忙しい
休みが無い
梅雨
字余り
生まれ育った養護施設から、仕事中だってのに電話がかかってきた。
どうせいつものダルがらみ目的で施設長がかけてきたんだろうと思ったが、生憎とデスクワークの身。鳴り響くコールを無視はできない。
たっぷり数コールを費やして、受話器のマークをタップした。
「あー、もしもし。この番号は黒衣さんですよね?」
「…え、昂子か?」
「なんだい本人か。あぁ、仕事中悪いね」
意外や意外、久しく話していなかった義姉の声を俺は耳にした。
「ややあって滅理が入院したんで、見舞い行きたけりゃ○○病院──」
「──え入院? あの脳筋が?」
「今日ちょいと一悶着あってな。詳しい話ゃ本人に聞きなよ。そんだけ」
「おい待て説明…! 切りやがった…」
今は定時。帰宅していく部下達が訝し気に俺を見てくるが、気にしない。
唐突に言い渡された、滅理の入院。まだ仕事は残ってるってのに、これじゃ全く腰が入らねぇじゃねぇかよ。
「…しゃあねぇ」
大事な妹が一大事だ。
俺は覚悟を決めて、定時退社の旨を部長に伝えた。
昂子に言われた病院へ車を走らせ、面会の手続きをして暫く。
「…滅理?」
個室の病床から上体を起こし、顔を背けるように窓の景色を見つめる妹の姿があった。
「これ、さっき廊下で受け取った病院食だけど…置いとくぞ?」
「…」
返事は無い。ベッドに取り付けられたサイドテーブルにトレーを落ち着かせて、俺は横の丸椅子に腰を落とす。
「昂子から電話があったんだが、あのゴリラ詳しいことは言わなかったんだよ」
これから話す言葉を選り分けながら、俺は少し俯いた顔で喋る。
「それで………何があったんだ?」
見たところ、滅理に外傷は無い。弱々しく瘦せこけてはいるが、それは個性の反動だか副作用だかであって、入院をするまでのものじゃないはずだ。
だったら、何があって個性を酷使したのか。
「…」
茜色の終わっていく薄い夕焼け空を、睨むように見つめ続ける滅理。
固く閉ざされた口は一向に開こうとしない。やがて夜の帳が日の残り火を覆い隠すと、その門戸は観念したように動き出した。
「今日、
「! …なる、ほど。それで、その体になったんだな」
薄々勘付いていた事実が答えられる。
問題は…施設でも指折りの実力者である滅理を、一体どんな
「ッ………なぁ、龍成は今日、何をしていた?」
「今日? 仕事してたけど」
なんだ急に。あぁ、手を煩わせて申し訳ないとか、そういうのか。
「あのなぁ滅理、別に俺は迷惑だと思ってねぇよ。今はお前の無事に安堵してるだけだ」
「…ちがう」
口調まで弱々し気に、珍しく素直じゃない妹。
ここまで憔悴してるコイツは滅多に見ない。相当手強い
「で、どんなのと戦ったんだ? 搦め手か? それとも力自慢か? 大勢に囲まれたとか──」
──ブアッ
空気が揺れる。だが僅かにだ。
軋む音がする。嫌に荒々しく。
「っな、おいどうした!?」
「近寄ルナっ!!」
困惑のままに近付こうとした俺を、ベッドに立ち上がった滅理は
「…は?」
「仕留メ損ネタ私ノ始末ニ来タノダロウ!? ソウダロウ!?」
「ま待てお前、何? 何言ってんの? は?」
「惚ケルナ!!」
混乱が絶えず脳を殴りつけてくる。
滅理が本気で俺を敵視している、というのはなんとか情報として拾えた。
5W1Hの大部分が欠損した言い分じゃ、それ以上のことは汲み取りようがないとも言える。
「オマエガ…
漸く本題に触れたような気がしたかと思えば、告げられた二の句に今度はこっちが閉口せざるを得なくなった。
「………………」
俺が
「いや、俺会社勤めのリーマンだし。天下の雄英かき回せる強個性だったらヒーローしてるし。つぅか概略話せよまず。言い方悪かったか? いつ・どこで・だれが・なにを・なぜ・どうやったのか、耳にタコできるくらい教えたろ。それを今発揮しろ。あと病院の備品傷付けんな弁償代考えろ。とにかく今は──」
豆鉄砲を食らったような滅理の顔を見つめながら、適宜息継ぎをしつつ舌を回す。
弱い個性の俺だが、生き抜くための努力は欠かさなかった。この饒舌っぷりがそうだ。
「──頭の血を体に戻せ。飯食べれば血も巡るだろ」
「………分カ、った」
徐ろに腰を落として、滅理は爪牙を収める。
何を勘違いしたのか明らかにする前に、ひとまず冷静さを取り戻させる。
そのためには腹を満たすのが最適だ、コイツの場合。
お世辞にも美味そうには見えない病院食を貪るようにして平らげた様子に、俺はホッと緊張を解いた。
「で、何があったんだって?」
「…あぁ、話す」
明かされたのは、雄英のとある訓練施設にて起こった
曰く、俺の龍と全く同じ姿の
「あの時私を拒んだ攻撃は、明確に私を蝕んだ。この入院もそのため……龍成、本当にあれは……“龍成”じゃなかったのか…?」
「…あー……」
まだるっこしく結論を伸ばすのは嫌いだからぶっちゃけると、面倒なことに俺は心当たりがあった。
俺たち幼龍は似たような境遇の生まれを持つ。個性が強すぎて親に匙を投げられたっていうアレだ。
だが、俺の場合は事情が違った。
俺は弱いがために棄てられた。
とはいえ幼少の頃の話だ。記憶を証拠に導き出した推測でしかない不確かなものばかりで…いや、注釈はこれぐらいにしとこう。
「多分、それは俺の親か兄弟か姉妹か子供か…もしかすると孫かもしれねぇ」
「………………?」
じっくりと時間をかけて首を傾げた滅理。
いやまぁ、結論だけ投げつけてもわかんねぇわな。
「ごめん説明不足。じゃあさ、滅理は…この世界に“ラスボス”は居ると思うか?」
「…? らすぼす?」
「あるいは“巨悪”。人知れず世を支配する、絶対的な邪悪だ」
前置きもほどほどに、俺は自分の出生を初めて人に打ち明けた。
「俺は、そういう存在に生み出された」
施設長を除けば、このことを誰かに言ったことはない。
そもそもあの人は俺が言うまでもなく知っていたのだが、それはまた別の話だ。
半端に崩れていた姿勢を直し、改めて丸椅子に腰を下ろす。
「どういうことだ…? 話が全く見えてこない」
「せっかちめ。まあ待て、長くなるが──」
物心というものを知覚した頃。俺が置かれていた環境は正しく実験動物の飼養か、あるいは畜産そのものだった。
親兄弟とも呼ぶべき別個体は毎日のごとく挿げ替えられ、その末路に思いを馳せる間も無いまま試験と実験の繰り返し。
何度も心を砕き、感情を殺し、必死に自分の
しかして、俺は時間の感覚を捨てる一歩手前で自我を取り戻した。
今は非力の権化みたいな俺だが、昔は割と強かったんだ。それこそ、同類の中じゃ一二を争えるレベルの強者だった。
この物言いで分かると思うが、俺には競争相手が居た。
そいつがいつから俺と関わりを持ったのかは憶えてない。ただ、気付けばそいつと俺はお互いに首位を競ってた。
ある時の耐久実験だか何かのテストで、俺はそいつに打ち負かされた。とはいえ、別に心揺さぶられるような衝撃を感じはしなかった。
見切りをつけた
焼却炉にぶち込まれていく失敗作たちを最後尾から遠く眺め、刻一刻と迫る我が身の終幕に身震いすら忘れていた。身を守る盾であった防衛機制が枷になっていた。
だが、悪運はそこで発露した。
いや、悪運というにはあまりにも能動的で、マッチポンプな自画自賛っていうか。慰めだったんだが。
俺がやったのは、去り際に巨悪が
鏡も無しに誰が見るんだって話だ。けど、そこかしこに薪のごとく爆ぜて飛び散った血肉の一つが、俺の表情に『自愛』の意味を持たせた。
後のことはあんまり記憶が無い。確か、失敗作たちが俺に毒されて暴れ出して…まんまと逃げだせたんだっけか? わからん。
「──っていう」
「…なんとも、まぁ……その、なんというか」
「無理に感想を言うことはねぇよ。俺も特に思い入れはねぇし」
もごもごと言葉を詰まらせる滅理に断りを入れる。お情けやお涙頂戴で話したわけじゃないからな。
「お前が戦ったのは失敗作の一人か、はたまた後に生まれてきた親戚か…もしかすると、成功作のあいつだったのかもしれねぇが」
と、少し熱が入った説明を切り上げて病室の時計を見上げる。
20:00過ぎか…晩飯どうすっかなぁ…なんか疲れたし、今日くらいは贅沢にいきたい。
「どうすれば、ラスボスは居なくなるのだ」
「ん?」
舌鼓の稽古がてら今日の報酬を空想していると、夕方とは真逆に俺の目を射抜かんばかりの眼差しを滅理が突き刺してきた。
「聞くところによると、魔の手は社会にまで及んでいるのだろう。そうでなくとも、諸悪の根源は討ち滅ぼすべきだ。いや、討ち滅ぼさなくては」
うわ蛮族。
そういうさぁ、森羅万象遍く自分事みたいな思考絶対やらない方がいいと思う。この世の間違いを全て正そうとすると人は病むんだよ。だから世間のヒーローは手分けして戦ってるのによ。
「まさかとは思うがその主語、“私が”じゃねぇだろうな?」
「? その通りだが」
「ボケナス。お師匠さんとこ連れてくぞ思い上がりが。お前の角みたく志ばっか太らせてる内は無理だ」
「なんだと!」
「院内ではお静かに。まーた結論を急ぎやがって、“内は”だ」
毎度のように言い包めて、俺はすっかり板についた煽て文句で暴れん坊を唆す。勿論いい方向にな。
「近々ある雄英の体育祭で近年稀にも見ねぇぐらいの活躍を叩き付けりゃあ、ラスボスへの注意喚起にはなるだろ。大目標と小目標だ。忘れたとは言わせねぇぞ」
全く。俺が口先ばっか秀でるように育ったのはこいつの所為だ。やらかす度に言い訳を考えさせられる身にもなれ。それかせめて
育児ノイローゼ寸前であり続けた思春期の頃を思い出す。質が悪いのは、それでもいい思い出だったと記憶する脳味噌の能天気さだ。
「ありがとう、龍成。おかげで活路が見えた」
「へぇ。じゃ帰るわ。お大事に」
相変わらずのお目汚し満々スマイルに背を向けて、俺は病室を後にした。
体育祭の日、予定あったっけ。
で、当日。
仕事を抜け出す形で観に来た体育祭。
『どーしたA組!?』
どうしてチアコス。
観戦席の通路に出た俺は、その珍妙な光景に足が固まった。
病院で見たときよりは健康的な体型になったとか、そういう現実逃避を経たとしても何故。
「…あ、なんか踊ってる」
宙に浮く服だけの存在がポンポン(正式名称を知らない)を雑に振り回したかと思えば、触発されたように他の生徒もチアをやり始めた。
最近の子はアグレッシブだな。あと、あれは透明人間なんだろうか。
ふと、無表情で素人芸のダンスを披露する妹と目が合った。
とりあえず手を軽く振る。お、こっち向いた。って踊るの止めるんかい。
全力でポンポンを振り返す姿に苦笑が漏れる。気持ちは嬉しいが、注目のお裾分けになるからやめてほしい。
「別のとこ行くか………」
「失礼」
「あぁいえ、こちらこそ」
他の来場者の目から逃げるように建物の中へ入る。通行人とぶつかりそうになって焦った。
「ん? …ははぁ、なるほど。アンタ、龍成さんだな?」
「いえ、人違いです」
名前の特定早くね? つぅか俺ネットに本名使ったことねぇし。なんならSNSもしてねぇんだけど。
「待ってくれ、別に赤の他人ってわけじゃない」
「勧誘は間に合ってるんで。人類皆兄弟って無理あると思います」
「いや宗教関係じゃねぇよ。
通行人として通りすがるだけだった筈の男が、唐突に関わりを持とうとしてきて怖い。
この超常社会じゃ珍しくもない白髪で碧眼の日本人顔野郎。その怪しさで勧誘じゃないなら何だ? 情報商材か?
「俺は“轟燈矢”。妹さんにはお世話になったから、兄のアンタにも礼を言いたくてな」
「なんだって…?」
轟、燈矢だと…?
「うん、誰だよ」
「っえ」
一週間休みます。
隔週です。