれはしっかりと男の耳に届いて「そうだな、いつからかそう呼ばれるようになっていた」と静かに肯定した。

 

「誤解が無いよう言っておくが、人の生き血と言っても君達のように三食きっちり摂るわけではない。普通は週に一回程度。それも対象者が貧血を感じるかどうかという量だ。気の良い者は少量ずつ複数の人間から摂っていたし、相手の人間に痛みはない」

「でも……」

「君達もジュースを飲むだろう。果実を搾ってその汁を飲む。それと大差ない。むしろ我々はその果実を潰さず、吸い尽くさないのだから良心的だと思うが」

「それは、そちら側の言い分だと思います」

 

明日奈のはっきりとした物言いに和人はヒヤリとしたが、男は何の気負いもなく「まあ、そうだろうね」と簡単に自分の言を翻す。

 

「だから人は私達を受け入れなかった。とは言え人間は我々の警戒対象にすらならず……むこうは必死だったのだろうが、こちらから見れば可愛いと思える程度の抵抗しかなかったから何の支障もなく血をいただいていた。しかも人間の中に極めて希に特別な血を持つ者がいることまでわかった。ほんの数滴で空腹は満たされ万能感すら覚えるほど極上の血、一度口にしてしまえばその血しか欲しくなくなる。私に言わせれば諸刃の剣だ」

 

その特別な人間が今は誰を指すのか察して和人は明日奈の手を握り唸るような声を吐いた。

 

「そ、れが……『餐血(さんけつ)』」

「ああ。そしてまさに今、きみが捕獲している人間のことだ」

 

明日奈を見る男の目が一瞬だけ血の色になる。

「ひぅっ」と悲鳴を飲み込んだ明日奈がその目から逃れようと身を翻して和人の胸元に飛び込めば同じタイミングで和人が彼女を抱き込み牙を剥く形相で男を威嚇した。




お読みいただき、有り難うございました。
(本日、やっと『冥き夕闇のスケルツォ』観てきましたー)
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