殲滅の主はまた鐘を鳴らす   作:ぶびっぐ

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お久しぶりです。
 


第11話

 

 

 

 “雄英体育祭”

 

 かつて栄えたスポーツの祭典に代わり、個性が台頭した現代のオリンピックとして名高い一大イベントである。

 敵の襲撃で開催を危惧された今年の体育祭は、例年の5倍に警備を固めることで無事、スターターピストルを握った。

 

 その渦中から中らずと雖も遠からず。

 

「お前には勝つぞ。緑谷」

 

 観客が待つスタジアムの喧騒を遮るように、1-A控室で焦凍は言った。

 入学当初からオールマイトに贔屓目で見られているようだった出久に対し、宣戦布告とも取れる言葉を投じたのだ。

 

「僕も、本気で取りに行く…!」

 

 思いもよらぬその諍いに沸き立つ者も諫めようとする者も、あてられた熱を冷ます間もなく出久は返答する。

 受けて立つと、控えめながら喧嘩を買って。

 折よく入場を促したクラス委員長の鶴の一声もあってか、1-Aは皆静かに熱気を帯びていた。

 

 だが一人。

 皆の熱とは隔絶した冷ややかな眼でありながら、異常な温度をそこに閉じ込める者が居た。

 誰も“それ”に気付こうとはしなかった。

 普段の彼、いや彼女の振る舞いと何も変わらない風に見えたためだ。

 そう取り繕われていたから。

 しかし歪に装われた人畜無害はその実、危険性を示す何よりの指標である。

 

 語弊があった。

 一人は、“それ”を常より激しく敵視していた。

 一人は、“それ”が救けを求める子供に見えた。

 一人は、“それ”の違和感にようやく勘付いた。

 勝己は、出久は、焦凍は───

 

 

 


 

 

 

「それって、滅理ちゃんのこと?」

 

 USJ事件の翌日。いつもの弁当ではなく冷たいざるそばを食べた昼過ぎ。

 質問に質問が返ってきた焦凍は、図星を指した母へ不服そうな顔を向ける。

 夕飯の仕込みに勤しむ背中にはそれが堪えた様子はない。

 

「まあ、そうだけど…」

 

 やや砕けた口調で、というより親離れしかけの子供じみた言葉尻で答える。

 

「てっきりもう親友なんだと思ってたけど、違うの?」

 

 この無遠慮さはある種、母親の特権だろうか。

 図星に続き痛い所を突かれたが、改めて言われると腑に落ちない。

 露わとなった患部をまじまじと診るように、母曰く自分の親友との関係を顧みる。

 

「親友はまだだよ。多分…」

 

 その声色には自信が無い。

 茶柱が沈んだ湯呑みは、自嘲が表れているようにも。

 

「『どうすれば知り合いから友達になれるか』、ねぇ…」

 

 話のきっかけとなった質問を今一度要約して言い直される。

 

 焦凍と滅理の関係を言い表す単語に“知り合い”は少し薄情ではある。

 だからと言って“幼馴染”はあまりに限定的だ。誰のことなのかすぐ気づかれてしまうだろう。思春期特有の恥じらいが認めなかった。

 結果、母の慧眼に為す術なく本音を引きずり出されてしまったが。

 

 恥ずかしさを誤魔化すように、冷えた茶を喉に流し、席を立つ焦凍。

 聞く相手は選ぶべきだった。当てつけ気味な後悔を飲み込み、空の湯飲みを台所で水洗いする。

 隣の母は、まだ何かを考えているようだ。足りない食材でもあるのだろうか。おつかいを頼まれるのは億劫だが、引き受けるほかないか。

 

 そんな考え事をも水に流し、濡れた手を拭いて踵を返す。

 

「あ、待って焦凍」

 

 制止の声を上げた母。

 

「…喧嘩でもいいから、腹を割って話し合うこと。…だと思う」

 

 続くであろう食材の羅列に身構えていた焦凍は、思いもよらない回答に面食らった。

 

「母さんの経験だけど」

 

 またしても驚く。物静かで争いとは無縁の人だと思っていた母が、喧嘩のできる友達を持っていたなんて。

 

「…どんな人だったの?」

 

 だから、聞かずにはいられなかった。

 成功例として参考にするだとか、そんな打算を働かせたのではなく、ただの興味だった。

 

 再びまな板を向いていた母は、僅かに微笑んで口を開いた。

 

「冷たいけど、優しい子」

 

 遠い親友を思い出すような、それが比喩でなく事実だと思える言葉。

 羨ましいと感じた。主張するまでもなく、互いに分かり合える友達がいることを。

 自分もそうなりたいと、親の背を見て育つ子は。

 

「そうだ、おつかい頼まれてくれる? 折角だから」

 

 何が折角なんだという小言を飲み込んで、母の尻に敷かれるのだった。

 

 

 


 

 

 

 USJ事件から2日経った。つまり翌日。

 あの後、こっそり買ったお菓子がバレて姉と母に吸われたりとあったが、本命の煎餅は無事だったりした。グミはデコイとなったのだ。

 

 さておき、再開した学校生活に特段変わりはなく──なんてことはなかった。

 

「黒創くん…いや“さん”?」

「ここは間をとって“ちゃん”で!」

「どこの間だよ」

「飯田さんはご存じでしたの?」

「あぁ。だが、本人の同意が無いままに公表するのは躊躇われた」

「あのムキムキがどうして…どうしてクンなにもカワイク!?」

「葉隠さん、君の手だと黒創が変顔してるみたいになる」

「いや目を疑ったよね。歩いてたら見覚えカラーリングの女子が「おはよう歯磨き」とか口走ったもん」

「それ耳を疑うべきだな」

「あぁー…ほら、黒創もの忘れっていうか名前覚えんの苦手っぽいし」

「……上鳴(a,i,a,i)(a)(i,a)(i)か。母音は全て合っているのに的外れだな」

「射程範囲外ッ」

 

 ひゅぱんッ、と蛙吹が峰田の頬を舌で叩く音。

 割と容赦ないその打撃音が埋もれてしまえる喧騒は、普段のそれよりも一か所に集中している。

 クラスの注目を集めたのは、性別を女に変えた滅理だった。

 個性の応用による副産物。そのことは知っている焦凍も、こうして大衆に取り囲まれている様子は初めて見る。USJで滅理は事後にクラスメイトたちと顔を合わせられなかったので、今朝が初のお披露目となったことも原因だろう。

 保健室での治癒で済んだ出久と異なり、敵から未知の攻撃を受けた滅理。検査のため搬送と告げられた彼ら1-Aの心配は推して知るべしといったところだ。

 その分変化に対する反応が強くなるのも当然である。言わば、というかそのまま“性転換”を目の当たりにしているのだから彼らのそれはおかしなものではない。

 ただ、好き勝手に顔をいじくられる滅理の様子は少しばかり笑えた(おかしかった)

 

「黒創く…さん、具体的にはどういう原理で性転換を…!?」

「ンム…大雑把に言うと、個性のチャンネルを替えるようなものだ」

 

 ようやく辿り着いた席に鞄をかけながら、滅理が答えた。

 

「…というと?」

「私の個性は身体を作り変える。主に再生・変身でだ。テレビで例えれば、減った音量を元に戻すのが前者。用意された別のチャンネルに切り替えるのが後者、ということだ」

 

 皆の聞き耳に促されて続ける滅理。

 意外なことに焦凍もその耳の一つだった。

 

 超常社会において、個性は氏名や性格と並ぶ。人となりを知る要素の一端を担っている。それゆえ自己紹介に個性を持ちださない人間は稀と言えよう。

 その常識がこの腐れ縁には成り立たなかった。

 片や個性婚、片や個性障がい児。無遠慮に個性を聞いたり、打ち明けることをしないまま親交を深めたがために、どうにも歪な関係性を築いてしまったのだ。

 

「へー。なんちゅうか、黒創の個性ってヤヤコシーのな」

「あぁ、難儀している。鋭児郎のようなシンプルな個性は羨ましい」

「そうか? できることが多いのはいいことじゃねえか!」

「…ん? 今普通に切島くんの名前言わんかった?」

「え」

 

 しかし、これは寝耳に水だった。個性の内容どうこうより、訊ねれば答えもすると判明したことがだ。

 滅理が進んで自身の個性を明かさないのは見知らぬ人に手の内を知られることを嫌うからであって、後ろ暗い背景や確執を理由にしているわけではない。だというのに自己主張が強いのか弱いのかよくわからないその性格のせいで、察するに余りある何かに怯えていた。

 

「黒創、もっかいこいつの名前呼んでみて」

「鋭児郎だろう?」

「…! お、お前黒創お前…!」

「っかー! 密かに誰が最初か競ってたのにー!」

「オレなんか菓子折りだの並盛だの散々な言われようだったのに…!」

 

 だが、定説は覆った。今の距離感からもう一歩、近付くための足掛かりを見出すに至ったのだ。

 思い立ったが吉日。

 とは、言うものの。

 

「──もうすぐ朝のHRだ! 私語を謹んで席につきたまえ!」

「いけねっ」

「…委員長は座らないのか?」

「しまった…!」

 

 その日の内なら何時だろうと吉日だ。ゆえに機会を伺いつつ、文言を整えておくべきだと焦凍は考えた。

 

 

 


 

 

 

 愚考であった。

 

 滞りなく終わった今日のヒーロー基礎学(座学Ver)のノートを鞄にしまいながら。緩慢な動きで、酷い後悔を引きずる焦凍の姿。

 後回しの先送りをし続けた結果だった。機を窺いすぎていた。この付き合いの長さで連絡先すら知らないのだから、話しかけられる期限は遅かれ早かれ学校までだというのに。

 

「何事だぁ~!?」

 

 教室の扉が開かれて間もなく響いた麗日の声に、遅れて廊下から人の話し声が滲み出してくる。どうやら人だかりがあるようだが、焦凍には気に留められる余裕などない。

 騒がしさから目を背ける。彼の感心が向かう先には今も昔も滅理がいた。

 そそくさと荷物を纏め、目に馴染みのない女子制服を着て、その後ろ姿を突き放していく。

 水平線から辛うじて頭を出すほど遠くまで。焦凍の苦心を一笑に付す勢いで。

 

ガらっ

 

「…ん? 誰かな君は」

 

 後ろの扉が開く音に我を取り戻すと、滅理の頭からは見知らぬ男子生徒の金髪が覗いていた。

 

「…………おいおい、返事がないじゃないか。口が効けないのかい? だったら手話の覚えくらいありそうなものだけど。なんにしたって無視は良くない…あぁ、この人混みに驚いたとか? それで僕が話し始めたから終わるまで待ってるとかかい?」

 

 面倒な輩に絡まれてしまったようだ。

 打てば響く。打たなくても響く。

 そう言い表すに相応しい男子生徒は、何やら一方的にまくし立て始めた。

 

「それとも…君と僕とじゃあまりにも格が違うから、話すなんて分不相応だとでも思ってたり。どう? 僕は君の専属カウンセラーじゃないんだからさ、その鉄面皮も程々にさぁ、リアクションの一つでもしたら?」

 

 教室前方の騒がしさに埋もれて目立つことはなく、口論というには一人芝居な揉め事を静観する焦凍。

 要はいちゃもんだ。通行の邪魔をしている自分は棚に上げて、返事をしなかったこと一つに執着し減らず口を叩いている。

 確かに全く応答する素振りのない滅理も滅理だが、どちらに非が傾いているかは明白である。

 

「ハァ…君たちA組がどんなものか見に来たけど、どうやら敵に襲われても仕方のない小市民だったようだね。それも、思い上がった手の施しようがない自己陶酔の。前の方の彼も、君からも、ヒーローを志す者の気骨というのが全く感じられない」

 

 男子生徒の挑発的な発言に気付いたのか、一部のクラスメイトが眉を顰めそちらを見やる。

 あの日体感した本物のヒーローに比べれば、自分たちの未熟さは重々承知しているに決まってる。だからこそ理想を実現する決心を固めて、これからの受難を乗り越えるべく励まなければならない。ということを知っている(・・・・・)

 無知の知すら頭にない野次馬なだけのお前は文句を言える立場なのか。

 多かれ少なかれそういった不満を抱き、当事者の滅理が何を言い返してくれるのかと妙な期待を抱えた。

 

 その判断がいけなかった。

 

「もういいよ。これ以上は不毛だ。回れ右して、同じ穴の狢たちと仲睦まじく傷を舐め──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──寸分。

 ほんの寸分。

 それは、片目の瞼をピクリと弾く程度の声だった。

 雑踏に沈んで消え入るだけの呟きに過ぎなかった。

 

「通れない。邪魔だ」

 

 チックを起こしたような極小の反応。

 男の頃のような見る者を威圧する厳めしい肉体ではなく、かといって小さい身体に似つかわしくない地獄の底から響く低い呻き声でもなかった。

 

「っ、ぁ……」

 

 それらを踏まえて、この場にいる誰しもが戦慄したのだ。

 まるで──猛獣の恫喝を、目と鼻の先で受けたように。

 

 完全に縮み上がった男子生徒を歯牙にもかけず、人混みに裂け目を作りながら滅理が遠ざかっていく。

 騒然としていたその場を静寂が襲ったのは、僅かな間だけの出来事。

 にも拘らず。

 土壌を殺された大地のような後戻りできない静けさは、一向に鎮まることがなかった。

 

 

 




 
今更ですがタグ追加しました。原作改変です。
改悪にはしませんししたくありませんが、もし至らぬ所があれば教えてください。
それとは関係なく感想を書いて頂けると喜ばしい限りです。なにとぞ。
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