文章の形を変えてみた。
第一種目は大番狂わせに終わった。
不遜極まる選手宣誓をかました勝己や、
次なる第二種目“騎馬戦”の組み分けが行われる中、その15分間という定められた時間を欠かさず活用する選手らを背景に、各局の観戦番組は第一種目勝者の走りを事細かく分析、解説し始めていた。
ここはその一つである。
「これは…どこでこんな『技術』を身に着けたのか…。いやはや、今年の1年は豊作三昧ですね」
「
黒板並みに大きなディスプレイを占有する映像は、第一種目の開始場面で固定されている。
画面の右端に立つ「大嘴さん」と呼ばれた壮年の女性が、左側の若い男性実況者にハイと頷く。
「まず彼女黒創選手ね、最初棒立ちでなーんにもしてなかったでしょう」
「はい、1人だけ我を失ったように…私もそう実況しました」
「多分待ってたんだと思うんですよ。
「前の障害物……というと、他の選手たちのことですか?」
「えぇ。この障害物競走、競争距離4キロの割に関門は3つと少ないでしょう? 各障害物の区間が長いこともありますが。恐らく、一番の障害物は他の競技者なんじゃないかなと。でないとルールを守っていれば何をしてもいい、なんて言いませんしね」
「なるほど」
解説者の主観であることを忘れずに、と注釈を込めた字幕が放送に流れる。
テレビによくある番組の特色めいた演出だ。
「では本題。黒創選手は、いったいどうやってこの4キロを駆けたのか。その答えが“これ”です」
映像が大嘴さんの持つリモコンで切り替わる。
大画面で映される滅理の横顔と全身。
その姿は、まるで獲物を付け狙うネコ科動物が茂みに身を顰める時の四つん這い、いや“四足歩行”だった。
「もう一度見てみましょう。ポイントは両脚の変化です」
実況者が食い入るように映像を見つめる。
大嘴さんはリモコンを操作して、何倍にも希釈された溶液のような映像の中を滅理が動き出す。
クラウチングスタートというには野性味の強い体勢だ。
地に突き立てた両掌と前腕、盛り上がって見える肩、不自然なほど折り畳まれ圧縮された両脚。
いずれにも野性的な荒々しさが見受けられる。
それは理論的に考え出されたフォームとは言い難かった。
大自然の中で研ぎ澄まされた、動物の習性に近い何かだった。
研磨の仕上がった身体に満足したのか、その顔がゆっくりと前方を向く。
瞬間、画面にカットが入り滅理は消えた。──としか、実況者の目には映らなかった。
「すみません、やっぱり僕にはわからなかったです……あでも! 地面が陥没してるってことは、物理的に地面を蹴って移動したってことですよね?」
実況者の意地なのか、分からないながら状況を把握し言葉を絞り出す男性。
彼の言うように滅理が立っていた場所には大きな窪みが出来ており、強い力が働いたことを示している。
「うーん…そうなんですが、ただ単に地面を蹴ったわけじゃないんですよ」
「なるほど…? ではどんな方法で…?」
腕時計の針をつまみで調整する要領で大嘴さんが映像をいじる。
「ここかな…? …お、あった」
「!!?」
実況者が目を見開く。
彼は画面いっぱいの
「彼女の個性なんでしょうね。変身するタイプの発動型かな? まあ何にせよ、その変身をコンマ1秒にも満たない間だけ発動させてる。それこそスローで見ても分かりづらいくらい。増えた体積が身体を前に押し出し、更に変身した脚で地面を蹴っている。体積に伴って増えた質量も、それが足を引っ張る前に解除すればチャラのタダ。いやほんとにスゴイよ、これ」
半ば捲し立てるような解説に驚愕の抜けきらない実況者は目を白黒させる。
それでも今は仕事中だ。
受け取った情報を必死に脳から洗い出し、繋ぎ合わせて言語野に送る。
「つまり…変身の巨大化をバネにして跳んだ、と?」
「概ねそういうことです」
単なる個性の発動と解除で、並み居る増強系個性を尽く抜き去る推進力。
極限まで突き詰められた肉体の弾性はその力を得るに至った、とのこと。
「…それってどれくらい難しいんです…?」
恐る恐ると来た質問に大嘴さんは快く答える。
「見たことないですね! 私もまだまだということでしょう。いやぁ、やっぱり今年は豊作です」
「大嘴さんが見たことないって、個性競技学の第一人者が初見って、とんでもないことなんじゃ…!?」
「あとの展開は現地のヒーロー方の仰る通り、空飛んで目で見て避けただけですね。それにしたって洗練されてますし、あれですね、ラグったゲームの挙動みたいで面白いです」
「こ、今後の黒創選手の活躍に目が離せません!」
思わぬ収穫にホクホク顔の大嘴さん。
15分丁度で終わった彼女の解説は、普段のものより一部分に偏りつつもそこそこの視聴率を記録したのだった。
第二種目の開始が告げられる。
限られた時間で急造された騎馬たちが、一斉に1つの騎馬へと殺到していく。
足早に突貫を企てた鉄色と透明の騎手。
彼らの視線は目当ての騎手に向いているようで、しかしその注視は下の騎馬を見ていた。
「貰うぞ1000万!!」
「下剋上だよ! 黒創ちゃん!」
1000万というふざけた桁の持ち点すら相応しいと思えるその気迫は、一介の学徒が放っていいものではなかった。
もはや威風だ。
それが今は背を見せてくれていることに胸を撫でおろしたくなりながら、出久は声を張った。
「黒創さん、跳んで!」
騎手の命を待ち侘びていた騎馬が、言いつけ通りに両脚を屈める。
何者かの個性によって泥沼のように変質した地面を、脚部に装着した機械で強引に脱出した。
「どうです黒創さん! 私のベイビーは!」
「貴方の子を足蹴にしているようで気分は良くないな」
「お気になさらず! その子も黒創さんに使われて喜んでますよ!」
滅理の騎馬は鉄火場を離れる。
4人の体重を預かっているとは思えない跳躍力だ。
それは機械の性能というより、麗日の個性
発目は抜け駆けの功名に手を出したわけだが、麗日に彼女を咎める余裕は無かった。
「わたしも気分良くない…」
「が、頑張って麗日さん!」
「頑張ります…」
「
「ありがと…」
双方合意の許とはいえ心苦しい面々。
ただし発目は除く。
「でも、大丈夫…!」
その心配は杞憂だと、麗日は無理矢理な笑顔で応えた。
「あと発目さん、これ改良の余地アリや…」
飛行酔いを和らげる発目の
「なるほど了解です! あ、黒創さん後方に騎馬2つです!」
「わかった」
なんにせよ。
機動力、重量軽減、機械補助。
出久が取った作戦は彼女らの能力無しに成り立たないものだ。
神輿として担がれた彼の役割は、彼女らの献身を裏切らない司令塔として従事することである。
唯一質量を持つ前門の滅理が水底を目指す錨の如く、穏やかに着地する。
すかさず2つの騎馬が彼らを追う。
「逃げんなよ1000万!」
「…」
文字通り大手を振って迫りくるB組の女子と、騎馬しか見えない障子のチーム。
「障子くんそれどうなってんの!?」
「騎手が見当たりません!」
『ココダヨォ!』
彼の複製腕で覆われた背中から黒い影が飛び出す。
常闇の
なんと障子のチームは、彼1人を騎馬に騎手が複数乗っていた。
「オイラもな!」
「ケロ。私もよ」
「…! なるほど闇か。中々頭の回る…」
「こっちは無視かい!」
接近してきた巨大な手を後退して躱す。
次いで来るもぎもぎと舌を上空に跳んで避ける。
だが、
不完全ながら全身を闇に包んだ本体を介し、普段より強力となった身体で1000万に──
───BOOOOM!!!!!!
『ヒンッ…』
紙一重、横槍が入る。
「いい眺めだなぁ…! クソカス共!!」
「かっちゃんっ…!!」
投げたのは勝己。
正真正銘の単騎特攻だった。
「朗らか。酔うだろうが辛抱だ」
「ぅえ…?」
滅理が頭上を見上げる。
引き絞った弓のようにうなじを反らし、1秒と経たずに弦を放した。
ブォンッッ
顔に当たる風圧で、自分たちが前方に飛ばされたことを出久は理解する。
このままでは場外になるだろうことも。
「アンカーを! 緑谷さん!」
「っ、了解!」
フィールドの中央に向けて出久が機械銃を撃つ。
飛び出したワイヤーは先端の吸着機構を地面に縫い付けると、トリガーを引かれて巻き取られていく。
「待てやオ゛ラァ!!」
「ひぇ…」
追いすがる勝己。
『モイッチョォ!』
そこに
シュッッ
瞬時に滅理が右手を騎馬から放し、右へ突き出す。
先程と同じく、件の“技術”を応用して。
右によれた騎馬は危うくも襲撃を凌いだ。
ある程度軌道を修正したところで、ワイヤーを断たれたのか浮遊感が訪れる。
もう同じ手は通用しないらしい。
再び、着地。
増した足音の大きさに彼らは焦燥を覚えた。
自分の作戦は本当に通用するのか、残る十数分の吐き気を堪えきれるのか。
「…皆」
背にかかる焦慮の念。
耐えかねたのか、払拭するためか、滅理は口を開いた。
「針山と釜茹で、どちらがマシだ?」
「爆豪君め、さては着地のことを考慮していないな…?」
「どーだろ。意外と頭回るけどな。USJでもそうだったぜ」
自由奔放の究極形である騎手は開始早々、遥か空の旅に思いを馳せてしまった。
しかし、そのハングリー精神を見込んでチームに加わったのだ。
ただ一度の敗北をいつまでも消化できない自分とは、そこが決定的に違う。
焦凍は、爆豪チームの右舷として牽制・移動補助の役割を担っていた。
彼自身が騎手になる道もあった。
だが、こんな精神状態の置物が祭り上げられたところで何の役にも立たない。
重荷を担がせるわけにはいかない。
と自重、尻込みした結果である。
「切島、氷いくぞ」
「応よ! 飯田頼む!」
「あぁ!」
スケートリンクを滑るようにフィールドを走る。
実際、切島の足元には平らな氷が張られていた。
硬化によって姿勢を固定できる彼の役割は、前方からの攻撃を防ぐ盾になることだ。
飯田のエンジンから伝わる排熱と焦凍の左の熱で不要な氷を溶かし、停止時に切島が転倒することを防ぐ。
その上、飯田の機動力を活かすことも可能。
即席のチームにしては中々上手く出来上がっていた。
飯田の進路を氷で妨げないよう、切島は右足立ちで移動する必要こそあれど。
自由落下してきた勝己を3人がかりで受け止める。
漢切島、流石の安定感である。
「あンのカス、妙な手口で逃げやがる…おい半分野郎、アイツの情報出せや。テメェ仲いいんだろ」
唐突に助言を求める騎手は、攻略の糸口を騎馬に頼った。
それは勝己が「1人で勝つ」ことを諦めたのではない。
焦凍を競争相手から外したから、早々に戦意を失った雑魚だと見放したがゆえにだ。
障害物競争での順位は焦凍が上だった。
しかし今や、その上下は逆転していた。
「…確か……動きの一瞬だけ個性使って、反動で体を浮かしたりできる、らしい」
「へぇー。なんかアレみてぇだ、雷神のハンマー」
焦凍の認識はおおよそ正しいが、それは10年前のものから更新されていない。
技術は進歩する。
頭が科学や武芸だろうと、件の“技術”も例外ではない。
今しがた滅理が行った応用は、技術を体得できていなかった頃の不完全な猿真似に過ぎなかった。
「そんなものが…名前はあるのかい?」
「何だっけ…クレープ? フラフープ? すまねえ忘れた」
因みに。
やろうと思えばスタジアムの上で飛び続けることもできるのだが、そんな勝ち方をするヒーロー候補生にスカウトをかけるプロがいるかということで、滅理はしなかった。
「要は劣化オールマイトだ。小細工しやがってんメンドくせェ…!」
「思えば戦闘訓練の時、その方法でシャッターを突破したのかもしれんな」
「あぁ確かに! 見えなかったしな!」
「おしゃべりしてられる暇があるんだ、A組」
右方からの声。
どこか聞き覚えのある挑発的なそれに焦凍が反応する。
「誰だ?」
当て擦りの得意そうな薄ら笑いを浮かべて、青い目と金髪の男子の騎手が如何にもな横顔を見せていた。
「そりゃご忠告どうも優等生さんよォ。テメェこそ俺“なんぞ”に構える余裕あンのかァ?」
今にも喧嘩を買いそうな勝己だが、彼の注視は右など向いていない。
一時とて、A組きっての暴れん坊から目は背けられないからだ。
常闇(無心無心無心無心無心無心無心無心)
蛙吹「峰田ちゃん発案にしては、上手くいってるわね」
峰田「にしてはってなんだよ! オイラはいつだって知将じゃねーか!」
蛙吹「ちょっと…下手に動かないで、常闇ちゃんが潰れちゃうわ」
ムニュっ
常闇「」