殲滅の主はまた鐘を鳴らす   作:ぶびっぐ

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第3話

 

 

 

 雄英の入試から一週間は、合否が分からない。

 入試なんだから当然と言われればそこまでだ。

 だが、受験生にとってこの一週間は辛い。成否の定かでない宙吊り状態で、精神的に疲れてしまうこともあるだろう。

 勝己とて例外ではない。

 ではないが、正直なところ合否についての不安や心配など彼には微塵も無かった。

 自分が稼いだ点数ぐらい把握している。

 みみっちいまでの要領の良さは、数ある彼の長所の一つだ。

 ただ、今はこのみみっちさが邪魔だった。

 

 実技試験の後のこと。

 憔悴しきった仇の姿に、積もり積もった勝己の復讐心は空回り。

 行き場を失ったエネルギーは燻りを続けるゴミに成り下がった。

 ゴミを溜め込んで得をすることは無い。

 捨てる場所を見つけなくては、いつまでも晴れやかさと無縁だ。

 近所をあてもなく勝己がうろつくのは、そんな不完全燃焼感に苛まれているからだった。

 

「…」

 

 仇の女は、合格できたのか。

 

 街路樹の影を踏みながら、柄にもなく他人を心配する。

 不安定な精神状態の時、人はその人らしからぬ行動を取るそうだ。

 湿気た花火みてェな今の自分が正にそれだ、と勝己は思った。

 

「気色わりィ…」

 

 死骸を運ぶアリの群れを見つけ、偶然にも同じ感想を抱く。

 今の季節も蛾はいるもんだな、公園の近くだからか。などと生産性を問われれば閉口一択な物思いも、今はやむなし。

 

「…公園」

 

 公園沿いの一本道に寒々しい街路樹が並ぶ。

 10年も前からあった公園は、遊具の劣化が見て取れるほどに小さく霞んでいる。

 

 あの日の横断歩道さえも。

 未だに苦い記憶が呼び起される因縁の場所を、勝己は無意識に選んでいた。

 

 ここはかつての忌地だ。

 

 事故の傷跡は綺麗に取り払われて、唯一信号機に血の錆が残されたのみ。

 それも、他にある普通の錆と見分けがつかないほど埋もれている。

 随分風化してしまったようだ。

 

 横断歩道の前に立ち、勝己の目はぼうっと景色を映す。

 対岸に居る人の輪郭すら判然としない。

 信号機の色が変わる。

 少し遅れて勝己が歩き出す。

 道すがら、すれ違った通行人の白い髪が目に留まって。

 

 瞬間、勝己の脳は呼び起された。

 生来の反応速度を取り戻し、即座に右手で通行人の左腕を掴み上げる。

 

「てめェが居た実技の会場、Aだったろ」

 

 厚着に隠された褐色の肌(・・・・)が、掴まれた袖口からはみ出るように覗く。

 

 間違いない。

 コイツだ。

 仇の女だ。

 数日続いた不快感の見返りとしては些か弱いが、幸運に貴賤は無い。

 人が人なら通報モノの言動を勝己は仕方ないこととし、相手の出方を待つ。

 

「誰だ」

 

 風が吹く。

 風上も風下もあやふやで、仇の女は揺られる髪に無頓着だった。

 

「爆豪勝己。2月26日雄英の実技試験、俺とてめェは同じ会場に居た」

 

 簡潔に述べた勝己。

 着かず離れず、右手の握力は一定の強さを保っている。

 手袋も無いというのに、掌は冷や汗(攻撃性)握っていた(示していた)

 

「だとして、ここに引き止める理由は何だ。心中でもしたいのか」

 

 突き放すような口ぶりでありながら。

 見ず知らずの人間に掴まれた左腕を振りほどく素振りすら、仇の女は見せない。

 危機感が無いのか、余裕の表れか。

 

 点滅する信号機の青色。

 我に返った勝己が右手を緩め、仇の女は無感情に左手を取り返す。

 交通量の乏しい交差点で助かった。

 あの日の焼き直しは御免だ。

 

「…覚悟しとけ」

 

 捨て台詞と言うに相応しいその脅迫が、仇の女に聞き届いたのかは分からない。

 それでも良かった。

 所詮は悪態。勝己からすれば願掛けのようなものだ。

 

 歩道を踏む靴音が2つ、徐々に遠のく。

 

 春は、すぐそこに迫っている。

 

 

 


 

 

 

 勝己の期待は裏切られた。

 

 入学初日。

 待てど暮らせど仇の女は現れず、風変わりな担任から個性把握テストなるものを受けさせられる始末。

 この1ヶ月余り、仇の女に対する敵愾心は以前の不完全燃焼感など比べものにならないほど蓄積されている。

 その捌け口を失ったのだから、勝己は最終処分場もかくやという荒みっぷりをまるで隠せなかった。

 

「3位かよクソが…!」

「いや、十分すげーと思うぜ俺は」

「黙れしゃべんなクソモブ髪が」

「口きたねーな!」

 

 歩く八方地雷原と化した勝己に、赤い髪の男子生徒が話しかける。

 勝己の不機嫌は今に始まったものではないし、その原因も一つに収まらないが。

 染み付いた眉間の皺が勝己と言う人間性を表しているのか、関わる人を選ぶ中で男子生徒、切島鋭児郎は歩み寄った。

 救いの手というにはやや大げさな、しかし確かな助け舟。

 そういうヒーローを志す者の素養を勝己が素直に受け取るはずがない。

 

「バクゴーっつったか? おまえの個性って爆発かなんかか?」

「話聞いとらンのかてめェ…!」

「ちなみに俺の個性は硬化だ!」

「知るか!!」

 

 爆破と硬化の二人は教室方向に戻りながら、更衣室まで言葉の応酬を続けた。

 更衣室の扉を蹴り破る勝己。そっと扉を占める切島。

 

「乱暴すんなってバクゴー」

「蝶番だったのが悪い」

「たとえスライドドアでもピシャァンってやるだろ」

 

 中に居たクラスメイトたちに会釈で謝りつつ、切島が注意する。

 が、当の勝己はどこ吹く風の様子で着替えていた。

 慌ててロッカーを開く切島に見向きもせず、ネクタイを付けない派の勝己は早々に更衣室から出る。

 

「クソくだらねェ…」

 

 馴れ合いなんざ糞食らえ。

 俺は全てを蹴落として頂点を取るンだ。

 その気概もねェ雑魚が、いっちょ前に並び立つンじゃねェ。

 

 年相応に突っ張った勝己の思考は、どこか自棄気味だった。

 

──……れぇ!?

 

「あァ?」

 

 1-Aの教室から甲高い声が漏れて聞こえた。

 言うまでもなく女子生徒のものだと分かるが、その内容までは聞き取れなかった。

 

 普段の勝己なら、それがどうしたと態度を変えることはない。

 ただ、神経質になっている今の彼は違った。

 俺を差し置いて教室に戻ってんじゃねえグラウンドにトンボでもかけてろ、という純然たる逆恨みが降って湧いたのだ。

 文句の一つでも言ってやろうかと、苛立ちを露わに扉を開け放つ。

 

「っせェぞクソ共。何騒いで…」

 

 

 

「お前は、あの時の変質者か」

 

「………は、あ???」

 

 目を疑う。

 教室の後ろ側。

 そこに居たのは、雄英の制服を着た、白い髪で褐色肌の──

 

──男。

 

 男。♂。Man.

 他人の空似では決してない。

 「あの時の変質者」という評が、腹立たしくも心当たりのあるものだったからだ。

 

 “それ”は、勝己の仇の()だった。

 

「…え変質者ぁ!?」

「君、どういうことだいツンツンヘアーくん!」

「ソイツの曲解じゃボケ!! 外野は黙ってろカス!!」

「口悪っ」

 

「なんか騒がしいけど…って、えぇ誰!?」

「どうしたよ。あ、ほんとだ知らない人が」

「何!? 女子!? 初日にして転校生!?」

「それを転校生とは呼ばねーだろ」

 

「…チッ」

 

 次々と生徒たちが戻ってくる。

 いつまでも扉の手前で突っ立っているわけにはいかず、勝己は渋々自分の席に戻る。

 

 続々と入って来た生徒がそれに興味と疑問をぶつけていく。

 誰、なぜ、いつから、どうやって。

 矢継ぎ早に来る彼らの質問攻めを、“黒創滅理”は答える。

 各々が自己紹介を挟みつつ、教室後方に一団を作っていた。

 

「黒創くんの個性って!? どんなのか教えて! あわよくば見せて!」

「増強系だ。すまないが見せることはできない」

「「えぇ~」」

「個性は千差万別! 事情があるなら詮索すべきではないぞ!」

「マジメか。マジメやった」

「増強系っつうと、俺と緑谷みたいな感じか?」

「体付きガッチリしてるもんな~。緑谷は逆に細くね?」

「ミドリヤとは誰だ。この場に居ないのか?」

「あー、さっきまで個性把握テストしてて、その時指を怪我したみたいで保健室行ったんだ」

「そうか。ありがとう尻尾の人」

「あれ、名前覚えられてない…?」

 

 淡白ながらもきちんと回答を返す“それ”。

 あるはずのない21席目を見ながら、勝己は反吐を吐いた。

 

 結局、彼らの雑談は担任の相澤が帰らせるまで続いた。

 

 

 


 

 

 

 翌日。

 

「爆豪、おまえスパイスかけ過ぎじゃねえか? 何辛だよソレ」

「ケチつけんなやクソ髪んで付きまとうなカス」

「応、爆豪のことなんとなく分かってきたぜ!」

「死ね」

 

 食堂にて、卓上調味料のスパイスをこれでもかと注ぐ勝己に切島が呟く。

 勝己は購買派なのだが、今日は新入生が押し寄せたせいで目当ての物にありつけず。

 在庫の多いカレーを食べているのもそのためである。

 

 激辛ジャンキーの勝己にはこれくらいが丁度いい。

 というわけではなく、勝己にとっても半ばヤケを起こしたような暴挙だった。

 偏に自分の見積もりの甘さゆえ、気分も晴れない。その甘さを塗り潰すようにスパイスをかけたのかというと、別にそういう意図はなかったり。

 

 カレーをかきこみ、平らげる。

 無心で、何者にも邪魔はさせず。

 どれだけ崩しても変わらない味の良さだけが、今の勝己に味方した。

 

「すっげ、カレーが飲み物になった…」

「雑魚が」

「漢だぜ爆豪!」

「どこがだ!!」

 

 謎な着眼点を持つ切島。相も変わらず勝己は吠えた。

 

 そんなこんなで。

 午後の授業、“ヒーロー基礎学”が始まる。

 

「私が普通にドアから来た!!!」

 

 担当する教師は、No.1ヒーロー“オールマイト”。

 憧れを前に、戦闘訓練という絶好の機会。

 みすみす逃してやるものか。

 湧き上がる気炎を内にしまい込み、獰猛な笑みに変えた勝己は。

 目線を後方に、自身の仇を射程に入れる。

 

 発散はすぐそこに来た。

 無表情の仮面も今日で終わりにしてやる。

 何より、分を弁えず自分を騙った石ころにも制裁を下さなくては気が済まない。

 その笑顔はどこまでも、野蛮に満ちていた。

 

「さあ、コスチュームに着替えてグラウンドβに集合だ!!」

「「「はい!!!」」」

 

 壁からせり出したケースの列にそれぞれが手を伸ばす中。

 仇はコスチュームに見向きもせず、独りで教室を出ていこうとする。

 

「あれ? 黒創おまえコス取らねーの?」

「私には必要ない」

「え?」

「あ、ほんとだコスケース20個しかない」

「なんでですかオールマイト先生?」

「黒創少…年は諸事情あって自前のコスチュームを持っているからね!」

 

「…!」

 

「へぇー。って、それ結構すごいことじゃ…?」

「じゃ私は先に行ってるから、皆もおいでェェェエ!!!」

 

 足早に目的地へと向かっていったオールマイトの、微かな違和感。

 彼は言い淀んだ。

 仇を少…年、と。

 

 やはり、性別が変わる個性なのか。

 勝己が思惟する間に、仇の姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 所変わって、グラウンドβ。

 市街地を模したこの演習場に1-Aの面子が揃っていた。

 

「カッコイイぜ、少年少女!! それじゃ、皆には屋内での対人戦闘訓練をしてもらう!」

「基礎訓練もなしに?」

「その基礎を知るための、2歩進んだ実践さ!!」

 

 それから、質問に答える間もなく説明は進む。

 2対2、設けられた制限時間内に。

 ヒーローは核兵器を回収する。

 ヴィランはヒーローの行動を阻止する。

 それがこの実践訓練の勝利条件だ。

 

「組み合わせはくじで決めるよ!!」

「お待ちください!! クラスの総員は21名、1人余りができる人数です! 加えて、くじで適当に決める理由をお聞かせ願います!」

「くじは多分、プロは急造のチームアップを組まされることもあるからだろうけど…」

 

 なんでもいいから早くやらせろ。

 あとデク調子こいてんじゃねェ殺すぞ。

 勝己にとっては欠伸を噛むような暴言をも燃料に、沸々と殺る気は上昇する。

 

「大丈夫! 人数の有利は勝利条件を変えて対応する!! 3人チームは一人でも確保されたらOUTだ!!」

「少し強引な気もするけど、必ず互角同士で戦うとは限らないし…理に適ってはいるのかしら」

「色んな場面を見れるってのは、有難いことだよな!」

 

 凡その生徒が納得し、くじに命運を託す。

 結果が決まった。

 

 第1戦

 (ヒーロー)       (ヴィラン)

 緑谷出久 麗日お茶子 VS 爆豪勝己 飯田天哉

 

 第2戦

 轟焦凍 障子目蔵 VS 葉隠透 尾白猿夫

 

 第3戦

 蛙吹梅雨 常闇踏陰 VS 切島鋭児郎 瀬呂範太

 

 第4戦

 上鳴電気 耳郎響香 黒創滅理 VS 八百万百 峰田実

 

 第5戦

 青山優雅 芦戸三奈 VS 砂藤力道 口田甲司

 

「デク…!」

「かっちゃん…!」

 

 第1戦にして、波乱は到来を告げる。

 

 勝己は息巻いた。

 

 自分が負けてしまうことなど、露ほども知らぬまま。

 

 

 

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