殲滅の主はまた鐘を鳴らす   作:ぶびっぐ

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第2話

 

 

 

 あの日から、およそ11年と数か月。

 

──BoooooM!!!

 

 憧れの通過点、雄英高校ヒーロー科試験実技の部。

 その通過儀礼を、15歳になった勝己は危うげなく爆走中だった。

 

「ハハァッ…まだいけんなァ…!」

 

 入試の内容はシンプル。

 ロボを倒して点を稼ぐ。場所は市街地。時間は10分。

 その単純さが為に、純粋な戦闘力の高さを誇る勝己は水を得た魚のように暴れまわっていた。

 加えて、持ち前のタフネスが継戦能力を最大限に引き出し、他の追随を許さない点数総取り状態を作った。

 大勢の受験者たちは勝己の飛び火を被らないよう別の区画へ流れたため、今勝己の周りにはロボとそのおこぼれを狙うハイエナ受験者がタカっているのみ。

 残り3分を切り、なおも余力は残っていた。

 

 そのタイミングを見計らったかのように、圧倒的な巨悪が駆動する。

 

ガラガラガラガラガラガラガラ……

 

「あ? …説明にあった0点(ヴィラン)か」

 

 記憶の片隅にあった違和感が、今の今まで息を潜めていたことを知る。

 人口密集地への侵攻を続ける巨大ロボットは、入試説明でもったいぶられた0ポイントのギミックだ。

 隣のクソナード(幼馴染)がついでにチクられていたのを勝己はみみっちく覚えていた。

 ビル越しに見えた頭部の形から、記憶する0ポイント(ヴィラン)のシルエットを当て嵌めやはりと確証を得る。

 

 ロボを無双する中で気がかりだったお邪魔虫の所在が、試験終了間際で判明。

 まったく雄英らしい自由な妨害だと内心悪態をつく。

 とはいえ、あのデカブツは巨体こそ脅威だが動きは鈍い。

 あれに挑むメリットは無いだろう。

 会敵を避けつつ最後まで点を稼ぐのが吉だと判断し、未探索の方角に足を向け──

 

 

 

───『ヴゥア゛ァァァァ!!!!!!』

 

 

 

 あの日の再来が告げられた。

 

 踏みとどまったまま勝己は動かない。

 蛇に睨まれた蛙のように、動けない。

 

「おい、アレ!」

「なんだぁ、鳥か!?」

「サイズがちげぇだろ!」

 

「あァ…!?」

 

 耳障りな野次を真に受け、者共の見る方向を後追いする。

 

 ビルの屋上より飛び立ったばかりの“それ”は。

 紛れもなく。

 

『……グヴルルゥ』

 

 あの日の怪物だった。

 

「…なんであんな上に飛んでんだ?」

「さぁ…逃げるにしては吠えた理由がイミフだし…」

「……まさかおいおいおいオイっ!!!」

「どうした!?」

 

 相も変わらず野次飛ばしに勤しむモブABに、不本意ながら耳を貸す。

 

「あの野郎、0ポイントに挑む気か!?」

 

「ッ!?!?」

 

 素っ頓狂にも思える珍解答を、勝己は一蹴できなかった。

 あの日経験した精神的敗北。

 10年間も尾を引き続けた“心の古傷”が、数々の否定材料を覆したからだ。

 そして、答え合わせが訪れる。

 

 ビル群より遥か上空。

 位置エネルギーを蓄えた怪物は、天を下る。

 目測でもわかるその体躯。

 人間など片手間に屠れるであろう剛腕の主が、全身を伴って飛来物と化す。

 流線形に程遠い棘(まみ)れの姿形。

 そこに螺旋状の回転が加えられることで、荒削りな礫は生きた掘削機(ドリル)と成り。

 重力圏に踏み込んだ隕石の如く。

 歪な斜角に則り、磁石のように指数関数のグラフはy座標を磨り減らしていく。

 やがて、交点が生まれた。

 

ッ゛────────

 

 

 

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!

 

 正の放物線を滑走した怪物と、圧倒的重量を有するロボが競う。

 

 初速が衰えようと怪物には関係ない。

 回転の力で装甲にめり込ませた自身を寄生虫と見做し、宿主たる巨大ロボを使い潰すまで暴れるだけだ。

 鉄板を捻じ曲げ、機構を狂わせ、奥へ奥へと。

 怪物は進む。

 己を覆う棘が数を減らしていることさえ気に留めず。

 その鎧が挙げる悲鳴もなく擦り切れようと。

 たとえ我が身を滅ぼそうと。

 敵の中核を破り捨てるまで。

 

 その光景は、凄まじいの一言に尽きた。

 

「クソ…がぁッ…!!」

 

 勝己は、たたらを踏む自分の足を恨んだ。

 いつまでも決断を渋る自身の脳を憎んだ。

 自分自身をここまで弱くした心が、嫌いになった。

 

ズウゥゥゥゥゥン……!!

 

 拮抗が鎮まる。

 

 獣と機械。

 世紀の押し相撲を制したのは、果たして。

 

 

 

───ゴガガゴガゴガギィ…

 

 駆動音が、街中を震わせる。

 ビルのガラスが薄氷を割るように砕け散り、道路へ雨となって降り注ぐ。

 

 勝者は、ロボットだった。

 

「………は?」

 

 

 


 

 

 

 あの日の顛末。

 

 勝己が味わった、精神的敗北。

 それは。

 怪物に気圧されたことではない。

 勝てないと諦めたことでもない。

 

『グヴォォォォォウ!!!』

 

 

 

──「まっ、て…!」

 

 差を付けられたことだった。

 他ならぬ、“緑谷出久”に。

 

「あ、あかしんごう…だよ…だったよ…」

 

『グルルル』

 

「ヒっ…き、みが、ぶつか。ったんだ…」

『グルルルァ…!』

「…ッ! だからて、をだしちゃだめ……びらんに、なっちゃう。よ…?」

『…』

 

 出久はあの時、運転手を庇った。

「赤信号を渡ったのは君で、運転手に危害を加えれば君は(ヴィラン)になってしまう。だからどうか、落ち着いてくれ」と。

 拙い語彙と覚束ない足を叱咤しながら、言い切った。

 車と怪物の間隔は僅か3,4メートル。

 割り込む余地など、決してありはしなかった。

 だというのに。

 

『…グゥ』

 

 しばし考え込むように、怪物は道路の状況を眺めて。

 十秒と少し。再び信号機が変わると、どこかへ飛び去って行ったのだ。

 

 出久は成し遂げた。

 齢4歳にして、人を救った。

 ヒーローになれた。

 

 

 


 

 

 

パチパチッ

 

「…ざけンなや」

 

パチッ

 

 

 

「っフザッけんじゃねェェェェ!!!」

 

 

 

BooooooooooM!!!!!!!!!

 

 飛び込まずにはいられなかった。

 浅ましくとも、叫ばずにはいられなかった。

 

 この俺を負かしといて、ンな機械ごときに敗けてんじゃねェ。

 そんな主張さえ言葉にできない怒りで喉が焼けつく。

 

 徹頭徹尾自分本位。

 自分<出久(デク)<怪物<ロボ という不等式を成り立たせてはならない。

 完璧主義者の完成形たる爆豪勝己に、同じ過ちは無い。

 

 両掌の爆破を用いて空を跳ぶ勝己。

 言動は怒りに満ちているものの、ガラス片を巧みに躱してトップスピードを維持する繊細さは失われていない。

 ビルの隙間を縫い、爆破痕が道を作る。

 ロボの巨体が外敵を補足する。

 対峙は近い。

 

「俺が、上ッ──だ!!!!!!」

 

 一際大きな爆発を起こし、慣性と合力させロボの頭上を跳び越える。

 ロボの反応は鈍い。

 剥き出しの脊椎部が露わとなる。

 

「死──」

 

 怪物がロボを仕留めきれなかった原因は、角度にある。

 ビルに比肩する高さの体。

 真横から鼻っ面を打てば、容易くバランスを崩すだろう。

 怪物もそうした。では、なぜ失敗したのか。

 

 怪物は上から下にロボを攻めた。

 上から下では、ロボの巨体を支えるキャタピラ構造が衝突のエネルギーを受け止めてしまう。

 慣性が足を引っ張ったのだ。

 位置エネルギーを存分に活かす方法が、却って逆効果を生んでしまっていた。

 

 しかし。

 上から下。この攻略法を成就させるもう一手(・・・・)が今。

 

 爆ぜた。

 

「───ねェェェエェェェェ!!!!!!」

 

BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 ギリギリで保っているジェンガタワー。

 その要となる楔を外すように。

 脊椎を形作る一つのブロックを、壊した。

 

 支柱を失い、ロボは爆発を伴って崩れ落ちていく。

 辺り一面に爆煙と土煙の混ざった煙幕が降りる。

 勝己は、見事に策を完遂させた。

 

『終了~~!!!!』

 

 残骸の破砕音を掻き消す大声量が受験者たちの耳を刺激する。

 入試説明を行ったプロヒーロー、プレゼントマイクの声。

 個性故に相当な騒音であるはずの合図。

 勝己にはそれが届いていなかった。否、どうでもよかった。

 

「どこだ…どこに行きやがった…!!」

 

 土煙を煩わし気に振り払い、勝己は探す。

 怪物の尻尾を。ようやく掴めた過去の決着を。

 確かめなければならない。

 アイツを目の前に、自分は一つの躊躇もなく挑めるのか。

 最重要項目として挙がったこの議題を、なんとしてでも明らかにしなければならなかった。

 

 筋繊維に積もった乳酸を振りほどくように、腕を大きく薙ぎ払う。

 垣間見えた景色は、ロボの頭部と思しき場所だ。

 コンクリートが陥没し、地面と同じ高さに均された瓦礫の台地。

 

 そこに、影が見えた。

 

 あの日の輪郭をそのまま影絵として当てはめるかのように、だがその体躯を塗り替える影。

 影は鉄塊を踏みしめ、振り返る。

 1歩2歩、3歩4歩と足並みを揃えた影の主。

 砲塔のように、その大角が勝己を捉える。

 

 寒さが居座る時期のためか、吐き出された気息は白く濁り。

 立ち込める粉塵を皮膜で押しのけるかのように、力強く両翼を掲げて。

 

 さながら初期微動を経た大地の如く、それは地鳴りのような咆哮を震わせた。

 

 

 

『ヴゥア゛ァァァァァァァア!!!!!!!!』

 

 

 

 会場の一角を支配する怒鳴り声。

 勝鬨のつもりか、はたまた悔し紛れの癇癪か。

 何にせよ、大勢の注目を集めるには充分だった。

 受験者の誰もが足を止め、見やる。

 

 拒馬を思わせる千数百もの棘。

 それらが蝟集し、しかし動きの妨げにならない箇所を甲冑のように選んで生え揃う。

 黒い体色は腹側の鮮やかな紫や橙を際立たせ、棘先端の白と対比しているかのよう。

 肉食動物特有の引き締まった四肢に加え、進化論を覆す一対の翼が肩に携えられる。

 凶悪な獣牙が覗く頭部には、面積の大半を占める大角が二本反りかえって主張する。

 

 正しく、悪魔のような姿であった。

 

「──ッ、ハ、ふ……!!」

 

 そんな悪魔、もとい怪物を前にして。

 勝己は吊り上がった口角を抑えるのに必死だった。

 掴みかけ取り逃した幻影の実体を今、完全に捕らえたのだ。

 挑戦権を、勝ち取ったのだ。

 

 ここが試験の場であることも忘れて駆け出す。

 ようやく会えた(個人的な)仇を、みすみす逃すなどしてたまるか、と。

 

 

 

──異変は起きる。

 

 悠々と天を臨んでいた怪物。

 その大柄な体躯が、糸の切れた人形のように突如。

 倒れた。

 

 巻き起こる塵埃。

 全貌が隠され、勝己は足を止める。

 屯していた他の受験者たちは、野次馬として怪物の安否に意識を向ける。

 雄英の看護教諭であるリカバリーガールは、現在別の会場にて仕事中だ。

 

「………オイ、は…?」

 

 身勝手にも、勝ち逃げされる予感に身が強張った。

 自分など箸にもかからず、未知なる高みへと飛び去ってしまうのではないか。

 そんな不安を覚えたからだ。

 掌で砂塵を振り払い、どこかへ消えた仇を探す。

 

「クソが……待ちやがれ…! 俺を、無視すんじゃねぇ…!!」

 

 砕かれたコンクリートの破片が手足を痛めようとも構わず、ひたすら煙幕を拂い続ける。

 だが。試験中に渡って振り回し続けた両腕の疲労が、無情にも限界を迎える。

 力なく右手を地に落とし──

 

──むにっ

 

 勝己は柔らかいものを掴んだ。

 今更になって霧散する土煙。明らかとなった感触の正体は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全裸で突っ伏す少女の、褐色の、尻。

 

 尻。

 

「ッッけ……つ…!」

 

 爆豪勝己、15歳。

 彼は当然、童貞であった。

 

 

 

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